R18・心乱れて【完結】

雫喰 B

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31.撤退②


 薬を飲んだ後、眠っているハロルドを何とか肩に担いで木の根元まで運ぼうとした私の目が落ちている皮袋を捉えた。

『!?』

 拾おうとした手が一瞬止まった。
 封印が解かれ、開いた皮袋の口から魔石が顔を覗かせていたからだ。

『誰がこんな物を…!?』

 そう言えば、モーリス卿がライアンにラフレシアを連れて撤退するように言った後、中々動こうとしないラフレシアの手をタリス卿が強く引いた時に何かが彼女の懐から落ちたような……?

 まさか…私を狙って…?

 そこまで私の事が目障りだったのだろうか?
 そんな事の為に何人もの騎士達が魔獣の餌食になったのかと思うと赦せなかった。

 けれど、この皮袋を封印しなければ魔獣を呼び寄せる事になる。

 取り敢えず皮袋を小物入れに入れ、ハロルドの腕を肩に回し担ぎ上げると近くの木の根元まで引き摺るように運んだ。

 ミニボトルに入った水でハンカチを濡らして彼の額に置き、耳下や首筋に触れ熱の高さを診た。

『結構高いかも…。』

 暫くの間、彼の額に置いたハンカチを再び水で濡らして置くのを繰り返した後、気休めにしかならないかもしれないけれど痛み止めを飲んだ。

 先ほど拾った皮袋に護符を貼らなければいけない事を思い出し、腰に付けた小物入れから紙とペンを取り出して封印・浄化の魔方陣を書き込むと、皮袋の口を革紐で縛りその上から護符を貼り付け、再び小物入れに入れた。

△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

 ずっと不思議に思っていた。

 魔法なんてとっくに失われたにも拘わらず、封印や浄化の魔方陣が残っているのか…。
 幻獣や妖精や精霊が存在しなくなったのに魔獣は未だに存在している。

 何故なのだろうか?

 大昔には魔法使いや魔力を持つ人間等も沢山居たらしい。
 が、現在は魔法は失われてしまい、魔力を持つ人間もと言われている。

 しかし、魔法は失われても封印や浄化の魔方陣の書かれた護符等、おまじい等にその名残が残っている。

 そして僅かだが魔力を持った人間も、数こそ少ないものの生まれているのだった。
(それも、やがて生まれてこなくなると言われているが…。)

 魔獣避けや封印、浄化の護符は魔力を注がなければ効果が無い。
 需要が多いにも拘わらず、供給量が少ないのは魔力を持つ人間が少ないからだ。

 稀少性が高いという事は、それだけで狙われるリスクが高い。

 故に、魔力を持つ事を公言する人はいない。

 そう、裏で“カーネリアン家の出来損ない”と呼ばれている私が、今のところ一族の中で唯一魔力を持っている。

 だが、この事は両親と兄弟姉妹しか知らない。

△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
 
 そこまで考えたところで座っていられなくなり、ハロルドの隣に体を横たえた。
正直、傷の痛みも体力も限界だった私はいつの間にか眠ってしまった。

 誰かが頭を撫でている。

 初めは夢だと思っていたが、今の状況を思い出し夢じゃないとわかり飛び起きた。

 急に動いた所為か、視界がグラリと揺れその場に座り込む。

「…大丈夫か?」

 掠れた声で聞かれ其方を見ると、心配そうに此方を見上げるハロルドの顔が目に入った。

 頷き、彼の側に寄ると額に置いたハンカチを取り、再び水で濡らして置くと彼に水を飲ませた。

 目を閉じ、ふうぅーと大きく息を吐き出した彼は息も荒くまだ熱が高そうだ。
 もう一枚ハンカチを取り出して水で濡らし、彼の顔や首の汗を抑えるように拭いていると、再び眠ってしまった。

 どうやら私が眠ってからそれ程時間は経っていないようだと思っていたら、何やらガサガサと葉擦れの音がした。

 小刀を握り締め、警戒と緊張から心臓がバクバクと早鐘を打つ。
 
 音がした茂みを睨み付けていると、ひよっこりと顔を出して周囲を見渡していた目と私の目が合った。

「「…あ…。」」

 見知った顔を見て警戒と緊張から解放された私は大きく息を吐き出した。

「良かった、生きてたんですね。」
「シトリン殿、驚かさないで下さいよ。」

 眉尻を下げて笑顔を見せていた彼だったが、目を閉じて横たわるハロルドを見て、サッと顔色が変わった。

「ハロルド殿は負傷されたのか。」
「ええ、熱も高くて…。」

 そう答えると、彼は顎に手を当てて「参ったなぁ。」と呟く。

 撤退の事を言っているのだとわかった。

 シトリン殿は思い詰めた表情で私を見ると

「あなただけでも撤退しませんか?此方も私以外は負傷者ばかりなので、自力で動けない彼を連れて行くのは無理です。だから…。」

 見れば彼の後ろには両脇を抱えられた重傷者がいた。かなりの深傷だ。
 そして、その重傷者に肩を貸している二人も深傷を負っているのが見て取れた。
 正直、帰還できるかどうかわからない状態だ。

 そんな状態の彼等と共に、男性の平均身長よりも頭一つ分背が高く、ガッシリした体格の上、高い熱を出しているハロルドをシトリン殿と私が抱えて撤退しても、恐らく森を抜ける事すら適わないだろう。

 それに、痛み止めを飲んだと言っても体力的に限界な私は自力で移動できなくなると思った。

「私達の事はお気になさらず、あなた方だけで撤退して下さい。ただ、少しだけでもいいので水を分けていただければ…。」

 シトリン殿は私の側まで来ると、膝を突いて水の入ったミニボトルを二本置いた。
 
 そして、真剣な表情で言った。

「…またこんな事を言うと冷たい奴だと思われるかもしれませんが、彼を置いてあなただけ撤退すると言う選択肢はありませんか?」
「無いです。」

 私は即答した。
 領地を支える能力を持ち、皆から頼られる存在である彼を残して私だけ撤退する事はできなかった。

 幼い頃から、戦場では味方の屍さえ踏み越えていかなければならないと父から言われて育った。
 自分の考えが甘い事はわかっている。
 それでも、この先も辺境に住む者達にとって必要な彼を置いて行く事などできない。

 それに、負傷している私も自力で移動できなくなるかもしれない。
 が、私がここに残って何とか彼を護り抜けば彼だけでも生き残る事ができるかもしれない。

 ならば…。

「あなた方だけで撤退して下さい、お願いします。それと、これを兄に渡して封印箱に…。」


 そう言って、小物入れから取り出した皮袋を彼に手渡した。

「これは…?」

 彼も何処かで見た覚えがあるようだけれど思い出せないといった感じで首を傾げながら受け取った。

「キメラに襲われる直前、ラフレシア嬢が懐から落とした物ですよ。しかも中には魔石が入ってます。」

 彼は、“魔獣”という言葉に反応して少し肩を跳ねさせた。

“魔石は魔獣を呼び寄せる”

 古くから言われている事だから誰もが知っている。

「思い出した!確かにあの時彼女の懐から落ちた物ですよこれは。」

「何て物を持ち込んでくれたのかと怒りが湧いてきます。これの所為でどれだけの人が傷付き亡くなったか…。」

 そう言った私の顔を青い顔をしていた彼が何かに気付いたようにジッと見ていた。

「まさか…あなたを狙って…?」

 やはり彼も同じ結論に辿り着いたのだろう。
 だが推測に過ぎない。

「…彼女に聞いてみないとわかりません。けれど、魔獣が出る可能性がある場所に魔石を持ち込んだのは事実です。」

 この皮袋が彼女の懐から落ちたのを、その場にいた者で私や彼以外にも見た人がいるかもしれない。

「…ところで、この封印はカレドニア嬢が…?」
「はい。と言っても持っていた護符を上から貼っただけですが…。」
「…そうですか。でも、護符があって良かったですよ、じゃなかったら恐ろしくてこんな物持てないですから。」
「必ず兄に渡して下さい。」
「任せて下さい!」

 胸を拳で軽く叩き、笑顔を見せた後、

「救援が来るまで持ち堪えて下さい。絶対ですよ!」

 そう言って彼は皮袋を懐に入れ、負傷者達と撤退して行った。

 その背が見えなくなってから、ハロルドの額に乗せたハンカチを水で濡らして再び置いた。

「生きて戻ったら、またハロルドから叱られるんだろうな…。」

 その様を思い浮かべて苦笑した私は、この後彼等が過酷な状況に置かれる事など知らなかった。


~~~~~~~~~

☆切りが良いので、今夜もう一話投稿します。
 お読みいただけたら嬉しいです。
 (*・ω・人・ω・)

*今話も既に削除した30話を加筆修正した話です。
 思ったよりも長くなり、もう一話続きます。

*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等も本当にありがとうございます。
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