正義のミカタ

永久保セツナ

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正義のミカタ第2章~北の大地の空の下~

第2話 旅の同行者

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「ゴクゴク……それで、ボクも誘われたわけかい」
お嬢は、ぼく、月下つきした氷人ひょうとが外で買ってきた缶コーヒー(ちゃんとミルクが入っていて、しかも微糖のやつ)を飲みながら言った。
お嬢の屋敷は外の寒さなど関係なく、常に人間が過ごしやすい温度になっている。自然、ぼくが入り浸るようになるのに時間はかからなかった。
「冬の北海道、ね。わざわざ凍死しにいくようなもんだね」
「いや、むしろ冬の北海道が楽しいんじゃないか?」
スキーとかスノボーとかさ、とぼくは北海道の弁護に回った。……なんでぼく、亀追かめおいさんの味方になってんだろ。
「あ、でも、冬とか寒いと、傷が痛んじゃうかな」
ぼくは、お嬢に言った。
「それは大丈夫だよ。今の時点で痛いから」
「痛いのかよ! だったら、無理しないほうが……」
「平気だよ、これくらいなら。ほら」
お嬢は、コーヒーを飲み干すと、スチール缶を握りつぶした。なんとも表現しづらい音がして、スチール缶は無残な姿になった。
「……うん、大丈夫そうだね……」
お嬢の両腕と両脚は、今は人工皮膚で隠されているが、その皮膚の下は鋼鉄の義肢になっている。昔、お嬢はある事件に巻き込まれて、――四肢を同時に失ったのだ。
「崇皇さんのお誘いは断れないしね。問題は……」
「問題?」
お嬢は難しい顔をしたので、ぼくは不思議そうに尋ねた。お嬢――角柱寺かくちゅうじ六花りかは、警視総監のご令嬢だ。金も権力もある彼女が、何の問題を抱えているっていうんだ?
「ボクが一緒に行って、事件が起こらないかな」
「事件って……」
いくら警察のトップの娘だからって、事件を引き寄せる磁力が発生するとは思えないけど。
「多分、大丈夫だと思うよ。お嬢が自ら人を殺すんなら別だけど」
「『正義のミカタ』であるボクが、そんなことをするわけないだろ」
お嬢はちょっぴり、ぼくを睨(にら)んだ。
きれいに澄んでいて、鋭い光を放つ瞳。
睨まれた相手は石のように固まってしまう。
ぼくは未だに、この眼が苦手だ。
「なら大丈夫だよ。たとえ何か起きても、それはお嬢に犯罪を止めてもらおうとする、神の思し召しだよ」
「うわ、刑事が神を語ってるよ。結構レアな光景だぜ」
どこからか、声が聞こえた。
「……今の、お嬢?」
「こら、急にしゃべるなよ、重之しげゆき君」
お嬢はテーブルに置いていた小さなコンピュータ――B5サイズでカバンにも入る大きさだ――に話しかけた。
小さなコンピュータの小さな画面に、少年の胸から上が映っている。
「お、お嬢、コイツは……!」
「なんだい、もう忘れたのかい? この前の事件で捕まえた、オタクサイト大好き野郎じゃないか」
「誰がオタクサイト大好きだコラア! 嫌いだからこそ荒らすんだろが!」
画面の中から、小さいみなもと重之しげゆき君が怒鳴った。
テレビ電話で話しているわけではない。
ぼくもにわかには信じられなかったが、この少年はパソコンの中にいるのだ。人間に似せて創られた『擬似人格プログラム』というらしい。
重之君は、以前発生した、オタクサイトの掲示板に誹謗中傷を書き込む、いわゆる『オタクサイト荒らし』事件の犯人だった。
ぼくとぼくの同僚、そしてお嬢が捜査した結果、重之君は……『父親』である創り主に消去ころされそうになった。
その直前に、お嬢がCDに重之君をコピーしていて事無きを得たんだけど……。
「確かお嬢さ……。そのCD、警察に証拠として提出したよね?」
「それがどうかしたかい?」
「いやいやいや。それじゃ、なんで重之君がここにいるんだよ」
「もう一枚コピーしたからに決まってるだろ?
このボクが、こんな面白いものをわざわざ手放すと思うかい?」
結構問題な発言を、さらっと言ってくれるよ、この子は。
「いやあ、この前の事件では世話になったな、刑事の兄ちゃん」
重之君は、ぼくに向かって挨拶した。
「この前は悪かったね。このお嬢のせいで、お父さんが……」
「あ、ボクに責任転嫁かい? いーけないんだ、刑事さんが一般ピープルに責任押し付けてる~。
崇皇さんに言いつけてやる」
「君のどこら辺が一般人なんだよ」
「ギャハハ。おもしれえ奴らだな」
重之君が笑った。
「別に親父のことはもう気にしてねえよ。
インターネットに逃げ込んだ俺はもう死んでるだろうけど、コピーされた俺はこうして生きてるわけだし。
――俺は、親父の言うことを聞かなかったから捨てられたのさ」
うーん、このプログラム、境遇が下手したら普通の人間より複雑だ……。
「それにしても、なんでオタクサイトなんか荒らしてたんだ、君は?」
「ん~、別に荒らすつもりはなかったんだけどよ……。初めてインターネットにやってきた時――俺はその頃は、自分が人間で、精神をインターネットに送り込まれたと思い込んでたんだが――その時に、たまたま迷い込んだサイトが酷く画力が低くてさ。人間が描いたイラストとは思えない……っていうか、イラストか、これ? みたいな。
それで、忠告したつもりだったんだけど」
「それが……『下手糞なイラストを堂々とサイトに載せてんじゃねえよ
一度死んで画力上げて生き返ってこい』……ってわけか」
重之君は多分、悪気はないけど口の悪さで誤解を招くタイプだな……。
特に、相手の顔の見えないインターネット上では、そういう誤解は起こりやすい。
まあ、重之君の場合、口が悪すぎる感があるけど。
「あ、そうだ、月下君! 重之君も連れて行こうよ!」
お嬢が、ポンと手を打って言った。
「う~ん、そうだね。パソコンなら飛行機代もかからないだろうし。でも、パソコンって、寒さは平気かな」
「大丈夫だよ。むしろパソコンは相当な熱を放出するから、少し寒いくらいが丁度いいのさ。重之君、雪を見たことあるかい?」
お嬢は、パソコンに向かって話しかけた。
「ないない。まず外に出してもらえなかったからな。雪って、どんなんだ?」
そうか、重之君の元々いたパソコン、だいぶ大きかったからな。
研究所とかに置いてあるような、巨大なパソコン――後でお嬢に『スーパーコンピュータ』というのだ、と教えてもらった――の中で、重之君は創られ、そこからインターネットを飛び回っていた。
あんなバカでかいパソコンを、外に出せるわけがない。
「雪はね、白くて冷たいんだよ。空から降ってくるのさ」
「つめたい……か。一応、触覚プログラムにはあるけど、冷たいものに触る機会がねえからな」
まあ、そうだろうな。
「う~ん、ボクも、もう手に触覚がないからなあ」
お嬢は、自分の手をじっと見た。
う……。
な、なんか、雰囲気が……。
「あ、あのさ……」
「ま、いいや。とりあえず、面白そうだから、俺も行く」
「吐き気がするくらい雪ばっかり見せてあげるよ!」
「なんだ、その悪質なイヤガラセ」
……。
うん、この二人が暗くなることはないな。
とにかく、こうして、ぼくとお嬢、そして飛び入りで重之君も旅に参加することになったのだった。

〈続く〉
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