幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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29(ハリエット)

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「ねえ!お父様!もっと頑張ってよ!!」

母はこどもみたいにギャンギャン泣いて私の名前を呼び続けるくらいしかできない役立たず。
もう父しか頼れる相手もいないのに、やる気もなければ私への謝罪もない。

みんなが私を追い詰めたせいなのに。

愛を注ぐべき私を虐めたせいたのに。

それなのに、辛くてどうしようもなかった私ばかり責められて、王国ぐるみで虐げられようとしている今、父は私を守ろうともせずにただ静かに座っている。

責められて、お金も搾り取られて、領地も削られて?
何がブロードベント伯爵よ。
情けない。

「お父様!!」

その時、まだ残っていた召使の一人が来客を告げた。

「お通ししなさい」
「お父様!!」

父は私を無視して召使と話している。
やがて召使が畏まった嫌味たらしい雰囲気の男を連れて戻って来た。

男が来ると母は泣くのをやめた。
やめようとしたといった方が正しい。

男は私たちに素早く視線を巡らせると、胸を張って少し顎を上げた。

「国王陛下とマクシームが申し上げます」
「……」

は?

もうお説教は充分されたし。
そもそも何?
マクシームとかいうのが、この男の名前なわけ?

国王陛下のお友達?

「ブロードベント伯領の統治権は執政官ミュリス伯爵の采配によりパトリッジ伯爵に委ねられました。当面の間、共同統治の形をとり建て直しを計られることを陛下はお望みです」
「格別の恩情を賜り、感謝いたします……っ」

父が頭を下げた。
意味がわからない。

「併し、これにはある条件が伴います」

マクシームとかいう男が言った。

本当になんなの?
国王陛下の名前を笠に着て随分と偉そうだけど。

そんなマクシームが信じられない言葉を吐いた。

「陛下は御息女ハリエット様が二度と人々の前に姿を現さないことをお望みです」
「ああっ、神様……ッ!」

母が嗚咽を洩らした。

私はぽかんとしていた。
だって、この男は身分を名乗らなかったし、恐れ多くも国王陛下の名前を出してブロードベント伯爵家を侮辱している。

馬鹿らしい。
とても現実とは思えない。

「私がなんですって?」
「やめなさい!」

パシン!

「!?」

……え、なに?
どうして?

お父様、私を……打ったの……?

「お前はどこまで私たちを苦しめたら気が済むんだ!」
「え……お、お父様……なにを……」
「反省する気にもならないのか……っ」

父まで泣き出し、私はぺたりとその場に座り込んだ。

少しずつ、奇妙な男の存在を理解し始める。

国王陛下の言葉を伝えに来た、正式な使者だとしたら……
私は……

「また教皇猊下の御慈悲を受け、陛下は御息女ハリエット様を女子修道院直轄の養護施設への入居を──」
「嫌よ……っ!」
「此処に命じるものであります」

現実は、残酷だった。

どんなに泣き叫んだだろう。
父も母も助けてくれなかった。
ただ馬鹿力の修道女たちに羽交い絞めにされて連れ去られる娘を、めそめそと泣きながら見送っただけだった。

私は見棄てられた。

女子修道院直轄の養護施設なんて綺麗に取り繕ったって、そこは身寄りのない病気の女や狂った女が一生閉じ込められて家畜のように働かされる監獄だ。
平民だってたくさん飼育されている。

そんな場所に叩きこまれるなんて……!

国王陛下が発狂していたなんて、この王国も終わりだわ。

施設では狭い個室に押し込まれ、信じられないくらいベッドは小さくて硬いし、お化粧もおしゃれも禁止。
せっかく可愛く生まれてきて、私はこんなに素晴らしいのに、本当に、これじゃあ生きている価値もない。

修道女たちは伯爵令嬢である私への敬意を払わずに、まるで聞き分けの悪い犬でも叱るように無礼極まりない態度ばかりとる。
私がマシューに助けを求めて書いた手紙も、礼拝の後、庭で燃やされてしまった。

本当に、地獄だった。

全部管理されて、何も自由にならない。
決められた粗末な食事も、空腹を恨むくらい不味い。

まるで平民の浮浪者みたいな暮らし。

私は辛くて、ずっと泣いていた。
絶対に働いたりしなかった。
だって誇りだけは守らなくちゃ。

私だけが私の味方。
私が私を愛さなくて、誰が愛してくれるというの?

「ハリエット。お客様がおみえです」
「……!」

どれくらい耐えただろう。
ある日、私は修道女に付き添われ、面会に応じた。

お父様かお母様、それかマシューが助けに来てくれたのだと思った。

私を苦しめたことを後悔して、償う為に来たのだと思った。

どんなに泣いて謝っても簡単には許してやらないんだから……!
私を蔑ろにした罰で一生苦しめてやる……!

そんな気持ちで小部屋に入ると、そこに居たのは────

「あなた、空を飛んだんですって?」

リヴィングストン侯爵家の令嬢。

「ソレル様……」

鳥を逃がしたくらいで私を訴えた頭のおかしい侯爵令嬢。
でも、彼女もここに閉じ込められるわけではないということは、その美しく着飾った姿を見れば明らかだった。

私の誇りを汚して、お父様からお金を毟り取って、その上で、私をまだ苦しめるつもり?

「どうして……」
「どうして?ねえ、覚えてる?あなた、私の可愛い大切なあの子の首を絞めたのよ。許さないわ」

ソレルの口角が上がる。
美しい侯爵令嬢は、凄く楽しそうで、凄く、残酷だった。

「あの子は飛んでいった。でも、あなたは二度と空を見ることさえできないの。それを言いに来たのよ」

どんな汚い手を使ったのかは、わからない。
それ以降、私の待遇は更に最悪なものになって、本当に、罪人のように檻の中に閉じ込められた。

食事は乾いた硬いパンと、少しの具が浮く味のないスープ。
修道女は配膳の度にわけのわからない命令をする。

「ハリエット、自らの罪を悔い改めなさい」
「……?」

私が何をしたっていうの?
私は何故、こんな苦しみを背負わなきゃいけないの?

みんな。

どうして。

「……」

私を愛してくれないの?
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