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「宮廷医師!?」

私から鼻の裏を突き抜けたような変な声が迸る。

「そうですとも!先ほどシスターにも問われましたが、神に誓って、私は宮廷に仕え陛下・殿下のみならず老いた大臣を筆頭に宮仕えの貴族たちの細やかな健康管理から臨終までを担う宮・廷・医・師でッす!」
「……」

この騒がしい中年男が?

「……」

疑わしさと若干の薄ら寒さを覚え、横目でシスターを見遣る。

嵐の最中に川辺で足を滑らせるような不注意を、そのような立場の人間が犯すだろうか。金槌だと自称までしている。腑に落ちない。濁流に呑み込まれそうになったショックで狂った可能性がある。
或いは……元から大嘘つきか。

「宮廷医師キャタモール──モロウ伯爵の噂は聞き及んでいます」

シスターが思いがけない事を口にする。

モロウ伯爵。自身も貴族なのか。
溺れたショックで狂ってしまい自分が宮廷医師だと思い込んでいるなら同情の余地があるものの、鮮明な意識で自ら進んでなりすましているなら重罪。

……であれば、根本から否定する話でもないかもしれない。

「おやシスター!それは嬉しい!御用の際はなんなりと!」
「いい加減レディ・イデアから離れてください。神の御前ですよ」
「おっと失礼」

シスターに窘められた鷲鼻中年男は迅速に私の手を離し距離を取った。
老獪なシスターは威厳を漂わせ続ける。

「レディ・イデア。嵐が過ぎ去り次第、確認の書状を送ります」
「おお!それは有難い!!」
「お静かに。今はレディ・イデアと話しています」
「んっ。むっ、む」

見開いた目をぐるりと回し口を閉じる様は正に道化。鷲鼻中年男から溢れる不道徳な悪臭に嫌悪感が沸き上がる。
私はなるべく視界に入れないよう努めた。難しかった。至近距離すぎた。

「幸いなことに、最寄りの教会の大司教は亡き王妃様の御葬儀を執り行った過去があります。顔を見て確認するのに五日もかかりません」
「……そうですか」

そこでシスターは疑惑の宮廷医師へと目を移した。

「真実であっても、私共は行き倒れの怪我人以上の待遇は致しません。我々は皆、神の御前では等しいのです」

鬱陶しい鷲鼻の中年男が、鬱陶しくこの上ない高速な頷きで同意を示している。親指と人差し指で輪を作り了解とも許可とも取れる素振りを付け加えたが、それがまた更に勿体ぶっていて生理的嫌悪感を誘う。

宮廷医師……。
真実であるならば、余程の腕前なはずだ。そうでなければこの気色悪く煩い中年男が宮廷お抱えであるはずがない。

城の侍女たちは、この男に体調管理を任せて平気なのだろうか。
疑惑は深まるばかり。

「キャタモール様」

そうでなければ神の裁きが下るとでも言いたげな厳しさで、シスターが鷲鼻男を呼んだ。暫定キャタモールは口を噤み、鬱陶しい目配せで先を促している。私の鼻からは辟易と苦悩が混じった鼻息が洩れる。

「客室で体を休め、便りをお待ちください」
「……」

「レディ・イデアはこちらへ」

シスターに促された私に、暫定キャタモールは馴れ馴れしく手を振って笑顔を見せた。私は当然ながら手を振り返しはしなかった。
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