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4 半個室
しおりを挟む口元をピクピクと引きつらせた笑顔でアレクレットに別れの挨拶をした女性が、クラウディオにはさりげないボディタッチをしながら『連絡するから、今度は私と二人で食べに行こ?』と声をかけたのには、なかなかの執念だと思って少し怖かった。
手を振り、何度も振り返った女性の姿が完全に見えなくなってやっと一息つく。
そして、狙った男が横に立っている状況に胸の内でガッツポーズを決めて達成感を噛みしめる。しかし、ここから先はノープラン。とりあえず、と周りを見渡して駅前には酒を飲む店がないことに気づく。
「少し、元の道を戻るけど、カラオケの向かいにあったバーに入ろうか」
「いや。もし、本当に『妖精王の祝福』を持っている者の話をするならセキュリティの高い個室があるところが良い」
「あ・・・、そ、そうですね・・・」
この一瞬でクラウディオの目が疑惑の目に変わってしまった。己の不注意っぷりに高揚していた気持ちが消沈した。
バーという場所に行った経験がほとんどないアレクレットはスマホで店を検索するのにもたつき、見つけた候補をあげるたびにクラウディオに却下され、結局、店はクラウディオが検索して選んでくれた。
クラウディオが選んだ店は人通りから離れた場所にある半個室のあるバーで、カップル席だと案内された場所は、1平方メートルしかないような狭いスペースに腰の高さまでの薄いカーテンがあり、中に入ると外からの視線を感じることがない隔離されたような空間になっていた。
シャンディガフとラムコークを注文して定員が離れたところで、アレクレットは狭い空間に二人きりという日常では起こり得ない状況に急に緊張してきた。
「ク、クラウディオさんは大学院生でしたね。魔石の研究をされているんでしたっけ?」
「なに、急にかしこまって。同じ26歳なんだからもっと砕けた感じで良いでしょ。むしろ社会経験がない俺の方が敬語使うべきかな?」
「そんなことっ、社会人だから偉いなんてことないよ」
アレクレットが慌てて否定するとクラウディオは喉を鳴らして笑った。
その笑いは少しわざとらしさがあって、アレクレットの緊張を解すために笑ってくれているのだと、なんとなく気づいたので、アレクレットも一緒に声をだして笑い、緊張をほぐした。
「ごめん、そういや研究内容については話せないんだったっけ?」
「いや、実はそんなことない。細かい話はできないけど、今やってるのは、魔石による魔力吸収の研究だな。アレクレットは魔石が何か知ってるか?」
「小学生でも知ってるよ。昔の生物の結晶体だろ?」
「正しくは魔物の結晶体な」
考古学によると、太古、世界にはとても濃い魔素が充満していた。人間では生きていられないほど濃度が高い魔素が充満した中を、大昔の魔物は魔素を体に取り込み結晶化させることで生きていたようなのだ。
そして、数万年前に魔王という存在が産まれて、魔素は魔王の体に集約されたのだとか、宇宙に流れ出てしまったのだとか言われているが、とにかく、3000年前に勇者によって魔王が異次元に封印されてからは魔石を持つ魔物が発生しなくなった。
そのため、現代では、魔石は大昔の魔物の結晶体を採掘して得るものとなっている。
「魔石の中には、魔力を吸収する石ってのがある」
クラウディオはそう言って、石包み編みされた麻紐のブレスレットを二つ外した。
一つは天然の石を磨いただけの赤い石、一つはツルッと丸い黒い石。どちらもネイビーのシャツにグレーのパンツという知的な印象の服装にはあっておらず、石もブレスレットにするには2cm弱と大きすぎるので、よほどアクセサリの趣味が悪いのか、何かのおまじないかと思っていたブレスレットだ。
「こっちの赤いのは俺から魔力を吸収する天然物の魔石で、黒い方は赤い魔石を解明して魔力吸収の魔法陣を書いた魔石。でも、魔法陣を書いたはずの黒の魔石は、何故か俺からではなく空気中からしか魔素を取り込まないんだ。今はその原因を調べてる」
「へぇー・・・、君、魔力があるの?」
『妖精王の祝福』を持つアレクレットほどではないが、魔力がある人間というのも珍しい。
「まぁ・・・。あるって言っても、小さいLEDライトを1分光らせる程度の魔法しか使えない。ボタン電池にも劣る魔法が使えたって何の自慢にもならないよ」
その時、ちょうど注文したお酒を定員が持ってきた。
ふて腐れた顔でシャンディガフを受け取るクラウディオを見るに、きっと過去にそのようにバカにされたことがあるのだろうと予想出来た。
「どんな魔法が使えるかよりも、魔力を活かして研究をしていること事態がすごいことだと思うから、クラウディオは自慢してもいいと思うな」
乾杯もなくシャンディガフを口にしようとしていたクラウディオは、アレクレットの言葉にちょっと機嫌を良くして、アレクレットのラムコークにカチンとグラスを当てて乾杯をした。
***
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