恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
38 / 84

38(カール)

しおりを挟む
危なかった。
イデアを失うところだった。

キャタモールの呼び出しに応じたイデアが夕食の時刻になっても姿を現さず心配になり、私はシャーロットに自由に食事を摂るよう言い残して宮廷医師の仕事場を尋ねた。

事もあろうにあのイデアがレッスンを兼ねた夕食に遅れるなど、ましてや無断で欠席するなどありえないからだ。

何か起きたのだと思った。

果たして宮廷医師の仕事場は薬の元となるらしき粉やその入れ物である瓶等が散乱し、その中に背中を丸めたキャタモールの姿があった。イデアは見当たらず私は注意深く声を掛けた。刺激してはいけないような気配が漂っていた。

「キャタモール、これは?」
「ああ……殿下……」
「イデアと揉めたのか?」
「ええ……まあ、そうですねぇ」

普段は鬱陶しいほど煩いキャタモールの陰を含む緩慢な口調は不気味で、どんな姿を見せようと全く好印象に繋がらない妙な男だと改めて感じる。

「イデアは?」
「大変な怒り様でした」
「何を言った?」

というようなやり取りを経て事態を知り、私は大慌てでイデアの部屋に走った。

既に荷造りを終えようとしているイデアに躊躇わず声を掛けると、案外いつもと同じ冷静な口調で返されたが、彼女の意思は充分すぎる程に固まっていた。

「修道院に帰ります」

私はキャタモールを恨んだ。
無論、初めてではない。

「落ち着いてくれ」

私はイデアの説得に努めた。それはもう全身全霊を注ぎ込んで説得した。
キャタモールは最悪なお節介をしてくれたものだと、まだこの時点では思っていた。後にお節介どころでは済まないと発覚するが……

ともあれ、いくらイデアが類稀なる才覚を有する精神的に逞しい令嬢だからといって、忘れてはならない事実があるのだ。

彼女は愛する者の裏切りを受けた。
更には、現在の彼女の生徒は赤の他人が愛人に産ませた隠し子。つい最近までその愛人の部屋を宛がわれていた。

イデアが恋愛沙汰に拒否反応を示すのは当然であり、加えて使命感を持ち真剣に取り組んでいたところを今一番軽蔑している恋愛感情ありきで話されては、薬棚を襲う程度の憤りは感じるというものだ。

イデアが完璧な教育係である事は事実だった。
だが私は敢えて男の臣下を讃えるような賞賛を送り、私の中には微塵も浮ついた気持ちがないという風を装った。装えたと思う。なぜならイデアは気をよくした満更でもない笑顔で荷物を解くと言ってくれたからだ。

危なかった。
私はイデアと離れたくない。

姿を消したクリスティーンを追わなかったくせに、隠し子の存在を長年温めてきた父親への冷えた怒りと軽蔑。
シャーロットに対する気の毒だという妙な罪悪感。
そしてイデアを巻き込み連れてきた功績はあるが、イデアを失う原因になり得るキャタモールへの強烈な不満。

全てが燃え尽きるほど、イデアを引き留めきった私は呆然としていた。危機を脱した安堵と新しい秩序の中で力なく座っていたのだ。

イデアに出会う以前の私はもういない。
シャーロットが巣立った後も私はイデアと共にいたい。

その願いに気づき、支配され、愛しているのだと気づいた。
イデアという太陽は、私をじりじりと日数をかけて焼き上げたのだ。

「キャタモールは実際のところ何をしたんだ?君がここまで怒るとは」

安心して会話が弾み始めた頃、私は尋ねた。
そしてイデアの返答を受け憤怒した。

キャタモールは嘘を吐いた。
私には「身分違いの恋のキューピッドを務めると申し出た」などとしおらしい事を言ったが、現実は酷く侮辱的だ。イデアに媚薬を渡しこの私を誘惑しろとけしかけた。

「イデアになんという侮辱を!」
「本当にその通りです。あの男を殺してください」

死を願う程イデアはまだ愛を嫌っている。
時間がかかる。それは構わない。全面的にイデアを尊重したい。愛が叶わないならイデアのために宮廷に新たな職を作ってもいい。

だがこれ以上キャタモールがイデアを害するのは耐えられない。

「ああ。次は無い」

私は本心から請け負う。
そしてこれが私たち二人の最初の誓いとなったが、実のところ、イデアへの甘酸っぱくも苦しい片思いを秘め善き相棒を演じ続けるという荊の道の始まりでもあった。

喜んで耐え忍ぼう。
この時の私は恍惚と覚悟を決めたのだ。

やがて悪意の棘が私とイデアを酷く苛む事になるなどとは夢にも思わずに、少々の憎しみを脇へ追いやって浮かれていた。
イデアを見つめながら。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...