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第4章 ー《ネロ》精霊樹編ー

第34話 『龍人族長との出会い』

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 本当に幸運だった、そう思えたのも空から降ってきた時に、柔らかそうな茂みに着陸したからである。
 途中、木々で落下の速さが軽減したが、上空五十メートルから落っこちれば無傷では済まされない、誰でも知っている常識中の常識だ。

 地面に着陸した瞬間に、ボクは足を両方とも折ってしまったらしい。
 見ると、足はあらぬ方向に曲がっていた。
 痛みに敏感なボクは、じわじわと迫ってくる痛みに堪えきれず、涙目になりながら
 盛大に叫んでしまった。

「あああああ……っ!!  痛いっ、痛いっ痛い!!」

 サイクロプスエルダー戦以来の激痛だ、まさかあの痛みが蘇ってくるだなんて思いもしなかった。
 耐えきれず、這いつくばったままボクは助けを求めた。

 周囲は大量の木々で覆われ、空の光すら届かないほど暗い。
 まるで洞窟の中にいるような、そんな空間だ。

「誰か……誰かいないのか……?  助けて、ください」

 そう願った矢先、森から異様は気配がした。
 気配の方へと目を向けるが、気配は1つだけではなかった。

 二つ、四つ五つ、いまそれ以上の何かがボクを監視するように、姿を隠して様子を伺っている。

 いつしか、救いを求めるボクの声が途切れていた。
 ただ無言に周囲を見回す。どこから襲われるかも分からない恐怖と孤独に震えながら。

「ねえ、キミ大丈夫なの?」

 足音がすぐそばまで聞こえ、とっさにそこへと首を巡らせてた。

 そこには、爽やかそうな長髪の男性が立っていた。
 実の入った籠を手にして、ボクを不思議そうに見下ろしている。

「……傷だらけ?  ちょっと……」

 男性は心配そうに駆けつけきてくれた。
 頭を持ち上げ、彼は籠に入っていた実を手に取る。
 それをボクの口の中へと、優しく放り入れてくれた。

「これを噛んで、飲んでくれ。そうすれば……」

 瞼がだんだんと重くなっていく。
 次第に男性の説明する声もが耳に入らなくなるまで、ボクの意識は暗闇へと落ちていってしまった。

「………」






 ※※※※※※





『これは、魔王がこの世界に産まれ落ちる遥か数百年前の物語。
 魔法を駆使する技術を持たない魔族と技術を駆使する魔力を持たない人族との関係がまだ、分断された紛争時代。』

 どこかこ誰かにそう耳元を囁かれたような感覚がして、あまりの気持ち悪さにボクは目を覚ました。

 おぞましくね長い夢でも見ていたような気分だ。
 額から大量の汗が身につけている服装を濡らしてしまってる。

「……」

 目をこすり、鮮明になった視界で周囲を見回す。
 みすぼらしい部屋が………ん?

 汗だくの服装を確認し気がつく。これはボクの服装ではない。
 普段は昔から愛用している、兎の刺繍された服をいつも通り寝る前に着用していたはず。

 なのに、着ている今の服装は真っ白である。

 不思議に思いながらも、起き上がると、部屋の暗闇で目を光らせる小さな少女が扉のすぐそばに立っていた。

「…………あの」

「おはよう!」

 少女は嬉しそうにニコリと笑いながら、手を高く上げた。
 つられてボクもまだ眠っているであろう左腕を強引に上げ、震えた手を必死に振ってみせる。

「お、おはよう……?」

 状況が全く掴めないまま、小さな個室で手を振る。
 ますます混乱しそうだ。

「お兄ちゃーーん!!」

 返事をした途端に少女はとても速い移動速度で部屋から退出していってしまった。
 それを細い目で見届け、一人おり残される。

「なぁにリリル?  あまり物音を立てると、さっき運んで来た人が起きるって……」

「その通りだよお兄ちゃん!  あの人、元気そうに笑いながら挨拶を返してくれたんだよ!」

「なんだって!  ちょっと待ってて……」

 扉の向こう側のやり取りが、この部屋にまで聞こえてくる。

 コンコン、と少女の出ていった扉からノック音と「入るよー?」と馴れ馴れしい感じの声が聞こえ、開けられた。

 隙間から美形な顔立ちの金髪の男性が顔をみせてきた。
 目が合い、とっさにボクは視線を逸らしてしまう。

「おお、目を覚ましてくれたんだ。良かったよ」

 けど男性は気さくにそうな雰囲気で声をかけてきた。

 みると、女の子のようなヘアピンで前髪が垂れないようにとめている。
 どこかの我の妹勇者さんを連想させられる。

 昔、エリーシャもこの男性のように前髪をとめていたな。
「うっとおしいし、切るのは嫌だ」という理由だと思いだす。

「意識が全然戻ってこないからバタバタしてしまったけど。そういえば……足も大丈夫かい?」

 男性にそう言われ、とっさに意識を失う前に負っていた重傷を思い出す。

 そういえば両足を折っていたのだ、と思い出しながら確認してみる。
 驚くことに何事もなかったように完治している。
 動かしても痛みが何一つしない。

「……治ってる」

「そりゃ、精霊樹の魔力を含んだ貴重な実を食べさせたからだよ。どんな傷だろうと癒してくれるって、前々から有名だったろう?  怪我を負った場合、ここら辺の住人にはなくてはならなくなった大切な必需品」

 男性は当然のような感じで、廊下から疑問を聞いてきた。
 けど、精霊樹?  ここら辺の住人?  
 そんな事を言われたって、理解できるハズもなかった。

 そう思いながら、ボクは彼から目を離さずに寝かされたベットから出て、両足で立とうと試みる。
 また激痛に襲われたりしないだろうか?  という恐怖心が一瞬だけ湧いてきたが、問題はなかった。

 なんとか両足で身を支える事ができて、痛みも特にはなかった。

 男性は扉から顔を出したまま、ボクの方を見て優しそうに笑っていた。
 まるで初めて二足で立つことに成功した、赤ん坊に向けられる眼差しのような。

 すると男性は扉を全開に開けて、遠慮なしに部屋を入室。

 すぐそばにあった机の元までいき、何かを手に取ると男性はそれをボクの方へと投げ渡した。
 慌てて手に取ると、愛用している短剣だとすぐ気がつく。

「何事もないようで安心した。それ、かなり使い込まれた武器のようだけど、もしかしてって思ってキミの側に置いてやったんだ」

 扉がまた開かれる音が聞こえ、そちらの方を見るとさっきの少女が何かを手に持って立っていた。

 兎柄に刺繍されたボクの服装だ。
 上空から落下した時にボロボロに破けたりはしたが、見ると縫われた後が残っている。

「うん!」

 少女は唇を尖らせながら、両手でそれを差し出す。
 受け取ろうと手を出すと、少女の背後に潜むアレが目に入った。


 部屋に入ってきた男性も同様、窓のカーテンを開けるために背中を向けて、その背後の尻部分にぶら下げられているアレに目を丸めて見てしまう。

「ああ、ちなみにここ龍人族の領地だから。部外者に牙を剥けてしまうような血の気が多い連中がうろついている。なるべく森の外には出ない事を心掛けてくれ」

「がおー」

 遊び半分で少女は可愛らしい八重歯をみせながら、男性の背中に飛びつき、ボクを見下ろした。

「………ええ!?」

『龍人族』
 かつて、人族により滅ぼされた種族であり生き残りは現在、一人としていないと言われている。
 特徴・外見は人間とあまり見分けつけられないが、尻尾は隠しきれない。
 服の中に潜む鱗も同様である。
 ほんの一部だが、龍人族の中で本物の龍の姿に変身出来る者がいるらしい。
 確か魔王も龍人だと聞いたことがある。

 そう、この男性と少女には、龍のような形をした尻尾を生やしているのだ。
 二人の首筋を覗き込めば、微かに鱗のようなのが見えた。

 そして心の中で密かに断言した。
 全滅したと言われる一族が今、目の前で微笑ましく兄妹同士で、イチャついているのを。

「驚くのも無理もないか。なんせ他族がこの領内に無断で侵入したと知られれば、決して良い方向性には進まない」

 男性はそう言うと、開けた窓の方へと身を乗り出して外を眺めた。
 周囲は、森の木々が包囲するように生い茂っていた。
 まるで、本で読んだ魔の大陸のような場所。

 光が微かにしか届いてくれない森。
 だけど、何故か不気味な感じはしない。
 魔王が降臨するまでは。

「ああ、そういえばまだ名前を紹介していなかったね。僕の名前は『シオン・マグレディン』現龍人族長としてこの領を治めている者。そしてコッチがリリル、唯一家族と呼べる大切な妹だ」

『シオン』その名を聞いた途端に目を見開き、後ずさりしてしまう自分がいた。
 何故ならシオン・マグレディンと名乗る者は、数百年も前に実在した龍人族の長だからである。
 学校に通ったりはしていなかったが、殆どの知識はレイン師匠の教えのおかげだ。

 偶然という場合もあるが、龍人族の特徴と一致している。
 しかも、さきほどから伝わってくる高濃度な魔力。

「魔力の源である精霊種を植えた賢者『ミア・ブランシュ・アヴニール』」

 そう小さく呟くと、シオンはキョトンとした表情をみせる。

「え?  その方がどうかしたのかい?」

 輝かしいほどの美形な顔立ちでシオンは聞いてきた。
 とてもじゃないけど、目も当てられないほどの眩しさだ。

「その、ミアさんって、もしかしてシオンさんのご友人でしたり……して?」

「友人?  まさかぁ、それはもう昔の話。
 今じゃ我々を生かしてくれているミア様に忠誠を誓う、ただの領主さ。彼女無くしては『精霊大陸』に未来は無かっただろう。ん、聞いているのかい?」

 リリルに渡された自身の服装を、床にポスンと落としていた。
 唖然とする顔、真っ白になっていく脳内、信じたくない現実から必死に逃げようとする本能。

 それでも現実逃避を出来ずにボクは、目の前の光景を受け入れ、嬉しくもないのに笑みが無意識にこぼれてしまっていた。
 自分では見れないけど、もの凄く気持ちの悪そうな顔をしているのは想像できる。

 仕方がないじゃないか、だって。
 数百年も前の時代に飛ばされてしまえば、嫌でも笑いたくなるじゃないか?

 再度、ボクは床に頭を打ち付けて気を失ってしまった。

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