恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

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39(フランクリン)

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後悔と疲労のどちらが先か。
いずれにしても限界まで苛まれた僕は、グレンフェル伯爵家には秘密でイデアに許しを請う為、人気のない早朝の修道院に赴いた。

丁度、門の辺りを掃除している若いシスターが目に入る。

「ああ、君!ちょっといいかい?」
「?」

年齢はイデアとフィオナの間くらいだが、イデアに近い聡明な眼差しに落ち着きを身につけている。
元はどんな身分か知る由もないが、フィオナと結婚しなくて済むのであればいっそこのシスターでもいいとさえ思うくらいにはましに見えた。

「ここにイデアという新しいシスターがいるはずだ。ぜひ会いたい」
「……どちら様ですか?」

箒を杖のように立てながらこちらに体を向けた若いシスターは、柔和そうな丸顔を怪訝そうに歪ませてひたと僕を見上げる。

どのような身分だったか知らないが、この僕が名乗れば即座に対応しなかった我が身を恥じるだろう。だが許そう。彼女たちは世間から隔離された修道院という別の世界で生き、違う規律に従って暮らす人々なのだ。

「僕はアロイシャス侯爵令息フランクリンだ」
「ああ」
「?」

若いシスターは柔和そうな顔にあからさまな嫌悪を浮かべると、杖を鳴らすように箒で地面を突き憮然とこの僕を見上げた。否、正確には、睨んだ。

「……」

僕は頭が真っ白になった。
なんなんだ、この女は。

「8日後にグレンフェル伯爵家の御令嬢フィオナ様とご結婚なさる御令息ですね」
「あ、ああ……」
「なぜ今更、誓いを破られたレディ・イデアに?まさか結婚式に招待されるおつもりですか?」

見た目に寄らず気の強い失礼なシスターだが、その気の強さがイデアを彷彿とさせ、僕の中に沸きかけた怒りがすっと落ち着いた。

僕はフィオナという馬鹿な婚約者に手を焼くうちに、忍耐と寛容の心を習得したのだ。イデアがそれを目指したように。

イデア……

「まさか。でも結婚にまつわる個人的な話だから、本人を呼んでくれ。或いは僕を、落ち着いて話のできる部屋に通してもらえないだろうか?」

笑顔で丁重に頼んでも、若いシスターは眉間の皴を益々増やすばかり。
こちらも我慢の限界と眉が蠕動し始めたところで、若いシスターは憮然と呟くように僕に言った。

「私のような者には御答えできません。シスター・グレイスをお呼びしますので、お待ちください」
「あっ……!」

返事を待たず、無礼な若いシスターは建物の中に駆けていく。
僕は朝の冷たい風に吹かれながら、他にも掃除に出てきている数人を視界に収め、只ならぬ疲労感に肩を落とした。

「……」

あの婚約破棄は間違いだった。
例え利用価値のある金の卵だろうと、僕がイデアと結婚するべきだった。

婚約発表からというものフィオナの我儘は酷くなる一方で、もう二度もウェディングドレスを裂いた。
何度も何度も「そんなにお姉様がいいならお姉様とご結婚なさればよろしいのよ!」と泣き喚かれ、最初は呆れていたが徐々に疲れ、今やうんざりだ。

そして、目が覚めた。

誠心誠意イデアに詫び、やはり結婚をしようと持ち掛ける。

修道院に駆け込む程のショックを受けるくらい僕に惚れていたイデアなのだから、喜ぶに違いない。
今日ばかりは「まあ、来てくださったのね!」と極普通の令嬢のように可愛く燥ぐ姿を見せてくれるかもしれない。

そんな期待が膨らむと、こうしてつまらない通行人のように待ち惚けを喰らっているこの瞬間もさほど悪い物ではないと思えるのだから不思議だ。

そう。
今日こそ。

掛け違えたボタンを正しくかけ直す。

完璧なイデアと誰もが羨む結婚式を挙げる自分の姿を想像すると、晴れやかで気分爽快だ。解放してやるのだからフィオナも喜ぶだろう。これまで手を焼かせてくれた事も詫びる気になるかもしれない。

「ふん」

下らない女の顔を思い出してしまった。

そんな事より、今はイデアだ。
久しぶりにあの美貌を拝める……しかもかつては僕のものであり、また僕のものとなるあの美貌がシスターの姿で現れる。一生に一度の思い出になるだろう。

シスター・イデア。
ぱっとしない響きだ。

やはりアロイシャス侯爵夫人イデアとして貴族社会に君臨しなくては。その隣に立つ僕は美しく聡明な妻を持つ若き侯爵……

「シスター……フッ」

僕は神にすら勝つのだ。

「シスター・ハンナが待たせているというのは、あなたですか?」
「?」

我に返ると、目の前に堅物の見本であるかのような厳しい顔つきの老いたシスターが立っていた。

「ああ、ええ、はい」

さっきの失礼な若いシスターの名はハンナというのか。
つまらない名前だ。元の身分など考えるだけ無駄。

「用件は伺いました。修道院長のシスター・グレイスです。ところで結婚式は8日後ですか」

老婆と話す時間が惜しい。

「ああ。それでイデアは?呼んでくれたのか?」
「残念ながらシスター・イデアは出席できません」

高圧的で腹立たしい老婆だ。

「否、そういう話じゃなくて」
「シスター・イデアは見習い期間を終え正式なシスターになるために特別な修行をしている最中であり、あと20日は聖堂から一歩も外へは出られません」
「……ナニ?」

僕は、耳を疑った。
言葉も失った。

呆然と立ち尽くす僕に、神を崇める堅物の老婆は形ばかりの祝福を叩きつける。

「ご結婚おめでとうございます。神の御前で誓う愛、どうか今度は破られませぬよう、くれぐれも弁えなさいませ。大司教共々、教会一同、篤くお祈りいたします」
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