恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

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シャーロットを逃がさなければいけないとしたら、今だ。
私はシャーロットのドレスの襞に隠れて膝を立てた。カール殿下も私を支えながらすぐ動けるよう身構えている。

「申し訳ありませんでした、陛下。罰せられるとしたら、それはイデア先生ではなく私です。私はわかっていてあの男に従いました。言う事を聞かなければ、家族を殺すと脅されました。申し訳ありません……!」

ついにシャーロットが泣き崩れる。
よく頑張った。私はカール殿下がそうしてくれたようにシャーロットを腕に収める。

「お聞きになりましたか?」

私はもう震えても、腰を抜かしてもいない。

「先生……ごめんなさい……っ」

私の胸に傷ついた顔を埋めて泣くシャーロットを抱きしめ、私は、陛下を睨んだ。

「キャタモール卿が正しかったのは、せいぜい無難な調合と外科的な技術くらいです。弱味に付け込み、騙し、欲望のままに操るのです。私もそうでした。皮膚病の治療を受けましたが、宮廷での仕事を斡旋すると誘われ来てみれば、そこには鼻を削がれた可哀そうなシャーロットがいたのです」

多少、話を脚色した。
今は正気を保つのが苦手な陛下がそれを真実と思い込めばそれでいい。

「陛下、ご覧ください。キャタモールは濡れ衣を被せらえた悲運な男の顔をしていますでしょうか?」
「……」

陛下がさっきまでシャーロットを掴んでいた手を彷徨わせ、ゆっくりとキャタモールを振り返る。

「悪事が露呈した罪人の顔では?」
「キャタモール……」

陛下から憤怒で震える気配がしたので、私はシャーロットを強く引いて更に抱きしめた。長い手を振り回し、意図的ではなくともシャーロットに当たり怪我をさせるかもしれない。そんな私ごとカール殿下が抱え込み、厳しい視線を狂った二人の男へ送る。

「貴様、騙したな!」

陛下が吠えた。
形勢が逆転した。

鞭打ちで済むか見物だ。

「…………ふ……ふふ、ははは」

さすがと言うべきかキャタモールは笑い始める。
その目は憎悪に熱く燃え、敗北を認めてはいない。

「何が可笑しい!!」

陛下は体を折るほど絶叫し、節くれ立った手を開いたり閉じたりしながらその場で悶絶している。間近で見上げる私の目には、くっきりとこめかみに浮かぶ青筋や獰猛な双眸が既に理性を取り戻せはしない証として残酷に映った。

キャタモールが呆れたように首を振る。

「騙したのは、私ではなく強欲な歌姫です。陛下と私を巧みな寝技で篭絡し、あなたに愛を囁きながら私にも甘い子守歌を歌った。全てあの女の仕業です」

見下げ果てたとはこの事か。
黙っている筋合いはない。実の娘であるシャーロットの耳に入れるのは多少気が引けたが、仕方がないと割り切るしかない。

「嘘です。陛下、その男は陛下の愛する人を無理矢理──」
「それはお前が言ったんだイデア!」

キャタモールが私の言葉尻を奪い怒鳴る。

「お前は己の賢さに慢心し度々間違えた。閃きに合わせて現実を捻じ曲げる傲慢で愚かなお嬢さん、王太子を誑かし、せいぜいこの国を捏ね繰り回し無残に崩壊させるがいい」
「……」

確かに、そうだ。私は間違えた。
わかったつもりで出した答えが想像でしかない場合もあるのだ。

「あなたを助けた事も間違いね」

私が吐き捨てるように言ってもキャタモールはまだ醜悪な笑みを返す。

「そうとも限らない。陛下、全てが嘘というわけでもないのですよ」
「どういう意味だ」

カール殿下が問い質した。
その判断は正しい。もう陛下に決断を下すだけの冷静さは残されておらず、ただ怒りと悲しみに翻弄される老人でしかないのだ。

キャタモールが目を細める。

「クリスティーンは実際、陛下の子を産んだのです。殿下、あなたには妹がいるのですよ。シャーロットではなく、別のね」
「何?」

カール殿下が眉を顰めた。

「それは本当か!?」

叫ぶ陛下にキャタモールは無礼にも指を向けた。

「あなたが!あの女を抱きながら『息子なら殺す』と言ったせいです。覚えていますか?肺病に罹り別荘で療養した年があったでしょう。肺病なんかじゃありませぇん!あの時に、娘を一人産んだのです」

誰もが言葉を失った。
私を抱えるカール殿下は父親と同じ表情で瞠目し、私の腕の中でシャーロットも愕然として泣き止んでいる。

カール殿下にとって半分は血の繋がった妹、シャーロットにとって父親違いの姉が、実在するとキャタモールは言っている。

それは嘘か、真実か。
確実なのはキャタモールの切り札という事。

「亡きクリスティーンとあなたの娘ですよ、陛下。私以外、誰も知らない。会いたいですか?陛下。会いたいでしょう。そこにいる二人と並ぶと丁度、三姉妹のように見えるでしょうねぇ!」

さながら歌いあげるように言うと、キャタモールは懐から小瓶を取り出した。

「ですが、今度は鞭で打とうともこの口は語りません」

小瓶を陛下に向け、乾杯の仕草を見せる。

「痛かったなぁ。これは復讐ですよ、陛下。あなたはまた、女を失う」
「!」

キャタモールが小瓶の蓋を開け中身を呷る。

「駄目!」

私は叫び、シャーロットを離しカール殿下の腕から飛び出した。

処罰から免れるための戯言であれば、キャタモールは己の口を塞ぎはしない。これは命懸けの復讐。陛下の娘の居所を言わないままこの世を去るつもりだ。

「吐いて!」

キャタモールに掴み掛かる。口を開かせようと顎を掴むが、キャタモールは頑なに避けた。私は追った。追い縋り、キャタモールの髪を掴み、目の前に回り込んで再び顎に手を掛けた。

目が合うと、キャタモールは満面の笑みで中身を噴いた。

液体を浴びた瞬間、私は絶叫した。

「あああああっ!!」
「イデア!」

カール殿下の声がした。
私は顔を押さえて転倒し、絶叫し、悶絶する。

キャタモールが口に含んだのは致死量の毒ではなかった。私は顔の激痛に悶え、叫び続けた。気を失えるほどの毒薬ではないのがキャタモールの残忍な狙いを表している。

「ああえあやう!」

毒薬によって咥内を損傷したキャタモールは、もうまともな言葉を発する事ができない。だが勝ち誇ったように笑い続ける。

私はカール殿下の手から逃げ続けた。恐らく私の顔の皮膚は酷く損傷している。愛する男に見られてはたまらない。だが力では敵わず抱きかかえられてしまう。顔を覆う掌も痛い。

そこへ異国の言葉が飛び込んできた。
カルネウスの声だ。向こうの言葉でカール殿下と二言三言交わし、二人掛かりで私を運ぶ。

「いや……っ、いやぁぁッ!!」

目を開けられない私は本能的な恐怖で叫んだ。

幸い、カルネウスの判断で噴水の水によって迅速に毒薬を洗い流された私は、激痛の割には軽傷で済み失明も免れたが、とても人前に顔を晒す事の出来ない状態になった。
宮廷医師キャタモールは投獄された。医師を失った宮廷にはリムマーク大公国の王子二人が滞在を延ばし、内カルネウスが私の主治医として治療に当たってくれた。

カール殿下は私の醜い顔を見ても愛を囁いた。
私が薬で痛みを感じない間は、労わりや願いを込め口づけまでする始末。私はその愛を疑いはしなかった。

ただ問題は、私が妃として隣に並べる姿ではないという事だった。
鏡を覗き込む度に、完治すると言うカルネウスが嘘吐きに思えてならない。
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