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6 カルーアミルク

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 グラスが空になり追加を頼むか尋ねると、クラウディオは1杯でやめると言ったが、アレクレットは2杯目にカルーアミルクを注文した。
 酒の力を借りなければこの先の質問や行動を取る勇気が出ないと思ったからだ。

 店員がサービスの水とカルーアミルクを置いて去ったあと、アレクレットは意を決して重要な質問をする。

「妖精王の祝福のこと、何が知りたい?」
「そうだなぁ、知りたいのは『男性妊娠が何の魔法なのか?』ってことだな。生命を生み出す魔法ってのはいくつかある。例えば、魔法生物とかアンデットとかがそうなんだが、そのどれもが術者が死んだら消えるか、魔力供給がなくなれば停止または崩壊するものなんだ。そういう観点から見れば、男性妊娠は生命生成魔法ではないんだろうな」

 想定外に質問が難しすぎてなんとも言えない。
 アレクレットとしては、クラウディオが男を抱けるタイプか確認したあと『祝福持ちに会いたい? 実は・・・僕のことでした~』という感じでバラして、聖紋が見たかったら子種をくれ。と交渉する流れに持っていきたかった。

「一つ二つの質問じゃ物足りないか。やっぱ、研究したいって感じ?」
「ああ、研究したい。祝福は妖精王が残した唯一の魔法だからな」
「でも祝福の研究は御用学者じゃないと出来ないんだろ?」
「そうなんだよ。俺も御用学者になれるものならなりたいね・・・。あ、そうだ。王室の御用学者は全員祝福持ちの伴侶だって噂もあるんだぜ?」
「そっ、そうなの?」

 これは、男もイケるか確認する絶好の機会。
 高まる緊張で裏返りそうになる声をなんとか落ち着けて、平静を装って問う。

「じゃ、じゃあ・・・男を抱けないといけないね。でも、クラウディオは合コンに来てたわけだし、女が、好きなんだろう?」

 短い沈黙の時間があった。
 違和感を感じたアレクレットがカルーアミルクのグラスから視線を上げると真顔のクラウディオと目が合った。ただ、それも一瞬のことだったが。

「今日の合コンは彼女を作りたくて来たわけじゃない。今日のメンツ、魔法科学と歴史学だっただろ? 盛り上げ役が俺の友人で魔法科学の研究者仲間だっただが『歴史学の女子が、ガチの歴史好きだったりしたら相手してくれ』って頼まれて来てたんだ」

 なるほど。それで、女性を避けるような反応を見せていたのか。と腑に落ちた。

「そっか・・・。最後まで一緒にいた人とか、明らかに君狙いだったのに乗らないからなんでかなって思ってたんだ」
「あの人28歳だっただろ? 真剣交際じゃないと失礼かなって。今はまだ研究に集中したいし、それに、次に付き合う人は自分から好きになった相手にしたい」
「そう言うってことは、モテたんだろうね。・・・君、カッコイイもん」

 クラウディオはカッコイイ。モデルみたいな美形とは違って、味のある俳優のような、外見が整っているだけではない人間味のあるカッコよさだ。
 少し日に焼けた健康的な肌に、ダークブラウンで短めの髪は無造作ヘアで作っていない自然なおしゃれさがある。スモーキーブルーの瞳とくっきりした二重、目尻はやや下がっているけどタレ目という印象がないのは短く整えられたキリッとした眉毛のおかげかも。
 背は平均よりもあるけど飛び抜けて高いわけでもない。男らしい骨太な体格に程よく鍛えた筋肉は『これといってジムで鍛えているわけではない』と合コン中に言っていたのには素直に羨ましく思う。
 クラウディオいわく、欠点はなで肩。気を抜くと姿勢が悪く見えるので常に肩を張って気にしているらしい。

「そういうあんたは、女からも、男からも可愛がられるタイプだったろ?」
「どうだろう? 隣りに座っただけのおばあちゃんからお菓子を貰うことはあったけど」

 アレクレットは少しおどけて誤魔化した。父親よりも年上のおっさんから結婚の申込みをされていることには触れたくなかった。
 でも実際、可愛がられるタイプであるのは間違いない。アレクレットの肌は白く、髪は明るいブロンドでサラリと流れるストレートヘア。小さい頃は女の子に混ざっておままごとやお化粧遊びをして、ママさんたちにカワイイと言われていた。
 学生時代も女子からアイドルみたいと持て囃されたこともあったが、歌ってみて、踊ってみてのリクエストに答えなかったため、ノリが悪いと評価が一転して女子からモテるということはなかった。
 だからといって、男に可愛がられたという記憶はないので首をかしげたら、

「飲み会とかで、先輩とか上司からやたらと飲まされたりしてないか?」
「・・・ある。あれ、困るんだよ。飲みすぎると普通に吐くし、やめて欲しいんだよな」
「あんた狙われてるんだよ」
「・・・僕、男ですけど?」

 ドキッと心臓が跳ねた。会社の人たちに妖精王の祝福がバレているのかもしれない可能性が怖くなったのもあるけど、そう言ったクラウディオの目が獲物を狙う目をしていたからだ。


 狭い半個室には店のBGMだけが、かすかに流れている。

 さっきまでは途切れない会話を楽しんでいたのにクラウディオはもう何も話そうとせず、じっとこちらを見ているだけ。顔が熱いし、額が妙にピリピリするのは、あの鋭い視線が突き刺さっているからだろうか。

 落ち着かないアレクレットはカルーアミルクのグラスを回して氷が当たる硬質な音で沈黙を紛らわそうとした。

(クラウディオはもう、気づいてる)

 一度は、身を委ねてみようかと思った。
 だけど、いざ、それを口にするとなると躊躇する。
 怖いという感情に近い、立ち入り禁止区域に忍び込むような、やってはいけないことに手を出しているような気持ちだ。しかし、今さら止める勇気もない。

 踏み出せないけど、引き下がれもしない。決定的な言葉を言えないアレクレットは、時間を引き延ばそうとカルーアミルクをちまちまと飲み、残りが三分の一になったグラスを見て思った。

(これを飲みきったら言おう)

 決心してグラスを持ち上げたら、クラウディオの手が蓋をするようにそっと押さえた。

 驚いたアレクレットが顔を上げると、クラウディオの真っ直ぐな瞳がこちらを見ていた。

 野心が覗く、バイタリティに溢れた目だった。アレクレットの心を暴こうと責めるようでもなく、アレクレットを利用してやろうという汚さもない。
 探究心から生まれる真剣さだけがあり、色恋を一切含まず研究対象として見られていることがいっそ清々しく、それが最後の一押しになった。

「・・・口は堅い? 秘密を守れる?」
「もちろん」
「じゃあ・・・僕と、キス、出来る?」
「もちろん」

 40cmの小さなテーブルに身を乗り出したクラウディオが顔を近づけてくる。驚いたアレクレットは身を引こうとしたが、グラスを握ったままの手がクラウディオに押さえられていて動けなかった。
 気づいた時には唇に柔らかいものが当たっていた。目は反射的に瞑ったが、うっすら開いていた口にはヌルリとした感触が侵入して、歯の内側を舐められて危機感にも似たものが背筋をゾクッと走る。
 続いて、クラウディは酒で鈍った皮膚感触にも伝わるような強めの力で唇を噛んできて、痛みでジンと痺れた。
 押し付けるように絡めてくる舌がカルーアミルクの甘さを奪い、シャンディガフの僅かな苦さが口の中に広がっていく。しかし、アレくレットはその苦味が与えてくる気持ちよさを拒むことは出来ない。

(受け身のキスって、こんなに気持ちいいのか・・・)

 この気持ちよさをもっと長く味わいたいと、アレクレットの方から舌を相手の口に滑り込ませたら、ちょっと痛いくらいに噛まれて『いだい』と声が出た。
 遠ざかっていくクラウディオの顔は楽しそうだった。

「俺は合格?」
「・・・うん」



 クラウディオは問いながら、アレクレットの頬を指の背で撫でた。
 さっきまでは怯え、迷い、戸惑う顔をしていたのに、今はクラウディオの指一つに擦り寄る可愛さを見せる。
 これを素直と評するか、おバカと呼ぶべきか。判断出来るほど相手を知らないので今は保留にしておこう。と、思った頭の端に、バーを検索するアレクレットのもたつく姿を思い出し、この後のホテルの算段もきっと立てていないのだろうと予想がついた。
 ラブホテルは、がっつき過ぎに見える。逆に良いホテル過ぎると萎縮しかねない。それに移動中に冷静になられて尻込みされるのも困る。

(駅前の少しきれいなビジネスホテルくらいがいいか)

 次の行き先が定まった。考え事から帰ってきた視線が、ぽやーっと呆けるアレクレットの顔を捉えた。その潤んだ瞳が『さっきの、もう一回して』と訴えているように見えたので、もうしばし呆けていてもらおうと軽いキスをするため顔を近づければ、アレクレットも目を伏せた。
 触れた唇は湿り気を帯びて先程よりも誘うように甘かった。クラウディオの脳がじわり痺れ、理性が薄れ本能が勝手をする体は、重ねていた手に力を込め、少しばかり必要以上にアレクレットの唇を味わっていた。








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