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78(エルズワース3世)
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一見、柔和で愛らしい顔立ちだが強い意思を込め鋭く光る双眸。
懐かしい眼差しが私を捉える。
「神の御前に私たちは皆等しく、私があなたのご命令に従う理由は一つもありません」
私の女きょうだいの若かりし頃に確かに似ている。
この娘は私の血を引いている。
「ハンナ……」
今日初めて知った娘の名を呼ぶ幸福と、拒絶される悲しみが同時に私を襲う。
「シスター・ハンナとお呼びください」
「どうしても駄目なのか。私が、これだけ頼んでも」
「あなたは神ではありません」
断固とした拒絶が意地や強がりであったなら、どんなによかったか。
立派な修道女として成長した娘のハンナは、敬虔且つ聡明であり、私の甘言にも心を迷わせたりはしない。眼光と意志の強さは母親譲り。
私は尚も言い募った。
そうせずにはいられなかった。
「確かに、お前の言う通りだ。私は神ではないし、今や権力すら持たない寂しい老人だ。だが、お前にしてやれる事は多いはずだよ。豊かな暮らしや、年相応の遊びや、満たされる食事。修道服しか着た事ないだろう?美しいドレスや宝石をたくさん用意してあげるよ」
「祈る事はないのですか?」
柔らかな声音に潜む、冷徹さ。
私は娘に愛されるどころか、必要とされてすらおらず、寧ろ軽蔑されているのだと思い知らされる。
「祈っても妃は死んだ」
それは私の切り札だった。
神を呪うに足る理由。
しかしハンナは厳格に私を嗜める。
「あなたは祈り続ける事もできたはずです。けれど姦淫の罪を犯し、隠蔽すべき事故として私が産まれた。聞いております。もし私の性が違えば、縊り殺すつもりだったと」
「ハンナ……!」
明確な怒りが可愛らしい双眸から放たれ、私は思わず手を伸ばした。ハンナは私の手を避けた。
「忌むべき命として生まれ亡き者にされようとした私を生かしてくださったのは神の御意思。あなたが肉体の親であろうと、私の死を望んだ実の親という事をお忘れにならないでください」
「あの時の私はどうかしていた。古くからそういうしきたりだったし、妃が亡くなってとても正気ではいられなかった」
「だから姦淫に溺れたと?あなたは私にとって罪の証であり、祈りでしかありません」
「?祈ってくれるのかい……?」
それは一縷の望みに聞こえた。
しかし、そうではなかった。
「はい。あなたの罪の為に祈れるのは、この世に私一人しかおりません」
「……」
私は、言葉を失った。
私は、この世にたった一人の娘にすら愛されない憐れな男なのだ。
「お前は穢れてなどいないよ」
せめてもの償いに掛けた言葉は更に娘の怒りを買った。
ハンナは不愉快を顕わに眉を顰め、私を睨んだ。
「神が生かされたこの命を穢れているなどと考えた事はありません。神の愛の御前に私たちの命は皆等しく尊いものであり、あなたとて穢れてはおりません。あなたは何を仰るのですか?」
「すまない」
これ以上の軽蔑は耐えられなかった。
誇りなどない。ただ、私の愛は届かないという事実が悲しすぎて辛い。
「では、お前は、ここでの暮らしに満足なんだね?」
「ええ。感謝しております。あなたではなく神に」
「わかったよ」
例え私の手を取らず、私の与えてやれるものを拒んだとしても、私は娘ハンナを愛し続ける。
「気が変わったらいつでも──」
「もし私が修道院を出てドレスを身に纏うような日が訪れたとしても、それは神の御導きであり、あなたの誘惑を受け入れたからではありません」
これ以上はもう無理なのだと認めるしかない。
厳格な修道院の暮らしの邪魔をしてはいけないという思いから、私は辞する旨を伝えた。すると意外にも見送りに出てくれて、軽い世間話のような会話には応じてくれた。
それで満足するしかない。私には、父親の資格がないのだから。
「今日は会ってくれてありがとう。ハンナ、愛しているよ」
馬車に乗り込む直前、これが最後と覚悟をして私は告げた。
ハンナは悪意なく、驚いた表情で言葉を洩らした。
「あなたが愛しているのは御自分だけなのでは。妻、恋人、娘など、女はご自分を慰める玩具でしかないように思えますが」
打ちのめされた。
私は、そう遠くない未来、孤独に死ぬのだろう。
そして妃の待つ天国には昇れない。
「ハンナ。教えてくれ。私は妃に会えるだろうか。どうすればいい?」
「……」
ハンナはしばらく私を見つめ、やっと、やっと微笑みを浮かべてくれた。
「祈り続けてください」
私を父と慕いはしない。だが、とても愛らしい、私の娘。
「わかった。そうするよ」
私は約束し、馬車に手を掛けた。
「──あの」
ハンナが呼び止める。
私は嬉々として留まり、体ごと娘の方へ振り向いた。
ハンナは真面目な顔で言った。
「宮廷にお伺いする正当な理由でしたら一つだけあります」
此処まで拒絶され、愚かな望みを抱く程、私は耄碌してはいないし身勝手でもない。受け入れられないとしても私はただ、愛に素直な男であっただけなのだ。
愛しいハンナに、私は微笑みを以て問い返す。
「それはなんだい?」
ハンナは答えた。
「王妃様の御役に立てる事がありましたら、何を置いても参ります」
イデア。
あの強く気高い、美しい仮面の王妃。
「義姉さんを慕っているのかい?」
「ええ。あの方は敬虔で、尊敬に値する方です」
「そうかい。伝えるよ」
「お願いします」
私は道を間違えた。
だが、その結果、今こうしてハンナと向き合い、言葉を交わす事ができる。
はるほど。
これが神のする事か。
「さようなら、ハンナ」
「御足労頂きありがとうございました。旅の無事をお祈りいたします」
娘ではなくとも、優しいシスター・ハンナが細やかな笑顔で挨拶を交わしてくれる。
それで充分なのだ。
私は王家の馬車に乗り、城へ帰る。
私が孤独に生きた場所へ。
私は良い父親ではなかったが、善き国王ではあったはずだ。
子供たち同様アレテイトは私の手を離れ、二度と戻りはしない。
「……カール」
息子は間違わないだろう。
息子には、ハンナさえも慕う仮面の王妃────イデア先生がついているのだから。
懐かしい眼差しが私を捉える。
「神の御前に私たちは皆等しく、私があなたのご命令に従う理由は一つもありません」
私の女きょうだいの若かりし頃に確かに似ている。
この娘は私の血を引いている。
「ハンナ……」
今日初めて知った娘の名を呼ぶ幸福と、拒絶される悲しみが同時に私を襲う。
「シスター・ハンナとお呼びください」
「どうしても駄目なのか。私が、これだけ頼んでも」
「あなたは神ではありません」
断固とした拒絶が意地や強がりであったなら、どんなによかったか。
立派な修道女として成長した娘のハンナは、敬虔且つ聡明であり、私の甘言にも心を迷わせたりはしない。眼光と意志の強さは母親譲り。
私は尚も言い募った。
そうせずにはいられなかった。
「確かに、お前の言う通りだ。私は神ではないし、今や権力すら持たない寂しい老人だ。だが、お前にしてやれる事は多いはずだよ。豊かな暮らしや、年相応の遊びや、満たされる食事。修道服しか着た事ないだろう?美しいドレスや宝石をたくさん用意してあげるよ」
「祈る事はないのですか?」
柔らかな声音に潜む、冷徹さ。
私は娘に愛されるどころか、必要とされてすらおらず、寧ろ軽蔑されているのだと思い知らされる。
「祈っても妃は死んだ」
それは私の切り札だった。
神を呪うに足る理由。
しかしハンナは厳格に私を嗜める。
「あなたは祈り続ける事もできたはずです。けれど姦淫の罪を犯し、隠蔽すべき事故として私が産まれた。聞いております。もし私の性が違えば、縊り殺すつもりだったと」
「ハンナ……!」
明確な怒りが可愛らしい双眸から放たれ、私は思わず手を伸ばした。ハンナは私の手を避けた。
「忌むべき命として生まれ亡き者にされようとした私を生かしてくださったのは神の御意思。あなたが肉体の親であろうと、私の死を望んだ実の親という事をお忘れにならないでください」
「あの時の私はどうかしていた。古くからそういうしきたりだったし、妃が亡くなってとても正気ではいられなかった」
「だから姦淫に溺れたと?あなたは私にとって罪の証であり、祈りでしかありません」
「?祈ってくれるのかい……?」
それは一縷の望みに聞こえた。
しかし、そうではなかった。
「はい。あなたの罪の為に祈れるのは、この世に私一人しかおりません」
「……」
私は、言葉を失った。
私は、この世にたった一人の娘にすら愛されない憐れな男なのだ。
「お前は穢れてなどいないよ」
せめてもの償いに掛けた言葉は更に娘の怒りを買った。
ハンナは不愉快を顕わに眉を顰め、私を睨んだ。
「神が生かされたこの命を穢れているなどと考えた事はありません。神の愛の御前に私たちの命は皆等しく尊いものであり、あなたとて穢れてはおりません。あなたは何を仰るのですか?」
「すまない」
これ以上の軽蔑は耐えられなかった。
誇りなどない。ただ、私の愛は届かないという事実が悲しすぎて辛い。
「では、お前は、ここでの暮らしに満足なんだね?」
「ええ。感謝しております。あなたではなく神に」
「わかったよ」
例え私の手を取らず、私の与えてやれるものを拒んだとしても、私は娘ハンナを愛し続ける。
「気が変わったらいつでも──」
「もし私が修道院を出てドレスを身に纏うような日が訪れたとしても、それは神の御導きであり、あなたの誘惑を受け入れたからではありません」
これ以上はもう無理なのだと認めるしかない。
厳格な修道院の暮らしの邪魔をしてはいけないという思いから、私は辞する旨を伝えた。すると意外にも見送りに出てくれて、軽い世間話のような会話には応じてくれた。
それで満足するしかない。私には、父親の資格がないのだから。
「今日は会ってくれてありがとう。ハンナ、愛しているよ」
馬車に乗り込む直前、これが最後と覚悟をして私は告げた。
ハンナは悪意なく、驚いた表情で言葉を洩らした。
「あなたが愛しているのは御自分だけなのでは。妻、恋人、娘など、女はご自分を慰める玩具でしかないように思えますが」
打ちのめされた。
私は、そう遠くない未来、孤独に死ぬのだろう。
そして妃の待つ天国には昇れない。
「ハンナ。教えてくれ。私は妃に会えるだろうか。どうすればいい?」
「……」
ハンナはしばらく私を見つめ、やっと、やっと微笑みを浮かべてくれた。
「祈り続けてください」
私を父と慕いはしない。だが、とても愛らしい、私の娘。
「わかった。そうするよ」
私は約束し、馬車に手を掛けた。
「──あの」
ハンナが呼び止める。
私は嬉々として留まり、体ごと娘の方へ振り向いた。
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此処まで拒絶され、愚かな望みを抱く程、私は耄碌してはいないし身勝手でもない。受け入れられないとしても私はただ、愛に素直な男であっただけなのだ。
愛しいハンナに、私は微笑みを以て問い返す。
「それはなんだい?」
ハンナは答えた。
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