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「ようこそ、お父様」
父との再会は私の悲願でもあった。
「イデア!いやいや、王妃様!あぁ……お前はやり遂げてくれると信じていた!!」
「座ってください」
椅子をすすめる。
謁見の間ではなく談話室に父グレンフェル伯爵を呼びつけたのは、親子で対話をする為だ。カール同席の上で大切な話がある。
「ああ、陛下!陛下、結婚式ではご挨拶もできず申し訳ありませんでした。何しろ国をあげての祝い事で、全く二人に近づけなかったものですから……!」
招待しないわけにはいかない。
だから儀礼として招待はしたが、人事を尽くして接触を避けた。せっかくの祝宴に水を差されてはたまらないからだ。おかげでいい結婚式になった。
「お父様、陛下に馴れ馴れしくなさらないで」
「お、おお、すまない」
父は期待に胸を膨らませ、希望に目を輝かせ、頬まで染めて私に従う。
王族と親戚になったグレンフェル伯爵家の浮かれようは目に余るものがある。
「イデア、今日の仮面も素敵だ」
正直なところ顔の傷はほぼ完治している。
但しせっかく国をあげて仮面の王妃と銘打ってくれているのだから、最初の数年は大いに利用させてもらう事にした。人の心は名前に従う。強烈な印象を与えることで人々は動くのだ。
大きな変化を起こすには素顔の美しい私より秘密めいた仮面が効果的。
但し最近は会話や飲食の都合上、鼻から下は露出している。その分、鼻から上の装飾には職人に腕を揮わせている。カールが誂えてくれる数々の美しい仮面は私にとってドレスと同義になっていた。
優雅に鎮座している若き国王カール陛下へと父が度々視線を送る。
私はカールの隣に座り、結論を突き付けた。
「今日この時を以て私はグレンフェル伯爵家と決別します」
「へ?」
父が妙な声を上げる。
私は満面の笑みを浮かべた。父から見えているのは、まあ、口だけだが。
「確かにお父様の教育が私を助けた事も多々ありました。しかし、私やお母様やフィオナを物のように扱っていた事がどうしても許せません」
「イデア……な、何を……」
「陛下は愛情深い方ですから、爵位返上まではお考えではありません。今後は赤の他人として、一伯爵としてこの国の為に尽くしてください」
「はっ!?ま、待ってくれ、イデア!?」
「グレンフェル伯爵。私の妃を名前で呼ぶのは、この世に私一人でいい」
カールが穏やかな微笑みを浮かべ告げる。
その瞳の奥に宿る鋭い刃に気づかないグレンフェル伯爵ではない。一応、私を育てた男だ。
「は……陛下……」
戸惑いと緊張にグレンフェル伯爵の顔色は忽ち蒼褪め、脂汗まで浮き出す始末。こうなると私も尚更楽しくなってくる。
「陛下」
グレンフェル伯爵は私ではなくカールに懇願するようだ。
「私めに至らぬ点があったのでしたら、どうぞ罰してください。厳粛に受け止め改めさせていただきます」
「それについては後程正式に発表する」
「え?は……発表……?」
穏やかに微笑み続けるカールの言葉に、グレンフェル伯爵の顔も白くなってきた。予想通り、結局は情に訴えてくる。グレンフェル伯爵は私に縋った。
「どうして……!」
「嫌いなのです」
ああ、やっと言った。
気持ちいいだろうと想像していた以上に快感だ。
あまりに気分がよくて身を乗り出し老いた目を覗き込んだ。ここでも仮面は効果を発揮し、一人の伯爵を怯えさせる。
「ですが、そうは言ってもお父様ですから特別な日に御招待したのです」
「な……!?」
「王妃である私の血縁者が優遇されないという見せしめになってください」
午後、アレテイト王国議会が開かれた。
そこで私はこれまで男しか入室を許されなかった議事堂に入り、陛下の隣に腰を下ろした。
議事堂の片隅にはグレンフェル伯爵同様に証言の取れた貴族が14人、傍聴者という建前で壁に背を貼り付けるようにして並んでいる。
「まず、はじめに言っておく事がある」
カールが重々しく口火を切る。
「今後、王妃イデアの言葉は私の言葉。皆、私の妃と相対する時、私と相対している事を肝に銘じてほしい」
そして私との約束を果たした。
「我がアレテイト王国では300年に渡り、保護を目的として女性を法的に管理してきた。これにより身勝手な悪しき風習が根付いたのは我々男が悔い改めなければならない罪だ」
議事堂がざわつく。
「女性は我々と等しく、また命を産みだす尊い存在である事から守られるべきである。そして結婚は政治的側面を保ちつつ、愛と敬意によって結ばれるべき契約である」
「お待ちください!」
大臣の一人が挙手と同時に起立して叫んだ。
「陛下は二代続けて同じ過ちを犯そうとしておいでだ!愛とやらに惑わされ国を乱すおつもりか!」
「そうだそうだ!」
「陛下はまだお若くいらっしゃるから女の害悪というものがわからないのです。どうか──」
続く数々の野次を受け止め、カールが腰を上げた。
議事堂が静まり返る。
カールは硬質且つ平坦な声で鎮圧する。
「では生涯を賭し確かめるといい。若い私は貴殿等の死後も生き、アレテイトをより善い国へと変え続ける」
年老いた議員たちにとって、若きカール国王は母親を亡くし悲しみに暮れた幼き王太子のままだったのかもしれない。
だが違う。
彼は愛の為に狂える大人の男で在るとともに、心優しい国王なのだ。
「これより新法・聖母子法を施行する。これは国王の権限に基づき無条件に制定される特別法である。男は結婚その他によって女を所有してはならず、愛と敬意を以て支え合うものとする。家長・当主は結婚の日まで娘・姉・妹の心身に配慮した形によりこれを監督し、未婚のまま生涯を送る場合は同様に──」
議事堂内を見回すと興味深い変化が見て取れた。
呆れ驚愕する者、憤慨する者、真摯に頷く者、歓喜に打ち震える者、拍手する者と様々だ。案外、この国には愛妻家や愛情深い父親が多いのかもしれない。
「またこれまで見過ごされてきた婦女子へのあらゆる暴力への罰則を設ける。従来の財産に対する損害ではなく、暴行、侮辱、詐欺、殺人等、全て我々男に働いた場合と同様の刑に処す。無論、血縁や身分は不問である」
私は父親であるグレンフェル伯爵と見つめ合う。
仮面の下で私がどのような表情でいるかさえ、あの男にはわからないだろう。
カールは滞りなく新しい時代の幕開けを告げる。
「発布に伴い、特例として過去3年に遡り妻・娘・姉妹・その他関りの深い婦女子への罪を犯した者を有罪に処す。今回に限り実刑は免除し罰金刑となるが次は実刑となることをご承知いただく。名を呼ばれた者は前へ」
これは長い冬の始まり。
お父様、さあ、ご覧あそばせ。
聞き分けの良いあなたのイデアが、その分厚い手を噛み砕く様を。
「グレンフェル伯爵、罪状、夫人への暴行と娘二人の心身を脅かす政略結婚。ラーウィル侯爵、罪状、夫人への暴行と夫人の侍女に対する強制堕胎。リネカー侯爵、罪状、複数の婚約破棄と結婚詐欺。マレン公爵令息ダーウォード卿、罪状────」
父との再会は私の悲願でもあった。
「イデア!いやいや、王妃様!あぁ……お前はやり遂げてくれると信じていた!!」
「座ってください」
椅子をすすめる。
謁見の間ではなく談話室に父グレンフェル伯爵を呼びつけたのは、親子で対話をする為だ。カール同席の上で大切な話がある。
「ああ、陛下!陛下、結婚式ではご挨拶もできず申し訳ありませんでした。何しろ国をあげての祝い事で、全く二人に近づけなかったものですから……!」
招待しないわけにはいかない。
だから儀礼として招待はしたが、人事を尽くして接触を避けた。せっかくの祝宴に水を差されてはたまらないからだ。おかげでいい結婚式になった。
「お父様、陛下に馴れ馴れしくなさらないで」
「お、おお、すまない」
父は期待に胸を膨らませ、希望に目を輝かせ、頬まで染めて私に従う。
王族と親戚になったグレンフェル伯爵家の浮かれようは目に余るものがある。
「イデア、今日の仮面も素敵だ」
正直なところ顔の傷はほぼ完治している。
但しせっかく国をあげて仮面の王妃と銘打ってくれているのだから、最初の数年は大いに利用させてもらう事にした。人の心は名前に従う。強烈な印象を与えることで人々は動くのだ。
大きな変化を起こすには素顔の美しい私より秘密めいた仮面が効果的。
但し最近は会話や飲食の都合上、鼻から下は露出している。その分、鼻から上の装飾には職人に腕を揮わせている。カールが誂えてくれる数々の美しい仮面は私にとってドレスと同義になっていた。
優雅に鎮座している若き国王カール陛下へと父が度々視線を送る。
私はカールの隣に座り、結論を突き付けた。
「今日この時を以て私はグレンフェル伯爵家と決別します」
「へ?」
父が妙な声を上げる。
私は満面の笑みを浮かべた。父から見えているのは、まあ、口だけだが。
「確かにお父様の教育が私を助けた事も多々ありました。しかし、私やお母様やフィオナを物のように扱っていた事がどうしても許せません」
「イデア……な、何を……」
「陛下は愛情深い方ですから、爵位返上まではお考えではありません。今後は赤の他人として、一伯爵としてこの国の為に尽くしてください」
「はっ!?ま、待ってくれ、イデア!?」
「グレンフェル伯爵。私の妃を名前で呼ぶのは、この世に私一人でいい」
カールが穏やかな微笑みを浮かべ告げる。
その瞳の奥に宿る鋭い刃に気づかないグレンフェル伯爵ではない。一応、私を育てた男だ。
「は……陛下……」
戸惑いと緊張にグレンフェル伯爵の顔色は忽ち蒼褪め、脂汗まで浮き出す始末。こうなると私も尚更楽しくなってくる。
「陛下」
グレンフェル伯爵は私ではなくカールに懇願するようだ。
「私めに至らぬ点があったのでしたら、どうぞ罰してください。厳粛に受け止め改めさせていただきます」
「それについては後程正式に発表する」
「え?は……発表……?」
穏やかに微笑み続けるカールの言葉に、グレンフェル伯爵の顔も白くなってきた。予想通り、結局は情に訴えてくる。グレンフェル伯爵は私に縋った。
「どうして……!」
「嫌いなのです」
ああ、やっと言った。
気持ちいいだろうと想像していた以上に快感だ。
あまりに気分がよくて身を乗り出し老いた目を覗き込んだ。ここでも仮面は効果を発揮し、一人の伯爵を怯えさせる。
「ですが、そうは言ってもお父様ですから特別な日に御招待したのです」
「な……!?」
「王妃である私の血縁者が優遇されないという見せしめになってください」
午後、アレテイト王国議会が開かれた。
そこで私はこれまで男しか入室を許されなかった議事堂に入り、陛下の隣に腰を下ろした。
議事堂の片隅にはグレンフェル伯爵同様に証言の取れた貴族が14人、傍聴者という建前で壁に背を貼り付けるようにして並んでいる。
「まず、はじめに言っておく事がある」
カールが重々しく口火を切る。
「今後、王妃イデアの言葉は私の言葉。皆、私の妃と相対する時、私と相対している事を肝に銘じてほしい」
そして私との約束を果たした。
「我がアレテイト王国では300年に渡り、保護を目的として女性を法的に管理してきた。これにより身勝手な悪しき風習が根付いたのは我々男が悔い改めなければならない罪だ」
議事堂がざわつく。
「女性は我々と等しく、また命を産みだす尊い存在である事から守られるべきである。そして結婚は政治的側面を保ちつつ、愛と敬意によって結ばれるべき契約である」
「お待ちください!」
大臣の一人が挙手と同時に起立して叫んだ。
「陛下は二代続けて同じ過ちを犯そうとしておいでだ!愛とやらに惑わされ国を乱すおつもりか!」
「そうだそうだ!」
「陛下はまだお若くいらっしゃるから女の害悪というものがわからないのです。どうか──」
続く数々の野次を受け止め、カールが腰を上げた。
議事堂が静まり返る。
カールは硬質且つ平坦な声で鎮圧する。
「では生涯を賭し確かめるといい。若い私は貴殿等の死後も生き、アレテイトをより善い国へと変え続ける」
年老いた議員たちにとって、若きカール国王は母親を亡くし悲しみに暮れた幼き王太子のままだったのかもしれない。
だが違う。
彼は愛の為に狂える大人の男で在るとともに、心優しい国王なのだ。
「これより新法・聖母子法を施行する。これは国王の権限に基づき無条件に制定される特別法である。男は結婚その他によって女を所有してはならず、愛と敬意を以て支え合うものとする。家長・当主は結婚の日まで娘・姉・妹の心身に配慮した形によりこれを監督し、未婚のまま生涯を送る場合は同様に──」
議事堂内を見回すと興味深い変化が見て取れた。
呆れ驚愕する者、憤慨する者、真摯に頷く者、歓喜に打ち震える者、拍手する者と様々だ。案外、この国には愛妻家や愛情深い父親が多いのかもしれない。
「またこれまで見過ごされてきた婦女子へのあらゆる暴力への罰則を設ける。従来の財産に対する損害ではなく、暴行、侮辱、詐欺、殺人等、全て我々男に働いた場合と同様の刑に処す。無論、血縁や身分は不問である」
私は父親であるグレンフェル伯爵と見つめ合う。
仮面の下で私がどのような表情でいるかさえ、あの男にはわからないだろう。
カールは滞りなく新しい時代の幕開けを告げる。
「発布に伴い、特例として過去3年に遡り妻・娘・姉妹・その他関りの深い婦女子への罪を犯した者を有罪に処す。今回に限り実刑は免除し罰金刑となるが次は実刑となることをご承知いただく。名を呼ばれた者は前へ」
これは長い冬の始まり。
お父様、さあ、ご覧あそばせ。
聞き分けの良いあなたのイデアが、その分厚い手を噛み砕く様を。
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