正義のミカタ

永久保セツナ

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正義のミカタ番外編

正義のミカタ番外編~電脳少年~

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「よお、また残業か、千枝ちえ姉ちゃん」
「ちょっと、重之しげゆき君。急に出てこないでよ。今書類作ってるんだから」
顔見知りのネエちゃん――猫詩谷ねこしや千枝ちえのところに行ったら、怒られちまった。
「ああ、わりいわりい」
俺は、パソコンの画面の端っこに移動した。
「……ふーん、表計算か。計算なら俺、得意だぜ」
俺は、パソコンの中から言った。
「当たり前でしょ。あなた、一応パソコンの中の人なんだから」
千枝姉ちゃんは、ちょっと冷たく返してきた。
――俺の名前はみなもと重之しげゆき。擬似人格プログラムなんだが……なんて説明したらいいんだろうな。要するに、人に似せて造られたプログラム、それがこの俺様だ。
俺を造った人間は、警察に逮捕され、今どうなっているかは知らない。俺は、CD‐ROMに封印されて警察に証拠品として押収された。だが、警察のお偉いさん(なんか『ケーシソーカン』とか言ってた。何語なんだろう)が俺のことを気に入ったらしく、俺はこうして警視庁内のネットワークを自由に泳ぎ回っている。
「ちぇ~、なんだよ、冷たいなあ。せっかく手伝ってやろうと思ったのに」
俺は口を尖らせて言った。
「なら手伝いなさいよ」
「えぇ~、どうしよっかなぁ~」
俺は千枝姉ちゃんをじらしてみた。
「手伝わないなら他のパソコン行ってよ。私、忙しいんだから」
千枝姉ちゃんの口調で機嫌が悪くなっているのがわかる。これ以上やると危険だ。コンピュータ系の犯罪を扱う捜査二課の人間だけに、どんなことをされるかわからない。
「へいへい、わかりましたよ。手伝ってやんよ。ったく、ぴちぴちの中学生を徹夜させるなんて姉ちゃんったら――」
「あんた中学通えないでしょ。いい加減にしないとアンタの人格プログラム書き換えるわよ」
「うわあああ洗脳されるー! ごめんなさい手伝わせていただきます!」
俺は慌てて計算を始めた。
一時間後。
「よっしゃ、できた!」
「よくできました! あ~、疲れた。ありがとね、重之君」
千枝姉ちゃんは、一時間前のことが嘘だったみたいにいい笑顔をしていた。
最近の俺の趣味は、人の笑顔を見ること、かもしれない。
俺は、警視庁に来る前は、インターネット上で好き勝手やって、いろんな人に迷惑をかけた。
どうも口が悪いらしくて、どこのサイトに行っても文字での喧嘩が絶えなかった。そのうち、ネット上の奴らに対する憎しみが生まれた。擬似人格とはいえ、感情が生まれるものなのか、俺にはわからない。(その時、俺は自分を本物の人間だと思っていたから、感情があるのは当然だと思っていたが)多分、それを研究するために俺を造った白衣のオッサンは俺をインターネットに放し飼いにしていたのだろう。
とにかく、俺は俺以外の人間を全て憎んでいた。俺の父親つくりぬしは、一応ギリギリ慕ってはいた。
だから、研究所いえを離れて知らない奴らだらけの、しかもあまりお世話になりたくない警視庁に連れてこられて、正直へこんだ。自分が人間じゃないと突然思い知らされて、どうしたらいいか分からなかった。
そんな時、俺にやたらかまってくれたのが、千枝姉ちゃんだった。俺を『世界初のパソコンに入った人間』から『ただの人型プログラム』に陥れた張本人だが、色々と良くしてもらったので、面と向かっては言わないが、一応感謝している。
知らないうちに、女のファンが増えていた。
「猫詩谷ちゃん、重之君知らない!?」
翌日、千枝姉ちゃんと話していると、別の美人なネエちゃんがやってきた。
崇皇すのう先輩、どうしたんですか?」
急いで来た様子の深雪みゆき姉ちゃんに、千枝姉ちゃんはビックリしているようだった。
崇皇すのう深雪みゆき。捜査一課所属。警視庁のアイドル的存在。警視庁の野郎共のあこがれの存在と呼ばれるのも納得がいくほどの可愛い顔をしている。それでいて女の友達も多い、珍しいタイプだ。
「深雪姉ちゃん、どした?」
俺はパソコンの中から声をかけた。
「捜査一課のパソコンにウイルスが入ったらしくて……みんな困ってるの。どうにかならないかしら?」
「ウイルス……? 千枝姉ちゃんに任せたほうがいいんじゃねえの?」
俺はワクチンプログラムじゃない。ウイルス退治なんて専門外だ。っていうか、下手したら俺が死んじゃうから。
そんな旨を伝えると、千枝姉ちゃんが何故かニヤッと笑った。
「待ってました先輩! こんな時のために、秘密兵器をつくっておきました」
「ふーん。じゃ、いってらっしゃい」
俺は出番がなくて複雑な気分になりながら、パソコンの外の二人に手を振った。
「何言ってんの。アンタが来ないと話になんないのよ」と、千枝姉ちゃん。
「は?」
俺は、言われた意味がわからなかった。
「とにかく、アンタも捜査一課に来なさい。崇皇先輩、行きましょう」
千枝姉ちゃんは、言うだけ言って、深雪姉ちゃんと一緒にパソコンから離れて行ってしまった。
「……ったく、しょうがねえなあ……」
なんかすげえ嫌な予感がしながらも、俺は回線をつたって捜査一課のほうまで飛んでいった。
「……!」
突然、目の前に壊れた空間が見えて、俺は必死で方向を変えた。多分、ウイルスに破壊された電脳空間なのだろう。
壊れたパソコンの隣のパソコンで、とりあえず二人が来るまで待機。
「あ、もう来てたのね」
姉ちゃんズが少し経ってから来た。
「光回線なめんなよ。それより、隣がかなりやべえぞ。ウイルスに感染してだいぶ経ってる」
「じゃあ、急いだ方が良さそうね。重之君、感染してるパソコンに移動して」
「はあ!? 何言ってんだ殺す気か!?」
俺は、千枝姉ちゃんの突然の死刑宣告に目をひんむいた。
「大丈夫よ、これを使えば……」
千枝姉ちゃんはCDを取り出して、俺のいるパソコンに入れた。CDの回る音がして、俺の手足が光りだした。
「な……なんだ、こりゃ……?」
光が消えると、俺の手足は機械の手足になっていた。
「かっこいいでしょ?」
千枝姉ちゃんは無邪気に笑っている。
「いや……かっこいいけど……」
俺がサイボーグになって、何が変わるんだ?
「でしょー? しかも手足の形が自由に変えられるようになるのよ!」
「なるほど、そういうプログラムね……」
俺はやっと納得した。
要するに、俺に武器を持って戦えと。
………………
納得できるかアホおおおお!!
「ねえ、俺の話聞いてた? 下手したら俺死んじゃうよって言ったよな、言ったよなオイイイ!」
「あら、重之君ってウイルス風情にやられちゃうほど弱いの?」と千枝姉ちゃん。
「う……いや、そういうわけじゃ……」
「あ、わかった、怖いのね」
「なっ……こっ、怖くねえよっ!」
「へえ~、ほんとかなあ~?」
千枝姉ちゃんが極上の意地悪な笑みを浮かべている。のるな。のっちゃいけない。のっちゃ……。
「――……ああああもう! わかったよ、行きゃいいんだろ行きゃあよおお!」
俺は手足を機械に変えて隣のパソコンへ足を踏み出した。
ウイルスの数は、思ったほど多くはなかったが、パソコンの中はところどころ穴があいていた。おそらく、ウイルスに気づくまでに時間がかかってしまったのだろう。
俺は腕を変化させてみた。とりあえず片手を剣に。
(ふーん、結構いけるもんだな……)
「おらあ、覚悟しろテメエらああああ!」
俺はウイルスを切り刻みながら走り続けた。
剣で斬り裂き、もう一方の腕で殴り、膝や足で蹴り上げた。ちょっと俺かっこいいな、と思いながら一人でウイルスを倒し続けた。



「お疲れ様」
帰って来た俺に向かって、千枝姉ちゃんは言った。
「ああ、ホントにな」
肩で息をしながら俺はそう返した。
なんとかウイルスを全滅させ、電脳世界の穴をふさいだ。かなりの重労働で、もうクタクタだ。
「いい勝負だったぜ」
ぼさぼさ頭のオッサン刑事がそう言った。
「……お前ら、実は楽しんでなかったか……?」
俺は恨めしげに画面の外を睨みつけた。
こっちは命張ってんのによ……。
ふと、足もとに何かが落ちているのに気づいた。
「なんだ、これ?」
拾い上げた。
深雪姉ちゃんの顔写真だった。
「……なあ、このパソコン、深雪姉ちゃんの?」
「ううん、亀追かめおいって言う人のだけど」
「なんか、深雪姉ちゃんの写真のデータ残ってんだけど」
「……そう。教えてくれてありがとう」
深雪姉ちゃん、なんか怖い顔してるけど何だろう? きっと知らないほうがいいこともあるよね、世の中。



夜。
また俺は、警視庁のネットワークの中を歩いている。
あくびをしながら並んでいる眠った画面を見て回る。
光っている画面があった。――この場所は、またあのネエちゃんか。
俺は、画面からひょっこり顔を出す。
「また今日も残業か、姉ちゃん」

〈了〉
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