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32.偽死(擬死)
ハロルドの傷の手当てをする為に薬草を探す事にした。
とはいっても、森に生えている薬草しか調達できないが、それでも携帯している傷薬だけよりはかなり効果がある。
彼がいる場所からあまり離れる訳にはいかないので、なるべく近くに目当ての薬草が生えていたらいいのになと思った。
幸いにもヤロウ、カモミール、ヤネバンダイソウ、ハコベラ等が生えていた。
取り敢えず必要だと思う量だけ摘んで、何とか日が沈むギリギリにハロルドのいる場所に戻ってきた私の目にキメラの屍体が見えた。
何か違和感があるようにも思ったが考えてもわからなかったのでそのまま流した。
兎に角、ハロルドが負傷するほど苦労したけど斃せて良かった。
素直にそう思う事にした。
…が、
…?
??
気の所為だろうか…?
黄昏時の暗さがそう思わせるのだろうかと思った。
いや、思い込もうとした。
しかし何かがおかしいと感じ、得体の知れない不安に心臓が嫌な音を刻みだす。
小物入れからミニランタンを取り出して火を点けた。
サイズは手の平に収まるほど小さいが、光が拡散するように設計されているのでこんな森の中でもそこそこ明るい。
そのランタンの灯りの中、息をしているみたいに、魔獣の体が僅かに上下しているように見えた気がした。
そして、それは気の所為じゃなかった。
僅かに上下していたのが、今ははっきりとわかるぐらい上下している。
斃したと思っていたが死んでなかった?
いいえ、心臓が動いていなかったのを確認した。
まさか生き返った!?
バクバクと自分の心臓がその鼓動を速くし出したのがわかる。
文献には何と書いてあった?
必死で記憶を手繰る。
急がないと!!
なのに自分の心臓の鼓動が煩過ぎて集中できない。
やっと思い出したにも拘わらず、キメラを斃したとか弱点など書かれていなかったばかりか、斃した後にどうなるかという記述さえなかった。
いや、正確に言えばあったのだ。
恐らく書かれた当初はあったのだと思う。
けれど、長い年月によりそのページはボロボロになり読めなくなっていた。
なんてこと…!!
ショックを受けたものの、あの魔獣は必ず駆除しなければならない。
もし、駆除に失敗すればこの先どれだけの被害が出るかわからない。
ハロルドに知らせなければ!
そう思うもどうする事もできない。
何より声を上げれば魔獣に気付かれ、一番近くにいるハロルドが危ない。
と、ハロルドが目を開けた。
私の視線に気付いた彼と目が合った。
私は彼と魔獣を交互に見ながら唇の前に人差し指を立て、もう片方の手の平を下に向け上下させ、そのまま動かないようにとジェスチャーで伝えると、その意味がわかった彼は頷いた。
魔獣を斃すべく痛みに呻き声が洩れそうになるのを堪え、何とか片膝を突くと地面にランタンと薬草をそっと置き、剣帯のホルダーから小刀を二本取り出した。
対魔獣用に浄化の呪文が彫り込まれた小刀。
高価な物なので装備できるのは士官以上の階級の者だけで本数も少ない。
ハロルドの命がかかっているからこそ失敗する訳にはいかない。
魔獣の方も此方に気付いてはいないが、警戒しているのか音を立てないように静かにゆっくりと体を起こしている。
『!?』
魔獣の体が崩れ落ちたように見えた。
やっと今死んだのだと…良かったと安心仕掛けた私はそれが間違いだと思い知らされる。
崩れ落ちた屍肉が無くなった後には傷一つ無い魔獣の姿があったのだ。
けれど、その姿は先ほど戦った時よりも一回り小さく、尾も蛇ではなく狼の尾に変わっていた。
ラッキーだった。
蛇タイプの魔獣の特性の中に、鱗に覆われた体が硬いという厄介な特性がある。
喩え小刀に浄化の呪文が刻み込まれていたとしても対象に傷を付けられなければ効果が無い。
その厄介な特性が無くなったのだ。
そして、幸いにも私が居るのは魔獣の後ろ。
しかも、急所である首の後ろを狙い易い位置だ。
息を潜め、慎重に狙いを定めて投げた。
《ギャグァッ!!》
『やった!』
心の中で叫び片方の握り拳を腰の辺りまで引いた。
まま倒れた。
「キッつぅー……。」
「…大丈夫か…?」
肩で息をしていると、心配したハロルドが私の顔を覗き込んでいた。
「な、何とか…。」
少し笑って答えると、ハロルドも痛みに顔を引き攣らせながら笑い返してくれた。
「キメラが…生き返る…とは…。」
少し苦しそうに荒い呼吸のままハロルドが言った。
「……。」
その言葉を聞いて、生き返ったのではなく脱皮したような感じだったと思った。
しかも、二種類の魔獣の特性しか持っていなかった。
「レベルダウン……?」
私は呟くと上体を起こして魔獣の屍体を見た。
先ほど薬草を手に戻って来た時に感じた少しの違和感。
今も感じるそれの正体がわかった。
魔獣が死んだ後、その屍体は崩れその中に魔石が残されている。
今斃したキメラの屍体は崩れていない。
キメラを斃したとしても、それが単なるレベルダウンなのだとしたら…。
取り込んだ数だけ斃さないと本当に斃した事にならないのではないか?
背筋を冷たい汗が伝う。
頭の中で警鐘が鳴り響いているみたいにガンガンと痛む。
「どう…した?顔色…が悪いぞ。」
ハロルドが心配して声をかけてきたが、キメラの屍体から目を逸らす事ができなかった私は、彼が何か言っているのはわかっていたが、その言葉は耳に入っていなかった。
「……。」
どれだけの時間そうしていたのかわからない。
彼の顔を見てから魔獣に目を向けた私の視線の先を彼が辿る。
そして、その目がキメラを捉えた時屍体の中から豹のような魔獣が姿を現した。
ランタンの灯りの中、怒りに燃える双眸を私に固定した魔獣が真っ直ぐ飛び掛かってきた。
ハロルドが魔獣に背を向け庇うように私の体を抱き込んだ。
~~~~~~~~~~
*今話も既に削除した30話を加筆修正した話です。
二話どころか三話になってしまい申し訳ありません。
*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等も本当にありがとうございます。
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