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第4章 ー《ネロ》精霊樹編ー

第43話 『押し付けられるエルフ女騎士』

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 両目の端に溜まる涙を拭いながら、ベットに寝かされているジュリエットの元まで歩み、冷たい手を強く握りしめる。

 黒く変色していく皮膚、死人のように冷たい体温、到底握り返しそうにない弱々しい力。

「ーージュリエットっ」

 顔を近づけ声を掛けてみるが、彼女からの返事はない。
 魘されているのだろうか、荒い息を吐き出すだけでジュリエットが言葉を発する様子は見られない。
 それが自分の心底の不安を、さらに募らせていた。

 ジュリエットとは長い付き合いだ。友人の苦しがる姿を見て、動揺しない僕はいない。
 それはジュリエットも同様の話だ。

『漆黒の翼』で活動していた時。
 重傷を負って動けなくなったり、病気になって動けなくなったりしたら、真っ先に駆けつけてくれるのが毎回のようにジュリエットだった。
 無論トレスらは僕の事に関しては無関心だったが、彼女だけは違った。
 完治するまで看病してくれて、治った時は嬉しそうに柔らかいハグをしてくれた。

 ……それを目撃したトレスに睨まれて、カレンが呆れながら止めに入って、アリシアとサクマが可笑しそうに笑いながらそれを眺めていつもの日常に戻る。

 僕にとってそれがせめての救いで、言葉にならないほど嬉しい事だった。
 S級(特級)パーティの荷物当然の僕に気を遣う必要は何一つ無いのに、ジュリエットだけは最後まで侮蔑せずに真正面に僕を見ていてくれた。

 ーーーだからこそ、今度は僕がジュリエットを……!

「お主、話しかけても無駄じゃぞ。今や彼女は生と死の狭間を彷徨っているか、それか侵食に抗っておるのだ」

「!」

 背後の扉へと振り返ると、先ほど屋敷の外で出迎えてくれたエルフのおじいさんがいた。
 確か、領主の立場にある偉い方だと事前に聞かされていたが、今はそんな事なんてどうでもいい。

「それ、どういう意味なんですか?  どうしてジュリエットがこんな事に……?」

 黒い皮膚、どことなく自身がビリーの肉を食いちぎった時に起こった侵食と似ていた。
『黒い魔力』奴はそう呼んでいた。

 魔の肉に含まれる奴らの忌々しい魔力は純白な人間にとって害悪であり、黒魔力に適応のない場合は全身を侵食され魔族のような姿になり果てて、最悪死んでしまうという。

 しかし、今回は違う。

「単純で簡単な話だ。おろかにも彼女は人族でありながら魔力濃度の濃いこの『精霊大陸』に留まり過ぎたのだ。魔族の血を引く我々には問題のないことだが、魔力の源である『精霊樹』を前に長期滞在すれば段々とその身は魔力の濃い空間に耐性を崩され、終いには蝕まれてしまうのじゃ」

「それをジュリエット知っていたのですか?  彼女にはその事について話はしたんですか?」

 怒るべき対象はこの老人ではないのを知っているのに、この状況で冷静に説明する彼にイラついてしまった。
 さらに、無意識に低い声で迫っている自分がいた。

 なのに領主の老人は顔色一つ変えずに苦しそうに寝ているジュリエットの方を見てから、目を瞑る。

「答えろよ!!」

 怒り交じりの声で、怒鳴ってしまっていた。
 老人の背後に控えていた従者2人が僕の声に反応して、武器に手を当てる。

「……よせ」

 それに気づき、すぐさま老人は手を小さく上げて従者の2人を制した。

 良かった。
 多分、いまの僕では領主の背後に控えた男女の従者に攻撃されたら、到底勝ち目はない。

 そう思いながら、僕は靴下に隠したナイフをゆっくりと地面を踏みながら隠した。
 あくまで護身用だ、常にそうしろと師匠レインの言いつけで用心に越したことはない。

「争うのは儂らの本意ではない。それに、お主に手荒な真似をするなと『ミア様』から言われている。分かったか? アルバン、ローラ」

 名を呼ばれた2人の従者は、強く胸に手を当てて敬礼した。

「「御意!!」」

「すまないな、2人の馬鹿どもが無礼な姿勢で。儂から謝ろう」

 いや、謝罪される程のことではない。
 彼らは自分なりの仕事を全うしようとしただけで、急に怒鳴りだした僕が悪い。
 勿論、僕の方も争う気なんて全く無い。

「この状況で言うのもなんだが、お茶でも飲んで話さないか?  どうやらお主は動揺で起きている事実をまだ整理していない様子じゃ。どうかね?」

「いえ、お断りします。このまま……ジュリエットの看病をしてから、後先の事をーーー

「治療法は無いのにか?  言っとくが儂らは打てるだけの手は打っておいた、しかし何もかも無意味じゃった。お主の言うその看病は時間の無駄に過ぎない。彼女の余命を削っていくだけじゃ」

 老人の言葉で一瞬だけ頭が真っ白になってしまう。

 治療法がない?
 その言葉が胸に突き刺さった瞬間、言葉を失った。

 老人の表情を伺えば分かる、偽りのない現状。
 こんな僕でも、自分の愚かさを理解し痛みを覚える。

「……だったら、僕はどうすればいいんですか?」

 絶望的な状況だ。
 異国の地に飛ばされてしまい、さらにヴィオラから授かった女神の能力が使用できなくなってしまった。
 それ以上に、濃い魔力を体内に取り組み過ぎたせいでジュリエットの体は魔力に蝕まれてしまっている。

 それなに、解決策が何一つ思い浮かんでこない。
 所詮は僕もただの人間、窮地に陥った時にタイミングよく閃いたりする事は出来ない。


 …………どうすれば。


「救う方法なら、まだ一つあるぞ」

「!」

 顔を上げると、そこには気色悪くニヤリと笑う老人が僕を見下ろしていた。
 いや、それよりもだ。

 いま彼は『方法はある』と、自信満々な表情で口にした。
 つまりジュリエットを救う方法が、何か一つ残っているという事だ。

 期待を胸に、大きく見開いた瞳で老人を凝視した。
 そういえば名前をまだ聞いていなかったような……いや、今はそんな事は後でいい。
 それよりも、その方法とやらだ。

 可能性があるのならば、聞こうじゃないか。



 ※※※※※※



「精霊願の日……かぁ」

 エルフの領土を管理するカリスマ老人『エルロンド』の話によれば、賢者ミアの駆使する『精霊魔法』ならどうにかなるかもしれないらしい。
 だけど願いを聞き入れる為には、精霊大陸で毎年行われている行事『精霊願の日』の試練に参加しなければならないと言う。

 それでジュリエットの容態が完治するなら良いものの、確実ではない。
 賢者ミアは全ての願いを聞き入れられる訳ではないし、今まで願いを叶えて貰った者の方が圧倒的に少ないらしい。
『どいつもこいつも不可能に近い願いはがりを申し込むのだから、ミア様が叶えられないのも仕方がない』との事。

 "不可能" 。ジュリエットの侵食も含まれていたら、という悪い予感がしたが、一か八かだ。
 なにもしないよりかは、わずかな可能性に賭けて、行動した結果を期待した方が何倍もマシである。

『精霊願の日』が開催されるまで、残り1ヶ月程度。

 用意される『試練』というモノを全て乗り越え者にしか、願いは聞き入れてもらえない。

「僕のような、人族に参加する権利はあるんですか?」

 疑問をエルロンドに聞くと、少しだけ悩んだ表情をみせてから答えてくれた。

「お主からは人族の気配が微かにしか漂ってこないのだから平気だろう。それに人族と魔族の間に協定が結ばれた今、ちょうど人族の参加権を全亜人の間でも検討している真っ最中だった」

「良い機会だから、参加しても別にいいんじゃないか?」

 エルロンドの従者である三つ編みの女性『ローラ』が腕を組みながら、僕の方をチラ見する。
 近衛兵が身につける黒いマントが、風で揺れていた。ちなみに豊富な胸も揺れていた。
 なんか、騎士っぽくてカッコイイ。

「ローラさんも精霊願の日の試練に参加するんですか?」

「いや、エルロンド様の身を守る為の護衛に勤めなければならない。例え我が死に追いやられてもだ、それが私の使命なのだからな」

「……へ、へぇ」

 どことなくローラから、師匠のレインと似ているような雰囲気が漂ってきた。
 気のせいだと思う。

「おお、そうじゃ。ローラ!」

「ハッ、なんでしょうか?」

 なにかを思いついたのか、普段は猫背であるエルロンドは曲がった背筋を伸ばして姿勢を正すと、テンション高い様子で提案してきた。

「お主が此奴、ネロを鍛え上げろ!」

「ハッ…………………は?」

 ローラはエルロンドの提案に、目をパチリと開けた。
 先ほどの彼女のクールな態度が嘘かのようにだ。

 無理もない、現に僕もエルロンドの言葉に驚いているから。 

「………何故、私なのでしょうか?  私でない適任の騎士なら数え切れないほど領土内に存在する筈です。よりによって私なんかを任命しても……それにエルロンド様の護衛の務めもーーー

「それは心配いらん。わざわざエルフ領に赴き儂を暗殺する輩など、そんなにおらん。それに日々の護衛はアルバンだけで十分だ」

「………そんな」

 ローラが絶望的な瞳になる、かなりショックなのだろう。

「だが勘違いするでない。儂はお主を見限った訳ではなく、信頼しているから任命したというだけじゃ」

 ゴホンと咳払いしながらフォローを入れるエルロンド、本性ではないんだろう。
 ローラは膝を付けた状態でエルロンドを見上げ、目を輝かせていた。
 うん、かなり純粋なんだね。

 そう思っていると、エルロンドは僕に近づき耳打ちしてきた。

『悪いが、奴の面倒な過保護に最近悩まされていてな。だからこそ彼女にお前を任せて、出来るだけ儂から遠ざけようとしているだけじゃがーーー

『えぇ!  そんな理由だけで僕に押し付けるんですか?  こっちは本気なんですよ?』

『いいじゃないか。儂だって先は長くない、自由にやりたい事をやりたいんじゃ。それに一応、ローラだってエルフの騎士の中でも一位、二位を争う腕利き。お主が思っている以上に面倒見が良くて、ああいう性格だかしっかり指導してくれるぞ。悪い話ではないじゃろ?』

 うう……ん?
 そう言われると、確かに悪い話ではないんだけどさ。
 けど人を擦りつけるのは良くないと思う。
 本人が了承してからではなければ。

『それに彼女…………ああ見えても、16歳のべっぴんじゃぞ?  まだ幼いが、体は充分に盛ってる。お礼に手を出しても良いんだぞ?  儂が直接ローラに頼んでやろう』

 じ、16歳ですと!!?  
 大人の色気をムンムンと漂わせている、あのローラさんが!?
 いや、そこじゃない。
 ていうか、そんな目的の為にローラを売るんじゃない。

『なっ、急に何を言いだしているんですか!?  別にそんな事を頼まなくてもいいですよ……! 』

 顔が熱くなっているのが分かる。
 怒りや緊張ではない、何かが胸をドキドキとさせていた。

『かはは、冗談じゃよ。分かってる分かってる、既にお主には待ってくれている愛しのオナゴがいるからな。裏切ってはいけんな』

 相変わらずのニヤケ顔を作るエルロンドに、段々とイラつきが芽生えてきた。
 だが直接は口にしない、ローラも居るし。

 そんな事を思っていると、鎧を鳴らしながらローラが側まで近づいてきて、肩をガシリと強く掴んできた。

「私にお任せくださいエルロンド様!  必ずしも、この未熟な少年もどきを鍛え上げましょう!!」

 え?  急にやる気な雰囲気に?
 けど僕に向ける眼差しは見下した態度で、特に見られている目には変化はなかった。

「ふむ、よくぞ言ったぞローラ!  ネロの事を頼むぞ!」

 娘を頼むぞ、っていうテンションで言われても……。

「ハッ!  言われなくても、貴方の命を全うする為に私はこの身を削りましょう!  ………お前も分かっているだろうな?  他人事ではないんだぞ、期待を裏切るような真似だけは避けろ、いいな。さもなければ……」

 ガチャリと剣に手を当てながらローラは強い殺気を放ってきた。

 無言で汗を垂らしながら素早く頷いた、逆らえば死ぬ。
 そう思ったからだ。

「明日から指導を開始する。可能な限り早朝に起きろ。遅れば罰を与える。以上だ、散れ」





 こうして、ジュリエットを救う為にも僕は、この女騎士『ローラ・ノヴァク』に扱かれシゴられなければならないらしい。
 厳しそうだか、背に腹は変えられない。

 サイクロプス討伐、トレス戦。
 今までフィオラの力に頼ってきただけで、結局アレは自身の力ではない。
 強者の仮面を被った、仮初めの姿も当然だ。

 だからこそ、見せつけてやろうじゃないか。

 本当の“ネロ・ダンタ’’を『精霊願の日』という舞台で。


 ーー待っていてよ、ジュリエットちゃん。必ず、その苦しみから救い出してやるから。
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