恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
67 / 84

67(クリスティーン)

しおりを挟む
歌いながら洗い立てのリネンを干し、皴を伸ばし、空を見上げる。
太陽の下で、子守歌さえ禁じてきた私が声を大にして歌った。何年ぶりだろう。

二人の娘を無事に守り通し、私はついに自由になった。
宮廷から命を掛け逃げ出したのはもう過去の事になり、歌う為の御伽噺のようでさえある。私の体の何処をとっても何の実感も思い出さない。

穏やかな暮らしに満足している。
煌びやかなドレスも、あの舞台さえも、今となっては思い出より空想に近い。

家に戻り昼食の支度を始める。
弟が市場から返ってくるまでに、好きな煮込み料理を作っておきたい。私より弟の方がシャーロットとの離別に打ちのめされており、好物ならやっと喉を通るといった始末。昔から優しすぎるのだ。だから私を匿ったのだけど……

「さて、と。何を歌おうかしら」

さすがに弟の前で歌う程、無神経ではない。
私に全てを与え、全てを奪ったこの声を、私は憎み、同じだけ愛している。

弟はそうではない。
劇場で端役として歌い始めた時から反対していた。

実際、弟の送ろうとした人生は現在の私に穏やかな充足感を与えてくれる。道を間違えたのは私だ。

まだ遅くはない。
シャーロットを送り出した今、弟も自由にしなくては。
頃合いを見て夫婦のふりをやめ、解放してあげなくてはいけない。

幼い頃に祖母が歌っていた収穫の歌を口ずさみながら料理をしていると、玄関で音がした。

「おかえり。早かったじゃない」

振り向くと、そこにいたのは弟ではなかった。

「……あんた」

随分走ったのか肩で息をしている。娘のシャーロットが、泣きそうな顔で立っていた。

「お母さん!」
「!」

凄まじい勢いで抱きついてくる。
こっちは煮えたぎる鍋の傍にいるのだ。勘弁してほしい。

「ああ、はいはい。おかえり」

二度と会う事はないと覚悟した娘の髪を撫でる。いい物を食べ、いい暮らしをし、格段に艶めくようになった髪を。
娘を私にしがみつかせたまま一頻り泣かせた。昔から泣き虫で、優しくしようが脅そうが本人が気が済むまで泣き止まないのだ。

「あんた、姫様になったんじゃなかったの?」

泣き喚く娘の背中を摩り髪を撫でながら、次第に私の意識はあの頃へと引き戻されていく。



一人目を妊娠した時、私は宮廷医師となっていたキャタモールを誑かし、肺病と偽って別荘での療養をでっち上げた。自身が体調を崩すわけにはいかない国王陛下は見舞いに来る心配はなく、私は無事に娘を産んだ。

もし妊娠したら、王太子の王位継承権を脅かすわけにはいかないから息子だったら殺すと言われていた。娘なら生かされるからと能天気に産めるわけがない。産まれて息子だったら殺されてしまうのだ。逃げるしかなかった。

二人目は正直、失敗だった。
欲を出して篭絡した国王陛下は粘着質で重い男であり、都合よく使う為に誑かした宮廷医師は狂人だった。私はキャタモールの媚薬に溺れ、妊娠してしまった。最悪な事に、今度は宮廷医師の胤かもしれなかった。

産まれてきたのが娘だろうと父親が自分以外の男、それも子飼いにしていた宮廷医師だと知れば、陛下は何をするかわかったものではない。
私自身の命の為にも完璧に逃げ果せなければならなかった。

命が危ないのはキャタモールも同じだった。
私はキャタモールに顔を変えてほしいと頼んでみた。元々、モロウ伯爵という宮廷医師が人体を切ったり縫ったりするために拾ってきた孤児だと聞いていた。一人目の出産でも役に立った。その意味で私は鷲鼻の宮廷医師を信頼していた。

私は弟の元へ逃げ帰り、顔を変え、娘を産み、夫婦を偽り娘を育てた。

父親がキャタモールである事は見事な鷲鼻を見れば明らかだった。
ところがシャーロットは気弱で優しい子に育った。それで弟と気が合い、弟はシャーロットを実の娘として深く愛する事ができたのだ。

穏やかな生活だった。
素晴らしい日々だった。

キャタモールがやって来た時、私は死を覚悟した。この命を掛けてシャーロットを守ろうと、確かに考えた。しかしキャタモールは私に言ったのだ。

「状況が変わったのさ。お前が娘を産んでいたら、姫として隣の王子に嫁がせたいらしい」

愛人ではなく、妃なら。
私は娘を説得し、鼻を削らせ、送り出した。



その娘が戻って来てしまった。
無理もない。私も宮廷を逃げ出したのだから。

「お城はあんまり楽しくなかった?」

シャーロットが嫌がるなら、もう渡さない。
狂った宮廷医師の追跡を振り切るために私たち一家はどこか遠くへ逃げなくてはいけないけれど、弟もシャーロットの為なら快諾するだろう。

そんな事を考えていると、シャーロットが首を振った。

「違うの……とても、よくしてもらった……」
「そう。じゃあ、隣の王子様ってのが不細工だった?」

鷲鼻を削って可愛さを増したシャーロットには、確かに不細工な王子は相応しくない。私が笑っているとシャーロットはまた首を振った。

「ううん。王子様は二人とも、先生が好きなの。だったら、私が要らないなら……お母さんのところに帰りたいって思って……!」

まだ泣いている。
気は弱いけど、私に似て我儘な子。

「先生って、あんたの?」
「うん。イデア先生。とてもいい方よ」
「……」

何か記憶に引っかかり、私は娘の髪を撫でる手を止める。
暫く考え込んで、ふと、あの日の情景が鮮明に蘇った。


     ◇

「お預かりしましょう。全ては神の御心のままに」

そう言ってシスターは私の産んだ娘を抱いた。それからあらゆる女がそうするように、赤ん坊に笑いかける。

「まあ、可愛い子」
「赤ん坊の扱いがお上手ですね」
「ええ。実は昨年、御領主様にもお嬢様が産まれて、私が名付け親なのです。そこの山の上、お城のてっぺんが見えますよ」

お城はうんざり。

「この子、名前は?」
「まだです。つけたら情が湧くから」
「そうですか。では、また私が名付け親になりましょうかね」

厳格そうなシスターがかなりの子供好きだと見てわかり、私は安心した。娘の命は神様が守ってくれそうだし、親にならなくて済むし、そう思うと気が楽なった。
だから軽い気持ちで尋ねた。

「そのお嬢様はなんてお名前なのですか?」

シスターが目を細めて笑う。
女なのに皴が綺麗に見えるなんて不思議だ、なんて、思って眺めていた。

「イデア様」
「それは、立派な方になりそうですね」

そう笑い返し、私は国で一番大きな女子修道院の中庭から空を見上げた。

     ◇


イデアか。

「貴族の人?」
「うん。グレンフェル伯爵令嬢だって。とても綺麗で、強くて、優しくて……本当にお世話になったのよ。逃がしてくれたの」
「……」

胸の奥が、嫌に捩れる。
悪阻より悪い嫌な感じ。

抱きつく娘の肩を掴んでしっかり立たせ、泣き濡れた頬を両手で挟んだ。

「あんた、その先生を裏切って帰って来たの?」
「…………」

宮廷にはキャタモールという狂人がいる。

「ぁ……!」

シャーロットが蒼褪め目を瞠った。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...