籠の鳥、雲を慕う

七月 優

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第一部

No.16 小さな決意

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 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 それにしても、やっぱりセラのことはどうにかしなくちゃいけない、よな・・・・・・。なにか力になれるならなってやりたい。
 むこうにとっちゃ、おせっかいで余計なお世話かもしれないけど。このままじゃ、いけない気がする・・・・・・。
  


 






 そんなことを考えながら、ボーっと紅茶をすすっていると
「てかさー、リュファス明日祭りの前に俺と一緒に買出し行く係りになってるの忘れてないよね?」
 ルカの声が飛んできた。
「あ!」
 忘れてた。俺のあからさまな態度に
「やっぱり。明後日夜が明ける前にこの国出てくから、食料や生活必需品買い溜めしとけって母さんにいわれたろっ!」
 ルカが呆れたようにいって
「そうそう、お前ら明日盗み働かないんだからせっせと雑用こなしてくれよー」
 トレンツがニヤニヤしながらいった。
 そんなトレンツを、ドレットはお茶を飲みながらティーカップ越しに見て
「お前は明日へまして足引っ張るなよな」
 白い目でぼそりと一言。
「するわけねぇだろ、リュファスじゃあるまいし」
 トレンツが大笑いして
「悪かったな」
 怒る気にもなれず、それだけいった。
「でも今回の仕事楽そうなんでしょ?」
 ルカが退屈そうにいうと
「あぁ。聞いた話だと依頼品はもともとの持ち主から騙し取ったやつが、今回盗みに入る屋敷主との仲を取り持つためにあげたものらしい。屋敷主はそれそんなに気に入ってなくて、倉庫の奥の奥にしまってるくらいだから、別に盗まれてもそこまで執着しねぇだろ。警備もそこまで厳重じゃねぇし」
 ドレットが小さくあくびをした。
「いくらそういった依頼品がその屋敷に複数あるからって、三人もいらねぇと思うけどな、正直。あー、かったるい」
 トレンツが本当にだるそうにいった。
 
 そうだ、明日セラの働く屋敷とやらにドレット・ハシント・トレンツの三人が盗みに入る。このメンツは確かにちょっと慎重に行き過ぎてる気がするけど、お頭の考えあってのことだろう。

「ま、文句言ってもしゃあないか。じゃ、明日に備えて俺もうシャワー浴びて寝るわ」
 そういうとトレンツはティーカップのお茶を飲み干し、さっさと出て行ってしまった。
 トレンツが出て行ったあと、その場が一瞬しんと静まり返る。
「珍しいこともあるもんだな」
 静寂を破ったのはドレットだった。
「まぁ、明日祭りに行って仕事してこの国出るっていう結構ハードスケジュールだしね。一番の理由は、祭りのために気合入れるからな気もするけど」
 ルカの発言は的を得ているに違いない。事情の知っている俺は特にそう思えた。
「祭りに気合入れるって・・・・・・、あー、またあいつら遊ぶ気か」
 ドレットが一人納得し
「その通り。今回は賭けもするらしいよ、誰が一番先に誘えるかって。ちなみに俺は誰も女の子誘えないに賭けたけど」
 おいおい。ルカそれいっちゃっていいのかよ。
 俺がそんなことを心配していると
「ふーん、ま、俺は興味ないから話は来ないわな。別にいいけど」
 ドレットが心のそこからどうでもいいといわんばかりにいった。
「そういえば、リュファスはっきりやらないって兄貴たちにいわないと金とられるよ」
 ルカのその言葉に
「そうそう、止めとけよ。お前、そういうの得意じゃないだろ」
 話の内容をすっかり理解したドレットがさらりという。
「わかってるよ」
 ふぅとため息をつくと
「まぁ男同士で祭り行くのはちょっとむなしいけどね」
 ルカが肩を落とす。

 そっか、ハシントとトレンツは二人か単独で行動して目当ての子見つけるだろうから、必然的に俺ら三人になるな。確かにむなしいけど、別に俺はいいかな。
 
 とりあえず、今後の予定はというと、明日は祭りまでにルカと買出し行って、それからこいつらと祭り行って・・・・・・。
 会えたらセラに会って金を返して・・・・・・。
 とりあえず、いったんセラのことは置いといてと。
 こいつらが仕事終わらして帰ってきたら、それまでに出国手続き済ましてある船でこの国を出ると。確か手続きして、十二時間以内に出ればいいんだっけ? それまでなら、空舟(そらぶね)でも使ってこの国飛んでても十二時間以内にこの国でりゃいいとかいう馬鹿げた規則だったな・・・・・・。
 ん? 待てよ、てことは。




「あ、あのさっ!」
 口にしてから、しまったと思った。こんなことこいつらに正直に訊ねて、感づかれたらどうすんだっ! なんか知らんけど特に勘鋭い二人なのに・・・・・・。
「なんだよ?」
 ドレットがすました顔で紅茶をすする。
 そしてルカも無言でじっと俺を見る。

 冷静になれ、普通に振舞ってりゃ多分勘ぐられない、・・・・・・多分。あー、もう、こうなったらやけくそだ。
「もし、仮にだぞ。出国手続き済ましてから、ドレットたちは空舟で盗みにいって、先に出国した空船(くうせん)と空舟で国の境かどっかまで来てうまい具合に落ち合う予定じゃん。手続き済ましたあとさ、例えば、例えばっ空舟にこの国の人間乗せてこの国出てもいいのかな?」
 あまり考えずに、思ったことを一気に吐き出した。こいつらにちゃんと伝わったか疑問に思っていると
「あぁ、そんなこと」
 ルカがあっさり言った。
 
 そんなこととはなんだよ、そんなこととは。ったく、セラといいどいつもこいつも。人の気もしらねーで。

「大丈夫に決まってんだろ。つーかお前一番よく分かるはずだろ」
 ドレットが呆れていうと
「は?」
 俺はわけがわからずそういってしまった。
 そんな俺にドレットは額に手を当てながら
「お前さ、この国の出身なんだよな?」
「え? あぁ、まぁ一応・・・・・・」
「でも俺と出会ったのはラナンキュラスだよな?」
「あぁ、そうだよ、それがどうしたってんだ?」
 いつまでもわけがわからない俺にドレットはとうとう
「この国出身のお前は俺と会ったときラナンキュラスにいたわけだろっ! お前正式な手続きしてラナンキュラスに滞在してたわけじゃないっていってたよな、確か? 正式な手続きしてないならどうしてお前はラナンキュラスにいたんだよっ!」
 たまっていたものが爆発した。
「どうしてって、森抜けたらもうラナンキュロスの地で・・・・・・。あぁ、そういうこと」
 ようやく理解した俺に
「この国は入るの厳しいけど、出ていきたきゃ勝手に出て行っていいからね。犯罪者かなんかじゃなきゃ、引き止めないでしょ。まぁ、そうやって国外逃亡する犯罪者は多いだろうけど。アガパンサスって国民にいい生活させるために結構金かけてるらしいから、国民になりたいって他国からくるやつは嫌がって、正式な手続きしないで出て行くやつは国民とはもう認めないから戻っても保障はしないぜ、それでもいいなら出ていきなって国なんでしょ? まぁそのほうが確かに金浮くだろうしさ。そう考えると、ラナンキュラスとはやっぱ違うよね。あっちは来るもの拒まず、去るもの追わずらしいじゃん」
 ルカが淡々といった。
「でもさ、勝手に出て行ったとかどうやってわかるんかな? 魔法かなんかで管理してたっけ?」
 俺が考えもなしにいったその言葉に
「まぁ、そういう国もあるけど。ここはありえないでしょ。魔術の面じゃ、この国世界でもワーストクラスだし」
 ルカが苦笑いする。
「そういや、そうだったな」
 そうだ、この国は魔法を使えるものが本当に少ない。百人に一人って言われてるほどだ。ちなみに俺もからっきし。
「にしてもそんなくせに、入国はくそめんどくさいっていうね」
 はぁーと、ルカは散々な目にあったといわんばかりにいった。
 それは俺も同意する。

 俺たちは国境沿いで写真撮らされたり、書類に滞在期間とかその他めんどくさいこと書かされてたりしたあと、数時間後やっと仮入国証を船員(クルー)一人一人に配られ、やっと国に入った。それからまたお偉いさん方やその他大勢の人が住む首都で正式に入国手続きをしなければいけなくて、なんちゅう不便な国かとみんなでブーブー文句をたれたってわけ。
 でもそれをしないで勝手に国に入ったものは、そういった奴らをカモにして暮らしてる奴らに見つかって終わり。連中はピンからキリまでいるわけで、ただ金稼ぎたいど素人に魔術師や手練れまでさまざま。多分ルカがさきほどいってた犯罪者が逃げるのを防いでいるのもこいつらだろう。
 出るときは、首都でもらった正式な入国証を首都か国境のそういった出入国管理機関に提出して十二時間以内に国の領地から出りゃいいってわけ。
 そのあと不法滞在してると、またさっきいってた連中の出番ってわけだ。どうやって不法滞在かわかるのかしらねぇけど。ちゃんと出国するか見張ってんのかね。ま、追跡系統の魔術とか使えるやつは造作もないか・・・・・・。便利なことで。
 
 魔術を使うときってどんな感じなのかな・・・・・・?
 そういや、セラはどうなんだろ。あいつ、意外にも使えたりしてな。

 そんなことを思っていると
「ここの国民でいることすら絶対大変だよね」
 腕組みをしていうルカの言葉が耳に入る。
「確かちゃんと国民になってるやつは、生まれたときに書類かなんかで国民登録して、それから成人するまで年に一回は本人や保護者や家族がその登録の更新して、成人すると半年に一回本人が更新しなきゃいけないんだったな。それ怠ると、非国民にされて十年間またここに住まないと外国人同様国民として認めてもらえなくなるって話」
 ドレットが大きく伸びをしていった。
「俺この国で生まれなくて良かったー」
 ルカが上向き気味でうれしそうにいう。

 成人、確かこの国は二十だっけ? ラナンキュロスは確か十八。国によってやっぱいろいろ違うな。
「なるほど、それでこの国勝手に出てったとかもわかるわけだ。ま、それなら俺はとっくに削除されてるな。親がきちんとその国民登録してたか知らんけど」
「リュファスってこういう話ほんっとに興味ないよね。自分の故郷すらそういった知識ないなんて」
 ルカがほとほと呆れて
「お前みたいにぽんぽん情報頭に入れられない性分でね」
 そういって俺はテーブルに突っ伏した。







 やっぱり、そうだ。
 俺の考えは実行できなくもない。
 あとは・・・・・・。








「俺ももう寝るわ、ルカっ、寝過ごしちまったら悪いけどたたき起こしてくれ」
 ガバっと立ち上がり、あくびをかく真似をする。
「いわれなくてもそうするよ」
 ルカが皮肉めいたようにいって
「じゃ、おやすみ」
 そういって食堂をあとにした。







 シャワーを浴び、俺は自室のベットに横たわっていた。なかなか寝つけず、薄暗い中、天井を見つめる。頭に浮かぶのは、彼女のことばかり・・・・・・。
 ふと、俺はなにかを探り求めるかのように右手を上に突き出した。そして、空を掴む。ぎっちりと固めた拳はやや爪が食い込んで痛かった。手の中には何もない。でも、目に見えないなにかが確かに存在している気がした。
 俺はいったん目を閉じ、深く息を吸って吐くと、ゆっくりと瞼を開けた。










 あとは・・・・・・、セラ、お前の気持ちを確かめるだけだ。










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