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29.苦渋・ディーン
しおりを挟む「どの様な理由で…いや…理由など関係無いな。だが、折角だから聞いてやる。遠慮なく話せ。」
尚も穏やかな口調で柔やかに問い質してくるアレクサンデルに恐怖し、観念したのか大きく息を吐き出した後、シトリンがその口を開いた。
「連れて戻るつもりでした。しかし…カレドニア様が残ると申されたのです。」
「妹なら、卿一人でも連れて戻れただろう。」
シトリンは俯き、爪が食い込みそうなほど拳を強く握って下唇を噛んだ。
が、顔を上げアレクサンデルを睨むように言った。
「確かにカレドニア様だけならば私一人でも連れて戻れたでしょう。ですが、ハロルド殿を置いて行く事はできぬと仰ったのです。」
「ハロルドがどうしたというのだ!何があった。」
先ほどのモーリスからの報告には負傷したとしか無かった為、負傷したハロルドの状態を聞こうと再度詰め寄るアレクサンデル。
「…魔獣の攻撃を顔に受け…片目を…。その傷が元で高熱を出され、カレドニア様は…。」
「だから置いて行く事はできぬと…妹が言ったのか…クソッ!!」
黙って頷くシトリン。
苛立ちを隠そうともしないアレクサンデル。
「今は、最大限役に立つ装備を持って行くしかないでしょう。では、準備を進めたいので御前失礼致します。」
そう言って天幕を出て行くタリスに続いてアレクサンデルも出て行った。
「クソッ!…ケガさえしてなかったら…。」
シトリンは、ベッドの上で悔し涙を流した。
だが、彼等は気付いていなかった。
それらの話を盗み聞きしていた者が居た事に…。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
『なんて事だ!
やはり彼女の怪我は思った以上に酷いようだ。
こんな事なら、王都になど行くんじゃなかった。』
天幕内でアレクサンデル達がしていた話を盗み聞きしていたディーンは後悔していた。
今回の合同訓練に、彼女が参加するとは思っていなかったのだ。
だからこそ王都に行った。
父親から自分の変わりに魔獣対策会議に出席して欲しいと頼まれたからというのも有ったのだが、ライアンとラフレシアの事で傷付いたカレドニアを慰めたいと思っての事だった。
彼は幼い頃は病弱だった為、涼しくて湿度の低い北部辺境、カーネリアン領の領邸敷地内にある離れで静養していたのだ。
そして、カレドニアの兄であるアレクサンデルと同じ年令だった事もあり、彼等と交流があった。
ディーンは、カレドニアの事を妹のように可愛がっていたが、日に日に体が健康になっていくと共に、いつの間にか彼女の事を妹ではなく異性として意識するようになり、行く行くは婚約を申し込むつもりだった。
だが、彼が申し込む前に彼女の婚約が決まってしまう。
いつものように兄と共に離れに遊びに来た彼女から、頬を染め嬉しくて堪らないといった感じで婚約が決まった事を告げられた。
そのショックからか、その日の夜から熱を出して寝込んでしまう。
そして、不覚にも熱に浮かされ囈言でカレドニアの名前や彼女の婚約がショックだった事を言っていたらしく、熱が下がった後、両親から酷く心配されてしまう。
けれど、毎日のように婚約者の話をする彼女の幸せそうな顔を見た彼は、彼女が幸せならば良いと自分の気持ちに蓋をしたのだった。
なのに、ライアンのあの為体ぶりを見て腹が立っていた。
『ラフレシアがいるのなら、カレドニアが婚約者でなくてもいいではないか!』
ライアンと顔を合わせる機会がある度にそう言いたくなったが腹の中だけに留めておいた。
しかし、自分の気持ちを抑え、カレドニアの幸せを考えて身を引いたが、ここ最近のライアンとラフレシアの噂は聞くに堪えない物ばかりで、ライアンとカレドニアの婚約解消は秒読みといった感じだった。
ならば今度こそ、自分が彼女を幸せにしよう!
ディーンがそう思うのも無理もない話だった。
だから、魔獣対策会議が終われば気晴らしに彼女を何処か遊びに連れて行こう!と思っていたのだ。
なのに、合同訓練に彼女が参加すると知った時には、魔獣対策会議が行われている会期中だった。
自分の読みの甘さを悔やむもどうする事もできない。
ならば、せめてと彼女の家から要請のあった通りに“ラフレシアの訓練参加を認めず”という通達を辺境伯である父に頼んだ。
元より父は、ラフレシアが訓練に参加すれば、他の者達の士気に関わると危ぶんでいた為、その要請はすんなりと認められた。
なのに、
訓練中に魔獣と遭遇、戦闘に突入したとの知らせと共に、急遽訓練に参加させる事にしたシトリンからの報告の中に、ラフレシアが訓練に参加しているとあったのを見てライアンに対して沸々と怒りが湧き上がってくるのを止める事ができなかった。
のみならず、ここに到着してから受けた報告に愕然とした。
彼女が…カレドニアが負傷した…?しかも魔獣に攻撃された…だと。
ライアンは…あいつは何をしてたんだ!
彼女は婚約者だろうが!
シトリンには、彼女を守るように命じ、急遽訓練に参加させたのだ。
その彼が負傷していながらも帰還した。
負傷したカレドニアがどうしているのか聞ける。
彼から直接報告を受けようと思っていたが、先客達がいてそれは敵わなかった。
このままでは何も聞けない…。
故に、みっともなくも盗み聞きする羽目になったのだった。
▽△▽△▽▽△▽△▽△
先ほどモーリスから、ラフレシアを助けに走ったライアンを庇ってカレドニアが魔獣の攻撃を受けたと報告されていた。
謹慎を申し付けられているライアンの部屋へと俺は急いだ。
婚約者である彼女を護らず、不貞相手のラフレシアを護った彼に文句の一つでも言わねば気が済まなかったからだが、部屋の中はもぬけの殻だった。
ライアンが居なくなっていた事を伝える為に父達の所へ向かったのだが…。
ライアンの父親もカレドニアの父親も彼が自室から居なくなっている事を知っていたらしい。
「アレは、やっと自分の務めを思い出したようだ。なぁに、死ねばそれまでの男だっただけの事だ。」
と、ライアンの父親は他人事のように何の感情も無く言った。
その隣では、彼女の父親が大きく頷いていた。
「娘を裏切ったんだ。命ぐらい掛けて当然だろうが。」
と冷たく言い放つ。
父を見ると、肩を竦めて首を横に振った。
呆気にとられて怒る気にもなれない。
兎に角、救助に向かう為の準備をする事にしたのだった。
~~~~~~~~
*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、ブックマーク等、本当にありがとうございます。「」
*お気づきの方もいらっしゃると思いますが、カー◯◯…という家名が多くてややこしいので、家名ではなく、名での表記に変更させていただいてます。
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