正義のミカタ

永久保セツナ

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正義のミカタ第1章~電脳生存者(サイバーサバイバー)~

第1話 刑事と少女

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自由だ。
俺は、どこまでも自由だ。
どこまでも飛んでいって、
好きな絵、
好きな音楽、
好きな映像、
金を気にせず楽しめる。
ああ、なんて自由なんだろう。
とても心地いい。

おや、
できそこないのピカソみたいな絵があるぞ。
可哀想に。
自分の絵のレベルに気づいていないのか。

俺は慈愛の心で、
その絵を載せている掲示板に忠告を書いてあげる。

『下手糞なイラストを堂々とサイトに載せてんじゃねえよ
一度死んで画力上げて生き返ってこい byみなもと重之しげゆき

***

「ふうん、随分と酷いことをする人間がいるもんだ」
お嬢はチェス盤を見つめながら言った。「いろんなサイトの『お絵描き掲示板』に載っているイラストに対し、中傷を書き込み。そのサイトの管理人及びイラストの製作者は精神的ショックによるノイローゼで通院中、と。……王手チェック
「おっと……。うん、なかなか酷い」
ぼくは王の駒を避難させながら言った。「被害を受けたサイトは、ほとんど非公式のオタクサイトだったからまだ良かったけど」
「君も相当酷いよ、月下つきした君」お嬢は、口は笑ったまま顔をしかめた。
ぼくは、「うん?」と、顔を上げてお嬢を見た。
お嬢の馬鹿みたいに広い屋敷には、今日はお嬢とメイド数人と猫一匹しかいない。
そして、このお嬢の部屋には、ぼくとお嬢しかいない。
……空いている部屋なんて、貸し部屋にしたら家賃だけで暮らしていけるぞ。
「なんか酷いこと言ったかな、ぼく」
「言ったよ。今、オタクを差別しただろう」お嬢も顔を上げて、じっとぼくを見る。「月下つきした氷人ひょうとヒラ刑事は全国民の味方じゃないのかい」
お嬢の澄んでいるけど鋭い眼をみると、何も悪いことをしていなくても、思わずたじろいでしまいそうになる。
まして、悪人ならなおさら。
「ヒラは余計だよ」ぼくは何とか言い返す。「だって、オタクってなんかキモチ悪いじゃないか。アレだろ、『萌え~』とか言うんだろ、女の子を見て。太り気味の脂汗流したメガネの男が、リュックしょって」
「だいぶ偏ってるよ、そのオタク像……」お嬢はいつも笑っているが、付き合いが長いと、ウンザリしているとわかる。「みんながみんな、そういうわけではないんだよ、月下君。やせてる美女のオタクだって、この広い世の中にはいるんだよ。テレビの見過ぎじゃないのかい」
なんか、刑事ドラマに憧れて刑事になった人みたいに言われたな、今。
……ちなみに、ぼくは刑事ドラマを見たことがない。
ぼくの場合は、警察を「絶対に倒産しない会社」とみなして「就職」した。
だって、犯罪は、人間が生きている限り、決して無くならない気がする。
……他の刑事が聞いたら怒るだろうけど。
――ぼくの名前は月下氷人。二十五歳男性。
特に望んでもいないのに、警察の花形(?)、捜査一課――通称「殺人課」に所属している。
一緒にチェスをしている、何故か常にセーラー服を着ている三つ編みお下げの少女は、角柱寺かくちゅうじ六花りか。十八歳女性。ぼくは「お嬢」と呼んでいる。
「ところでさ」
ぼくは、馬鹿にされるだろうな、と思いながら、素朴な疑問をぶつけてみた。
「さっき言ってた『お絵描き掲示板』って、何なんだ?」
「君は、そんなことも知らないのかい? ――はい、また王手チェック
満面の笑みで返してきやがった。
「うわ、やばいやばい……。悪かったね、君と違って、ぼくはインターネットをする金も暇もないんだ」
うーん、どんどんぼくの王様が追い詰められていく。
「『掲示板』は、わかるかい?」
「えっと、インターネット上で文字だけで意見を交わす、アレかい?」
「そうそう。『お絵描き掲示板』はね、文字だけじゃなくて、イラストを描くことで意思疎通をするのさ」喋りながらも、お嬢の駒たちは、こちらの王様目がけて襲いかかってくる。ぼくの戦士たちは、次々と尊い命を落としていく。
「ふ~ん、なるほどね……」
「ボクからも、質問していいかな」お嬢は言った。
「何? お嬢が質問なんて珍しいね」
お嬢は基本的に疑問は自分で調べて解決してしまうので、人に、しかも無知なぼくに質問することは、本当に滅多にない。
「月下君って確か殺人課だよね? こういう事件は担当外じゃないのかい?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
なんだ、そんなことか。
「ぼくの友達がそれの担当でね。ぼくを通じて、君に協力を仰ぎたいそうだよ」
「え~、なんかつまらなそうだなあ」お嬢はしかし、くすぐったそうな笑顔だ。人に必要とされるのが、嬉しいのだろう。
「今の時代、結構ありふれた事件だよ、それ」
「『正義のミカタ』が、そんなこと言うなよ」
なんとなく、ぼくも微笑みながら言う。「せっかく必要とされているんだからさ。それに、仕事を選んじゃいけないな」
「ふふん、なかなか言ってくれるじゃないか」お嬢は、とても機嫌がいい。
「そこまで言うなら、引き受けてあげるよ。ようするに、犯人を見つければいいんだろ? ……ただし」
「何?」
「月下君も一緒ならいいよ」
「え……。ぼく、一応、他に仕事あるんだけど……」
「大丈夫だよ。おやっさんなら、わかってくれるさ」
「じゃあ、明日おやっさんに話してみるよ」
「わーい、月下君と捜査デートだ。……はい、詰みチェックメイト!」
「うわ、また負けた! くそ~、将棋なら負けないのに……」
「月下君は単純なゲームが苦手だからね。ボク、将棋のルール、よく知らないし」
「ううう、気が重いなあ……。同じ課に苦手な人がいるんだよなあ……」
「あ、今更断る気かい? いいじゃないか、同じ課にかわいこちゃんがいるんだろ?」
「か、かわいこちゃんって……。素晴らしく表現が古いよ、お嬢……」
「……そんなにボクとのデートが嫌なのかい?」
「デート、とか、気安く言うなよ……」
そんな目で見るなよ……。何故か妙にどぎまぎする。
「とにかく、ちゃんと明日、おやっさんに許可もらってきたまえよ、月下君」
「はいはい……。じゃあ、今日は帰るよ」
「おや、部屋はたくさんあるから、泊っていってもいいけど?」
「いいよ、広すぎて落ち着かなさそうだから」
普通、親父が帰ってくる日に男を家に泊めるか?
い、いや、ぼくは別にアレな意味の男ではない。
そうだよ、だって、七歳も年が離れてるんだぞ?
向こうから見たら、ぼく、どうせオッサンだし。
ぼくだって、お嬢をそんな目で見てない。見てないよ。
お嬢がデート云々言ってるのも、きっとふざけてるだけであって……。
「何さっきから立ち止まってぶつぶつ言ってるんだい?」
「え? いや、別に……。じゃあ、バイバイ」
「また明日」
ぼくは、お嬢が手を振るのを見届けながら、部屋を出た。
「ふう……」
ふと、足もとに目をやると、お嬢の飼い猫が、いつの間にか、足もとでぼくを見上げていた。
「やあ、ミゾレ」
ぼくはしゃがんで、猫に挨拶をした。
「――ぼくは、お嬢に好意を抱いちゃいけないんだよな」
ミゾレの頭をなでながら、つぶやく。
「だって、ぼくのせいで、
お嬢は『正義のミカタ』になっちゃったんだものな」
ミゾレは何も言わなかった。
その眼は、責めているわけでもなく、ただ無感情だった。
「明日、お嬢を借りていくよ」
ぼくはミゾレに言って、立ち上がった。
「どうやら、ぼくとデートしたいらしいよ」
ぼくは屋敷を出た。
おやっさん、許可してくれるといいんだけど。

〈続く〉
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