愛され幼馴染はときどきオオカミ

あさつき

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第五話『本当の気持ち』

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「でも、アキちゃんももう少し気をつけた方がいいと思う」

 消毒液で傷口を拭い、ガーゼを被せながら悠斗は少々窘めるような口調で言った。
 
「自分のこと平凡だ凡人だって言ってるけど、その顔とスタイルはどう見たって凡人じゃないんだから」

 背後に向かって「何が?」と首を傾げてみせれば、呆れたようなため息が首筋にかかる。

「アキちゃんと瓜二つの顔したお兄さん、R大史上最高得票数でミスターキャンパスになったの覚えてないの? 当時散々ネットニュースで騒がれたのに……」
 
「……そうなの?」

「知らなかったの!? なんなら僕はアキちゃんの方がかっこいいとすら思ってるのに……」

「いや、それはあれだろ、幼馴染フィルターというか」
 
「欲目は否定しないけど、でも僕の周りにいる女の子たちだって八割はアキちゃん目当てなんじゃないかな? 僕と仲良くしてればワンチャン蔵川くんにお近づきになれるかもって」
 
「まさか」

 仰け反るように目を丸くすれば、悠斗は「あーあ」と言って大きく首を振る。

「まぁ知ってたけど、そこがいいところなんですけど、アキちゃんのその鈍い感性だけは間違いなく平凡以下だと思う」

「ほんと鈍感イケメンだね」と笑う悠斗に、瑛は真面目くさった顔を向けた。

「悠斗、イケメンっていうのは……」

 珍しい瑛の反論を悠斗はきょとんとした表情で見返して、しかし次に覚悟を決めたように小さく頷き続きを促す。

「ジョージ・クルーニーみたいなのを言うんだぞ」
 
「どこと張り合ってるのっ!?」

 普段なかなか聞かないような大声で悠斗に驚かれて、さらに驚いた瑛である。
 
「うわー、嘘でしょ……確かにカッコいいけど、そこは全然否定しないけど……!」

「価値基準の違いが云々」と額に手を当てしばらく唸っていた悠斗だったが、そのうちに「まぁいいや」と諦めたようにつぶやく。

「美咲さん、僕なんかより我が子こそスカウトすればいいのにっていつも思うけど、でもそこはきちんと適正を見てるってことなのかな」

 小さく笑って「はい、できた」と背中を軽く叩いて立ち上がる。
 救急セットをクローゼットに戻した悠斗は戻るなり瑛の隣にすとんと腰を下ろして、

「ときにアキちゃん」

 となぜか改まった口調でこちらに身を乗り出す。

「好きな人って誰?」

 その言葉に、ギクリと肩を揺らす。

「……何の話?」
 
「聞こえた。……たぶん僕の聞き間違えじゃないよね?」

 真っ直ぐ向けられる真剣な眼差しに、瑛の視線も心も大きく揺れた。
 悠斗にこんな風に問われたのは初めてのことだった。

「内緒なの? 水臭い」

 そう言った唇を尖らせた顔は拗ねた子供のようにもみえるが、追求の手を緩めるつもりはないようで。

「学校? バイト? 僕の知ってる人?」

 矢継ぎ早に畳み掛けられれば、ますます返答に困ってしまう。
 しかし悠斗はじっとこちらを見つめたまま珍しく粘りをみせていて、その視線から逃れるように俯いた瑛は、小さく細くため息を吐き出すと、心の奥底で燻っていた言葉を意を決して引き上げた。

「――悠斗」
 
「え? うん、なに?」

「違う、名前を呼んだんじゃなくて」
 
 そう言って一瞬、ちらりと見上げた悠斗はきちんと意味を受け取ったらしく、表情は驚きに固まっていた。
「まぁそうなるよな」という気持ちと「言ってしまった」という微かな後悔と共に、もう後には引けなくなったと開き直って告白する。

「悠斗だよ」

 言い切ったものの、正直なところ実際に言葉にするまでは自分自身半信半疑だった。
 しかし、口にしまえば腹の底に沈んだ重い空気が一度に吐き出されたように楽になった。
 だからきっと、導き出した答えは間違っていない。――はず。

「……たぶん」
 
「たぶん?!」
 
 驚きの声を上げる悠斗の顔をまともに見ることができない。
 俯きながら、胸の内で複雑な模様を描いている場所からひとつひとつ言葉を掬いあげ、並べていく。

「この前山田に色々と言われたんだ。それからずっと考えてた。今まで俺は悠斗のこと何でも知ってるって思ってたのに、知らない悠斗がどんどん増えて、その度にモヤモヤして」

 山田に「簡単だろ?」と言われたこと。
 実際に悠斗とのあれこれを想像するのは、なかなか勇気がいることだった。

「一度考えちゃうと、二度と友だちに戻れなくなるような気がして、正直なところ全部が全部きちんと想像できたわけではないんだけど」

 吉井からの告白を受けたあの時、「好きな人がいる」と口にしたその瞬間、それまであちこちに散らばっていた気持ちが一気に形を得て目の前に現れたような気がしたのは確かだ。
 それが自分が一体、誰に想いを寄せているのかという答えになるのならば。

「でもやっぱり、隣にいるのは悠斗がいい。それが、好きだっていうことになるのかなと思っ――」

 最後まで言い終えるよりも早く、ドンっと軽い衝撃とともに目の前が暗転した。
 ぶつかった鼻先が少しだけ痛い。何が起こったのかわかるまでの長い一瞬。
 自分の頭を力強く抱く腕と、額の先にある自分のものではない鼓動を感じた瞬間、瑛の心臓も一気に跳ね上がった。

「――悠斗の心臓、なんでこんなに早いの」

 そう言ったものの、早鐘のように響く心音はすぐに重なってどちらのものかはわからない。

「う、嬉しくて」
 
「……嬉しいの?」

 問い返せは、頭の後ろで勢いよく首が上下に振られる。
 それには安堵の気持ちがふつふつと湧いたが、少しだけ悩んで、「ちょっとした確認なんだけど」と悠斗に尋ねる。

「今、付き合ってる人とかいないの?」
 
「いるわけないじゃん!」

 と、悠斗は驚いたように体を離して大きな目をさらにまん丸と見開く。
 
「でも、前に謎の大人イケメンと……」

 先月見かけたことをぽつぽつと話せば、悠斗は少し間を置いて「ああ」と思い出したように答える。

「その人は姉さんの彼氏だ。もうすぐ婚約者、かな。今度プロポーズするんだって。それで色々相談に乗ったり、姉さんたちの好みのものを見立てたりなんだりと」
 
「……そうなんだ」
 
「ちなみにアキちゃんが見かけた人と、お友達の目撃情報は別人だよ」
 
「え?」
 
「なんとあちらも双子なんだ。すごくない?」
 
「それは……すごい」

 素直に感心して微笑みあったが、みるみると顔に向かって熱が集まっていった。
 こうして本人に訊ねてみれば、実になんてことはない。こんなくだらないことで悩んでいたのかと思うと――。

「なんかすげー恥ずかしいんだけど……」

 ぼそりとつぶやいつ俯くと、頭上から悠斗の少し上擦った声が落ちてくる。

「嬉しい。本当に嬉しいよ。アキちゃんのこと、小さい頃からずっと好きだった。でも怖くて、今の関係を壊したくなくて、ずっと言えなかった」

 言葉は次々と溢れるようで。

「途中でこの気持ちが何なのかわからなくなった時もあった。同性なのに、親友なのに、おかしいんじゃないかって。だけど僕もヤマに言われて腹を括った。アキちゃんが他の誰かの特別になるなんて耐えられない。隣に僕じゃない誰かがいるのは嫌だ」

「絶対にやだ。山田だって嫌だ」と強く言い切る悠斗に、思わず吹き出しそうになる。

「もし、この気持ちを諦めなくてもいいなら――アキちゃんが本当にそれでもいいなら、僕は――」

 きっとこんなに何かに必死に食い下がる姿はこれまで見たことがない。
 だったら目に焼き付けなくちゃと思い顔を上げると、存外近くに悠斗の顔があって。

「――好きだ」

 思わずこぼれた言葉だった。
 次の瞬間、泣き出しそうな顔をした悠斗が視界から消えて、代わりに唇に熱が触れた。
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