32 / 44
32.偽死(擬死)
しおりを挟むハロルドの傷の手当てをする為に薬草を探す事にした。
とはいっても、森に生えている薬草しか調達できないが、それでも携帯している傷薬だけよりはかなり効果がある。
彼がいる場所からあまり離れる訳にはいかないので、なるべく近くに目当ての薬草が生えていたらいいのになと思った。
幸いにもヤロウ、カモミール、ヤネバンダイソウ、ハコベラ等が生えていた。
取り敢えず必要だと思う量だけ摘んで、何とか日が沈むギリギリにハロルドのいる場所に戻ってきた私の目にキメラの屍体が見えた。
何か違和感があるようにも思ったが考えてもわからなかったのでそのまま流した。
兎に角、ハロルドが負傷するほど苦労したけど斃せて良かった。
素直にそう思う事にした。
…が、
…?
??
気の所為だろうか…?
黄昏時の暗さがそう思わせるのだろうかと思った。
いや、思い込もうとした。
しかし何かがおかしいと感じ、得体の知れない不安に心臓が嫌な音を刻みだす。
小物入れからミニランタンを取り出して火を点けた。
サイズは手の平に収まるほど小さいが、光が拡散するように設計されているのでこんな森の中でもそこそこ明るい。
そのランタンの灯りの中、息をしているみたいに、魔獣の体が僅かに上下しているように見えた気がした。
そして、それは気の所為じゃなかった。
僅かに上下していたのが、今ははっきりとわかるぐらい上下している。
斃したと思っていたが死んでなかった?
いいえ、心臓が動いていなかったのを確認した。
まさか生き返った!?
バクバクと自分の心臓がその鼓動を速くし出したのがわかる。
文献には何と書いてあった?
必死で記憶を手繰る。
急がないと!!
なのに自分の心臓の鼓動が煩過ぎて集中できない。
やっと思い出したにも拘わらず、キメラを斃したとか弱点など書かれていなかったばかりか、斃した後にどうなるかという記述さえなかった。
いや、正確に言えばあったのだ。
恐らく書かれた当初はあったのだと思う。
けれど、長い年月によりそのページはボロボロになり読めなくなっていた。
なんてこと…!!
ショックを受けたものの、あの魔獣は必ず駆除しなければならない。
もし、駆除に失敗すればこの先どれだけの被害が出るかわからない。
ハロルドに知らせなければ!
そう思うもどうする事もできない。
何より声を上げれば魔獣に気付かれ、一番近くにいるハロルドが危ない。
と、ハロルドが目を開けた。
私の視線に気付いた彼と目が合った。
私は彼と魔獣を交互に見ながら唇の前に人差し指を立て、もう片方の手の平を下に向け上下させ、そのまま動かないようにとジェスチャーで伝えると、その意味がわかった彼は頷いた。
魔獣を斃すべく痛みに呻き声が洩れそうになるのを堪え、何とか片膝を突くと地面にランタンと薬草をそっと置き、剣帯のホルダーから小刀を二本取り出した。
対魔獣用に浄化の呪文が彫り込まれた小刀。
高価な物なので装備できるのは士官以上の階級の者だけで本数も少ない。
ハロルドの命がかかっているからこそ失敗する訳にはいかない。
魔獣の方も此方に気付いてはいないが、警戒しているのか音を立てないように静かにゆっくりと体を起こしている。
『!?』
魔獣の体が崩れ落ちたように見えた。
やっと今死んだのだと…良かったと安心仕掛けた私はそれが間違いだと思い知らされる。
崩れ落ちた屍肉が無くなった後には傷一つ無い魔獣の姿があったのだ。
けれど、その姿は先ほど戦った時よりも一回り小さく、尾も蛇ではなく狼の尾に変わっていた。
ラッキーだった。
蛇タイプの魔獣の特性の中に、鱗に覆われた体が硬いという厄介な特性がある。
喩え小刀に浄化の呪文が刻み込まれていたとしても対象に傷を付けられなければ効果が無い。
その厄介な特性が無くなったのだ。
そして、幸いにも私が居るのは魔獣の後ろ。
しかも、急所である首の後ろを狙い易い位置だ。
息を潜め、慎重に狙いを定めて投げた。
《ギャグァッ!!》
『やった!』
心の中で叫び片方の握り拳を腰の辺りまで引いた。
まま倒れた。
「キッつぅー……。」
「…大丈夫か…?」
肩で息をしていると、心配したハロルドが私の顔を覗き込んでいた。
「な、何とか…。」
少し笑って答えると、ハロルドも痛みに顔を引き攣らせながら笑い返してくれた。
「キメラが…生き返る…とは…。」
少し苦しそうに荒い呼吸のままハロルドが言った。
「……。」
その言葉を聞いて、生き返ったのではなく脱皮したような感じだったと思った。
しかも、二種類の魔獣の特性しか持っていなかった。
「レベルダウン……?」
私は呟くと上体を起こして魔獣の屍体を見た。
先ほど薬草を手に戻って来た時に感じた少しの違和感。
今も感じるそれの正体がわかった。
魔獣が死んだ後、その屍体は崩れその中に魔石が残されている。
今斃したキメラの屍体は崩れていない。
キメラを斃したとしても、それが単なるレベルダウンなのだとしたら…。
取り込んだ数だけ斃さないと本当に斃した事にならないのではないか?
背筋を冷たい汗が伝う。
頭の中で警鐘が鳴り響いているみたいにガンガンと痛む。
「どう…した?顔色…が悪いぞ。」
ハロルドが心配して声をかけてきたが、キメラの屍体から目を逸らす事ができなかった私は、彼が何か言っているのはわかっていたが、その言葉は耳に入っていなかった。
「……。」
どれだけの時間そうしていたのかわからない。
彼の顔を見てから魔獣に目を向けた私の視線の先を彼が辿る。
そして、その目がキメラを捉えた時屍体の中から豹のような魔獣が姿を現した。
ランタンの灯りの中、怒りに燃える双眸を私に固定した魔獣が真っ直ぐ飛び掛かってきた。
ハロルドが魔獣に背を向け庇うように私の体を抱き込んだ。
~~~~~~~~~~
*今話も既に削除した30話を加筆修正した話です。
二話どころか三話になってしまい申し訳ありません。
*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等も本当にありがとうございます。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる