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出会い編

想い

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 二年前、
 王宮で王妃主催のお茶会が開催されている。レオナード第一王子と同年代の高位貴族のご息女が招待されている。お茶会という名のレオナードの婚約者候補選びだ。

 レオナードは、招待された煌びやかに着飾った令嬢達が座っている五つのテーブルを順番に回り、挨拶をした。令嬢達に愛想笑いをしながら、会話に相槌をうつ。令嬢達は皆、レオナードの婚約者候補になれるようアピールしている。
(これといって印象に残る令嬢はいないな。皆、同じに見える。正直、つまらないな。剣の練習をしたいな)
 レオナードは、視線を遠くにむける。

 すると、きょろきょろと花や葉を見てまわる令嬢がレオナードの目に入る。
(どうしたのだろう? 彼女は、私に興味はないのだろうか? そういえば、一席だけ空席があった。彼女か?)
 レオナードは、テーブルを離れ、彼女に

「何をしているの?」
 と声をかけると、彼女は、綺麗なエメラルド色をした大きな目をうるませながら、振り向いた。

「この木の下で、雛が怪我をして倒れていたのです。羽根をけがしているようなので、薬草を探しているのです」
 彼女の両手の平の上には、青と白が混ざったような優しい青い色をした雛が白いハンカチの上に置かれていた。ぐったりとし、羽根が傷ついていて、血がついていた。
「あった!」
 近くにある木の根元に生えていた雑草らしき、ギザギザした緑の葉を抜き、雛の傷口に優しくあてながら、
「これで大丈夫よ。すぐ直るからね。元気になってね」
 と言いながら、彼女は、微笑みながら、雛の頭をなでてあげている。

「そんな葉っぱで、怪我が治るのか?」
 レオナードは、不思議そうに首を傾ける。
「はい、これは、傷癒し草といって、出血を止めたり、傷をふさいでくれる薬草なんですよ。さすが、王宮ですね。すぐ、見つかりました」
「薬草に詳しいんだね」
 レオナードは、この若さで薬草に詳しいことに感心した。彼女は、顔を上げ、にっこりレオナードに微笑んだ。

 レオナードは、ドキッとした。心が躍る。彼女のふんわりとした金髪が太陽の光で輝き、透明感のある白い肌、大きな目の整った容姿は、品があり、それは、まるで妖精のように愛らしくきれいな少女だったからだ。

「早く、帰ってきちんと手当してあげないと」
 大切そうに雛をもちながら、馬車のある出口に向かって彼女は、歩きはじめた。

「おい、待ってよ。今、お茶会の最中だよ。帰るの?」
 (もう少し彼女のことが知りたい)彼女の腕をレオナードは、つかんだ。彼女は、振り向いて、

「はい、お茶会より、ぴーちゃんの命の方が大切ですからね」
「ぴーちゃん?」
「はい、今、この雛に名前をつけました。うふふ、かわいいでしょう。ハッピーになるように、ぴーちゃんです」
 彼女は、得意げに言う。レオナードは、そんな彼女を愛らしく思った。
「あはは、いい名前だね」
「ありがとうございます。あの、この手、カサカサして赤くなってますね。かゆくないですか?」
 彼女は、掴んだレオナードの手を見て、痛痒そうだなと思う。
「あぁ、肌が弱くて。長時間、日に当たってるとこうなってしまうんだ」

 今日は、朝からお茶会がはじまるまでの間、レオナードは、外で剣術の練習をしていた。顔は帽子で日から隠せているが、手だけは剣を握っているため隠せない。彼女は、雛を優しく、地面に置くと、ポケットからクリームの入ったケースを出した。レオナードの手を取ると、レオナードより小さな手でそのクリームを塗った。彼女は、レオナードの肌を見ながら、

「お母さまの肌のカサカサを治したくって、作ったクリームなのです。二,三日はしっとり感が続きますよ」
 レオナードに触れている彼女の肌は柔らかく、しっとり白く綺麗な肌だった。レオナードは、突然のことで、恥ずかしいのと、彼女の微笑む愛らしい顔が側にあり、顔が真っ赤になってしまった。彼女はやり慣れているようで、微笑みながら両手に塗ってくれた。

「私の家の肌の弱い執事や侍女たちにも塗ってあげてるんです。みんな、喜んでくれるんです。肌がしっとり、きれいになるって」
「すごいな。君が作ったのか。本当だ。しっとりして、かゆみもなくなった、ありがとう」
「どういたしまして。では、私は、ここで失礼します」

 微笑みながら、ぺこっと頭をさげ、ぴーちゃんを大切そうに両手で持つと、彼女はまた、馬車にむかって歩き出していった。レオナードは、彼女の名前を聞き忘れたと思い、彼女を追いかけようとする。彼女の前には、父親らしき男性が慌てながら声をかけ、何か話し込んでいる。男性は、レオナードの姿に気づくと驚き、深々と頭を下げ、彼女と馬車にむかって行った。

「あれは、メルローズ公爵だな。……ってことは、公爵の娘だったのか。素直で、優しそうなかわいい子だったな」
 ふわっとしたやさしい微笑みがレオナードの目に浮かぶ。小さな白く綺麗な手で自分の両手にクリームを塗ってくれた時の彼女の手のぬくもりをまだレオナードは、感じている。レオナードは、自分の両手を見ながら、自然と笑みがこぼれるのだった。

 この後、レオナードは、お茶会の席に戻り、招待のご令嬢達と話したりしたが、彼女のことが頭から離れなかった。レオナードは、母親から、彼女の名をアマリリス・メルローズだと聞いた。歳はレオナードと同じ一三歳だ。

 それから、レオナードは、アマリリス嬢に会いたくてお茶会に招待しようとしたが、アマリリスの母、公爵夫人が病死し、再会は叶わなかった。


 ***

「アレル、楽しかったな。ところで、メルを平民だと思ったか?」
 無事、レオナードとアレルは、馬車道に出て、今帰路の途中だ。

「はい、楽しかったです。メルについては、本人は、平民を強調してましたが、あの立ち振る舞い、言葉遣い、容姿、教養をみるかぎり、高位貴族出のように感じます。それに、ははは、やけに平民を意識してましたしね。特に『公爵夫人の日常』は貴族令嬢に配られた本ですよ。本屋には売っていませんよね」

「だよな。私は、メルは、アマリリス・メルローズ公爵令嬢だと思う」
「本当ですか?」
 アレルは、驚き、目を見開いたのと同時にうきうきする。
「あぁ、一度お茶会であったが、容姿はそっくりだ。金髪にエメラルド色の瞳だった。それに薬草に詳しかったし、クリームを私に塗ってくれた。ケガした小鳥には、ぴーちゃんと名付けていた。ケガした小鳥の色も同じだった。そして年も同じだ。同じすぎる」

「レオ様の思い人が見つかったようで、良かったです。今日お会いしたメルはいかがでしたか? レオ様のお眼鏡にかないましたか?」
「十分すぎるほどかなっていたよ」
 レオナードは、顔が熱くなっているのを感じた。顔は、真っ赤だ。アレルは、微笑ましく思う。

「そうですよね。私も容姿だけでなく心も綺麗で、素敵な方だと思いました。動物に愛され、森の妖精のようでした。服装は、粗末でも品があり、凛としたオーラ―がありました。楽器を演奏するときの姿は神秘的でまるで、聖女のようでしたよ」

 レオナードは、メルがアマリリス公爵令嬢でなくても好意を持っただろうと思っていた。思い人と同一人物の可能性が高くどうしようもないくらいレオナードは、嬉しいのだ。メルは、アレルの言うように聖女のように綺麗だったなとレオナードは、思う。

 容姿もそうだが、心も綺麗な女性だとレオナードは、思った。ふわっとした優しい微笑みは、お茶会であったアマリリス嬢の微笑みの面影がある。メルが公爵令嬢であれば身分的な問題はなく、婚約者にできる。私の隣に立ってほしい。妻になってほしいとレオナードは、心から思った。

「でも何で公爵令嬢が森に住んでるんですかね? それも平民を装い、身分を隠してるんでしょうか?」
 アレルは、怪訝な顔をする。レオナードは、考え込む。
「そうだな。何かあるんだろうな。学園にも来ていない。アレル、メルローズ公爵家を調べてくれ」
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