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第二章 第九話
91 聖月の答え
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聖月がその言葉を言った瞬間、風が音を立てて吹き荒れた。まだ少ししか落ちていない枯れ葉が、カサカサと辺りを揺らす。
十夜の顔が、歪んだ。まるで泣きだしそうに、顔を崩す。それは一瞬で、まるで幻のようにも見えた。その心が痛む顔を見つめながらこれが全部夢だったらいいと、何度も願う。だがそれは、ただの現実逃避にすぎない。十夜は聖月のことを見つめながら、息を吐いた。
それはとても長いため息で、何か感情をも吐き出しているようにも思えるものだった。
だが十夜のその重い顔はすぐにいつも通りの元の十夜の表情になった。
「…そっか」
知ってたけどな、と十夜は笑う。
その表情は、明るくて―――でもどこか切なげで。聖月は、胸が締め付けられた。
十夜にこんな顔をさせているのは、自分なのだ。そう思うと、一気に目の前が暗くなる。
「…今まで、迷惑かけてごめんな。…また友達に戻ってくれるか?」
「…え」
迷惑かけたのは、むしろこちらだ。だけれど、それを言う前に十夜のその後の言葉に驚く。
また友達に戻る、という言葉に思わず身を乗り出してしまう。それは聖月が願ってもやまないことだった。あんなことがあって、もう戻れないと思っていたのに―――まさか十夜がそんなことを言ってくれるなんて。
聖月は、小さく震えている十夜に、何度も心の中でごめんと謝る。
「いいの…?」
その聖月の声は震えたものになっていた。
叶わないと思っていたことが叶いそうになり、思わず泣きそうになる。
「その資格があるかわかんねーけど…」
十夜は言いながら、目線を下に向けた。不安そうな表情だった。
思わず咄嗟に、十夜の腕をつかむ。
「俺だって、そんな資格ない…」
叫ぶように自分の気持ちを吐露してしまい、はっとなる。こんなことを言って、どういってほしいのだろうか。夜風に揺れる公園に、小さな静寂が訪れる。十夜がゆっくりと首を振る。そして聖月の顔を見つめると、小さく口角をあげた。
目は細められ、その表情は普段の十夜より現実離れしていた。
「そんなことないって」
―――な?
猫のように笑いながら、十夜は聖月の震える手を掴む。自身の腕からゆっくりと外すと、聖月の膝の上に戻した。
その動作は優しくて。宝物に触れているみたいで。
風に震える十夜の綺麗な髪を見つめ、聖月はたまらなくなった。心の内側に様々な感情が駆け巡る。自分の答えはこれで本当にいいのだろうか。もっと十夜に誠実な答えがあるんじゃないかと。だが、何度も自問しても自分の今の答え以上に正解はみえない。
「……」
聖月は、顔が歪むのを隠して俯いた。それは頷きでもあった。
「…懐かしいな」
十夜が、しばらくしてから呟く。
顔をあげ、目の前をみると、もう夜になり暗くなった公園が広がっていた。十夜の顔が見れずにいたが、それは十夜も同じことだった。二人は相手を見ずに真っすぐに前を見て、口を開いていた。
「…え?」
「…だから、クソ親父と会ってたこと」
「クソ親父って…」
実の息子の十夜のあまりにもな言われように『橘』に、少しだけ同情する。まぁ、少しだけ―――だが。
「実際アイツはクソだからなぁ。家庭も顧みず、男とも女とも遊びまくって。まぁ、母さんも同じようなもんだけど」
「……」
「…だから、ちょっと…いや、ずいぶんと聖月の家族には憧れてたんだ」
十夜の声は感慨深げで、少し懐かしそうに言った。
いつも仲良くていいなぁ、と十夜は高校一年生のとき言っていた。
家族って他人なんだな――そう哀しそうにいった十夜はその時どんな気持ちだったのだろう。ずるいなぁ、と言っていた十夜の顔はどんなものだったのだろう。あんな大きな家でお手伝いさんしかいない一人はどんな気持ちだったのだろう。
寂しさで、胸が潰れないのだろうか。
「…戻れないのかな」
十夜が、ふいに言った。
まるで絵空事を口にするように。
「…聖月のお母さんとお父さん帰ってこないかな……帰ってきたら…すべてが元に戻るのかな…」
十夜の啜り泣きが聞こえ、聖月は頭に鈍器が食らった衝撃があった。十夜を見ると、綺麗に涙を流している彼の姿があった。その姿はまるで子供のように純粋で、涙を流していることにさえ気づいていないようだった。
「じゅ…うや…」
聖月も堪らなくなって、顔を覆った。
覆った手から大粒の涙が零れる。鼻がツンとして、目頭が緩み目の前が霞んで見えない。その隣で十夜は聖月の泣いている様子をみて、自分が泣いていることに気づき驚いていた。
「あれ…? また、俺泣いてる…」
手で顔を覆い隠し、十夜は迷子になった面持ちでいた。
「…ぉかあさん…」
感情が湧き出て止まらない聖月は、ただ泣くことしかできなかった。
十夜の言う通りだ。お母さんとお父さんに帰って来てほしい。そうすれば全てが終わる。この不可解な十夜との関係も、身体と精神を虫食むディメントの仕事も、何もかも。この両親が消え、どうしようもない悲しみも全部。
「……っ」
「ぁ…っ」
十夜の温もりが、身体を包む。
聖月を守るかのような抱きに、聖月は全てを預けた。だが、時間が経つにつれて、両親は戻ってこないのだと何度も思い知らされたことを実感する。聖月と十夜はしばらくそのままでいた。2人の心の傷が少しだけ治るまで―――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
聖月が帰った後、その憔悴しきった様子を見た蒼が、聖月を引き留め―――はせずに、ウキウキの気分で食堂に行くとカレーを食べているケイと神山を見つけた。そのまま自分もカレーを貰い、空いているケイの隣の席に座る。ちょうど空いている時間だったのか、周りにはこの2人しかいなかった。
ケイの隣は誰も座りたがらない―――蒼以外は。
先に蒼の存在に気づいたのはケイだった。大げさに驚いて、スプーンを落とした。
「蒼っ、びっくりしたぁ~」
「蒼、帰ってきてたんだ」
神山もカレーを綺麗にスプーンですくいながら、蒼の登場に驚いているような反応を見せる。その動作に狂いはないから、本当に驚いているかは神山のみぞ知ることだ。そんなことは今の蒼にとってはどうでもよいことだったが。
それよりも目に浮かぶのは、聖月のあの顔だ。泣き腫らした顔、細い腕、あれならすぐに自分のものに出来るだろうが…―――それは簡単すぎるので蒼はしない。
「なんか嬉しいことがあったの?」
ニヤニヤとカレーを食べている蒼に、ケイが首をかしげる。天使のような愛くるしさは相変わらずだ。蒼は愉しさを共有するために、自分の嬉しかったことを話す。
「聖月がイケメンくんを振ったみたいだから、しょんぼりしてやんの」
「…聖月が?」
ピクリと、神山のこめかみが動き自然と口に出していた。その口ぶりは、そのことに興味を持った行動だった。少しばかり、イラついているようにも思えたが。
「秋人さんは知らないんでしたっけ? アイツの高校の時からの付き合いのトモダチがずっと指名してたっていう」
「あぁ…、橘さまのご子息さまか」
「えーっ、あの人って橘さんの息子だったの?」
神山の冷静さと、ケイの驚きの差は大きかったがそれでも十分話の話題にはなるものだった。2人の反応に蒼は、嬉々として食べる行為を中断して話し始めた。
「その人が告白してきたっぽくて、やっと聖月は断ったんでしょうね。だから落ち込んで帰ってきてて…いやぁ、可哀想だなあって」
可哀想だなあって、と話す割には全然嬉しそうに蒼は話していた。表情もいたって愉しそうである。そんな蒼に神山は、静かに問う。
「…なんで告白してきたって、断ったって分かったんだ?」
「それは見てればわかりますよ。俺は人見るセンスはあると勝手に思ってるんで。…あ、それにすごい聖月分かりやすいんで」
あはは、と笑って蒼はカレーを食べ始めた。神山は静かに心の中で肯定していた。蒼は人を見る才能がある。聖月が売れると予想していたのも、蒼だった。実際に聖月はディメントのナンバースリーまでのし上げた。神山は売れないとあのとき否定したのに。
ケイは、楽しそうにたべる蒼を見て、ニヤニヤとしながら突く。その顔には可愛い小悪魔の顔がのぞかせていた。
「蒼、やったじゃん。これでいっぱぁい付け込めるね~」
「な? 誰かに付け込まれる前に、早く落とさないとなぁ~」
ぎゃはは、と声をあげて上司のいる前なのに隠し切れない愉しさが蒼の笑いに含まれていたのだった。
十夜の顔が、歪んだ。まるで泣きだしそうに、顔を崩す。それは一瞬で、まるで幻のようにも見えた。その心が痛む顔を見つめながらこれが全部夢だったらいいと、何度も願う。だがそれは、ただの現実逃避にすぎない。十夜は聖月のことを見つめながら、息を吐いた。
それはとても長いため息で、何か感情をも吐き出しているようにも思えるものだった。
だが十夜のその重い顔はすぐにいつも通りの元の十夜の表情になった。
「…そっか」
知ってたけどな、と十夜は笑う。
その表情は、明るくて―――でもどこか切なげで。聖月は、胸が締め付けられた。
十夜にこんな顔をさせているのは、自分なのだ。そう思うと、一気に目の前が暗くなる。
「…今まで、迷惑かけてごめんな。…また友達に戻ってくれるか?」
「…え」
迷惑かけたのは、むしろこちらだ。だけれど、それを言う前に十夜のその後の言葉に驚く。
また友達に戻る、という言葉に思わず身を乗り出してしまう。それは聖月が願ってもやまないことだった。あんなことがあって、もう戻れないと思っていたのに―――まさか十夜がそんなことを言ってくれるなんて。
聖月は、小さく震えている十夜に、何度も心の中でごめんと謝る。
「いいの…?」
その聖月の声は震えたものになっていた。
叶わないと思っていたことが叶いそうになり、思わず泣きそうになる。
「その資格があるかわかんねーけど…」
十夜は言いながら、目線を下に向けた。不安そうな表情だった。
思わず咄嗟に、十夜の腕をつかむ。
「俺だって、そんな資格ない…」
叫ぶように自分の気持ちを吐露してしまい、はっとなる。こんなことを言って、どういってほしいのだろうか。夜風に揺れる公園に、小さな静寂が訪れる。十夜がゆっくりと首を振る。そして聖月の顔を見つめると、小さく口角をあげた。
目は細められ、その表情は普段の十夜より現実離れしていた。
「そんなことないって」
―――な?
猫のように笑いながら、十夜は聖月の震える手を掴む。自身の腕からゆっくりと外すと、聖月の膝の上に戻した。
その動作は優しくて。宝物に触れているみたいで。
風に震える十夜の綺麗な髪を見つめ、聖月はたまらなくなった。心の内側に様々な感情が駆け巡る。自分の答えはこれで本当にいいのだろうか。もっと十夜に誠実な答えがあるんじゃないかと。だが、何度も自問しても自分の今の答え以上に正解はみえない。
「……」
聖月は、顔が歪むのを隠して俯いた。それは頷きでもあった。
「…懐かしいな」
十夜が、しばらくしてから呟く。
顔をあげ、目の前をみると、もう夜になり暗くなった公園が広がっていた。十夜の顔が見れずにいたが、それは十夜も同じことだった。二人は相手を見ずに真っすぐに前を見て、口を開いていた。
「…え?」
「…だから、クソ親父と会ってたこと」
「クソ親父って…」
実の息子の十夜のあまりにもな言われように『橘』に、少しだけ同情する。まぁ、少しだけ―――だが。
「実際アイツはクソだからなぁ。家庭も顧みず、男とも女とも遊びまくって。まぁ、母さんも同じようなもんだけど」
「……」
「…だから、ちょっと…いや、ずいぶんと聖月の家族には憧れてたんだ」
十夜の声は感慨深げで、少し懐かしそうに言った。
いつも仲良くていいなぁ、と十夜は高校一年生のとき言っていた。
家族って他人なんだな――そう哀しそうにいった十夜はその時どんな気持ちだったのだろう。ずるいなぁ、と言っていた十夜の顔はどんなものだったのだろう。あんな大きな家でお手伝いさんしかいない一人はどんな気持ちだったのだろう。
寂しさで、胸が潰れないのだろうか。
「…戻れないのかな」
十夜が、ふいに言った。
まるで絵空事を口にするように。
「…聖月のお母さんとお父さん帰ってこないかな……帰ってきたら…すべてが元に戻るのかな…」
十夜の啜り泣きが聞こえ、聖月は頭に鈍器が食らった衝撃があった。十夜を見ると、綺麗に涙を流している彼の姿があった。その姿はまるで子供のように純粋で、涙を流していることにさえ気づいていないようだった。
「じゅ…うや…」
聖月も堪らなくなって、顔を覆った。
覆った手から大粒の涙が零れる。鼻がツンとして、目頭が緩み目の前が霞んで見えない。その隣で十夜は聖月の泣いている様子をみて、自分が泣いていることに気づき驚いていた。
「あれ…? また、俺泣いてる…」
手で顔を覆い隠し、十夜は迷子になった面持ちでいた。
「…ぉかあさん…」
感情が湧き出て止まらない聖月は、ただ泣くことしかできなかった。
十夜の言う通りだ。お母さんとお父さんに帰って来てほしい。そうすれば全てが終わる。この不可解な十夜との関係も、身体と精神を虫食むディメントの仕事も、何もかも。この両親が消え、どうしようもない悲しみも全部。
「……っ」
「ぁ…っ」
十夜の温もりが、身体を包む。
聖月を守るかのような抱きに、聖月は全てを預けた。だが、時間が経つにつれて、両親は戻ってこないのだと何度も思い知らされたことを実感する。聖月と十夜はしばらくそのままでいた。2人の心の傷が少しだけ治るまで―――。
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聖月が帰った後、その憔悴しきった様子を見た蒼が、聖月を引き留め―――はせずに、ウキウキの気分で食堂に行くとカレーを食べているケイと神山を見つけた。そのまま自分もカレーを貰い、空いているケイの隣の席に座る。ちょうど空いている時間だったのか、周りにはこの2人しかいなかった。
ケイの隣は誰も座りたがらない―――蒼以外は。
先に蒼の存在に気づいたのはケイだった。大げさに驚いて、スプーンを落とした。
「蒼っ、びっくりしたぁ~」
「蒼、帰ってきてたんだ」
神山もカレーを綺麗にスプーンですくいながら、蒼の登場に驚いているような反応を見せる。その動作に狂いはないから、本当に驚いているかは神山のみぞ知ることだ。そんなことは今の蒼にとってはどうでもよいことだったが。
それよりも目に浮かぶのは、聖月のあの顔だ。泣き腫らした顔、細い腕、あれならすぐに自分のものに出来るだろうが…―――それは簡単すぎるので蒼はしない。
「なんか嬉しいことがあったの?」
ニヤニヤとカレーを食べている蒼に、ケイが首をかしげる。天使のような愛くるしさは相変わらずだ。蒼は愉しさを共有するために、自分の嬉しかったことを話す。
「聖月がイケメンくんを振ったみたいだから、しょんぼりしてやんの」
「…聖月が?」
ピクリと、神山のこめかみが動き自然と口に出していた。その口ぶりは、そのことに興味を持った行動だった。少しばかり、イラついているようにも思えたが。
「秋人さんは知らないんでしたっけ? アイツの高校の時からの付き合いのトモダチがずっと指名してたっていう」
「あぁ…、橘さまのご子息さまか」
「えーっ、あの人って橘さんの息子だったの?」
神山の冷静さと、ケイの驚きの差は大きかったがそれでも十分話の話題にはなるものだった。2人の反応に蒼は、嬉々として食べる行為を中断して話し始めた。
「その人が告白してきたっぽくて、やっと聖月は断ったんでしょうね。だから落ち込んで帰ってきてて…いやぁ、可哀想だなあって」
可哀想だなあって、と話す割には全然嬉しそうに蒼は話していた。表情もいたって愉しそうである。そんな蒼に神山は、静かに問う。
「…なんで告白してきたって、断ったって分かったんだ?」
「それは見てればわかりますよ。俺は人見るセンスはあると勝手に思ってるんで。…あ、それにすごい聖月分かりやすいんで」
あはは、と笑って蒼はカレーを食べ始めた。神山は静かに心の中で肯定していた。蒼は人を見る才能がある。聖月が売れると予想していたのも、蒼だった。実際に聖月はディメントのナンバースリーまでのし上げた。神山は売れないとあのとき否定したのに。
ケイは、楽しそうにたべる蒼を見て、ニヤニヤとしながら突く。その顔には可愛い小悪魔の顔がのぞかせていた。
「蒼、やったじゃん。これでいっぱぁい付け込めるね~」
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