幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
23 / 43

23

しおりを挟む
ノエル王子の誕生を祝う祝宴そのものは宮殿で催され、近隣諸国からもお祝いの使者や贈り物が続々と届いた。

出産から二ヶ月もするとグレース妃も来客に応じるまでに回復し、徒歩圏内ということもあってクリストファー殿下と侍女たちを引き連れ、ノエル王子を抱いて国王陛下夫妻に甥の顔を見せるに至った。

その後も幸福に満ちた日々が積み重ねられ、夏を迎えようとしていた。

ノエル王子のお祝いに際して多くの貴族が顔を合わせることになったけれど、私は数人の独身貴族からそれとなく距離を詰められつつある現状を少しの躊躇いと期待を胸に楽しんでいる。

単身で男性の誘いに応じるわけにもいかない身分であるものの、ウォリロウ侯爵夫人がそれとなく付添い人の役割を担ってくれたこともあり、クリストファー殿下の厳しい検閲を通過できた善良な男性と安全で穏やかで楽しい時間を過ごすことができた。

中でも執政官の父親を補佐するミュリス伯爵令息トレヴァーは、同い年な上に末っ子同士であるという親近感も手伝い、急速に仲良くなった。
まるで長い間会えなかった旧友と再会したかのような、心なごみ、心躍る出会いだったのだ。

健康的で運動や水泳が大好きなトレヴァーは、修行として国軍に所属していた時期もあり、私の次兄マイルズと面識があったことも大きい。

「気が合うのね」

ノエル王子をあやしながらグレース妃が言った。
出産の恐怖を克服し幸せの頂点を極めたグレース妃は、産後にしては驚異的な健康を日々周囲に披露している。

今日もご機嫌なご様子で私とトレヴァーの関係値について探りを入れてくる始末。

「運命を感じたなら、出会って三秒で将来を誓いあっても何ら問題ないと思うわ!」
「そういえば、グレース様とクリストファー殿下は……」

あやされてご機嫌のノエル王子に釘付けだった私は、つい個人的な問いかけをしてしまった自分に気づく。
気まずさを覚えたのは私だけで、グレース妃は待ってましたとばかりにテンションを上げた。

「やっと聞いてくれる気になったわね!」
「あ、はい」

勢いに飲まれただけである。

「ちょうどよかったわ」
「ちょうどよかった?」

鸚鵡返しにしたことに他意はない。

「近々お友達がみえるの。ノエルを見せびらかすのよ。あと授乳も見せつける」
「……」
「彼女はスタイルのために子どもを作らないと決めているから、他人の赤ん坊に目が無いの」
「……そうですか」

クリストファー殿下のせいでやや個性的な人物が寄りやすいのは仕方ないかもしれない。
いずれにしても、幸せの真っ只中であることに違いはない。それが何より重要だ。

「モードリンよ。国王陛下の親友で首席画家のアーチー・カミンガム卿の娘。宮殿に彼女の絵があったから、あなたも先日その顔を見たはずよ。体もね」
「……」

話が大きくなってきた。

「私、十五才の時に、モードリンと対になる女神役のモデルになったの。カミンガム卿の独特の髭を揶揄いに来たクリストファー殿下と目が合って、運命を感じたわ。でも最初は反対されたから婚約までに二年かかった。その間も殿下は何度も秘密のデートに──」

その後、凡そ四時間程度クリストファー殿下との馴れ初めについて伺い、夕食を挟み、更に三時間程度とりわけ思い出に残っているデートについて伺った。

「早くあなたとトレヴァーの甘い恋の話も聞きたいわ!おやすみなさい」

グレース妃が私より数倍ロマンチックだということがよくわかった。

さて。
五日後、王国随一の美貌を誇ると言っても過言ではなかったはずの件の美女モードリン・カミンガムがセイントメラン城にやってきた。

「まぁ~!ノエル殿下ぁ~、モードリンおばちゃんでちゅよぉ~♪あばばばばっ」
「ぅきゃア」

彼女は息を飲むほど美しい女性だった。
但し、既に中年女性であり、それにしては若々しく美しすぎるとしてもかつての若さと美貌を偲ばれるだけの域には達していた。

そうはいっても、私はここまで神がかった美貌を持つ人間を知らない。
寧ろ人間みたいに年を重ねていることに驚きを隠せない。

「やめてモードリン。惑わせないで。息子が身の程知らずの面食いになったら困るわ」
「平気ですわ、グレース様。この方は王子ちゃまなんでちゅからぁ~♪んばっ」
「きゃうわっ」

ノエル王子がモードリンに魅了されたかどうかは神のみぞ知るところだとして、少なくとも懐いたことは人間の私にも理解できた。

ノエル王子がお腹いっぱいになって天使の寝顔で幸せを振りまいた頃、私たちはゆったりとお茶の時間を迎えていた。

モードリンはその美貌を全く鼻にかけてはいない快活な女性だった。
確かに彼女は血筋的には平民なので私たち貴族を前にして驕り高ぶることは考え難い。それでも、神が与えたこの美貌を前に、貴族だろうと多くの女が敗北を認めても不思議はない。

綺麗な人……
女の私でも思わず見とれてしまう。

神秘を感じるわ。

「そんなに見つめないでくださいまし」

モードリンが大人の余裕で私に微笑む。

モードリンの余裕は別の形でも明らかにされていた。
彼女は少し年上のウォリロウ侯爵夫人を敬称付きとはいえ名前で呼び、お茶の輪に誘い、それに成功し、さらには寛がせている。

「お会いしたかったのはノエル殿下だけではありませんのよ。皆様とお話ししたくて。特に、グレース様の特別なお友達で、キャサリン様も可愛くて仕方がないという、あなたと。ね?レイチェル様?」

私が見つめた分をやり返すように、モードリンが神秘的に煌めく瞳で私を覗き込んだ。
目尻に小さな皴が見受けられようとも、それは彼女の美貌を引き立てている勲章に過ぎない。

美しく年を重ね、人生を歩み続けるモードリン。
彼女の口から思わぬ人物の名前が飛び出すのは、この数秒後のことだった。
しおりを挟む
感想 127

あなたにおすすめの小説

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

どう見ても貴方はもう一人の幼馴染が好きなので別れてください

ルイス
恋愛
レレイとアルカは伯爵令嬢であり幼馴染だった。同じく伯爵令息のクローヴィスも幼馴染だ。 やがてレレイとクローヴィスが婚約し幸せを手に入れるはずだったが…… クローヴィスは理想の婚約者に憧れを抱いており、何かともう一人の幼馴染のアルカと、婚約者になったはずのレレイを比べるのだった。 さらにはアルカの方を優先していくなど、明らかにおかしな事態になっていく。 どう見てもクローヴィスはアルカの方が好きになっている……そう感じたレレイは、彼との婚約解消を申し出た。 婚約解消は無事に果たされ悲しみを持ちながらもレレイは前へ進んでいくことを決心した。 その後、国一番の美男子で性格、剣術も最高とされる公爵令息に求婚されることになり……彼女は別の幸せの一歩を刻んでいく。 しかし、クローヴィスが急にレレイを溺愛してくるのだった。アルカとの仲も上手く行かなかったようで、真実の愛とか言っているけれど……怪しさ満点だ。ひたすらに女々しいクローヴィス……レレイは冷たい視線を送るのだった。 「あなたとはもう終わったんですよ? いつまでも、キスが出来ると思っていませんか?」

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

君を幸せにする、そんな言葉を信じた私が馬鹿だった

白羽天使
恋愛
学園生活も残りわずかとなったある日、アリスは婚約者のフロイドに中庭へと呼び出される。そこで彼が告げたのは、「君に愛はないんだ」という残酷な一言だった。幼いころから将来を約束されていた二人。家同士の結びつきの中で育まれたその関係は、アリスにとって大切な生きる希望だった。フロイドもまた、「君を幸せにする」と繰り返し口にしてくれていたはずだったのに――。

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

処理中です...