心乱れて

sivaress

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30.撤退①

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 倒れ込んだ後、指一本動かせそうにない。
 
 背中だけでなく全身が痛み、痛みに引き摺られるようにラフレシアを連れ遠くなる彼の背中が思い出されて…。

 次々溢れ出す涙を止める事もできず、声を押し殺して泣いた。

 思わず体が動いて彼を庇った時、まだ彼への想いが残っているのだとわかりショックだった。

 でも、どれだけ私が彼を愛していたとしても結果は明らかで…。
 もうどうする事もできないのだと思い知らされたのに…。

 溢れて止まらない涙に腹が立つ。

 口惜しくて惨めでそんな自分が嫌になる。
 
 泣くだけ泣いたら、もう絶対に終わりにしよう。


△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
 

「…ニア…生き…てるか?」

 私が泣いているのに気付いたのか、ハロルドが途切れ途切れに聞いてきた。

「…ん…。」

 肩で息をしている私は、それだけ何とか返せた。

「どうやら…熱が…出てきたみたいだ。」
 
 その後、ハロルドは何も言わず静かだった。
 恐らく彼も怪我の痛みや熱の所為で、言葉を出すのも無理な状態なんだと思う。

『ハッ!? 怪我と言えば!』

 痛みを堪え、上体を起こしてリリカ先輩達を探す。

 後輩達がリリカ先輩の止血や手当てをしている姿が目に入った。

 何とか立ち上がり剣を杖代わりに彼女達の方へ行った。

「「先輩…。」」

 泣き顔で私を見上げる後輩達。

 私はその場に膝を突くとリリカ先輩の怪我の状態を見た。

 出血が酷いけど、急いで救護天幕まで運んで治療を受ければ助かると思った。

「今ならまだ助かるわ。早く救護天幕までリリカ先輩を運ばないと…。」
「……。」

 私の言葉に大きく頷くと、リリカ先輩の手当てを再開しだしたのを見てハロルドの元へ何とか移動した。

 彼の側まで行き膝を突いて顔を覗き込んだ。

 ハロルドの顔の傷を見て何と言えばいいのか…わからなかった。

 彼の顔の左側、左目の真上に走る痛々しい魔獣の爪痕…。

「……ハロルド……。」
「そんな顔すんな。」
「で、でも……。」
「瞼が切れただけだ。」

 そう言って、微笑みながら私の頭をくしゃくしゃ撫でる。
 いつも私が罪悪感を感じないように先回りして気遣ってくれる。

 昔から従兄ハロルドには助けられてばかりで申し訳ない思いでいっぱいだった。
 今回は特に…。

 そんな思いでジッと見ていたら。

「惚れ直したか?」
「……。」

 突然の言葉に呆気にとられる私の顔を見て笑うと、イテテテ…。と言って傷跡を手で押さえる。

「ちょっと見せて…。」

 そう言って彼の手を退け、そっと手で触れながら顔に付けられた傷の深さを見た。

『良かった…ハロルドの言うように眼球にまでは達していないみたい…。』

 恐らく、魔獣の攻撃を咄嗟に避けたのだろう。
 相変わらず反射神経の良い奴。でもそのお陰で左目を失わずに済んだのだ。

 そして本人が言っていたように熱が出てきたのだろう。
 顔が少し赤く、肩で息をしている。

 額に手を当ててみると、やはり熱い。
 
 二人共、致命傷に成り得るような怪我ではなかったが、手当てしておかないとない傷ではある。

 ベルトに付けた小物入れから水の入ったミニボトルと解熱剤、細菌感染を防ぐ薬を取り出すと、彼に飲ませてから自分も飲んだ。

 リリカ先輩や後輩の方を見ると、応急処置も終わったみたいだった。




「生存者はいるか?魔獣達は粗方片付いたぞ!」

 木々の間から姿を現したモーリス卿が言った後、私達に気付いてこちらに駆けて来た。

 横たわるハロルドとキメラの死体を見て驚いている彼に

「彼女達を救護天幕まで…!!」
「…だが、カレドニア嬢やハロルド殿も治療を…」
「わかっています。ですが、私は負傷しているし、ハロルドは熱が出ています。だから私達を連れて行くのは無理がある。それに彼女の方が重症だ…お願いします!」

 モーリス卿は彼女達とハロルドと私を見て苦渋の表情を浮かべる。

「だが…この後日も沈むから救援を向かわせる事は難しいぞ。それに引き揚げはこの先で生存者確認をしているシトリン達で最後だ。」
「それでも…お願いします!」
「…少なくとも一晩は持ち堪えて貰わないとならないが…それでも?」
「彼女達をお願いします!」
「…わかった。」

 モーリス卿は彼女達からリリカ先輩を引き受け

「明日、救援が来るまで何とか持ち堪えて下さい。」

 そう言うとリリカ先輩を抱え、去って行った。
 後輩達は残ると言ってくれたのだが、モーリス卿と行くように命じた。

 此処に残っても命の保証などできないからだ。
 それに、今は一人でも多く帰還させる事が私の役目だから。

 後輩達は、時々後ろを振り返りながらモーリス卿の後を付いていく。
 その後ろ姿は木々の間に消えて見えなくなった後、私は大きく息を吐き出した。

 心細さはある。

 けれど、明日救援が来るまでの間ハロルドを魔獣達から護れるのは私だけだ。
 
 確りしないとと気を引き締めた。

 
 ~~~~~~~~~


*今話は既に削除した30話を加筆修正した話です。
*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等、本当にありがとうございます。😊

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