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第3章 ー離別編ー
番外 『白い未来を望んだ少女』
しおりを挟むこれは、魔王がこの世界に産まれ落ちる遥か数百年前の物語。
魔法を駆使しながらも技術を持たない魔族と技術を駆使しながらも魔力を持たない人族との、関係がまだ分断された紛争時代。
そんな世界には、長い耳を持った明るい魔族の血を引いた少女が生きていた。
彼女は平和をなにより望み、一族を心から愛し、さらに人族をも愛し尊敬する優しき心を持っていた。
魔族同士の交じわらない種族文化によって引き起こされる争い、派閥によって戦争を勃発させる人族。
絶望的な運命を辿っていく未来を約束されたこの世界に、それでもなお少女は絶望を受け入れたりはしなかった。
殺伐とした世の中を目にしても、必ず救いの手が伸べられるのを信じて少女は白い未来を祈ってみせた。
それが成人にも満たない、彼女の最初の思想だった。
そして若き頃、ある日少女は女神と名乗る女性と出会う。
女神は誰もが見惚れるほど、とても美しい容姿をした女性だった。
それなのに服装は貧相でみすぼらしく、少女の想像していた高貴な女神の姿とは程遠いものだった。
それでも純粋な少女は、女神と名乗る女性の言葉を信じ、ある種を受け取る。
少女の手に握らされたその種は、とても小さく身を被った米のような形をしていた。
女神はそれを《精霊種》と呼んだ。
強くて気高い者にしか育てられない、未来を紡ぐ栄光の種。
命を宿し、命を作り、命を想像する樹が育つと女神は少女に言ったが、それは本当の未来を願う者にしかできないと助言した。
この樹が育ったところで、未来がどのように左右するのかも所有していた女神にも予測できない。
定められた運命を歪ませる、兵器にもなる。
どのような結果に至ったとしても受け入れる覚悟があるのか? と女神は少女の手に置かれた種と、白い瞳を持つ少女を交互に見ながら聞いてみせた。
それでも少女は悩む素振りをみせず、まっすぐな眼差しで女神をみつめながら答えた。
ーーーー可能性があるのなら、私は限られたこの世界を変えてみせたい。
それが、彼女の答えだった。
混沌の渦に飲み込まれてしまっても、世界が少女の育て上げられた樹によって滅んでしまったとしても、白くて平和な未来へと歩められる可能性が存在するのならば、それが全てどうでもよかった。
それを聞いた女神は耳を疑いながらも、小さく笑った。
ーーーそうか、それならばお主にこの世界を任せよう。いつかまた、この世界に妾のような来訪者が来るだろう。その時は、どうかよろしくと伝えておいてくれ。
最後に女神はそう言い残し、未来の種を握りしめる少女の目の前からその姿を消したのだった。
その時、少女は決意した。
次の日に、この種を埋めようと。
※※※※※※
魔族の血を引いた亜人族だけが統治する、大国のはずれにある村には、誰よりも元気で活発に笑顔を振るまう愛らしい少女がいた。
『ミア・ブランシュ・アヴニール』
彼女は人族と魔族との間に産まれた、いわゆるハーフである。
魔族と違って魔力に適正を持たない、人族のような姿を持たない。
どっちの種族とも認識されないミアを受け入れてくれたのは、彼女を産んだ母の故郷である村、そこに住まう魔族達だけだった。
ミアは産まれた時から人族によって両親を殺されている。
残ったミアの身寄りは母の祖父母に当たる人物だけだった。
祖父母はミアをただの孫ではなく、我が子当然のように愛を注ぎながら育ていった。
村の住人も全員、最初は人族の血を引いたミアに恐れて極力関わらないためにも距離を取っていた。
だけどミアとの交流を深めていくうちに、村の住人の大半は次第に彼女との距離を近づけていった。
彼女が一人の少女として認識されるまでそう時間は掛からなかった。
どうやらミアには人を惹きつけるような、不思議な体質があった。
困っている人を見かければ何も言わずに手を貸してやったり。
森に傷ついた動物がいれば村まで連れて帰って治療してやったり。
とにかくお節介焼きな性格で、おまけに周囲を笑顔にさせるお調子者だった。
人懐っこさも人一倍である。
たまに村に訪れてくる旅人にくっ付いたりして、村の外についてのことを色々と聞いたりするのがミアだった。
旅人の大半はミアの事情を知ってもなお遠ざかったりはしなかった。
彼女が懐いたりする一つの理由がそれかもしれない。
旅人の中にはミアの可愛さに惹かて旅の同行を頼んだりする連中もいた。
だけどミアは片っ端から断っていった。
ミアには、この村に残らなければいけない理由があるのだ。
それがいつか達成するまで、ミアは村に出ることを考えたりはしなかった。
たとえ数年、数十年経過しようとミアは村から決して出ることなく残る気でいた。
※※※※※※
明るい少女ミアには仲の良い男友達がいた。
名前は『シオン・マグレディン』。
気が弱くて真面目な少年である。
ミアより歳は下だが、大差はそこまでなかった。
ミアのいる村から遠く離れた集落にシオンは住んでいた。
すぐそばには栄えた街があるためか、行き交う人々が沢山いる場所だ。
シオンはその集落の族長の子息であり、次代の族長を約束された身分の高い少年である。
護衛とともにミアの住まう村にシオンは時々訪れてきたりした。
最初の出会いは、丘で一人シオンが暇を持て余していた時だった。
背後から忍び寄ってくる気配を感じとれずに突然、シオンは背中を押され、丘の下り道に転がり落ちてしまった。
急だったので理解が追いつかず、シオンは地面に這い蹲りながら涙目になる。
見上げるとそこには、自身より大きな三人組の悪ガキ面をした少年が、自分を見下ろして面白がっていた。
シオンは訳も分からずに逃げようとしたが、すぐに追いつかれてしまい袋叩きにされる。
なのにシオンはその時、殴られても助けを求めることはしなかった。
元々、彼は人見知りな性格で叫べるような少年ではない。
それを悟った悪ガキ達は、都合の良いようにシオンを扱った。
その刹那である。
悪ガキの一人が派手に吹っ飛ばされて、その次に腰巾着の二人が何らかの強い衝撃を受けてひっくり返った。
悪ガキ達が自分たちの行いを後悔しながら、その状況を悟る。
だけど、すでに手遅れだった。
無闇な暴力をこの村で最も拒絶する少女、優しき心をもったミアが鬼の形相で悪ガキ達を睨みつけていたのだ。
それから悪ガキ達は必死に許しを請うも、ミアの正義の鉄槌によって悪ガキ達は呆気なく打ちのめされてしまう。
シオンはその光景を眺めなが、訳が分からなくなる。
瞬間、ミアに顔面を殴られ、 気を失ってしまった。
後から聞いた話。
どうやらミアはシオンが虐めを受けている一部始終を遠くで見つめていたらしい。
シオンが助けを求めるまで彼女は手を出さないようにしていたが、中々助けを求めないシオンの間抜けさにイラつきが増幅して爆発。
怒りをシオンもろともぶつけてしまったらしい。
だけどシオンはそれがキッカケで、自分を助けてくれたミアを友人として認識した。
たまに護衛を一人引き連れては、ミアと遊ぶためにシオンは集落から村まで足を何度も運んできた。
それを何度も続けたある日、村に訪れたシオンはミアの姿がないことに気がついた。
村の住人にミアの事について聞いてみたが、どうやら森へと一人潜っていってしまったらしい。
「いつものことだ」「笑顔で帰ってくる」と、住人らはさほど心配した様子をみせずに軽口で言った。
だけど初めてそのことを知ったシオンは待機してくれている護衛に内緒でミアの潜っていった森へと足を踏み入れてしまう。
初めて自分だけで行動したシオンは、周りの全てのモノが異形に見えて仕方がなかった。
一旦引き返そうか? と弱気になってしまったが、それよりもミアを心配する心が彼の足をつき動かす。
森を進んでいくと、彼はある広場に辿りつく。
そこには、見慣れた小さな背中を向けた少女が座り込んでいた。
そへがミアだとすぐに気がつき、安堵したシオンは声を掛けようとしたが、ミアは何かをブツブツと一人で呟いていた。
「?」
気になったシオンは気づかれないよう、ミアの様子を伺った。
耳を傾けると、ミアの呟いている言葉がシオンの耳にも届いた。
「白…………みら…………このせか…………」
数時間もミアは動かずに、手を合わせながら何かを祈り続けていた。
それを邪魔してはいけない。
シオンはそう思いながら気づかれないよう、この場から立ち去ろうとした。
途端、迂闊にも木の枝を踏んでしまった。
バキッと音が広場まで響いてしまい、シオンはしまった! と姿勢を低くさせて草陰に隠れようとしたが、広場にいたミアと目が合ってしまう。
「シオン……なの? そんな所で変なポーズを取ってどうかしたの? まるでトレントみたいだよ」
「あ、あ、誤解しないでくれ! 僕はなにもずっとここで君の様子を見ていたわけではないし、そういう意味でミアを思ったことはないから!」
シオンは慌てながら自分を見つけてしまったミアに様々な言い訳を繰りだした。
それでもミアは不思議がることなく、素っ気ない声で「あっそ」と笑いながら返事する。
シオンは気になっていた、ミアがここで何をしていたのかを。
ウジウジしながら彼女に聞いてみせた。
「ミアはここで、ずっと一体何をしていたの? あ、えっと、別にずっと見ていたわけじゃないから! うん!」
「ああ、村の大人達には内緒だったけど、別にシオンにバレた所で心配することは何一つないかな。どうせ、シオンは誰にも言ったりはしないから特別に教えてあげるね」
そう言いながらミアは、先ほどまで膝をついて何かを一人で呟いていた場所へと指を差した。
そこには、土の中から出たばかりの草木の芽が芽吹いていた。
シオンはそれを目にして驚く。
見たことのない色の芽である。
「コレは私が植えたの」
「ミアが? 珍しい色をしていているようだけど、どこで見つけたのさ?」
「それは内緒だよ。一応、コウノトリが運んできたと考えてね」
「それって……子供の生まれ方なんでしょ?」
他愛ない会話に二人は笑ってしまう。
するとミアはシオンの手を引っぱり、一緒に芽の前に膝を付けた。
「これは、未来を紡ぐ栄光の種でねーーーーー」
ここから『ミア・ブランシュ・アヴニール』と呼ばれた、賢者の物語が始まった。
精霊樹の創造主として魔族を束ね、世界を覆し、大切友人と対峙する運命。
そんな有様の未来をその目で見届けるまでの、
白い世界を望んだ少女の物語である。
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