幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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37(ハリエット)

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私はずっとお城で暮らしていたの。
お姫様だったのよ。

私より可愛いお姫様はいなかったし、大人になっても私より美しい人は現れなかった。

でもある日、恐ろしい魔女が私に言ったの。

「悔い改めなさい」
「人の為になることをしなさい」
「人の話を聞きなさい」
「慈悲の心を持ちなさい」
「侮辱や意地悪をしてはいけません」
「相手の気持ちを考えなさい」

私を閉じ込めて、命令して、毎日毎日、呪いの言葉をぶつけてきたわ。

「泣くのをおやめなさい」
「我儘は通用しませんよ」
「貴族の誇りを思い出しなさい」
「皆、あなたを忘れ去り、思い出すこともありません」

私は独りぼっち。

神様。
どうして私を虐めるの?

私のことを、あんなに愛していたはずなのに。

私から愛する人たち全てを遠ざけて、暗い石の牢獄に閉じ込めて、たった一人で、寒い夜を越えさせて。

私、こんなに痩せてしまったわ。
肌も、髪も、爪も、声も、すっかり醜く変わり果ててしまった。

私という宝物をこんなに粗末に扱って、あなたはきっと後悔していることでしょう。
ねえ、神様。
私が好きよね?

私を助けたいでしょう?

どうして閉じ込めておくの?

あなたを待っているのに、あの魔女たちは私があなたを信じていないと言うの。
私が信じているあなたのことを、神様ではないと言うの。

私は悪魔に憑りつかれていると言うの。

あなたは悪魔なの?
だから私をあなたの花嫁に相応しいように醜く作り変えてしまったの?

違うでしょう?

私の心を試しているのよ。
私に愛してほしくて。

だって私、世界一幸せなお姫様だったから、あなたなんて必要なかった。
なんでも欲しいものを与えてもらえたし、逆らう人間はどこかへ消えて貰えばそれでよかった。

さよなら。
さよなら、さよなら。

私を不快にさせる奴等なんか生きている価値もないんだわ!

どこかで野垂れ死にでもすればいいのに!!

「……酷い雨だわ……」

地下牢に閉じ込められてからというもの、私は太い縄で縛られながらの短い散歩の時間以外、外へ出ることは叶わなかった。
魔女の一人が、私は二度と空を見ることができないと言ったけれどね。残念。実際は、私は何日かに一度、家畜みたいに繋がれた無様な姿ではあるものの、空の下をぐるぐる回ってる。

「……」

いつもより、長く、閉じ込められている。

本当なら散歩の時間が来てもおかしくないのに、ずっと、ずっと、冷たい石壁に凭れて歌ってる。
でも私は恐くなかった。だって、きっと只の雨だもの。

「……」

ああ、ケーキが食べたいなぁ。

もう何年も口にしていない。
温かな紅茶も、濃厚なソースのかかったお肉も、ふかふかのパンも……

全部、私のものだったのに。
私の生活は、完璧だったのに。

帰りたい。

私のいるべき場所に、帰りたい。

「……マシュー」

そろそろ心を入れ替えて私を助けに来ないかしら。
今ならまだ許してあげる。
というか、もうたっぷり恨み過ぎてどうでもよくなってしまった。

とにかくなんでもいいから私を此処から連れ出して。
誰でもいいから。

マシューがいちばんそうするべきだけれど、お父様も来ないし、オーブリーも来ないし、だったらマシューも来ないかもしれないし。

「……私が街を歩いたら……みんな虜になるでしょう……私は可愛い、お姫様……みんな愛するハリエット……」

その時、重く低い轟音が牢を震わせた。

「!」

私は驚いて石壁から飛び退き、冷たい石の床を一心不乱に這い回る。

「……!?」

何、今の音。

「……」

雷?

「……」

その音を聞かなければいけない気がして耳を澄ませると、次第に意識がはっきりしていった。

「……凄い雨……」

雷雨。
だから誰も、私の、塵みたいな食事を運んでこないんだわ。
散歩にも出さない。

皆で馬鹿みたいに祈っているから。

「……はっ、あははは……っ」

馬鹿みたい。
この雨を降らせたのは神様。あの雷を落としたのは神様。

それなのに、その雨を止ませてくださいと祈るのが信仰だって言うの?

「ああ、おかしい」

涙が出て来た。
久しぶりに笑って気分がいい。

「?」

気分がよくなったおかげなのか、私は地下牢の通路が僅かに湿っているのに気付いた。
雨が入り込んでいる。

「……」

祈っているだけではなくて、修繕に追われているのかもしれない。
だから誰も私にかまっていられない。

「……ふふ」

神様。
あなた、やっぱり私が好きなのね。

とても愉快な気持ちになって私は大声で歌っていた。
そうしたらまた、音がした。
さっきよりずっと大きくて、はっきりした落雷の音。

私は笑い転げてそれを聞いてた。

何度目かの雷鳴を聞いて、違う音がすぐ傍で鳴ったのを合図に、私は歌うのをやめた。

「……愛してるわ、神様」

これが奇跡ではなくて、なんだというの?
神様が私を迎えにきたの。お父様もマシューもオーブリーも只の役立たず。

縦の鉄格子が一本外れて、転がった。
醜く痩せた私の体なら、充分、抜けられる隙間になった。

「……愛してるわ……愛してる……!」

自分の足で忌々しい地下牢から出たその興奮は、私の体を内側から激しく燃やした。

「愛してるわ……!!」

失ったはずの体力も、神様がもっとよくして返してくれる。
私を虐め過ぎたから、たくさんご機嫌をとらないとね。

ここを出たら、次は私に何をくれるの?

ねえ、神様。

私を幸せにしたいんでしょう?

「見せて……!」

家畜のように縄で繋がれて散歩に出る時の道のりしか、私はもう知らなかったから、だから、迷うことなく、私は、外に出た。

「……!」

豪雨。
石の礫のように激しく打ち付ける雨を受け、私の体は傾いだ。

「神様……!」

それでも歓喜が、興奮が、情熱が、私を歩かせる。

「神様!」

私は鈍色の空を仰ぎ、両手を広げた。

ああ、愉快だわ。
私の勝ちよ。

だって、神様は私を愛しているんだもの!

これからどんな幸せをくれるの!?
ねえ!

「神様!!」

私に見せて御覧なさいよ。
その愛を貰ってあげるから。

「!」

雷鳴が轟いた。
何度も、何度も。

雷光が空を裂く。
私の為に、強力な神の軍勢が地に放たれた。

そして輝く馬たちが雄叫びを上げて空から駆けおりてくるのを、私は見た。
激しい雨の音に交じり、聞いたこともない荘厳で激しい音楽が辺りに満ちるのを、私は聞いた。

私を迎えに来た。

私を虐めたこの世界を、どうぞ、蹂躙して滅ぼして。

私の為に怒り狂って雷光が空を駆け、私を綺麗にする為に冷たい雨が大地を打つ。

「!」

全て私の為。
世界はもう一度、私のものになる。

「────?」

唐突に音楽が消えた。
只の激しい雨の音だけになった。

「……」

神様が送った輝く馬たちが、一頭残らず消えた。
只の濡れた鈍色の空になった。

「…………」

寒い。

私、ただ、幻を見ていたの?

「……っ」

神様はまだ私を虐めるの?
酷い……!

雨の中で立っていられなくなり、木陰に向かって泣きながら這う。
幾ら苦難が続くとしても、あの地下牢に戻るという選択肢はありえなかった。

中庭まで出たのだから、この雷雨に紛れて脱走してやる。
その決意だけは失っていなかった。

それでも、木の幹に凭れて雷鳴に震えるのは地下牢と何ら変わらなかった。
寧ろ、何処へ逃げても、二度と私の待遇は変わらないのではないかという絶望が胸を占めた。

私は、震えて泣いていた。

悲しくて。
辛くて。

どうして、こんなに酷い人生なの?
私が可愛く生まれたから?

じゃあ、どうやって生きていけばいいの?

もしかして私が嫌いなの?
神様。

「……っ」

寂しい。

私は本当に独りぼっち。

「!」

また雷光が空を裂き、雷鳴が轟いた。
ずっとずっと、空が私を怒鳴り続ける。

私が泣いて怒ってもやめてくれない。

「……!!」

眩しい。
また光っ──────────
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