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第一部
No.17 覚悟
しおりを挟む『おっさん、腹減ってんの?』
思い出す。四年前、あの列車。みなが目を伏せたり、まるでそこには何もいないかのように振る舞い通り過ぎていく中、俺だけがただ見つめていた。
あの頃の俺は、いい子ちゃんでも勇気があるわけでもないただ平凡な馬鹿ガキだった。でも、どうしてもなにかしてやりたい、確かにあのときそう思ったんだ。
だから、
『これやるよ』
そういって俺は差し出した。
どんな表情をしていたか今でもわからない。
でも、彼は俺にそんなことをさせるなにかを持っていた気がする。俺を惹きつけるなにかがあった。なぜか無視する気にはなれなくて、俺はそんなことをしたんだ。
おせっかいだっただろうな。・・・・・・でもなおっさん、俺には今でもあんたのほうがおせっかいな気がしてならないよ。
どうして、どうしてあのとき、俺なんかを、俺だけを助けたんだよ?
「おいっ、リュファスっ!」
ん? これは夢? 誰かが俺を呼んでる。
「てんめぇ、ふざけんじゃねぇぞっ! いい加減起きろってんだっ! こんの××野郎っ!」
あぁ、なんかすごい夢だな。ドアを叩く、いや蹴ってるようなものすんごい効果音もある。
「くっそー、リュファスのへたれっ! ボケッ! 低血圧っ! ××!」
さっきからすごい失礼なこともいわれてるし・・・・・・。
「あと少ししたら、ドア蹴り破るからなっ!」
ドア蹴り破るって、物騒な。あれ、そういや、この声聞いたことあるような。誰だっけ?
「起きろっ!」
オキロ・・・・・・?
あぁ、そっか、なんだ、夢じゃないのか。
昨日、いつの間にか知らないうちに寝てたのか・・・・・・。
聞き覚えのある声だと思ったら、当たり前だ。毎日顔合わせてるやつなんだから。
「何時だと思ってんだっ!」
またルカの荒い声が飛んできて、俺は寝返りを何回か打つ。うーとうなったあと、むくりと起き上がった。ベットの上で大きなあくびをして、頭をかくと開かない目のまま、靴を履くとよろめきながらも鍵をときドアを開ける。
「誰の何がなんだってっ? つーか、俺もうとっくに卒業してるっての」
あくびで大きく開いた口に手をあてながらいって
「へぇ、つーかさ、他にいうことあるんじゃない」
ルカが俺を睨みつけた。
「悪い、起こしてくれてサンキュ」
俺がそういうと、腕組みして俺を鋭い眼で睨んでいたルカは、ふぅと息を吐く。そして腕組みをとき、目を閉じると
「なんてね、実はまだ九時過ぎたぐらいなんだけど」
目を開き意地悪そうな笑みを俺に向けた。
「は? 九時ー? 早すぎだろ・・・・・・」
俺は一気に脱力した気分になり首を振る。
「だって、これ以上待ったらせっかく作った朝ごはん冷めちゃうと思って」
ルカがにっこりほほえんだ。
「そういうこと・・・・・・」
俺は心の中でほとほと呆れた。完璧主義というかなんというか・・・・・・。自分の作った飯を温かいうちに食えと。ルカは世話好きというか、自分の思い通りにならないときがすまない性分で、これがたまーに厄介というか。ほんっと、こいつら兄弟はどこか厄介なんだよな。まぁ、ルカは金髪や赤髪ほどじゃねぇけど。
「わかった、すぐ行くよ」
そういうとまたこみ上げてきたあくびを一つ。
食堂には、バターとなにかの甘いいいにおいがたちこめていた。
「おはよ」
入るなりマグカップを右手に持ったドレットがいった。
「あぁ、おはよ」
まだスイッチが入らない俺がそう言うと
「眠そうだな」
事情がわかっているであろうドレットが笑っていった。
「はい、どうぞ。本日の朝食はフレンチトーストになります」
そういってルカが差し出す本当に作りたての朝食たち。
「いただきます」
テーブルにつき、半目のまま合掌。
寝起きとはいえ、メープルシロップがかかったバターのいい香りのするこれは流石に残さなかった。俺自身朝食べられない人ではないし。
「ごちそうさま」
きれいに完食したのを見て、ルカもご満足したようだ。ニコニコ顔で後片付けしている。
ようやく眠気がすっきり払われ、お茶を飲んでいると
「リュファス、とっとと用意してよね」
ルカが食器を洗いながらこちらを見向きもせずいった。
ゆっくりさせてはくれないわけね・・・・・・。
「はいはい、わかりましたよ」
「とりあえずその頭どうにかしてよ。寝癖ほんとうにすごい。はねすぎでしょ」
ルカが洗い終わった皿を布巾で拭きながら、こちらを見てほとほとあきれた。
俺は右手で髪の毛をところどころ触る。たしかに、いつもよりひどいなこりゃ。
「まぁ、いっか・・・・・・」
朝シャンめんどくさい。
「よくないっ! 俺そんな清潔感ない奴と一緒にいたくないから」
ルカがいきりたっていった。
一方ドレットは何事もなかったかのように、すました顔でお茶をすする。
「寝れなかったのか? 昨日」
正面に座るドレットはお茶のカップを見ていって
「あぁ、ちょっと考え事してて」
俺はドレットから目を逸らす。
「考え事ねぇ、そりゃただでさえ寝返り百回はうってるような寝相の悪いリュファスが余計寝相悪くなって、そんな頭になるわけだー」
ルカが目を見開きすごい形相でいった。
「起きなくて悪かったって謝ってるだろ」
「そりゃたまにならいいよ、でもここ最近ほんっとに起きないじゃん。低血圧にもほどがあるってっ!」
ルカが吐き捨てるようにいう。
「それは本当に申し訳ない」
そこは素直に謝った。最近の俺の寝起きの悪さは、いつもより確かに拍車がかっているというかなんというか。もう俺自身じゃどうしようもない、仕方のないレベルにまで達している。ルカが切れるのも無理はない。俺だって、別に好きで起きられないわけじゃないんだよっ!
「はぁ、まぁ、そういったってなにも始まらないか・・・・・・。とりあえず、その頭どうにかしてさっさと行くよ」
俺の必死さが伝わったのか、ルカが折れた。俺はとりあえずほっと安堵する。
そんなやり取りをあくまでただ聞いていたドレットはまたお茶をすすって一言。
「いってらっしゃい」
祭りの日とあって、国中の店という店は多くの品物を並べたり、つぶれるんじゃないかと疑うくらい商品の値引きを行っていたりしていた。市場や商店街といったところは、どこもかしこも人が行きかいにぎわっている。
そんな場所を俺とルカは転々とめぐり、荷物がたまっては空船(くうせん)と空舟(そらぶね)を行き来し、これが三度目にわたる頃にはもう正午を過ぎていた。
今、俺たちは露天街の通路を歩いていた。
「でも、リュファスの寝癖今回はすぐ直ったね、いや、それで時間ロスしなくてよかったー」
ルカが機嫌よくいって
「そりゃなー」
ドデカイ紙袋を両手で抱きしめて俺は言い返す。お前の機嫌これ以上損ねまいと水やらなんやらで頑張りましたから。長いぶんほんっとめんどくさかった。そんな俺の心を読んだかのように
「長いから余計に大変だったんじゃない? いっそのこと切っちゃえば? てかなんで伸ばしてるの?」
ルカが一気に訊ねた。
「いや、切ろう切ろうと思ってたらいつのまにか。流石にこれ以上は伸ばす気ねぇけど」
「ふーん、てかさ・・・・・・」
ルカは底まで言うと口をつぐんでしまう。俺はどうしたのかとルカに顔を向けた。ルカは少し眉間にしわを寄せ気味に
「リュファス、この国に残るつもり?」
苦笑いをしていう。
俺はその唐突な質問に
「はぁ?」
驚いてそういってしまった。
「だってさ、この国行くってなってからリュファス微妙に変だったじゃん」
「へん?」
「んー、変というかちょっと暗くてさ。で、朝はいつにも増して弱くなるし」
一言目はとにかく、二言目は的を得ていた。確かに、俺が不眠症気味で朝起きられなくなってるのは、俺がこの国に行くと聞かされ今まで封印していたあの記憶をたびたび思い出してしまうのが原因には違いない。
ドレットとの昨日の件もある・・・・・・。俺、そんなにわかりやすいのかな? つーかルカにまで変な心配されて。自分でいうのもなんだけど大丈夫かな俺。
俺が頭を抱えていると
「で、結局俺らのとこに残るの?」
ルカがそんな俺を見てふっと笑った。
「当たり前だろ。そんなに出て行って欲しい?」
俺が最後の方は肩をがっくり下げていった。
「・・・・・・俺さー、一兄(いちにい)は絶対この仕事継ぐって思ってたんだよね。でも、出てった。結構ショックだったなー。本人が一度もそう口にしたわけじゃないけど、ずっとそう勝手に決めつけてたから。それが当たり前のようにお義姉さんと恋に落ちてあっさりこの仕事やめちゃうんだもんさ。リュファス、昨日女の子と一緒にいたろ? それ見たときなんかリュファスもいつか出てっちゃう気がしたんだよね」
ルカが目を細めながらラナ語でいった。
「ルカ・・・・・・」
そんなこと思ってたのか。
確かに、今思い出すとセサルさんが出ていくことになって、ルカはどことなくセサルさんを避けていた。ハシントやトレンツは馬鹿みたいに二人のこと祝福してたけど、ルカも祝ってたとはいえいつもより元気なかったな。まぁ、もともといいやつだからそんなことあの時は誰にもいえなかったよな。ましてや一番尊敬してたであろう兄貴になんか・・・・・・。
俺は深く息を吐くと
「あいにく、俺は行くとこないんでね、しばらくまだ世話んなるつもりだよ。余計な心配すんな」
ぶっきらぼうにいった。
「ま、足手まといにはならないでよ」
ルカはやっと普通の笑顔に戻っていうと、すたすたと俺の先を歩き始めた。
俺はルカの後ろ姿を見て申し訳ない気分にならざるを得なかった。
ルカ、確かに俺、残れるなら残りたいんだ。でも、俺がこれからしようとすることはそうはさせてくれないかもしれない。やるとなったらまずお頭にいわざるを得ない。その結果によっては・・・・・・俺はルカに嘘をつくことになるかもしれない。それでも俺は・・・・・・。
とりあえず、それより今日はあいつの気持ちを確かめないといけない。
でも、一体どうやって切り出そう? あいつにこの話をするということは、あいつの知られたくない秘密を勝手に知ってしまったということで・・・・・・。俺があいつじゃなくても赤の他人にそんな秘密知られるのは嫌に決まってる。
私はあなたの秘密を知っています。だからあなたを助けたいと思います。こんなのぜったいありえない。
でも、結果的にはそうなるんだよな・・・・・・。きれいごとばっかいってられねぇか。
ふぅ、俺が溜め息をついていると
「どしたの?」
ルカがあくびをかきながらいった。俺はもう賭けだと思い、
「ルカさー、もし俺が偶然お前の知りたくない秘密知っちまって、俺がお前の秘密をしったってわかったら、俺のこと許せる?」
俺のその質問にルカはしばらく黙っていた。
数分たって
「やっぱり時と場合によると思うけど、必死に謝れば許すかな。てか、さっきのこと結構気にしちゃってるとか?」
「違う違う、でもお前はそう思うのか、そっかぁ」
俺がうーんと考え込んでいると
「それか、リュファスも俺になにか秘密教えるとか?」
ルカが冗談交じりにいった。
「えっ?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「だから、痛みわけってやつかな。お互いがお互いの秘密知ることで、引き分けじゃないけどそれでもう勘弁してやるよみたいな。秘密共有してるからどちらかがどちらかの秘密をばらすリスクは低くなる気もするし。まぁ、ありえないけどね」
ルカが最後の方はアハハとわらっていった。
痛み、わけ・・・・・・。秘密の共有・・・・・・。
心臓が大きく脈打った気がした。
ルカはそんな俺の動揺に気づかず、まぁ気づかなくていいのだが
「それがどうかしたの?」
進む方向の真正面を見て訊ねる。
「いや、ただ気になっただけ。真面目にたいした意味はないんだ」
俺は平然と嘘をついた。こればっかりは仕方ない。
「ふーん、なんかフェアじゃないなぁ」
ルカの何気なく発したであろうその言葉に俺はつい反応してしまう。
フェア・・・・・・。
あいつはあんな出会い方した俺に、正直に身の上を話してくれた。確かに少し変わってたけど、あんな馬鹿正直なやつが嘘をついているとは思えない。
それなのに俺はどうだ。
ただ嘘に嘘重ねて逃げてるだけじゃないか。よっぽどあいつの方が男前だよ。馬鹿なだけかもしれないけどさ・・・・・・。
もう、いいじゃないか。俺だって楽になったっていいよな。いい加減、意地張ってたって意味ねぇよ。
俺は深呼吸すると
「そうだな、フェアじゃねぇかもな」
空を見上げた。雲ひとつない快晴だった。
俺の中の不要で硬いなにかがぼろぼろと崩れていく気がした。
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※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
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