S級パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる〜勇者より先に魔王討伐を目指す〜

灰色の鼠

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第1章 ー愚者編ー

第10話 『S級パーティ「漆黒の翼」の真実』

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「ちょっ! どういうことなの!? ネロくんが追放されただなんて聞いていないわよ!」

 冒険者の宿のチェックアウトを済ませた『漆黒の翼』の中の1人がリーダーのトレスにむかって叫んだ。

 長くて純白なローブを身に纏う桃色の髪を持った可憐な少女だ。
 その手には叩いた跡が残っていた。


 名前は『ジュリエット・シルヴァ』。パーティのマナや傷の回復を役割とした上級僧侶である。
 仲間の体調管理を担うはずの彼女が、仲間でありリーダーであるはずのトレスの頰を叩いていた。
 彼は跡が残った頰に手を当てて、叩かれたことに関してとくには触れなかった。


 ただ無心で激怒するジュリエットを見てから不思議そうに首を傾げるだけ。


「ジュリエット、何をそんなに感情的になっているんだい? 別に彼がこのパーティから脱退した程度で損害はゼロだ。むしろチャンスなんじゃないか? なぜ殴る?」

「そうよジュリちゃん! いくら親友のアナタでもトレスに手をあげたことを許さないわよ僧侶の分際で!」


 心配そうにカレンは怪我をしたトレスの元に近づいたが、パシッと彼女の手がはたかれる。
 疑問なのだ、考えている真っ最中で邪魔をされたくないとトレスは自分の頭の中で分析する。


 そう、なぜジュリエットはクズで役立たずのタダ飯喰らいで、幸運だけは高いクセに戦闘では活用できていない無能野郎のネロに対して自分たちに怒りを覚えるんだ?
 その行動が謎を呼び、解明するのにはジュリエットに聞くしかないだろう。
 まぁ、彼女は優しすぎる。


 出張でパーティから離れて久々に帰還したらメンバーが消えた、自分に相談もなく追放された。優しい彼女なら怒るのも無理がないだろう。


「納得できないのか? あの役立たずの脱退を?」

「当たり前じゃない! 彼を辞めさせる理由なんてなかったじゃない!?」

「あったよ、キミだって彼の無能っぷりを散々拝見したはずだよ? どうして激情する……っ」


 言葉を妨げられるように、トレスは自分の襟を掴んで引っ張った人物に驚きを隠せず、口が詰まった。
 ジュリエットに襟を掴まれ、赤い眼差しで睨まれていたのだ。


「ネロくんが役に立たなかったことなんて、今までなかったわよ……!! ちゃんと皆のために貢献しようと努力していたわよ! 」

「それが報われなきゃ意味がない、だろ?」


 トレスの言葉に襟を掴む手が緩んだ。


「かつて、キミが彼に言った言葉だ。覚えているだろう? 結局キミも共犯なんだ」

「………そんな根拠なんてっ」

「彼を追い詰めたのはキミも同じだろう? だから彼は陰で俺らの見ていないところで無駄な鍛錬に励んだ。できるだけ俺らに迷惑をかけないように」

「だったらどうして! ネロくんを辞めさせたのよ!? おかしいじゃない!!」


 彼女の叫び声が宿の広間に反響する、周囲の人たちは唖然としながら見守る。
 そこで、ジュリエットにむかってトレスは気色悪く笑みをみせて言う。


「さっきも言ったとおり、報われなかったからだよ……? もういいだろう」

「そんなの……ぜったい間違っているわ。仲間を蔑ろにするだなんて……どうかしてるわよ」


 だんだんとジュリエットの目に涙が浮かぶ、それを見たトレスはため息を吐いて、襟を掴む彼女の手に自分の手を重ねた。


「キミは随分、彼を知ったような口ぶりで話すようじゃないか……?」

「当たり前じゃない……だって、ネロくんは」


 ジュリエットは過去、親を失くしたことから修道院に引き取られて育てられたことがある。
 優しい人たちに囲まれて、友達もたくさん出来た。


 将来は医者になる為、若いながらも勤勉に努力して結果、上級回復魔法を習得した。
 僧侶として将来を約束されたのだ。


 そんなある日、魔王軍によって故郷を滅ぼされた少年と少女が修道院に引き取られた。
 2人は兄妹らしい。


 2人に興味をもったジュリエットは活発でよく笑う少女の方とは気が合い、すぐに友人になれた。


 けど少年は違った、活発な少女と違って虚ろで心を閉ざしていたのだ。
 声を掛けても何も言わずに無視され、遊びに誘っても無反応で、いつも誰かを避けていて1人で本を読んでいた。


 けど彼をが心を開く時は、妹である活発な少女との会話だけ。
 あの表情の変化には驚かされて、ジュリエットは少年のことがますます気になり毎日話かけた。


 それが数年も続いて、少年は一向に仲良くなってくれたりはしなかった。


 しかしそんなある日、奴隷商人の雇った盗賊団により修道院は襲撃を受けた。


 他の孤児らは身を隠すのに成功したが、連れていかれてしまったのはジュリエットと偶然にも無口なあの少年だった。


 馬車で運ばれていた時、ジュリエットは泣いた。
 自分たちはどうなるのか? 殺されちゃうのか? 子供だったせいか不安は隠しきれなかったのだ。それでも決して泣かなかったのは少年だった。


『あの日に比べれば、大したことなんてないよ』とジュリエットを見ながら彼は初めて彼女に言葉を発したのだ。
 それでも少年は震えていた、強がっているのだ。
 自分を安心させるために。
 そう思ったジュリエットは泣き止んで、少年に頷く。


『どうするの?』


 泣きそうな顔でジュリエットは少年に聞くと、彼は以外な提案をしたのだ。
 今すぐ馬車から飛び降りて逃げるんだ、と。


 ジュリエットは驚いてから少年に無理だよと泣き言を言ったが、少年は彼女を優しそうに宥めてから胸を張り、誇らしく言った。


『ボクの側を離れなければ大丈夫だよ。だって、みんな言うんだ。キミは他の誰とも異なっていて、そして恵まれているんだって』


 少年は微笑みながらジュリエットの手を震える手で掴んだ。
 少年の言葉はジュリエットにとって難しかったが、不思議に少年の笑顔が彼女に力を与えた。


 ジュリエットは涙を拭って、また涙を流す。
 決して泣いているわけではない、抑えられないのだ。


『……行こう!』


 少年に手を引っ張られて、ジュリエットは彼とともに馬車から勇気を振り絞って飛び降りた。


 盗賊にすぐ見つけられたが、構わず必死に森を抜けながら逃げた。
 足に怪我を負っても、血が出ようと、疲れて、痛くてもジュリエットは少年に引かれて走った。


 すぐ背後から、自分たちを追ってくる盗賊らがいた。子供の自分たちでは、大人相手では逃げられないのだ。


 嫌な考えを悟ったジュリエットは掴んだ手をだんだんと緩め始め、走る速さを落としていった。


『逃げて!!』


 少年に掴まれた手を離されて、ジュリエットは前へと押し出された。
 ジュリエットは驚きながら、涙に溢れた瞳を少年の方へと凝視させた。
 彼は泣きそうな表情で佇んで、盗賊らを待ち構えていたのだ。
 ジュリエットは少年の行動に疑問を抱いたが、子供の自分でもすぐ理解できた。


 盗賊らを食い止めようと、自分のために囮になろうとしているのを。
 少年を置いて逃げるのを一瞬躊躇ったが、そんなジュリエットを見て少年は怒鳴ったのだ。
『逃げろ!!』『逃げるんだ!!』と。


 ジュリエットは無意識に走っていた。
 振り向くことなく嗚咽をあげて泣きながら、少年を置いて逃げたのだ。


 少年の叫び声に、盗賊らに乱暴にされているような声が聞こえた。
 それでも何も考えずに走った。
 どこまでも続く暗闇の中を抜けながら、自分を照らしてくれる光を求めるために。


 すると、目の前からベージュ色の荒れた髪を向かい風により靡かせながら、ものすごい速さで走ってくる少女に気がついた。
 修道院に引き取られた少年の妹、活発なあの少女だったのだ。


 声を掛けて止めようとしたが、少女はジュリエットを尻目に彼女を通り抜けてしまった。
 少女の向かうところは盗賊らに捕まってしまった兄の元へ。


 友人を失ってしまうことに不安を覚え、ジュリエットは振り向いて元の道を引き返した。
 自分でも分からなかったのだ、どうしてこんなことを……?


 辿りつくと、信じられない光景を目の当たりにした。
 そこには、血まみれの少女がいたのだ。
 彼女の血ではなかった、地面にひれ伏して倒れている血まみれ、痣だらけの盗賊らのだ。
 全滅だ、少女1人で全員をやったのか?


 少女は地面に倒れていた自分の兄である少年に肩をかして起こした。
 少年は妹である少女の顔を見ると、安心したかのように笑顔をみせる。
 気を失いそうな自分の兄に肩をかして少女も笑って、ジュリエットをみつけた。


 ジュリエットもすぐに駆けつけて、少年に肩をかした。
 その目には罪悪感がたまっていて、とてもじゃないが少年の方を見られなかった。


 泣きそうな表情を堪えていると少年はジュリエットを見て、弱々しく言った。


『……無事で良かったよ』


 いつも無視するような冷たい態度をとっていた彼ではなかった、そんな仲が良かった訳ではないのに、少年は嬉しそうだった。
 ジュリエット、自分のことを想って笑ってくれたのだ。


『ネロくん……ごめんね、ごめんね』


 ジュリエットには悲しみはなかった。
 嬉しそうな表情で涙をたくさん流しながら、必死に作った笑顔で笑っていた。
 本当なら泣き崩れたかったが、少年……ネロを見ていると不思議に笑ってしまうのだ。


『ありがとう』


 向かい風に当たりながら3人はとぼとぼとしく、笑顔で自分らの大切な我が家にむかって小さな歩幅で進んだのだ。



 思えばネロがいなければ今の自分は此処にいなかっただろう。
 本当に幸運なのはネロだけではなく自分らパーティもだとジュリエットは知っていた。


 それなのに、見回す限りネロを非難するような奴らしかいない。


 ジュリエットはカチカチと怒りによって震える歯を抑えながら、トレスをつき飛ばしてから宿の出口へとむかった。


「どこへ行く?」


 締められたところに手を当てながら、トレスは背中を向けるジュリエットの手を掴んで止めた。


「ネロくんを探しに行くのよ、昨日辞めさせたってことはまだ周辺にいるんでしょ?」

「ダメだ、俺が許さない。あんな奴を放っておけ」

「……っ!」


 殴りかかろうとしたが、ジュリエットはなんとか自分を抑えた。今ここで問題を大ごとにするわけにはいかない。


「だったら……もう、私はこのパーティを抜けるわ」


 ジュリエットの言動に驚いたトレスの掴む手が強くなった。流石は勇者候補か、握力が強い。


「そんなの……ダメに決まっているじゃないか。キミは俺らの戦力だ、キミが辞める理由なんてないよ?」

「ふん! 私はあんたが嫌いだけどトレスの言う通りよ。抜けることなんてNGよ」


 カレンの言葉にずっと黙りこんでいたアリシアがウンウンと頷いていた。


「何よみんな揃って…… ネロのことをなんとも思っていないの?」

「思ってないし、思ったことないんだけど何か?」


 チビドラゴンを撫でていたサクマが冷たく言った。
 隣で彼に無言で同調するアリシア。


「そういうことだから、ジュリエット」

「……なによ?」


 ジュリエットは自分の手を掴むトレスを睨みつけた。
 彼は得意そうな顔で言う。


「ここでやめれば、修道院がどうなるか……知っているだろう? 俺のパーティにいる以上は国はキミを蔑ろに出来ないはずだ」

「……っ」


 トレスの一言でジュリエットの動きが止まって、時が止まったかのように硬直した。
 その額からは焦りによる汗が垂れる。


「キミがパーティを抜けたことにより、世界はどのような手を使ってでもキミを求めるだろう。それが、どれだけ非道なことでも」

「………わかったわよ」


 自分がこのパーティを抜けることにより誰かが危険に晒されるかもしれないと悟ったジュリエットはトレスに反抗するのを辞めて、握りしめていた拳を押さえ込んだ。


 気を緩めた瞬間、ジュリエットは突然トレスに引っ張られて抱きつかれてしまう。


「なによ……!?」

「しーっ、それでいいんだよ。帰ってきたばかりのキミは疲れているんだ。大丈夫、俺らがキミを守っているから大人しく休んでおくんだ」


 トレスの発する誘惑するような声にジュリエットは抵抗を許されなかった。
 そのまま力が抜けていって次第にトレスに抱かれたジュリエットは眠りに落ちてしまった。


「おいおい睡眠魔法を仲間に使うのかよ?」


 サクマが心配そうに大人しく眠ってしまったジュリエットの顔を覗き込んだ。
 クズそうな顔でジュリエットを抱き抱えるトレスが首を振った。


「なーに平気さ。なんせジュリエットを止めるのにこの手しか思いつかなかったのだ。仕方がないよ」

「あのさトレス。さっきから疑問に思ったんだけど、僧侶なんていくらでも変えはいるんじゃない? どうしてその女に執着するのよ」

「カレン、お前には関係ない。いいからボサッとしないで荷物をまとめろ。王都にむかって出発をする」

「はぁ……わかったわよ。それじゃアリシア行こう」


 呆れながらカレンはアリシアの手を引いて荷物の置かれていた部屋へと行った。
 トレスは眠ったジュリエットをサクマに預けて宿の出入り口へとむかった。


「俺は先に外で待っている。準備が出来次第に馬車に乗るぞ」

「へいへいわかったよ大将さん。よっこらせっと」


 ふんっと鼻を鳴らしながらトレスは宿から人の賑わう中央通りへと出た。


「ーーちょっとそこのアンタ! 足元に気をつけろ!」


 歩いているとトレスは背後からの声に振り返ったが、遅かった。
 次の一歩、足を踏み込んだ先には異様に柔らかいものが落ちていた。


 久々の感覚にトレスは焦りを覚え、回避しようとしたがもう遅かった。


 トレスはツルッと滑って、宙を回転してしまったのだ。
 バナナの皮に、そう、勇者候補はバナナの皮を踏んでしまったのだ。


「なっ……!?」


 信じられない光景にトレスは一回転しながら驚いてしまったが、気がついたら硬い石の地面に頭を打ってしまい意識が途切れた。


 よだれに頭上から垂れる血を大通りを行き交う人々に披露しながら彼はみっともない姿勢で倒れこんでいた。

 一回転した拍子に落としてしまったのか、彼のステータスプレートが地面に落ちていた。


 ー STATUS ー
 トレス
 オール100  、運 10


 勇者候補トレスは『漆黒の翼』を設立する前から、非常に運が悪かったのだ。
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