R18・心乱れて【完結】

雫喰 B

文字の大きさ
30 / 44

30.撤退①


 倒れ込んだ後、指一本動かせそうにない。
 
 背中だけでなく全身が痛み、痛みに引き摺られるようにラフレシアを連れ遠くなる彼の背中が思い出されて…。

 次々溢れ出す涙を止める事もできず、声を押し殺して泣いた。

 思わず体が動いて彼を庇った時、まだ彼への想いが残っているのだとわかりショックだった。

 でも、どれだけ私が彼を愛していたとしても結果は明らかで…。
 もうどうする事もできないのだと思い知らされたのに…。

 溢れて止まらない涙に腹が立つ。

 口惜しくて惨めでそんな自分が嫌になる。
 
 泣くだけ泣いたら、もう絶対に終わりにしよう。


△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
 

「…ニア…生き…てるか?」

 私が泣いているのに気付いたのか、ハロルドが途切れ途切れに聞いてきた。

「…ん…。」

 肩で息をしている私は、それだけ何とか返せた。

「どうやら…熱が…出てきたみたいだ。」
 
 その後、ハロルドは何も言わず静かだった。
 恐らく彼も怪我の痛みや熱の所為で、言葉を出すのも無理な状態なんだと思う。

『ハッ!? 怪我と言えば!』

 痛みを堪え、上体を起こしてリリカ先輩達を探す。

 後輩達がリリカ先輩の止血や手当てをしている姿が目に入った。

 何とか立ち上がり剣を杖代わりに彼女達の方へ行った。

「「先輩…。」」

 泣き顔で私を見上げる後輩達。

 私はその場に膝を突くとリリカ先輩の怪我の状態を見た。

 出血が酷いけど、急いで救護天幕まで運んで治療を受ければ助かると思った。

「今ならまだ助かるわ。早く救護天幕までリリカ先輩を運ばないと…。」
「……。」

 私の言葉に大きく頷くと、リリカ先輩の手当てを再開しだしたのを見てハロルドの元へ何とか移動した。

 彼の側まで行き膝を突いて顔を覗き込んだ。

 ハロルドの顔の傷を見て何と言えばいいのか…わからなかった。

 彼の顔の左側、左目の真上に走る痛々しい魔獣の爪痕…。

「……ハロルド……。」
「そんな顔すんな。」
「で、でも……。」
「瞼が切れただけだ。」

 そう言って、微笑みながら私の頭をくしゃくしゃ撫でる。
 いつも私が罪悪感を感じないように先回りして気遣ってくれる。

 昔から従兄ハロルドには助けられてばかりで申し訳ない思いでいっぱいだった。
 今回は特に…。

 そんな思いでジッと見ていたら。

「惚れ直したか?」
「……。」

 突然の言葉に呆気にとられる私の顔を見て笑うと、イテテテ…。と言って傷跡を手で押さえる。

「ちょっと見せて…。」

 そう言って彼の手を退け、そっと手で触れながら顔に付けられた傷の深さを見た。

『良かった…ハロルドの言うように眼球にまでは達していないみたい…。』

 恐らく、魔獣の攻撃を咄嗟に避けたのだろう。
 相変わらず反射神経の良い奴。でもそのお陰で左目を失わずに済んだのだ。

 そして本人が言っていたように熱が出てきたのだろう。
 顔が少し赤く、肩で息をしている。

 額に手を当ててみると、やはり熱い。
 
 二人共、致命傷に成り得るような怪我ではなかったが、手当てしておかないとない傷ではある。

 ベルトに付けた小物入れから水の入ったミニボトルと解熱剤、細菌感染を防ぐ薬を取り出すと、彼に飲ませてから自分も飲んだ。

 リリカ先輩や後輩の方を見ると、応急処置も終わったみたいだった。




「生存者はいるか?魔獣達は粗方片付いたぞ!」

 木々の間から姿を現したモーリス卿が言った後、私達に気付いてこちらに駆けて来た。

 横たわるハロルドとキメラの死体を見て驚いている彼に

「彼女達を救護天幕まで…!!」
「…だが、カレドニア嬢やハロルド殿も治療を…」
「わかっています。ですが、私は負傷しているし、ハロルドは熱が出ています。だから私達を連れて行くのは無理がある。それに彼女の方が重症だ…お願いします!」

 モーリス卿は彼女達とハロルドと私を見て苦渋の表情を浮かべる。

「だが…この後日も沈むから救援を向かわせる事は難しいぞ。それに引き揚げはこの先で生存者確認をしているシトリン達で最後だ。」
「それでも…お願いします!」
「…少なくとも一晩は持ち堪えて貰わないとならないが…それでも?」
「彼女達をお願いします!」
「…わかった。」

 モーリス卿は彼女達からリリカ先輩を引き受け

「明日、救援が来るまで何とか持ち堪えて下さい。」

 そう言うとリリカ先輩を抱え、去って行った。
 後輩達は残ると言ってくれたのだが、モーリス卿と行くように命じた。

 此処に残っても命の保証などできないからだ。
 それに、今は一人でも多く帰還させる事が私の役目だから。

 後輩達は、時々後ろを振り返りながらモーリス卿の後を付いていく。
 その後ろ姿は木々の間に消えて見えなくなった後、私は大きく息を吐き出した。

 心細さはある。

 けれど、明日救援が来るまでの間ハロルドを魔獣達から護れるのは私だけだ。
 
 確りしないとと気を引き締めた。

 
 ~~~~~~~~~


*今話は既に削除した30話を加筆修正した話です。
*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等、本当にありがとうございます。😊

感想 61

あなたにおすすめの小説

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~

麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。 夫「おブスは消えなさい。」 妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」 借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。