幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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王弟クリストファー殿下の嫡男でありメラン伯爵令息でもある、可愛い小さな王子様。
この天使のような男の子はノエルと名付けられた。

グレース妃に似た元気いっぱいのノエル王子は、泣き声も凄まじい。
その凄まじい泣き声を聞く度にグレース妃はベッドで拳を振り上げて歓喜し、クリストファー殿下は感情の箍が外れて感涙に咽ぶ。

グレース妃の主治医を蹴り飛ばした私はこれといったお咎めなしに日々を過ごしていた。
これはグレース妃の主治医が謙虚な性格であり、シャハナー伯爵夫人の手腕に感銘を受けたことも関係している。

国王夫妻やその他王族はグレース妃の回復を待つ意向を示し、待ち構えていたかのようなお祝いの品がひっきりなしに届く。

徒歩圏内の宮殿に住まう国王陛下については、クリストファー殿下の兄上であることやマクシームのような人物を抱えていることを考えると、密かに近所から双眼鏡など用いてセイントメラン城の様子を窺っているかもしれないと、私はつい邪推してしまう。

噴水を挟んでお向かいの教皇宮殿なんてうってつけよ。

とはいえ、おめでたいことに変わりはない。
宮殿ではノエル王子誕生の祝宴が本人なしで着々と準備が進められているらしい。

ところで。

今日もまた、メイドから手紙を受け取った私である。

「……」
「!」

苛々が態度に出てしまい、メイドを恐がらせてしまった。
マシューかと思ったのだ。
けれど違った。

国王付首席近侍マクシームの代筆による、国王陛下から私に向けての感謝の手紙だった。

「……!」

一生の宝物になった。

おめでたいムードの中で少しずつ、僅かに落ち着きを取り戻す瞬間が垣間見え始めた頃。

私は、廊下の窓際に一人静かに佇む侍女頭ウォリロウ侯爵夫人と遭遇した。
常に頼りにしていた侍女頭が、なぜか少し悲しそうに見えて、私は不作法にも足を止めその姿を眺めてしまう。

彼女がそれに気づいた。

「……レイチェル」

名前の後にどんな言葉が続くかによって、私の取るべき行動は変わる。
ウォリロウ侯爵夫人は沈黙した。だから私は彼女の傍らまで足を進めた。

窓から夕暮れに染まる広場を見下ろし、ウォリロウ侯爵夫人は力なく微笑んだ。
初めて垣間見えた侍女頭の心の奥に私は言葉を無くした。

「お疲れ様」

ウォリロウ侯爵夫人が私を労う。
すぐに相応しい返事ができたらよかったけれど、私は何と答えるべきか悩んでいた。ノエル王子の誕生に沸き立つ世界の中で、彼女だけ、悲しみを漂わせているのだ。

「よく頑張りました」

それは私に向けての言葉なのか、グレース妃への労いなのか。

私は御辞儀に留める。
ウォリロウ侯爵夫人の雰囲気は、秘密を語りたがっている人物特有の静謐さを纏っているものだった。

やがて彼女は呟いた。

「息子が産まれた日は、雨だったの」
「……」

悲しみと共に思い出す我が子の誕生。
それは、その命がもう地上に存在しないことを示唆している。

ウォリロウ侯爵夫人は微笑みを深めた。
懐かしそうに細められた瞳には、普段からは想像もできない穏やかな優しさが浮かんでいる。

思い出しているのだ。

「ダニエルが生きていたら、あなたにぴったりだったのに」

ウォリロウ侯爵令息ダニエルの人物像は全くわからない。
知らない人。

それでも、私の尊敬する一人の女性が愛してやまない息子だ。

言葉が見つからない。
きっとウォリロウ侯爵夫人も気の利いた返事は求めていない。

でも私は心に浮かんだ一つの願望を、素直に告げた。

「お会いしてみたかったです」

ウォリロウ侯爵夫人の微笑みが私に向いた。
深い悲しみを乗り越えた、強く愛情深い母親の顔で、彼女は続けた。

「落馬して首の骨を折ったの」
「……そうでしたか」
「一瞬で、痛みもなく、神様の元へ帰ってしまった」

なんと慰めていいかわからない。
愛する息子を突然亡くしてしまう哀しみの癒し方なんて、そう存在しないはずだ。

ただ聞いて欲しかったという可能性もある。
私は自分でもメラン伯爵夫妻にとって精神的な支えとなれていると思うし、周囲からもそう見えていても不思議ではなかった。

沈黙し、傾聴する。
それが求められていると感じた。

併し、私の予想は少し外れていた。

唐突にウォリロウ侯爵夫人が私の手を取り、親しみを込めた手つきで揺らした。
小さな驚きの中で彼女の言葉を待っていると、ウォリロウ侯爵夫人は母のような笑顔で言った。

「あなたは可愛い。相手なんか誰でもいいから、幸せになって。必ず」
「……!」

まさか、この流れで私の将来を考えてくれるなんて。
私は胸を打たれ、目頭が熱くなり、胸を喘がせ言葉を探した。

そうしているうちにウォリロウ侯爵夫人が言葉を重ねる。

「何度したっていいのよ。人生は一度きりなんだから」

私の破談を茶化したのだ。
重く悲しい話題を終わらせるのにはうってつけの冗談だった。

性格や境遇が違えば、他の誰かの耳には不謹慎にも悪趣味にも聞こえるかもしれない。
ただ私は笑い、ウォリロウ侯爵夫人が好きになった。

そして次の結婚を考え始めた。
前に進んだのだ。
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