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穏やかな風が吹く春の朝、私の息子でありアレテイト王国の王太子ギデオンが盛大に泣き喚いた後、昏々と眠った。
2才の息子にとって別離を理解できているか怪しいところだが、大好きなシャーロットにもう抱きしめて貰えなくなると察知したのかもしれない。
同じく私の第二子で第二王子のマシューは自分の手を見て笑っていたので心配ないだろう。彼の優しい雰囲気は既に父親であるカールに酷似していて、乳母を筆頭に宮廷内を和ませている。
子供たちと半日以上も離れるのは初めてだ。
「いやぁ、実に5年もいたのか。有意義であった!」
街道へ続く城門を潜りながらアンセルム殿下は高らかに宣う。
即位したてのカールの傍で次期国王という盟友として支え、励まし、賑やかし、アレテイト王国での日々を堪能した彼がついにリムマーク大公国から呼び戻された。
別れの時が来たのだ。
「4年と9ヶ月半」
「それを5年と言うんだ」
アンセルム殿下とカルネウスの関係は些か奇妙に映るが、リムマーク大公国ではこれが普通なのだろう。いつかカールが言っていたように、リムマーク大公国に渡った方がシャーロットは幸せになれるというのは真実だと私も思う。
シャーロットは見違えた。
泣き虫で手を焼いた細身の村娘は今やすっかり成熟し、知的なカルネウスの助手を務めているという聡明な印象も手伝って、儚くも美しい月の姫とまで評されている。
妃となるに相応しい美しい姫君を東の砦まで見送るつもりだ。本当なら国境間際まで見送りたいが、国王夫妻が悠長に感傷に浸ってはいられないため、日帰りが可能な距離の砦でけじめをつけた。
馬車の旅は快適で楽しく、5人で和気あいあいと語り合いながらの半日は青春と呼ぶに相応しい輝きに満ち溢れていた。
同盟の日は近く、約束されている。
やがて陽が傾き始め、砦に着いた。
リムマーク大公国へと向かう一行はここで一泊し、明日からはアレテイト王国の使者によって丁重に護衛され、見送られていく。
私たちは馬車を下りた。
僅かに夜の冷気を含み始めた風が頬を撫でる。
「シャーロット。元気でね」
「王妃様……」
「あなたとこうしてお別れできる事を嬉しく思うわ。実はとても寂しいの。あなたは手のかかる生徒で、守らなければならない人質でもあったし、頼れる侍女だった。だけど、本心ではあなたを妹として愛してる。おめでとう、シャーロット。カルネウスと幸せに」
「……っ」
それまで透き通るような美しさと笑顔を湛えていたシャーロットが、唐突に泣き崩れる。呆気にとられた私の胸にシャーロットが飛び込んできて号泣した。
「あー……」
シャーロットの壮絶とも言える程に震える肩へ私が手を置くと、カールが私の背中に手を添えて耳元で囁いた。
「君が泣かせた」
そして励ますような口づけをこめかみに落とし、私の背中をやはり励ますようにそっと叩く。
私は咽び泣くシャーロットを抱きしめた。
細く、温かく、力強い彼女に言葉を掛ける。
「すぐに会えるわ。アンセルム殿下の戴冠式、アンセルム殿下か陛下の結婚式、それにあなたとカルネウスの結婚式」
「うむ。二人には5年程滞在してもらわないといけないな」
「口を挟まないで」
私が陽気で押しの強いアンセルム殿下を窘めると、カルネウスが気を利かせて遠くへ連れて行ってくれた。彼の功績はあらゆる意味で偉大である。
気を取り直し、泣きじゃくるシャーロットの頬を掌で挟んで視線を合わせる。
「大丈夫。あなたは愛されて幸せになるのよ。私たちは、いつでも会える。会えなくても心は繋がっている。そうでしょう?」
「うぅぅ……っ」
まだ泣き続けそうであり、それが微笑ましかった。
シャーロットの額に親愛の意を込めて短く口づけをし、顔を離したところで、今度はカールがシャーロットの肩に手を置き泣かせにかかる。
「イデアが言わなければ私が言っていた。いい所は全て盗られたから……一つ。私は生涯兄のつもりだから、喧嘩したら帰っておいで」
言うまでもなくシャーロットが泣き直し、向こうではアンセルム殿下がカルネウスを揶揄って遊んでいる。その笑い声が届いたおかげでシャーロットが頑張って笑った。偉い。
シャーロットは泣き笑いの可愛い顔で私の目を覗き込み、言った。
「寂しいって、とても幸せですね」
「ええ、そうね」
「お元気で。ずっと、お祈りしています。大好きです。私の、永遠の憧れの……王妃様」
笑顔を交わし、私は最後に姉らしくシャーロットの髪を撫でて送り出す。
もう少し……
もう少しの我慢。
私はできる。私は、失敗しない。
数秒待ってからカールが私の肩を抱き、優しい口づけを脳天に落とす。
「寂しいのが幸せですって。成長したわ」
「君が育てた姫君だ。よくやったよ、イデア先生」
「……」
シャーロットの背中を見送っていた私だが、カールに促され待機させていた帰りの馬車へと歩き始める。
私たちの道が分かれるのは最初から分かっていた事だ。ただ、思いがけず情が湧き、絆が生まれた。この別れは悲しみ以上の大きな意味を持っている。
名残惜しさに振り向くと、先に砦で待機していたシャーロットの母親が現れ、二人の王子に完璧なカーテシーを見せていた。シャーロットは久しぶりに再会した母親に抱きつきたくてうずうずしている様子だ。
「……またね、シャーロット」
そしてさようなら、クリスティーン。
キャタモールの尋問で判明したのはシスター・ハンナがカールの実の妹であるという事実の他に、もう一つ、クリスティーンの生存があった。彼女は名前と顔を変え、窮屈な国と重すぎる愛から逃げ果せる。彼女の生きた時代を考えればこれは圧倒的勝利に他ならない。
リムマーク大公国に渡り再び美しい歌声で人々の心を潤して欲しいと、私は、心から願う。
シャーロットが母親に抱きついた。二人の王子が微笑んでいる。
シャーロットが愛に包まれている様を目に焼き付け、私は正面を向き顔を覆った。
「……っ」
涙が溢れた。
シャーロットが私の生活から消えてしまう事があまりに寂しくて辛い。祝福と同じだけの喪失感に私は嗚咽を洩らし泣いた。カールがそんな私を隠すように背後から抱きしめる。温かな獣の熱に包まれ、優しい腕の中で私は決意を新たに宣言した。
「次は娘を産むわ……っ、絶対に、娘を産む……産んでみせる」
「ああ。君は必ずやり遂げる」
「でも妊娠したらリムマーク大公国に行けなくなる」
「大丈夫。君は失敗しない」
「ええ、そう、失敗しない。大丈夫……大丈夫」
涙が引き、両手で顔を扇ぐ。
ほぼ丸一日も城を開けてしまい仕事は溜まっている。帰ったらまず子供たちの寝顔を見てから、シャーロットの喪失という鬱憤を晴らす為にあの男の嘆願書を破り捨てよう。離婚が成立しなければアロイシャス侯爵から勘当されると騒いでいるが、自らフィオナを選んだ責任は生涯背負わせて然るべきだろう。国王であるカールだけでなく教会も二人の離婚を承認しない方針だ。
「陛下、急ぎましょう。日が暮れてしまいます」
気持ちを切り替え足を速めた私に対し、カールは立ち止まり私を見つめて微笑んでいた。
「何を笑っているのです?」
「君は本当に美しいなと感動していた」
「どうも。さあ、足を動かして。右、左、右、左」
従順な雄々しい獣は素直に歩み寄ってきて、私の肩を抱き歩調を合わせる。
「また仮面を出してこないといけないかな。派手に泣いて、きっと馬車でも泣き通しになるから目が腫れる」
「見縊らないでください。それに万が一の時はシャーロットのマスクで充分です。……!」
しまった。
心を許しているせいで時々こういう事が起こる。
「わざとね、カール……っ」
優しい策略に嵌り再び泣き出した私を腕に抱き、カールは低く囁いた。
「しばらく私だけの可愛いイデアでいればいい。城に着き、馬車を下りる一歩目から君は完璧にこなすから何も問題ない。そうだろう?」
「……」
私が泣き顔を見せる相手は世界にただ一人。
カールが優しく頬を撫で顔を近づける。口づけは甘く、私を一人の女へと変えていく。
私の涙を拭い、私を見つめ、カールは甘く囁き続ける。
「綺麗だよ。美しい涙は私たち二人だけの秘密にしよう。さあ、馬車にお乗りください。私だけの愛しい王妃様」
2才の息子にとって別離を理解できているか怪しいところだが、大好きなシャーロットにもう抱きしめて貰えなくなると察知したのかもしれない。
同じく私の第二子で第二王子のマシューは自分の手を見て笑っていたので心配ないだろう。彼の優しい雰囲気は既に父親であるカールに酷似していて、乳母を筆頭に宮廷内を和ませている。
子供たちと半日以上も離れるのは初めてだ。
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別れの時が来たのだ。
「4年と9ヶ月半」
「それを5年と言うんだ」
アンセルム殿下とカルネウスの関係は些か奇妙に映るが、リムマーク大公国ではこれが普通なのだろう。いつかカールが言っていたように、リムマーク大公国に渡った方がシャーロットは幸せになれるというのは真実だと私も思う。
シャーロットは見違えた。
泣き虫で手を焼いた細身の村娘は今やすっかり成熟し、知的なカルネウスの助手を務めているという聡明な印象も手伝って、儚くも美しい月の姫とまで評されている。
妃となるに相応しい美しい姫君を東の砦まで見送るつもりだ。本当なら国境間際まで見送りたいが、国王夫妻が悠長に感傷に浸ってはいられないため、日帰りが可能な距離の砦でけじめをつけた。
馬車の旅は快適で楽しく、5人で和気あいあいと語り合いながらの半日は青春と呼ぶに相応しい輝きに満ち溢れていた。
同盟の日は近く、約束されている。
やがて陽が傾き始め、砦に着いた。
リムマーク大公国へと向かう一行はここで一泊し、明日からはアレテイト王国の使者によって丁重に護衛され、見送られていく。
私たちは馬車を下りた。
僅かに夜の冷気を含み始めた風が頬を撫でる。
「シャーロット。元気でね」
「王妃様……」
「あなたとこうしてお別れできる事を嬉しく思うわ。実はとても寂しいの。あなたは手のかかる生徒で、守らなければならない人質でもあったし、頼れる侍女だった。だけど、本心ではあなたを妹として愛してる。おめでとう、シャーロット。カルネウスと幸せに」
「……っ」
それまで透き通るような美しさと笑顔を湛えていたシャーロットが、唐突に泣き崩れる。呆気にとられた私の胸にシャーロットが飛び込んできて号泣した。
「あー……」
シャーロットの壮絶とも言える程に震える肩へ私が手を置くと、カールが私の背中に手を添えて耳元で囁いた。
「君が泣かせた」
そして励ますような口づけをこめかみに落とし、私の背中をやはり励ますようにそっと叩く。
私は咽び泣くシャーロットを抱きしめた。
細く、温かく、力強い彼女に言葉を掛ける。
「すぐに会えるわ。アンセルム殿下の戴冠式、アンセルム殿下か陛下の結婚式、それにあなたとカルネウスの結婚式」
「うむ。二人には5年程滞在してもらわないといけないな」
「口を挟まないで」
私が陽気で押しの強いアンセルム殿下を窘めると、カルネウスが気を利かせて遠くへ連れて行ってくれた。彼の功績はあらゆる意味で偉大である。
気を取り直し、泣きじゃくるシャーロットの頬を掌で挟んで視線を合わせる。
「大丈夫。あなたは愛されて幸せになるのよ。私たちは、いつでも会える。会えなくても心は繋がっている。そうでしょう?」
「うぅぅ……っ」
まだ泣き続けそうであり、それが微笑ましかった。
シャーロットの額に親愛の意を込めて短く口づけをし、顔を離したところで、今度はカールがシャーロットの肩に手を置き泣かせにかかる。
「イデアが言わなければ私が言っていた。いい所は全て盗られたから……一つ。私は生涯兄のつもりだから、喧嘩したら帰っておいで」
言うまでもなくシャーロットが泣き直し、向こうではアンセルム殿下がカルネウスを揶揄って遊んでいる。その笑い声が届いたおかげでシャーロットが頑張って笑った。偉い。
シャーロットは泣き笑いの可愛い顔で私の目を覗き込み、言った。
「寂しいって、とても幸せですね」
「ええ、そうね」
「お元気で。ずっと、お祈りしています。大好きです。私の、永遠の憧れの……王妃様」
笑顔を交わし、私は最後に姉らしくシャーロットの髪を撫でて送り出す。
もう少し……
もう少しの我慢。
私はできる。私は、失敗しない。
数秒待ってからカールが私の肩を抱き、優しい口づけを脳天に落とす。
「寂しいのが幸せですって。成長したわ」
「君が育てた姫君だ。よくやったよ、イデア先生」
「……」
シャーロットの背中を見送っていた私だが、カールに促され待機させていた帰りの馬車へと歩き始める。
私たちの道が分かれるのは最初から分かっていた事だ。ただ、思いがけず情が湧き、絆が生まれた。この別れは悲しみ以上の大きな意味を持っている。
名残惜しさに振り向くと、先に砦で待機していたシャーロットの母親が現れ、二人の王子に完璧なカーテシーを見せていた。シャーロットは久しぶりに再会した母親に抱きつきたくてうずうずしている様子だ。
「……またね、シャーロット」
そしてさようなら、クリスティーン。
キャタモールの尋問で判明したのはシスター・ハンナがカールの実の妹であるという事実の他に、もう一つ、クリスティーンの生存があった。彼女は名前と顔を変え、窮屈な国と重すぎる愛から逃げ果せる。彼女の生きた時代を考えればこれは圧倒的勝利に他ならない。
リムマーク大公国に渡り再び美しい歌声で人々の心を潤して欲しいと、私は、心から願う。
シャーロットが母親に抱きついた。二人の王子が微笑んでいる。
シャーロットが愛に包まれている様を目に焼き付け、私は正面を向き顔を覆った。
「……っ」
涙が溢れた。
シャーロットが私の生活から消えてしまう事があまりに寂しくて辛い。祝福と同じだけの喪失感に私は嗚咽を洩らし泣いた。カールがそんな私を隠すように背後から抱きしめる。温かな獣の熱に包まれ、優しい腕の中で私は決意を新たに宣言した。
「次は娘を産むわ……っ、絶対に、娘を産む……産んでみせる」
「ああ。君は必ずやり遂げる」
「でも妊娠したらリムマーク大公国に行けなくなる」
「大丈夫。君は失敗しない」
「ええ、そう、失敗しない。大丈夫……大丈夫」
涙が引き、両手で顔を扇ぐ。
ほぼ丸一日も城を開けてしまい仕事は溜まっている。帰ったらまず子供たちの寝顔を見てから、シャーロットの喪失という鬱憤を晴らす為にあの男の嘆願書を破り捨てよう。離婚が成立しなければアロイシャス侯爵から勘当されると騒いでいるが、自らフィオナを選んだ責任は生涯背負わせて然るべきだろう。国王であるカールだけでなく教会も二人の離婚を承認しない方針だ。
「陛下、急ぎましょう。日が暮れてしまいます」
気持ちを切り替え足を速めた私に対し、カールは立ち止まり私を見つめて微笑んでいた。
「何を笑っているのです?」
「君は本当に美しいなと感動していた」
「どうも。さあ、足を動かして。右、左、右、左」
従順な雄々しい獣は素直に歩み寄ってきて、私の肩を抱き歩調を合わせる。
「また仮面を出してこないといけないかな。派手に泣いて、きっと馬車でも泣き通しになるから目が腫れる」
「見縊らないでください。それに万が一の時はシャーロットのマスクで充分です。……!」
しまった。
心を許しているせいで時々こういう事が起こる。
「わざとね、カール……っ」
優しい策略に嵌り再び泣き出した私を腕に抱き、カールは低く囁いた。
「しばらく私だけの可愛いイデアでいればいい。城に着き、馬車を下りる一歩目から君は完璧にこなすから何も問題ない。そうだろう?」
「……」
私が泣き顔を見せる相手は世界にただ一人。
カールが優しく頬を撫で顔を近づける。口づけは甘く、私を一人の女へと変えていく。
私の涙を拭い、私を見つめ、カールは甘く囁き続ける。
「綺麗だよ。美しい涙は私たち二人だけの秘密にしよう。さあ、馬車にお乗りください。私だけの愛しい王妃様」
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力を入れたところを特にお楽しみ頂けて本当に嬉しいです✨
こちらこそ、お読み下さり、嬉しいご感想をいただき、本当にありがとうございました!!
ご感想ありがとうございます!!!
一気読みでお楽しみ頂けてよかったです!!!
クズとイカレと鷲鼻に力を入れたので、そこを感じて頂けて嬉しいです。
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こちらこそ、お読み頂き、そして楽しんでくださり、ご感想もくださって、本当にありがとうございました!!!