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エピローグ

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 紗雪は「不思議な話ですねぇ」と言って、もう一度スプーンで一口分掬った。そのまま口に入れて、咀嚼する。サオは構わず話し続けた。

「そうなのよ。それでね、料理が得意だった私を呼びよせて、母が言ったの。ポトラには迷い人がたくさん訪れる。だから、近くに食堂を作ってほしい……てさ」
「それで、食堂を?」
「そうそう。人の心に寄り添えるような食堂を作ってって言われてね」

 確かにこの迷い人食堂は、人の心に寄り添う優しい食堂だ。もし、人生の迷い人が訪れたら、サオの食堂に案内する。紗雪のように、サオの丼ご飯で救われる人が必ずいるはずだから。サオの母はきっと、そこまで考えたのだ。

「丼ご飯が、人の心に寄り添うのにピッタリですもんね」

 紗雪は、サオがもてなす魂の入った丼ご飯には、その力があると己で体感した。米の上におかずをのせれば、どんな食べ物も丼ご飯になる。それを豪快にかき込んで、嫌なことを忘れ、悩みや迷いを吹き飛ばす。

 サオが作り出したこのコンセプトが、迷い人たちに刺さっている。紗雪のように。

 紗雪は「素敵な親子だなぁ」と言って、残りのご飯たちをかき込もうとした。その手前で、サオが「待って」と言って止める。

 パール金属でできた、ブラウンの保温ポットを持ち上げ、そのまま紗雪が左手に持っている丼鉢の中に注いだ。中から、鰹の風味が香る、薄茶色の出汁が湯気を上げて出てくる。

 紗雪はすぐにわかった。これは締めの出汁茶漬けだと。

「うわぁー、最高ですね! いいんですか?」
「ちょっと待って、これもトッピングに」

 サオは手元の薬味箱から、小さなトングでおかかを掴んだ。そのまま丼鉢にダイブさせる。紗雪は「これはヤバい」と言って興奮した姿を見せた後、スプーンで混ぜてからそのまま口に入れた。

 止まることなく、口の中にかき込んでいく。ものの一分で、丼の中は空になった。

「ごちそうさまでした」

 紗雪は満足感を表現するように息を吐いて、天を仰いだ。それを見たサオは、キッチンに両手をつきながら、「一つ話があるの」と畏まって言った。

「話……ですか?」
「ええ、ウチの母のことなんだけど……もういい歳だからさ、楽させてあげたくてね」
「ほ、ほお」
「長い時間フロントに立たせてあげたくないのよ」
「そ、それは、そうですね」
「だ、だからね……」

 サオは紗雪に懇願した。「良かったら、ウチの母の手伝いをしてくれない?」と、頭を下げて言う。

 紗雪は驚きで椅子から転びそうになった。それと同時に、リスタートの文字が頭の中に浮かんだ。

 昇輔と別れて、今の仕事もちょうどひと区切りつけようと考えていたのだ。

 新たな自分になれるチャンス。しかも、自分のような迷い人を支えることができるかもしれない。

 迷い人食堂の可能性を肌で感じた紗雪は、考える時間もそこそこに、二つ返事で「任せてください」と答えた。

 国分寺駅の近くにある、古びた潰れかけのホテル『ポトラ』には、迷い人を誘う不思議なオーナーがいた。

 そしてそのホテルの近くにある『迷い人食堂』には、人の心に寄り添う丼ご飯を提供する女性、サオがいる。

 二人の親子の助けになるべく、そして世の中の迷い人を救うために、紗雪はフロントに立つことにした。

 仕事を引き受けた一ヶ月後から、紗雪は『宇垣 紗雪』と書いたネームプレートを胸につけて、フロントに立った。今宵も負のオーラを纏った迷い人が、『ポトラ』に誘われる。


〈了〉
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