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第1章 ー愚者編ー
第9話 『幸運なボク『転職』する』
しおりを挟む王都に帰還してから、リンカはずっとそわそわした様子だ。
馬車に乗っている時が特におかしい。
なるべくボクを見ないようにリンカは顔をそらしてずっと外を眺めていた。
話しかけようとすると「ヒャッ!?」「ヒェッ!」と奇妙な声でリアクションをしてくる。
耳が赤いし、もしかして迷宮に潜むウィザードの呪いに掛かったりと様々な推測を立てる。
冒険者ギルドに辿り着くとリンカはボクの方へと緊張した様子で振り返って、収穫袋を差し出した。
確認すると中から迷宮でリンカにより盗られた魔石とドロップアイテムが含まれていた。
「こ、今回は私の不手際で死にかけたんだから……せめての償いよ。お願いだから、気が変わる前にさっさと貰っちゃってよネロ」
初めて名前を呼ばれた気がして、無意識にニンマリと笑ってしまっている自分がいた。
※※※※※※
『黒沼』にて。
褐色の巨漢がトレイを持ったシャーリンのツインテールを鷲掴みにして持ち上げていた。
「だから何度言わせんだ馬鹿野郎!!! コーヒーには砂糖を出せ! さとう! なのに今回で何度目だ!? ええ!!」
「ひぇぇ! 申し訳ありません! 申し訳ありません! もうしませんから店長許してぇぇー!」
どうやらコーヒーを頼んだ客に誤って塩分の塊を差し出してしまったらしいウェイトレスのシャーリン。
こっぴどく店主に耳元で怒鳴られている状態で辛そうだ。
テーブルをリンカと透明少女のフィオラで囲みながら、店主とシャーリンを微笑ましく眺めて食事を取っていた。
コーヒー用の砂糖ではなく塩を差し出されてしまい、梅干しを食べたかのような顔をした被害者は目の前で口元を押さえているリンカである。
「は、初めて飲んだけど、塩での味漬けとは斬新だわね」
瞼をピクピクと痙攣させながらテーブルにうずくまるリンカ。仕方ないので励ましてみせる。
手を伸ばした瞬間、リンカに飛び跳ねられて避けられてしまう。
ゼハゼハと息切れしたのか、胸に手を当てて「死ぬところだったわ~」のような表情。
「き、気安く触れるなっと注意したばかりでしょう! なーんでそんな簡単に女性に触れられるのかが謎だわ! 変態!」
「この白銀髪女ぁ……」
かなり自分の行動を抑制することが出来るようになったのか、飛びつこうとはしなくなった。
ボクは両腕に包帯を巻いていた。
多分、結晶の剣を振り下ろした時に魔力が限界に近い値まで解放されてしまった反動で折れてしまったのだろう。
「ね、ネロ! お助けぇ~!」
「お客様に救いを求めるんじゃねぇぇぇ!!」
店主に叱られているシャーリンの声が聞こえたが、ここは店主に任せておこう。
まあ、とにかく酒場は賑やかである。
いつもより人が増えていて、何より沢山の人が声を掛けてくる。
ギルドにはサイクロプスのことや、財宝部屋を守護していたサイクロプス・エルダーの撃退について細かく報告をした。
最初は疑うような目を向けられたが、運が良いことに受付嬢はボクを知っていた。
元S級パーティ『漆黒の翼』のメンバーだと。
どうやらボクのパーティ脱退のことが国中に知れ渡ったらしい。
公表したのはトレスかアリシア辺りだろうか、それとも…………。
「あのさ」
そんなことを考えているとリンカが話し掛けてきた。
迷宮攻略で装備していた鎧が破損してしまったため私服である。
よく見ればそこら辺の女性とはあまり大差がないほど普通に可愛い女の子だ、それ以上かも。
「どうかした、もしかしてまだ怒ってるの?」
「怒ってなんかないわよ。それに……まだ言ってなかったでしょ?」
落ち着きがない様子だ、まだ言ってない?
冷汗をかいて嫌な方向に考えてしまった。
もしかして、やっぱりリンカはパーティを脱退してしまうのか?
「へ、へぇ~。何をかな?」
落ち着いて対応するつもりがボクも同様に動揺していた。
「ほら……その、私を……」
「??」
「助けてくれたことの、感謝を……」
顔をプイッとそらしながらリンカは赤くなった右頬を掻いて、ぎごちない感じで言った。
「なんだ、そんなことなの」
「そんなことじゃないわよ! 私ねっ……! ああ、ううん……なんでもないわよ」
テーブルを叩いたリンカは何かを言いかけて言葉を詰まらせた。
首を傾げてしまう自分がいる。
「それよりも……………ありがとっ。あんた、いえ、ネロがいなかったら死んでたかも。だから……決めたの」
「なにを?」
「このパーティを抜けないわ。それと……そこのおチビちゃん」
肉や魚、野菜サラダを幸せそうにほうばっている『自称女神』フィオラにリンカの指がむけられる。
「おチビとは……誰のことぞ?」
彼女自身、自分のことではないと思い込み気にかけずボクをじーっと横目でみつめた。
なんなのその目? たしかに身長は無いけどこれでも毎日牛乳を飲んでいるんだよ。
「ボクのことかな……?」
「違うわよネロ。あんたじゃなくて、その半透明になっていた女の子」
フィオラ以外にもそんな女の子いたかなぁ、と酒場を見渡すが女の子といったら店主に髪の毛を引っ張られて泣いているシャーリンしかいない。
しかし指は彼女ではなく、確かにフィオラの方へと向けられていた。
見えていないはずの……フィオラに。
言葉が出てこなくなったが周囲がうるさい。
完全なる沈黙は訪れないのだ。
「私はフィオラ。女神よ」
「そう、フィオラね。覚えておくわよ」
「!!」
自称女神が飛び上がって床に転がった。
ボクも同様、彼女に引っ張られて床に這いつくばってしまう。
フィオラに耳打ちされる。
「ちょっとちょっと!! どうしてあのボロカス女に見られているのさ! ? 私はネロ様一筋だから他の方とのコミュは嫌よ!」
「ボクにだってわかりませんし、わかりっこないよ……ていうか、あまりそういう言葉を本人の前ではよくないよ。聞こえちゃうかも……」
目の前に硬そうなブーツが止まる。
見上げると私服を着たリンカ。
鎧を着ていないというのに人一倍恐ろしく見えるんだけど、もしかして怒ってる。
「聞こえているわよガキ」
リンカは舌打ちをしながらフィオラに向かって言った。
さすがのフィオラでさえ自分を愚弄したことに腹が立った。
「誰がガキよ!! こう見えても半世紀はこの世界を上から見てきたのよ! 胸が大きいからってガキ扱いしないでよね、私から見たら貴方なんて赤ん坊も同然さ」
「え? 発展さえしていないボディだったので子供だと判断しただけなんだけど? 不思議」
「ムキーー!!」
コンプレックスだったのか、フィオラをリンカへと飛びつかないように制して止めた。
「あの、リンカさん」
「リンカでいいわ。パーティリーダーはあんただし恐縮しなくてもいいわ」
「リンカはその、いつからフィオラが見えるようになったの?」
「私の剣、結晶のような剣に姿を変えて握った時からかしら。なにもいない空間で急に彼女が出現したのには驚いたけど、ネロと親しく喋っている所を見て警戒はしなかったわ」
結果、リンカは突如と出現したフィオラを見えるようになったが、周りの人にはやはり見えていない。
「それで、だれなの?」
リンカはフィオラを横目で見ながら、首を傾げて聞く。
「ふふん! よくぞ聞いてくれたぞ小娘よ! 我は世界の御神体である偉人! 純一無雑の女神『フィオラ』! そんな我はネロ様の差し伸べられた純粋な手により救われた身! 永久にこの身を捧げよう、地位なんて関係ない……我はネロ様専属の女神である!!」
「つまり馬鹿なお年頃なのね、わかったわ」
フィオラの自己紹介を聞き流しながらコーヒーを手にして飲み干すリンカ。
彼女の態度に激怒するフィオラ。
もう手のつけようがないので、ボクは大人しく端で掴み合う彼女らを観戦するのであった。
コーヒーは苦手だ、なので茶を飲んでいる。
茶の水面には茶柱が立っていた。
※※※※※※
捻じ曲がった天井の白い部屋にポツリとボクは椅子に座らされていた。
白い部屋には一つだけ空いている穴がある。
誰かが外から穴を覗き込んでボクの方を見て、そしてウィンクをした。
「こっちは準備し終わったよ~。そっちの方はどうなんだい?」
「はーい、特には問題ないです」
声をかけてきた人物に答える。
穴を覗き込んでいた人物はニカっと笑い穴を閉じた。
完全に真っ白な部屋だ。
「………ゴクリ」
少し待っていると、なんらかの作業が遂に開始された。
捻じ曲がった天井から光が放たれて、ボクの体をピカーと包み込んだ。
唐突で集中していたせいで驚いてしまったが、身体的にダメージはないので大ごとのようにはリアクションせずに黙って座り込んだ。
体からみるみる魔力が抜けていき、次第に空っぽになっていく感覚を覚える。
放たれた光は消え、今度は部屋がベージュ色に変色して捻じ曲がった天井からボクめがけて白い光が再び放たれる。
新たな魔力が注ぎ込まれていって、生まれ変わったような気分に包まれていく。
数10秒後、終了したのでボクは白い部屋から出た。
部屋の外はギルドロビーである。
その中央にはボクを待っていてくれた2人のパーティメンバーがいた。
「無事に転職(ジョブチェンジ)おめでとうネロくん!」
背中を叩かれ振り向くと、さきほど穴を覗き込んでいたギルドの受付嬢のリリアがいた。
軽く頭を下げてお礼。
「こちらこそ、ありがとございました」
「元S級パーティにいたキミの担当になれるのならお安い御用だよ。だけど本当にその職業でよかったの?」
「あまり戦闘が専門じゃないので、ボクの特性に合うのならこれかなと思もったんです」
ボクが転職した職業は『シーフ』。
情報収集や盗みに特化している下級職業で、正直リンカの方がよほど適していると思う。
けど彼女はそれより上いく上級職業『クリエイター』である。
生成した物質や薬品、魔法あらゆる物を使用して戦う上級職業で手先が器用で想像豊かなリンカには適正していてうまくやっているらしい。
「たしかに、ステータスの幸運値が100越えの貴方ならシーフにむいているかな」
シーフには『棒倒し』というスキルがある。
迷宮で迷った時に活用するスキルで、幸運値によって効果が大きく左右される。
棒倒しを行う本人の運によって死への方向か、それとも生への方向が示されるという重要な役割が担われる。
100回に1度は失敗してしまうぐらいの幸運値を秘めたボクならある程度むいているだろう。
それにS級パーティ『漆黒の翼』での依頼で、よく敵の潜入調査を任せられたことがあったため情報収集は得意である。
なのでスペシャリストのリンカにシーフしかないと提案され、ボクも納得せざるおえなかった。
今日からボクは『シーフ』だ。
「おおーーい!! 『1目殺しのネロ』はここにいるかぁあ!!」
突然、ギルドのロビーから響くような声がこの場にいる皆を黙らせた。
ちなみにその呼び名はサイクロプスを討伐した次の日、今日冒険者の間で名付けられたボクの呼び名である。
出入り口にはゴブリン……ではなく髭を生やした巨人族の男性がいた。
3メートルもありそうな身長に、太い筋肉、恐ろしい貫禄。
周囲の冒険者らは身を震えさせて黙り込んだが、リンカとフィオラは男性を見るは真顔で特には反応はしなかった。
「面倒なので」と言った様子だ。
男性はズシンズシンと足音を鳴らしながらボクを見て近づいてきた。
「お前がネロかぁぁぁあっ!!」
「へぇ!? は、ハイ……!」
声デカッ!!
おもわず両耳を塞いでしまった。
「俺を誰なのかが分かるかぁーーー!!?」
建物が揺れる。
受付嬢たちは平然である、日常茶飯事なのだろう。
「し、知りませんね?」
普通に答えた瞬間、男性の形相が変わった。
「何ぃぃ!! 知らないだと!? このっーー!」
身構えて攻撃に備えたが、巨人族の男性は腕を組んでいた。
「分からぬなら仕方がない! 俺は『フィンブル大陸』北西部の『格闘家の聖地』出身! 剛鉄のヘルマンだ!」
ん……ヘルマン? どっかで聞いたことがあるような。
「魔の大陸へと旅立った『神剣士レイン・グリモワール』の2番目弟子だ!! レイン殿なら存知ている筈だろう!!」
レイン……! という名前にピンときた。
この巨人族とは初対面だが、神剣士のレインとは知人だ。
なぜなら彼女は妹の勇者エリーシャの師匠だからだ。
まだ若い頃、『勇者の加護』が発生した妹の元へと駆り出されたレインである。
ボクらの村に長期間滞在したことがあり、彼女には世話になったし、返しきれない多大な恩がある。
特に妹のエリーシャの剣術の腕は彼女の施しのおかげだ。
エリーシャには特に尊敬されていた人物である。
そんな彼女の弟子が何故ボクの前に現れたのだろうか?
「俺は彼女からの伝言をお前に伝えるため、はるばる『魔の大陸』からここ『フィンブル大陸』にまで海を渡ったのだ! 泳ぎでな!」
流石はレイン、容赦ない無謀な頼みごとだ。
そんなに重要なのかと不安になってしまう。
「は、はぁ……その、伝言とはなんでしょうか?」
「今から2年後に魔王討伐の作戦が大陸中の猛者どもに発令される! すなわち魔王の首を斬り落とす大規模な戦いだ!」
秘密事項ではないのか、大声で言ったせいで周囲の冒険者らが動揺して逃げていく。
公表したも同然だ。
けど、驚いた。そんな作戦が既に開始されようとしているなんて。
「そこでレイン殿はお前をも推薦したのだ!! 時期お前も軍の魔王討伐隊に編成される、心して準備しろ! 伝言はこのまでだ!」
魔王討伐? なんのことだ? え、もしかしてボクが?
声が詰まって喉が鳴ってしまう。
「え、ボクも魔王討伐作戦に……ですか?」
「そうだ! もう用がないのなら俺はレイン殿の所まで戻るぞ!」
ボクは絶句した。
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