正義のミカタ

永久保セツナ

文字の大きさ
上 下
24 / 32
正義のミカタ最終章~零の襲来~

第3話 零の継承式

しおりを挟む
「霧崎零の従者、ねえ」
「そんな子供が火だるま殺人の犯人だなんて……」
「許せませんね崇皇すのうさん!」
ぼくの勤務している警視庁捜査一課。発言したのは、ぼくの仕事仲間で、順におやっさん――日暮ひぐらし針生はりお警部、崇皇すのう深雪みゆき先輩、同じく先輩の亀追かめおい飛雄矢ひゅうやさんだ。
ぼくは三人に黒の腕の外見的特徴と彼の話を簡単に伝えた。
「……ずいぶん目立つ服装ね」
崇皇先輩は目を丸くした。
「犯行を隠す気がねえんだろうな。そいつ自身、自分の存在の証明とか言ってたそうだしな」
煙草をくわえながら、おやっさんが言った。
「それで、黒の腕について情報を集めてほしいんですが」
ぼくは亀追さんのほうを向いた。この人は何故かいつもぼくに厳しいので苦手だが、情報収集が得意な人なので頼まないわけにもいかない。キャリア組のエリートなので、きっと広い情報網を持っているのだろう。
「いいだろう。ただ、一応断っておくが、決して君のためではないぞ。六花嬢と崇皇さんのためだ」
人差し指を人に向けてはいけない、という教育は受けていないのかな、この人は。
「……なんで私が出てくるの?」
崇皇先輩はキョトンと首をかしげた。
「では、早速行ってきます」
亀追さんは一課の部屋から出ていった。
「いつも思うんだけど……亀追君と月下君、仲悪いの?」
崇皇先輩は心配そうにぼくを見た。
「どうもぼく、嫌われてるみたいで……」
ぼくは頭をかいた。
――なんとなく、つっかかってくる理由はわかっている。
亀追さんは、崇皇さんが好きだから。
ぼくにとっても、崇皇さんは憧れの存在だから、敵視されているのだろう。
「気にしないでください。それより、黒の腕……どう思います?」
「そいつの話の内容が気になるな。霧崎零がお前と六花ちゃんを生かした理由の『可能性を見込んだ』っていうのと、またそいつに会えると言っていた『零の継承式』……だったか? ……零のことなら、凍牙とうがに聞いたほうがいいかもしれねえな」
おやっさんは、ぷはあ、と煙を吐き出しながら言った。
「凍牙、というと……角柱寺かくちゅうじ凍牙とうが警視総監、ですか?」
崇皇先輩は煙を気にしていない様子で、おやっさんに尋ねた。
「おう。確かあいつ、霧崎に会ったことあるし」
「へえ……すごいわね、六花ちゃんのお父様」
崇皇先輩は、お嬢にほほ笑んだ。
……警視総監と親友、というおやっさんも、十分すごい気がする。
「うん、じゃあ父上のところに行ってみる。亀追さんから報告があったら連絡してね」
ぼくとお嬢は一課を出て、警視総監の御部屋に向かう。……ヒラ刑事のぼくはお嬢の顔パスで通してもらった。
「あ、六花と月下ちゃんじゃない」
書類に目を通していた警視総監殿は部屋に入ってきたぼく達に気づいて手を上げた。
ぼくは敬礼と挨拶を返す。
「え、なに、火だるま騒ぎの犯人もう捕まえたの?」
「いえ、それが……」
「面倒なことになったよ、父上」
ぼくとお嬢はこれまでの経緯を説明した。
「うわあ、面倒くさいね! 零のやつが出てきたかあ」
警視総監殿、にこにこ笑う場面じゃないです。
「んで、針生ちゃんが僕から零のこと聞いてこいって?」
針生ちゃん? あ、おやっさんのことか。
「僕が零について知ってること、ねえ。零の外見的特徴――は月下ちゃんも知ってるよね。会ったことあるもんね?」
「ええ、まあ」
ぼくはうなずいた。
警視総監とお嬢と、そしてぼく。
霧崎零に対面して、生き残れたのはたった三人。
しかも、ぼくの場合は前の二人と違って、お情けで生かしてもらった感じだし。
……短い銀髪に鋭い切れ長の目。口元は常に笑みを絶やさず、あくまでも物腰は柔らかいのに、殺人鬼らしく毒気じみた威圧感で、出会ってしまったぼくは身動きもできなかった。
見た目では年齢を推定できなかったが、動きが軽やかで、顔にはシワ一つなかったので、多分二十代から大目に見積もっても四十代くらいだろう、とぼくは思っている。
――ただ、その外見と矛盾する事実。
『霧崎零』という名の男がかつて起こした数多の殺人事件は、最も古くて一世紀ほど前に端を発するという。
繰り返される殺人事件も、目的・動機、一切不明。ただ、殺害方法はいつも、ナイフのような刃物で被害者の喉を切り裂くというもの。凶器は見つかっていないので、おそらく毎回現場から持ち去って次の事件にも使われているのだろう、というのが警視庁の見解。
「なんっか、都市伝説じみてるよね」
お嬢が溜息まじりにつぶやいた。
「まあ、伝説っちゃ伝説だね。崇拝してる犯罪者もいるって噂だし」
警視総監は場違いな笑顔を浮かべながら言った。
「でもさ、思ったんだけど、被害者を調べてみると共通点があんのよ。ガイ者はほとんどがキャバクラ嬢とか援交帰りの女子高生とか水商売みたいなことしてた女性ばかり。で、殺害方法は愛用のナイフで喉笛をズバッ。そして事件の発端はおよそ百年前……なんかに似てない?」
「なんか……?」
なんだろう。ぼくには思いつかない。
「――切り裂きジャック、かい? 父上」
「き、切り裂きジャック……?」
およそ百二十年前、イギリス・ロンドンで発生した、売春婦連続殺人事件の犯人。迷宮入りしてしまった事件の代表として有名だ。
「――えーと、その切り裂きジャックがまだ生きていて、日本に渡ってきたってことですか?」
ぼくは我ながら馬鹿馬鹿しいことを言った。
まさしく都市伝説じゃないか。
「月下君、模倣犯って発想は君の中には存在しないのかな?」
「あはは、つき、月下ちゃん面白い。座布団百枚」
お嬢はあきれ、警視総監は爆笑してしまった。ハワイ旅行に十回行けるほど面白かったのか……。
「ぷふ……まあ、百年前の殺人鬼の真似事が、何を意味するのかは僕にはわからないけど。そのカイナちゃんとかいうのが言ってた、六花と月下ちゃんの『可能性』が何のことかもわかんないし」
警視総監は笑いをこらえながら続ける。
「ただ、『零の継承式』っていうのは、ちょっと思い当たる部分はあるかな」
「何か知ってるのかい、父上?」
お嬢が尋ねた。
「これも、なんだか都市伝説みたいな話なんだけどさ」
警視総監は、机に座って手をぷらぷらさせながら話しだした。
「零がらみの事件の中で、たまーに零の名前が残されてる事件があるのよ。『霧崎零参上』みたいな。ただ、過去の事件で残されてる名前は、みんな筆跡が違うの。まあ、零はそんなことするキャラでもないだろうし、零をさらに模倣したやつの犯行だろうな、と僕は思ってるんだけどね」
ふと、警視総監の目つきが鋭くなる。流石親子、目が合った人を緊張させる目がよく似ていらっしゃる。
「ただ、変なうわさが広がっててさ。零の模倣犯が零の名前を残すと、その犯罪者は零の粛清を受ける――っていう」
「零に殺される……ってことですか?」
ぼくは反射的に唾を飲み込んだ。
「零は自分なりのルールみたいなものを守っていて、偶然そのルールの中に、零の名をかたることが、やつにとっての挑戦状、っていう条件を満たしてしまったのかも知れないねえ」
警視総監は呑気に笑っていた。
「わ、笑い事じゃないでしょう、警視総監……」
ぼくは内心ビビりながら忠告した。
「えー? だって、善良な市民が殺されるならまだしも、模倣犯が本物に殺されるのは自業自得じゃない?」
ぼくは寒気がした。……これが、ぼくが警視総監が苦手な理由。
緊張するのも勿論あるが、警視総監の正義観は、犯罪者を人とみなさない。それが、少し怖い。
「――で、まあ、その『粛清』を『継承式』と呼んでるんじゃないかな? 勝てたら零を名乗っていいですよ、みたいな」
「なるほどね……」
お嬢は少し考える動作をした。
と、ぼくの携帯電話が鳴りだした。
御部屋を失礼して、廊下に出る。
電話に出ると、崇皇先輩からだった。亀追さんから報告があるという。
ぼくは警視総監にその旨を伝えて、お嬢と共に再び捜査一課に戻った。
「――確かに黒の腕は、零によくくっついているようだね」
亀追さんが言った。
「出会った経緯や何故零がその少年を自分の傍につけているのかはよくわからないが……その少年の目撃情報を入手した。近々公演される劇団の関係者らしき青年と話し込んでいるのが目撃されたらしい」
「その青年は特定できますか」
ぼくは亀追さんに尋ねた。
「できたら『らしい』とか私が使うわけないだろう」
亀追さんの言葉には幾分か棘が含まれていた。
「劇団員だと目撃者が思ったのは、その人物が仮面をつけていたからだそうだ」
「仮面……?」
「仮面劇をやるんだそうだ。ちなみに、青年なのは間違いない。その劇団、男性のみで構成されているらしいからね」
チリリリリ。
突然、おやっさんの机の電話が鳴った。
「はい、捜査一課……凍牙か。どうした? …………」
おやっさんは警視総監としばらく話して、ぼくに受話器を差し出した。
「お前に言い忘れたことがあるってよ」
『あ、月下ちゃーん?』
「どうしたんですか、警視総監」
『あのねー、言い忘れたことがあるんだけどさー』
「何でしょう?」
『多分、継承式、近々あると思うよー』
「…………え?」
『さっき、また殺人事件が起こってさー。死体の傍に書いてあったのよ。男の字で。
――「霧崎零参上」、って』
ぼくは、あやうく受話器を落とすところだった。

〈続く〉
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

天上院時久の推理~役者は舞台で踊れるか~

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

パスコリの庭

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:27

メロカリで買ってみた

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:10

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:468pt お気に入り:1

子供の頃結婚の約束をした男の子は魔王でした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,121pt お気に入り:328

君の笑顔が大好きで -モテないオレとイケメン親友の未来- 2

mii
BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:107

俺の妹になってください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,249pt お気に入り:9

シロツメクサと兄弟

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:46

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:731pt お気に入り:348

処理中です...