恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

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「イデア」
「修道院に帰ります」

戸口から声を掛けてくるカール殿下に目も向けず短く答える。それが無礼だろうと構わない。いっそ都合がいいとさえ思う。私がカール殿下と只ならぬ仲になろうとしているなど、これ以上誰にも誤解されたくはない。

「落ち着いてくれ。キャタモールに話を聞いた」
「は……?」

思わず手を止めた。
寄りにも寄ってあの男の名前を聞くとは。

「それを鵜呑みになさるのですか?」

カール殿下にまで噛みつく必要はない。落ち着くべきだ。
まだキャタモールが何を言ったかまではわからない。

「怒っているんだな。当然だ」
「何をお聞きになったのか存じませんが、私は真面目に職務に当たってきたと自負しております」
「わかっている」
「それを、殿下に取入ろうとしているなどと」
「大丈夫だ、イデア。君には何一つ落ち度はない。完璧だ」
「……」

カール殿下の声はその低さを存分に活かした力強い威厳に満ちていて、私の理性を繋ぎ止めるだけの引力があった。ふと我に返った私は、旅行鞄の前に跪いたままで戸口の殿下を見上げた。

「キャタモール卿は何と?」
「……」

カール殿下は暫し口籠った後、小声で心なしか自信が無さそうに呟く。

「私たちの恋を応援したと」
「……!」

キャタモール。やはり見殺しにするべきだった。

「わかる。君は怒っているな。君はそんな浮ついた気持ちでこの仕事を引き受けたわけではない」
「当然です」
「だからそう見えたとしたら私のせいだ。私は君が好きだ」

「──」

一先ず、明日の天気の話でもした方がよさそうだ。どうせ晴れる。

「殿下。馬を連れて森にピクニックでも。姫様を歩かせて体力をつけましょう」
「話を逸らすな。鞄を持つな。立つな。行かないでくれ。私には君が必要だ」
「必要?」

どのような意味で?
秘密の通路的な意味だとしたら余所を当たって欲しい。

「君は完璧な教育係だ」
「……」

完璧。

「シャーロットにとって君ほど頼りになるお手本はいない」

教育係。お手本。

「シャーロットも君に憧れを抱き始め、努力し始めた。驚くべき変化だ。君がさせた」

そう、私は精一杯シャーロット姫の教育係を務めてきた。
不本意な始まり方とはいえ、情熱を持ち真剣に取り組んだ。

「私一人では絶対に成し遂げられなかった快挙だ」

快挙……

「君無しでは無理だ。他所からいくら優秀な家庭教師を見つけてこようと、誰一人として君の足元にも及ばないだろう」
「……」

カール殿下は私の自尊心をくすぐるのが非常に上手い。
気まずくなるほど、口角が上がりかけてしまう。

「それほどでも」
「いいや!君ほど素晴らしい教育係はこの世に存在しない!」

シャーロット姫の件は極秘であり、あらぬ誤解で私を侮辱するとしてもせいぜい中年の二人ばかり。少し大げさに騒ぎ過ぎてしまったかもしれないと考えを改めたところで、聞き捨てならないあの一言を思い出した。

「私が好きと仰いました?」
「ああ。君は私の太陽だ」

臆面もなくカール殿下は断言する。

「君は燃えるように力強く、揺るぎない輝きを放ち、そして誰よりも圧倒的に正しい」
「……」

褒められるのは気分のいいものだ。

「君のような人が宮廷にいてくれるだけで、腐敗に歯止めがかかる。次期国王として断言する。君は貴族の鑑だ。君が男なら迷わず側近として生涯傍にいて欲しいと懇願しただろう」
「殿下ったら……」
「跪こうか?」

なまじ遣りかねないカール殿下を手で制する。

「およしくださいませ。わかりました。私が惑乱しておりました」
「ではその荷物は解くか?」
「はい、解きます」
「よかった……」

ぐったりと肩を落としカール殿下は手近な椅子に腰を下ろした。私は入室を許可していないが、相手は殿下で私は宮仕えの貴族の鑑。御退室願うという選択肢は存在しない。

「イデア」
「はい」
「教育係の後、宮廷医師もいいが、私の相談役として役職を設けるからそれで永久的に……」
「まずは姫様に集中しましょう」

そう。取り乱した。
今シャーロット姫を投げ出せば私はきっと後悔する。

但し良い機会なので申し上げる事にした。

「殿下。今後、私に対して邪推するような者が現れた場合ですが」
「ああ。任せろ。私が対処する」
「お願いします」
「君の誇りを傷つけてすまなかった」

一瞬、妙な違和感を覚えた。
ただそれがなぜか判断がつかなかったので、気にしない事にした。

「侮辱したのは殿下ではありません」
「キャタモールは実際のところ何をしたんだ?君がここまで怒るとは」

私は身の上話をした時のように侮辱的な出来事について簡潔に伝えた。伝え終わると、力なく椅子に腰かけていたカール殿下はみるみる力を取り戻し、珍しく気を荒げ吐き捨てた。

「イデアになんという侮辱を!」
「本当にその通りです。あの男を殺してください」
「ああ。次は無い」

過激な冗談を言い合えるくらいには馬が合うのだから、チチェスター伯爵夫人については不問にしてもいいかもしれない。

カール殿下に誤解も邪推もされず、信頼されている。
この事実は私にとって宮廷に留まる充分すぎるほどの理由である。それに王太子カール殿下と組んでさえいれば命の危険はないだろう。

下らない侮辱など鼻で笑ってしまえばいい。

此処は他でもない宮廷なのだ。
噂や陰謀や渦巻いた時にこそ冷静に対処しなくてはならないとこの度、身を以て学ぶ事ができた。こういう心構えもシャーロット姫に教えて差し上げなくては。

私は決意を新たに荷物を解くと、その夜もまた薬学の専門書に没頭した。
せっかくの美容クリームを失うのは惜しい。これは、私が作れないだろうか?
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