恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

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「お話は済みました?」

唐突にチチェスター伯爵夫人が現れ、茶器を乗せたトレイを見たカール殿下が小卓を片付けた。トレイを置いたチチェスター伯爵夫人とカール殿下がベッドの端で入れ替わる。

「さあ、イデア先生。これを飲んで、ドレスを脱ぐんです。怪我してるでしょう?殿下、あっちへ行ってください」
「……」

私を心配して佇むカール殿下にチチェスター伯爵夫人が有無を言わせない口調で続ける。

「あっちへ、行って、ください。早く」
「そこにいるから」
「殿下、私」

何を言おうと思ったのか自分でもわからない。
しかしチチェスター伯爵夫人にカップを渡されて、湯気を上げる優しい赤茶色の湯面に気を取られた。
尚も佇んでいたカール殿下は結局チチェスター伯爵夫人によって手で追い払われた。

チチェスター伯爵夫人は迅速且つ的確な手さばきで私にさほど負担を掛けずドレスを脱がす間、何度か笑顔を浮かべた。私はその笑顔を見て、安心した。不思議な感覚だった。しばらくして自分がチチェスター伯爵夫人の中に母性を見ているのだと気づいた。

「お風呂は?入れそうですか?」
「ええ」
「わかりました。……溺れないでね」

最後の呟きは私に向けたものではなさそうだ。
娘はいないのだろうか。いたら、私より多少年上ではないかと予想できる。場合によっては孫がいる場合も。但し宮廷貴族だから会う機会は少なそうだ。

チチェスター伯爵夫人は宮廷に人生を捧げている。
敬意を払うべきだった。

バスタブに身を沈め、チチェスター伯爵夫人が髪を洗う為背後に回ったところで声を掛けた。

「初対面の時、失礼な事を言ってごめんなさい」
「あらやだ。頭に怪我をしたせいで殊勝な事を言ってるわ」

チチェスター伯爵夫人が笑い話にしてくれたので、私も笑った。

「私、頭にも怪我を?」
「どうでしょうねぇ。揉んで痛かったら、瘤があるんでしょう」
「お手柔らかにね」

入浴の終盤から猛烈な眠気に襲われ、体を拭かれている間は必死に意識を繋ぎ止めた。正直なところベッドに横たわった記憶はない。

恐怖と緊張で飛び起きて天蓋付きのベッドに寝かされているのに気付いてまた眠る。そんな事を繰り返し、チチェスター伯爵夫人によって運ばれた食事を摂り、かなり手厚い介抱を数日間に渡って受けた。眠りの間隔に差があるため正確な日数は把握していない。

その間カール殿下は度々訪れた。状況を考えてみれば何度か寝顔も見られてしまっただろう。私が気づかない間に傍で付き添っていたかもしれない。余計な寝言を洩らしていないよう願うばかりだ。

ベッドを出たい欲求にかられた的確なタイミングでカール殿下が私に着替えるよう言った。
チチェスター伯爵夫人に着替えを手伝ってもらい、やっと鏡の前に立つ。

「……」

額、眼窩、唇。いずれも左側に怪我が集中している。キャタモールが右利きだからだ。思ったより酷くない。

「御綺麗ですよ」

チチェスター伯爵夫人の深い声は思いがけず私を癒した。

上品な刺繍が施された襟ぐりの浅い濃紺のドレスは上品且つ重厚感があり、好みではあったが今の私の身分を考慮する限り少し贅沢すぎる気がした。

そしてとても無垢な令嬢には見えない。
宮廷に纏わる経験は私を成長させ、充分すぎるほど大人にした。口元に刻む笑みさえ、最早無邪気さの欠片もない。

「さあ、殿下がお待ちです」
「ええ」

チチェスター伯爵夫人が先程から妙に恭しいのも気に掛かった。
身形を整え廊下に出るとカール殿下が待っており、微笑みはいつもより硬い。

「?」

硬いというより、元より備わっている品格が更に上がったと表現したほうがしっくりくる。何かの行事に臨むかのような硬さだ。

「大丈夫?」
「ええ。お陰様で。ありがとうございました」
「来てくれ」

シャーロットがどうなっているか気掛りだが聞ける雰囲気ではなかった。真剣な様子に疑問を感じはしたものの、拒む理由はない。

私に歩調を合わせてくれている。
着いた場所は大扉の前。

「ここは……」

扉の脇にチチェスター伯爵らしき男が待っており、私たちに一礼すると胸元から鎖を手繰り寄せ、身を翻し鍵を挿し込んだ。

「……!」

アレテイト王家の宝物庫。
その扉が、今、開かれた。
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