幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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「……!」
「……っ」

国境の危機を救うべく派遣された王国の英雄フィンリー侯爵とアイラが一目で恋に落ちた瞬間を間近で目撃し、切迫した事態の中での一瞬の華やぎに私は胸を躍らせた。

年の差はあれど、若者の輝きに心癒される年下好きなフィンリー侯爵にとって妙齢のアイラは丁度いい年齢だし、貴族との結婚を虎視眈々と狙い続けいつか婚期を逃しそうだったアイラにとって絶好のチャンス到来な上とてつもなくいい相手だ。

しかもアイラは教養や精神の面で前妻より遥かに優れているし、なにより城塞都市生まれの城塞都市育ちで英雄にはぴったり。
教養レベルの高さでどうしても年上狙いになりがちなアイラには、深みを増した中年男の魅力がたまらないのかもしれない。

「国王陛下の命により……」

フィンリー侯爵はゴールトン=コリガン辺境伯トレヴァーではなく、私の横に立つアイラを見つめたまま口上を述べ始めた。

私が破談となりトレヴァーに出会うまでの間や、トレヴァーと結婚するまでの間に、私の傍で幸せを願ってくれたウォリロウ侯爵夫人と心が重なったような気がする。
それは形の無い励ましであり、支えであり、喜びだ。

ウォリロウ侯爵家からは莫大な寄付が寄せられている。

破談といえば……

「……」

マシューだわ。
いるわ。

「……」

フィンリー侯爵の一団の中には名門貴族や平民の子息たちが入り混じっている。
皆、心を一つにしてフィンリー侯爵を師と仰ぎ邁進している若者たちだったはずだ。彼らの一部は既にいい年齢に差し掛かっており、マシューもその一人といえる。

感慨深い。

一瞬、目が合った。
マシューは静かに目を伏せた。

「……」

状況が状況だからなのかもしれないけれど、既に宣戦布告を受け襲撃を待つ静かな戦地となった場所でいちばん懐かしい顔を見たら、それだけで言葉にできない感動が私の胸を奮わせ、思いがけない活力となった。

私を捨てた元婚約者であるのも事実。
併し、今目の前にいるマシューは信頼できる旧友や家族に等しい。

年齢を重ね、そして訓練も重ねたのだろう。
あのマシューの優しい顔立ちに精悍な色が加えられ、大人の男性になっていた。マシューの方でも出産を経て母となった私のことを似たような感覚で観察していたのかもしれない。

フィンリー侯爵の一団は二手に分かれ東と西の砦の外側で守備にあたる為、到着早々、持ち場に着いた。

併し、マシューだけは移動せずその場に残り続けた。
物々しい移動の中でマシューが進み出てトレヴァーの前に跪く。

「……」

私の元婚約者を見下ろすトレヴァーの目には、見たこともない冷たい光がちらついている。

「……」

マシュー。

やめて。
余計なことを言わないで。

そんな願いを込め固唾を飲みつつマシューの後頭部を見下ろしていた私だったけれど、私の元婚約者は思わぬ朗報を齎した。

「コルボーン伯領は全方位を善良な諸侯に囲まれた極めて穏やかな土地です。国境の砦の再建に尽力すべく、領内の八割の大工と石工を伴って参りました。どうぞお役立てください」
「……!」

マシューの言う通り、コルボーン伯領は気候も情勢も極めて穏やかな土地だった。
だからマシューのような無責任な優しさを振りまくお坊ちゃんが育ってしまったといえるけれど、それは脇に置くとして、平穏を極めるコルボーン伯領は芸術や建築などの学問を究めるのにうってつけの場所で優秀な人材が多い。

砦の再建に当たり、コルボーン伯領の職人が加勢してくれるのは心強い。

「御父上の御意思か?」

トレヴァーが冷徹な問いを投げかける。
元婚約者として、私への私情で勝手に領内の男たちを戦地へ連れて来たとなれば、それはやはり大問題だった。

マシューはきっぱりと否定した。

「いえ。コルボーン伯爵家の意志です。また、無理矢理に連れて来たのでもありません。皆、国境の危機の役に立ちたいと信念を持ち集った男たちです」
「……」

トレヴァーは静かに機嫌を損ね、小さな溜息をついてから表情を変えた。

「ありがとう。コルボーン伯領の大工は優秀と妻から聞いている。頼りにしている」

ちなみに私は言ってない。

「……」

マシューは無言で頭を下げた。

実際、マシューが引き連れてきたコルボーン伯領の大工や石工たちはとても優秀であるだけでなく堅実且つ謙虚であり、ゴールトン=コリガンの砦の再建に大いに役立った。
誇りと業を持った職人でありながらゴールトン=コリガンの職人たちの言う事をよく聞くのである。

「あんな真面目な良い人たちがいるんですね!」

と、方々から称賛の声が上がった。

更には勤勉でもある石工たちによって、南の岩山の材質をよく理解し、堅牢な石材を採掘したら加工しながら運搬するという驚愕の時短術が半日で実行され、驚くべき速さで城壁と砦の再建が進んだのだ。

基本的に、採石場は採石場、加工場は加工場として何百年も機能してきた。
ゴールトン=コリガンの職人たちも充分すぎるほど優秀なのに、余所者の提案を無下にするほど頑固でもなかった。

彼らは性質が両極端すぎて、却って仲良くなっていった。
そして仲良くなって作業が更に捗るのである。

そんな謙虚で優秀な職人の資質は、コルボーン伯領で生まれ育ち教育を受けたマシューにも備わっていた。

あのマシューが、フィンリー侯爵のもとで才能を開花させていた。
マシューは砦の外側に投石機能を備えた防壁というか、防壁の機能を備えた投石器のようなものを現地で組み立てて、東の農村地帯に到着から七日で安全な暮らしを取り戻させた。

落雷によって半壊した東の砦が元通りの姿になるにはどうしても月日を要するものの、充分、その時間を稼げたのだった。

「奥様よりお馬鹿な幼馴染なんかを優先した偽善的な軟弱者だって坊ちゃんが言ってましたけど、結構頼りになるじゃありませんか」

マイラがトレヴァーからそんな悪口を吹き込まれていたなんて知らなかった……
でも事実だ。

東の安全をある程度確保できると、マシューは更に西の砦の防壁と西の城壁に増築を提案した。
トレヴァーとマシューは職人たちのように仲良くはならなかったけれど、国境の安全を守る貴族として互いを尊重し信頼しあいながら邁進しているように私には見えた。

「君の前の男と思うと腹立つが、あいつ、頭いいな」
「成長したのよ」

私は事実を述べたまでだったけれど、トレヴァーは夫としては面白くないようだった。
併しそれは落雷によって防壁を半分以上失い宣戦布告を受けている状況下において、些末な問題でしかなかった。

マシューの提案で、砦の防壁と城塞の城壁に取り付け式の振り払い発射装置が設置された。

「つまりですね。万が一ですよ?よじ登って来た敵兵を、ペダル式の鉄の振り子でぶぅんと払い落とすわけです」

パンディアーニが髭の先をぶぅんと振って私にもわかりやすく説明してくれたのを見て、私はクリストファー殿下を思い出した。
メラン伯爵クリストファー殿下も陛下の命を受け、間もなく到着する。

「更にもう一つのペダルを踏むとバネとネジで鉄の矢を放ちます。これはですね、弓兵一人で三人分の働きが可能になるわけです。凄い!」

パンディアーニは本気で感動しているようだった。
私は言葉を失った。

凄いのだろう。
驚くのは、それをマシューが発案し、迅速に増築してしまったことだ。

私の知る、優しいだけで役に立たない偽善的な彼は、既にいなかった。
離れている間にマシューも自身の人生を見つめ直し、歩み、本当に成長したのだ。それを実感した時、私は自分の中にある感情をどう名付ければいいかわからなかった。

次第にそれは、感動だと理解した。
フィンリー侯爵が見たかった光を、私も見たのだ。彼は正しかった。

そんなフィンリー侯爵はアイラと熱い眼差しを交わしている。
勿論、其々が多忙を極めている為、すれ違いざまに、無言で。
燃えあがる二人に言葉はいらないということだろう。

私もマシューとは言葉を交わさなかった。
私は頼れる旧友として彼を見ていたけれど、夫のトレヴァーは私とマシューが個人的に交流するのをよく思うわけがないし、マシューも新しい人生を歩む今、私という過去と必要以上に関与したくないかもしれないと思ったからだ。

別れたはずの人生の道が、今一度、交わっている。

不思議な感覚に名前も付けられないまま日々が過ぎてゆき、やがて北の同盟国から大量の干し肉と酒が届いた。
フィンリー侯爵の一団は長期戦を見越して保存食を持ち込んできていたし、コルボーン伯領の職人集団は助けに来た身分だからと粗食を貫いていたものの、確実に備蓄は圧迫されていた。
それさえも解決してしまった。

落雷は、果たして、国境の危機だったのだろうか。

そんな疑問がふと過る余裕が出て来た頃に、クリストファー殿下が到着した。
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