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第1章 ー愚者編ー

第8話 『幸運なボクの最初の一歩』

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 リンカの重傷にボクは酷く動揺しながら回復薬を荷物から取り出すが、これで彼女の重傷を完治できるかはわからない。
 多分無理だろう。

 ちょこんとボクの背中に隠れるようにフィオラが乗り、壁に寄りかかって弱ってしまっているリンカを怪訝な眼差しで見つめていた。

 彼女のさきほどの行いが許せないんだろうか、仕方がない、フィオラはボクではないんだ。

「フィオラ、ボクではこの状況を到底どうしようも出来ない。それでも彼女を治してやりたい」

 無表情でボクの言葉に耳を傾けるフィオラ。

「リンカの為だけじゃなく、ボクの為だと思って……お願い、 どうか治してやって」

「わかってるよネロ様。どうせその気だったし、この女が裏切り者でもネロ様の仲間……だった。せめての情けに治してやりましょう」

 ボクの耳元に顔を近づけ、甘い声でフィオラは囁いて笑った。
 フーっとリンカに緑色の息を吹きかける。

 さっき短剣の姿を変えた時と同じ、フィオラの能力だろうか? ドキドキしながら見守っていると、背後からゾワっとするほどの大きな雄叫びが鳴り響いた。

 振り向くと、さっき倒したサイクロプスより巨大なサイクロプスが洞窟の広間で佇んでいた。
 奴を見上げると、腰に巻いた布に潜むナニが目を焼きつける。
 叫びそうになったが、目をそらしてゴシゴシと擦った。

 一方、フィオラはまだ息を吹きかけていた。
 それでも流石と言うべきか、リンカの状態が良くなっている気がする。
 ここは彼女に任せて、ひとまずこのサイクロプスをどうにかしないと。

 気がつけば先ほど奪われた武器、リンカの手に握られていた結晶の剣を手に取り握りしめていた。

 サイクロプス・エルダーとの目線が交わる。
 ゾワっと胸が疼く、可愛いなどもってのほかだ、恐ろしい。

 久々の感覚であの頃の気弱な自分を連想する。
 自分の頰をぺちっと叩いた。

(何を思い出しているんだよ……。もうボクはあの頃の自分ではないんだ)

 過去の自分を否定する。
 それでもなお剣を握りしめる手の震えが止まってくれない。
 一か八か実力ではなく、ここは運命に賭けて勝利を狙うしかない。

 ーーー仲間を失うワケにはいかないんだ!!

 フィオラに刻まれた左手の印が突如と金色に輝き、自分ですら眩しい。
 どういう原理なのかは分からないが急に体が軽くなり、魔力が増幅された。

 サイクロプス・エルダーに睨まれながら、ボクは結晶の剣を握りしめて地面を蹴った。


「ーーー!!!」





 ※※※※※※




 激戦の末、ボクは負けてしまった。


 砕けてしまった結晶の剣を右手に、震える視線の先に天井があった。
 手足が踏み潰されて、肉のパンケーキにされ身動きがとれない。
 骨はバキバキに折られ、整形しても治してきれないであろうダメージを顔面に負ってしまった。

 ーーー 痛い、痛い痛い痛い痛い。

 飛び出てきそうな眼球で血まみれのサイクロプス・エルダーを見上げていた。
 勝ち誇ったかのようにボクを見下ろして、腹を叩きながら雄叫びをあげている。

 息が苦しい、全身の感覚がない、寒い、冷たい。
 死んでしまう、誰か助けてください。

 相手が強すぎたのだ。
 たとえ『女神の加護』に『ラック』を駆使したところで勝てるような魔物ではないのだ。

「もう終わりなの?」

 少女の声にサイクロプス・エルダーの顔が青ざめて、動きが固まる。

 一仕事を終わらせたような達成感をみせるフィオラがすぐボクの側に立っていたのだ。

「ネロ様、貴方に言っているのよ」

 冷たい声が注がれる。
 まるで人格が変わったかのようにフィオラが別人に見えた。

「ここで終わってしまうの? ねぇ答えて」

 姿勢を低くさせてボクの顔を覗き込みながら、フィオラは問い詰めた。
 苛ついているようだ。

「私は女神で運命を見るもの。せっかく貴方に忠誠を誓って様子を見ようと思ったのに、さすがにこの有様はどうしようもないね。私は貴方を心から信じた……けど裏切られた」

『裏切らぎられたのはキミじゃない! 俺たちだ!!』

 フィオラの言葉により、彼女の姿がトレスと重なりボクを更に苦しめた。
 動こうともしない腕を震わせて、痙攣する胴体が鈍くなっていく。

 精神に衝撃を受けたボクに近寄り、フィオラは赤髪を地面に垂らしながらボクの襟を掴んで引っ張り上げられ、ボヤける視線が彼女との視線と交わった。
 彼女の青い瞳に吸い込まれそうだ、それでも逸らすことなんて出来ない。
 フィオラの問いに答えるしかないんだ、それが例え身を滅ぼすような結果に至ったとしても。

「…………だすけて」

 血を吐き出しながら、燃えるように痛い喉から空気を通して言ってみせた。
 フィオラからは反応はない、ただ真剣に耳を傾けていた。

 サイクロプス・エルダーは動かない。
 まるで時が止まったような感覚だ。

「ーーー どうしてなの? なんで助けられたいのかしら? 貴方は何のために生きようとしているの? 例えここで助かっても貴方は後悔する」

 ボロボロになった腕を上げて、財宝部屋の方へと指を差した。
 その先には気を失ったままのリンカがいた。

「ボクが今ここで死んだら…………彼女も殺されちゃうんだ。そんなの、絶対にイヤだ」

 フィオラの手を押し退けながら、リンカの元へとボクは進んだ。
 彼女を見ると実感するのだ、本当の仲間というのを。

「ボクのパーティに入ってくれたんだ……。だからボクはリーダーとして皆を守ってやりたい……、これから先自分が死のうと関係ない。仲間をどうしても失いたくないんだ」

 荒い息を吐き出しながら進んでいると、走馬灯が前方から流れるように出現した。
 良い記憶なんてたかが知れている。
 ボクは目を瞑りながら軽くなっていく自分の体に恐怖を覚えた、これが死の直前だと。

 進もうとする自分はいつの間にか這い蹲り、動くのを止めていた。

「だったら、戦って。そして証明して」

 遠のいていく意識を呼び覚ますようにフィオラの優しくて包み込まれるような声が聞こえた。
 目を開けると、フィオラは小さな手をボクの頭の後ろに回していた。
 抵抗も許されずフィオラに抱き寄せられて、彼女の唇がボクのと重なり合ってしまった。

「ふぁ…………この感覚、やっぱりいい」

 掴まれた顔を解放され、気がつくと体がみるみると回復していった。
 フィオラの異常なまでの回復があらゆるボクの外傷を塞いでいき、折れてしまった四肢も元どおりに再生していく。

 数秒もしないうちに死にかけたボクの体が全て完治した。

「フィオラ、キミは一体なにをしたの?」

「信じてた、貴方の優しさを。だからネロ様には戦って勝ってほしい。そんな想いを込めてだよ」

 フィオラはニコリと笑ってみせると、ボクを地面から引っ張り上げて立たせた。
 その先にはボクを殺し損ねたサイクロプス・エルダー。
 言葉なんていらない。口をギュッと締めて、拳を握り締めながら奴と再び睨み合った。

 武器がもうない、折れてしまったのだ。
 砕け散ってしまった結晶の剣を拾おうとすると、また声が聞こえた。

「ーーー そんな軟弱で破損した武器じゃ勝てないわよ!! これを使いなさい、ネロ!」

 いつの間にか目を覚まして、顔を染めてるリンカがボクに向かって叫んでいた。
 彼女を見てよかった……と安堵している自分がまたいた。

 リンカから投げ渡された物をキャッチして、手に取った。
 銀色の剣、先ほどまで彼女が使用していた切れ味の良い剣だ。

「フィオラ、女神の息吹をまた頼みたいんだけど、いいかな?」

 言うまでもなくフィオラはフーっと剣に息を吹きかえると、短剣で形成した剣より巨大な結晶の剣が完成された。
 重いがステータス的に丁度いいサイズだ。
 それを脅威のサイクロプス・エルダーに向けた。

「行ってきて……ネロ様!!」

 フィオラの優しい声とともに、再び左手の甲に刻まれた魔法陣のような印が光を放って剣を包み込んでいった。
 よく分からないけど呪文のような文字が記憶の中から急に蘇ってきて、ボクは頭上へと結晶の剣を伸ばした腕で高く掲げてる。

 すると、雷が落ちてきたような衝動に体がよろた、がすぐに姿勢を保つ。

(魔力が気持ち良くボクに集結していく……いや、リンカさんの剣に力を与えているんだ)

 サイクロプス・エルダーが動きだし、攻撃を仕掛けるタイミングをボクは見逃さなかった。
 奴の弱点は攻撃態勢に入った時の大きな隙、振りかぶる時に空ける腹部だ。

「剣に力を与え集いし万物の煌(ひかり)よ!! 我に降り注ぐ厄災を払い闇を斬り拓くのだ!!! 【光晶剣流、煇輝光斬(ききこうざん)】!!!」

 振り下ろされた結晶の刃から、周囲の暗闇をも大きく照らすような神々しい斬撃がサイクロプス・エルダーにめがけて放たれた。

「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 倒れろ……!!!
 一瞬防がれたような気がしたが、20メートルもの巨体を誇るサイクロプス・エルダーの胴体は真っ二つに斬り裂かれた。

 衝撃が洞窟を揺らし、フィオラでさえ大きな攻撃を前に立ってはいられなかった。

「やりましたねっ……ネロ様」

「ああ」

 嬉しそうに笑ってくれるフィオラを前に、ボクは最後の力を振り絞ってニカっと笑ってみせた。
 体のバランスを崩すとともに、そのまま意識が闇へと落とされてしまった。



 ※※※※※※



 はるか遠くの大陸には魔王の城がある。そこには大量の魔物が生息していた。
 殺風景な地上、痩せた土地、数えきれない程の残骸の山。

 手紙を読みながら全てをも見渡すほど高い丘の上で1人、鎧を着こなしている少女がいた。
 薄ベージュ色のツインテールを風に靡かせながら、花緑青の瞳を手紙に当てて読んでいた。

「ーーー お兄ちゃん」

 手紙の主の名前を目にした彼女は懐かしそうな感覚に心を虜にさせられていた。

 手紙を読み終える頃、彼女の元へ数人の男女が近づき、その中の1人である無精ヒゲを生やした男性が膝をつけて少女に頭を下げた。

「ご親族の手紙を拝見しているところを申し訳ない。よろしいか?」

 少女はため息を漏らして、痒くはないけど頭を掻いた。

「うん、どうかしたの?」

「魔王軍の幹部「ベルゼン」が数千もの数に及ぶ魔の軍を引き連れて、ここへと進行をしている。どうすべきか指示を」

「それって私の頭が悪いのを知っての発言かな?」

「いやっ! 滅相もないぞ」

 少女は鎧をカチカチと鳴らしながら男性に近づいて肩に手を置いてからすぐ離す。

 手を腰に当てて、丘から眺められるだけの殺風景を見回しながら、少女は心踊るように笑って言った。

「無勢に多勢なんて知らないね。ここは反撃でしょうがっ」

「貴方らしい判断だ」

 無精ヒゲの男性が下がると、今度は爽やかそうな女性が杖を手に少女の元へと近づいた。

「ではまずは村の方々にも協力要請を?」

「いや、いいわ。戦えない人を戦場に送り込む訳にはいかない。ここは何としても私たちで抑えよう!」

 少女が拳を作り、曇った空へと突きつけた。
 それを見た女性は笑みを零す。

「もう、エリーシャ様ったら」

 そう、鎧の少女は魔王軍を葬りさるのが絶対使命である勇者のエリーシャだ。
 現在、魔王により6割割も統治されてしまった『魔の大陸』と呼ばれる領域に『勇者パーティ』のメンバーと共に彼女はいた。
 そのリーダーである。

「あら、そのお手紙は?」

 高価そうな杖を手にした女性『カトレイン』がエリーシャの手に持った手紙に注目する。
 エリーシャの目が泳ぐ。

「エリーシャ様のお兄様からですよね。今度はどのような内容だったのですか?」

「おお、それは気になるな。なんせエリーシャ様の兄上だもんな」

「今度会ってみたいわねぇ。きっと素敵な方なんでしょうね~」

「S級パーティで活動してたって、誇らしそうにエリーシャ言ってたもんな。一度は拳を交えてみてぇぜ!」

 盛り上がっていくパーティメンバーらに困惑しながら、勇者のエリーシャは全員を宥めてから手紙に目を通して咳払いをした。

「それがさ。お兄ちゃん……特級パーティからクビにされちゃったらしいの」

 周囲が彼女の言葉により静まりかえってしまった。

 それでもなお勇者エリーシャは笑顔を絶やさず手紙をしまってから、大空にむかって手をパンと叩いた。

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