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第一部
No.15 知ってしまった事実
しおりを挟む◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事上、つい先ほど知り合った人間の家に盗みに行くことはありえなくもない。もともと、俺らが盗むのは持ち主から盗まれたり、不正なやり取りで持ち主が手放してしまったもの。それを取り戻し自分の物に戻したいが出来ないもとの持ち主の代わりに、俺らはそれを盗ってくる。
それが、俺たちの仕事。
確かに悪いことにかわりはない。でも、ただ無差別に金銭や命すら奪うやつらと違う、まだやりがいがあるいい仕事だと、そう俺は割り切っている。そう割り切らないと、やってられない。
依頼を受けたら、必ず完遂する。依頼者や盗難品のことに深く関わらない。それが、モットー。
知らないことのほうがいいってのは、いろんなことでいえるしな。
だから、感情移入はもってのほか。例え、どんなに親しい間柄でも身内でさえ、その者が依頼された物を所持しているなら、必ず奪う。同情なんていらない。
別に、俺もそれに反対はしてないし、それでいいと思っている。
今回も、盗みに入る家に知り合った奴がいるからといって止めるつもりはないし、正直あまり悪いとも思わない。そういった考えや経験で、慣れてしまったせいもあるけど。
だから、そういうことがショックなんじゃない。
最初は、ただ単純にその偶然に驚いただけ。
でも、ハシントの言葉は俺をそれだけにとどめさせてはくれなかった。
『あぁ、お寝つけ役の子か・・・・・・』
ハシントのその言葉に背筋が凍りつく思いになった。
オネツケヤク・・・・・・? うそ、だろ? どうして、どうしてだよ。
セラ・・・・・・。
紙を握る右手に力が入る。写真の人物は、間違えようもなくセラだった。ココアパウダーのような珍しい髪色、赤い瞳。名称のところにも、セラフィーナときっちり印刷されている。・・・・・・本名だったのか。それにしても
「おねつけやくって、どういうことだよ?」
俺は平然を装って独り言のようにいった。だいたい、ハシントのいいたいことは予想できたが、認めたくはなかった。
「あぁ、なんかな、この屋敷の息子がこの子に惚れ込んで父親の権力使って無理やりやっちまったんだって。なんでもこの子事故で両親亡くして身寄りがないらしくてさ。たまたまその事故に見合わせた息子がこの子と知り合って、父親に頼んで使用人として数年前連れて来たらしいけど、話してくれた子によるともうその頃からこの子に息子が惚れ込んでたらしいぜ、溺愛ってやつ。んで、今はよっぽどのことがない限り夜一緒に寝るようになっちまって、だからお寝つけ役なんだと。皮肉な話だよな」
ハシントがあっさりといった。
『だんな様の息子が私より二つ年下なんですけど、その子が私と離れたくないとおっしゃって泣くものですから』
セラの言っていたことが徐々によみがえる。
「そうか、だからこんな若いのに使用人なんか。にしても、ほんとにすごい話だな」
ドレットが写真か年齢の欄を見てかぼそりとつぶやき
「あぁ、俺も正直びっくりしたよ。なによりさー、その息子っての婚約者がいるのに、のちのちこの子愛人みたいなのにするって噂もあるらしくて。でもって、今泊まりに来てるのがその婚約者一家らしいけど」
婚約者? 愛人?
「なんだよそれ?」
口に出さずにはいられなかった。
「まぁ、あれだ。身分が同じもの同士の結婚と言うか、親が決めた政略結婚というか、一応それで息子は婚約者いるらしいけど好きにはなれなくて、この子に夢中ってわけだよ」
ハシントの言葉が胸にどんどん突き刺さる気がした。
なんだよそれ、ふざけんなよ。
「この子、よく逃げないで働いてられるな」
ドレットのその言葉も重くのしかかる。
そうだ、なんで逃げないんだよ、セラ・・・・・・。
もしかして・・・・・・。
「もしかしてこの子もその息子にマジなの?」
ドレットが確信をついたかのような質問をする。心臓が止まる思いがした。
「いんや、その正反対。無理やり襲われてから何度も逃げ出したらしいよ。でもな、その息子がほんっとにその子好きみたいで、お付きの従者に連れ戻させたり、親の権力であらゆる交通機関にコネきかせてこの国から出られなくしたりしてるんだって。そこまでいくと恐ろしいよな。ある意味監禁だよ監禁。で、最近はもうあきらめて働いてるんだって。ある子は、将来見据えて金目当てでもう仕方なくいるんじゃないとか、逃走するふりして本当は構って欲しいのよとか好き勝手いってたけど。女ってこういう話、よく話のネタにするよな」
呆れているような口調でいうハシント。
「そう、だな。話し聞いてる限りじゃ、働いているつっても肩身狭そうだ、この子」
ドレットが同情するように言い放つ。
この国を出たいと言っていた彼女。出たければ出ればいいじゃないか、俺がそんなことをいったあと彼女は話を変えた。今思うと、彼女にとってはどれほど残酷な言葉だったか・・・・・・。どんな気持ちだっただろう・・・・・・?
付き合っている奴はいないのかと聞いて、少し不自然なように彼女は返答した。
なかなか住所を教えたがらなかった彼女。俺が彼女でもいえるわけがない。そして仕えているところは金持ち・・・・・・、道理であんなサイフ分厚いわけだよ。
金を脅し取られても、怯える様子も見せず怒り狂うわけでもなく、平然と諦めを通り越したような態度をとっていた。それが俺には印象的で、彼女が不思議がってたように逃げることが出来ずにいた理由の一つでもある。哀しいけど、そんなことがあっちゃ感覚が麻痺しているのかもしれない。あんなことはもう、彼女にとっては普通のことになっているのかもしれない。そんなことを考えている自分がどんどん悲しい気持ちになってくる。
幸せなのかと聞いて、幸せだと彼女は言った。そのときはそうなのだと思った。でも、今思い出して真剣に考えてみると、あの時あいつがそういった言葉は、本当に幸せなやつがいっているようには到底思えなかった。
パズルのピースがはまっていくように、様々なことが思い出される。
とりあえず幸いなのは、どうやら今日俺が会っていた少女と同一人物だと二人は気づいていないこと。確かに髪の長さは一緒だけど、顔は今より少し幼い。屋敷に仕えた当初に撮られた写真だろう。
とりあえず落ち着け。俺はそう自分に言い聞かせる。ふぅと深く息を吐き
「喉渇いたから、早く行こうぜ。ハシント、これ俺がどっかのゴミ箱に捨てとく。一枚くらい、大丈夫だろ」
怪しまれるか、だめか、それなら俺が全部捨てに行けといわれることが予想できた。捨てに行けといわれたほうがむしろ好都合で可能性が高かったのだが、
「あぁ、そうしてくれ。じゃあ、俺は重いから行く」
そういうとさっさといってしまった。
こういう仕事の都合で手に入った情報はだいたいシュレッダーにかけてゴミに出していて、ハシントはその部屋に捨てに行ったのだが、今回ばかりは仕方、ないよな・・・・・・。
俺は食堂に行く途中、ドレットの少し後ろを歩き、ドレットが見ていないうちにきれいに紙を折りたたんでポケットにしまった。いつどこで捨てようと、ドレットはそこまで気にかけはしないだろう。
食堂に入ると、ルカが淹れたお茶のいい香りが漂っていた。
「早くしないと冷めちゃうよ」
ルカが出し抜けにそういって
「ていうか早くしないと飲み干しちまうぜ」
トレンツが早速ルカの淹れたお茶をごくごくとお茶菓子を食べながら飲んでいた。
「トレンツ、お前晩飯あとそんな食ってたら太るぞ」
ドレットがトレンツの向かいに座ってテーブルの上の皿にあるクッキーを口に入れた。
「残念だけど、俺はどんだけ食っても太んないんだな、これが」
そういって、トレンツはクッキーを二つ同時にパクリ。
そんな光景を見ていた俺が座ろうとすると
「リュファス、顔真っ青だけどどうかした?」
ルカが心配そうに言った。それにドレットとトレンツも俺に注目する。
「ちょっと、夜風に当たりすぎて冷えただけだよ」
俺は精一杯苦笑いして、ドレットの右隣に座った。
「そうだよな、この国他国より夜は冷えるよなー」
トレンツがそう話題を変えると、俺はほっと胸を撫で下ろす。
にしてもドレットといい、ルカといい勘が鋭いというか、なんというか・・・・・・。にしてもそんな顔色悪かったのかな? だとしたらつくづく俺って単純だな。さっきのことで、そんなに顔にあらわれるなんて。
そう思いながら、俺はクッキーをほおばる。
「ルカ、俺にもお茶くれ」
俺がそう言うと
「はいはい、今日はアッサムだよ」
ルカがティーカップを俺に差し出しながら言った。
「アッサム、ね」
ティーカップを受け取り俺はついそう口に出してしまう。
『ダージリンで』
そううれしそうに言った彼女を思い出す。彼女に会わなければ、茶葉のことなんてそう気にかけはしなかっただろう。
「なぁ、ルカ」
「なに?」
ルカが紅茶をすすりながらいって
「うちの船にダージリンなんてあったっけ?」
俺はティーカップの中をまじまじと見ながら訊ねた。
「・・・・・・あるよ。それがなに? 今まで茶葉の一つも知らなかったような人が」
ルカが不思議そうに俺を見て
「ほんとにそうだよなぁ」
俺は苦笑いして、そう答えるしかなかった。
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