205 / 259
3B-学院と植物
3B-03 知識の集積所
しおりを挟む
「俺は講師のフランコという。教授の門下に属する教員の一人だ。よろしくな、レッド君」
そう名乗ったのは、二十代ほどの若い男性だった。細身の体に教員専用の黒ローブを纏い、まだ学生の面影を残している。学院を卒業し、そのまま残った――そんな雰囲気を漂わせていた。
フランコさんに軽く断りを入れ、二階に移動してリンネと合流する。パラケル師たちは理事会に出席する予定があるらしく、ここで別行動となった。
「おお、この子が手紙にあった専属助手か。やるなぁ」
「フランコ、レッドを頼むぞ」
「はっ、パラケル教授! お久しぶりです。了解しました!」
式典ホールを出て、魔導塔へ向かう。途中、フランコさんが歩きながら話を続けた。
「レッド君、思っていたより小柄だな。悪い意味じゃない。我々は情報が乏しく、ゲオルク教授からも具体的な話はほとんどなかった。噂ばかりが先行していて、“ベンベルクからの刺客”だとか“パラケル師の再来”だとか……」
「ゲオルク教授とのやり取りは、学院長の契約動物を通してでした。私は学院長も教授も、まだ直接お姿を拝見していません。向こうからは動物の目を通して見ていたようですが」
「なるほど、学院長の使役獣を用いたのか。あの方の術は軍部からも依頼が来るほどで、国境線の偵察にまで活用されている。学院長は正位様と巫女の関係を研究し、それを動物との同調に応用している。ご本人は“神聖魔法ではなく劣化同調魔法だ”と謙遜していたがな」
使役獣と魔力波長を同調させる……空間魔法を併用して繋がりを維持しているのか。奥義のような技術だ。
「習得は難しそうですね」
「適性がはっきり出るらしい。今のところ成功者は五人。最近、院生の一人が繋がりを得て“調教師”の職を得たと聞いた。彼は教員として残れると喜んでいたよ。ただ、学院長のように複数人を経由させるのは到底無理だろう」
学院長の研究室は、やはり高度な技能を求められるらしい。
「そういえば、ゲオルク教授の研究は植物が題材と聞きました。自分の進めたい方向性と似ていたので、ここを選びました」
「その通りだ。研究室全体の仕事は植物の集積と基礎研究。各地から集めた植物を鑑定し、『マテリア・ハーバル』を編纂するのが我々の役目だ。有益な効果を持つ植物を後世に残す。地味だが、学院の歴史と共に続いてきた伝統ある研究だ。ただ、応用まで辿り着けていないのが現状だな」
胸が高鳴る。ここに植物が集積し、鑑定結果がまとめられているのか。古方薬経を研究していたのも、この系譜かもしれない。
「『マテリア・ハーバル』! それは自由に閲覧できますか?」
「可能だ。原著は三つ。研究室、図書室、王宮にある。写本は自由に閲覧できる」
管理棟を抜けると、広いロビー兼談話スペースに出た。高い天井に光が差し込み、石造りの床が冷たく輝いている。正面には円形の魔導塔がそびえ、階段が見えていた。
「過去の魔導師令で、我々の研究は“香草学”に押し込められた。今では薬として認められていない。七年前の魔導師試験改編で、魔導具試験を受けていない者は段を落とされ、魔術師に格下げされた。錬金科、特にこの研究室の門下には痛手だった。今はアルテミポーションが全盛。香草店は廃れ、他のポーションは駆逐された。残念ながら、我が門下の魔導商も作っていない」
カンティアのマーブル香草店を思い出す。薬ではなく香草。アルテミポーションが万能薬として扱われる現状。
「アルテミポーションは即効性があるが、体への負担も大きい。我々はそれを補うものを探している。香草学こそが答えだと信じている」
同士がここにいた。細々とでも研究を続けているのは心強い。
「あそこの階段を上るぞ」
魔導塔は外から見ると円筒形。管理棟の石造りとは異なり、灰色の打ちっぱなし――まるでコンクリートのような質感をしていた。
「この三塔は建国当初からある建物だ。むしろ、この塔があったからこそ首都がここに定められたのだろう。塔自体が魔導具として機能している。地中から魔素を汲み上げ、塔を維持し、供給している。塔そのものが迷宮であり古代の遺構なのだ」
正面の階段に近づくと、左が上り、右が下りと矢印が刻まれていた。すると次の瞬間、階段が動き始めた。
「これは……!」
「ふふ、移動階段だ。学生は皆驚く。レッド君は随分落ち着いているな」
「驚いていますよ。表情に乏しいだけです」
「初めて見たわ! こんな大きな魔導具!」とリンネが声を上げる。
「学院は設立当初、三塔だけだった。管理棟は後に増築された。移動階段の解析は最近完了し、複製もできた。君の師匠とフリード教授の成果だ。王宮にも複製品が設置されている。感知機能は再現できなかったが、充分役立っている」
「へえ……これが三塔すべてに。上下に移動する箱型のものもあるのですか?」
「!! 昇降機のことか。知っていたか。説明しようと思っていたのに」
エスカレーターにエレベーター。発想は同じだ。
「すみません、先回りしました」
「生徒用は今は停止中だ。式のために生徒がいないからな。稼働するまで楽しみにしておけ。塔の教室は一フロア一室。標識もあるから迷うことはない」
######
<魔導塔フロア配置>
12.屋上
11.ホール/会議室
10.職員・生徒食堂
9.空室
8.フリード研究室/討論室7
7.ミューラー研究室/討論室6
6.アントニ研究室/討論室5
5.レノック研究室/討論室4
4.ムカージ研究室/討論室3
3.ゲオルク研究室/討論室2
2.アルナル研究室/討論室1
1.ロビー・管理 <現在位置>
######
十二階建ての塔。高台に建っているため、王都のどこからでも見えるという。移動階段に揺られながら、一階ずつ上がっていく。三階――そこが、自分の配属されるゲオルク研究室だった。
そう名乗ったのは、二十代ほどの若い男性だった。細身の体に教員専用の黒ローブを纏い、まだ学生の面影を残している。学院を卒業し、そのまま残った――そんな雰囲気を漂わせていた。
フランコさんに軽く断りを入れ、二階に移動してリンネと合流する。パラケル師たちは理事会に出席する予定があるらしく、ここで別行動となった。
「おお、この子が手紙にあった専属助手か。やるなぁ」
「フランコ、レッドを頼むぞ」
「はっ、パラケル教授! お久しぶりです。了解しました!」
式典ホールを出て、魔導塔へ向かう。途中、フランコさんが歩きながら話を続けた。
「レッド君、思っていたより小柄だな。悪い意味じゃない。我々は情報が乏しく、ゲオルク教授からも具体的な話はほとんどなかった。噂ばかりが先行していて、“ベンベルクからの刺客”だとか“パラケル師の再来”だとか……」
「ゲオルク教授とのやり取りは、学院長の契約動物を通してでした。私は学院長も教授も、まだ直接お姿を拝見していません。向こうからは動物の目を通して見ていたようですが」
「なるほど、学院長の使役獣を用いたのか。あの方の術は軍部からも依頼が来るほどで、国境線の偵察にまで活用されている。学院長は正位様と巫女の関係を研究し、それを動物との同調に応用している。ご本人は“神聖魔法ではなく劣化同調魔法だ”と謙遜していたがな」
使役獣と魔力波長を同調させる……空間魔法を併用して繋がりを維持しているのか。奥義のような技術だ。
「習得は難しそうですね」
「適性がはっきり出るらしい。今のところ成功者は五人。最近、院生の一人が繋がりを得て“調教師”の職を得たと聞いた。彼は教員として残れると喜んでいたよ。ただ、学院長のように複数人を経由させるのは到底無理だろう」
学院長の研究室は、やはり高度な技能を求められるらしい。
「そういえば、ゲオルク教授の研究は植物が題材と聞きました。自分の進めたい方向性と似ていたので、ここを選びました」
「その通りだ。研究室全体の仕事は植物の集積と基礎研究。各地から集めた植物を鑑定し、『マテリア・ハーバル』を編纂するのが我々の役目だ。有益な効果を持つ植物を後世に残す。地味だが、学院の歴史と共に続いてきた伝統ある研究だ。ただ、応用まで辿り着けていないのが現状だな」
胸が高鳴る。ここに植物が集積し、鑑定結果がまとめられているのか。古方薬経を研究していたのも、この系譜かもしれない。
「『マテリア・ハーバル』! それは自由に閲覧できますか?」
「可能だ。原著は三つ。研究室、図書室、王宮にある。写本は自由に閲覧できる」
管理棟を抜けると、広いロビー兼談話スペースに出た。高い天井に光が差し込み、石造りの床が冷たく輝いている。正面には円形の魔導塔がそびえ、階段が見えていた。
「過去の魔導師令で、我々の研究は“香草学”に押し込められた。今では薬として認められていない。七年前の魔導師試験改編で、魔導具試験を受けていない者は段を落とされ、魔術師に格下げされた。錬金科、特にこの研究室の門下には痛手だった。今はアルテミポーションが全盛。香草店は廃れ、他のポーションは駆逐された。残念ながら、我が門下の魔導商も作っていない」
カンティアのマーブル香草店を思い出す。薬ではなく香草。アルテミポーションが万能薬として扱われる現状。
「アルテミポーションは即効性があるが、体への負担も大きい。我々はそれを補うものを探している。香草学こそが答えだと信じている」
同士がここにいた。細々とでも研究を続けているのは心強い。
「あそこの階段を上るぞ」
魔導塔は外から見ると円筒形。管理棟の石造りとは異なり、灰色の打ちっぱなし――まるでコンクリートのような質感をしていた。
「この三塔は建国当初からある建物だ。むしろ、この塔があったからこそ首都がここに定められたのだろう。塔自体が魔導具として機能している。地中から魔素を汲み上げ、塔を維持し、供給している。塔そのものが迷宮であり古代の遺構なのだ」
正面の階段に近づくと、左が上り、右が下りと矢印が刻まれていた。すると次の瞬間、階段が動き始めた。
「これは……!」
「ふふ、移動階段だ。学生は皆驚く。レッド君は随分落ち着いているな」
「驚いていますよ。表情に乏しいだけです」
「初めて見たわ! こんな大きな魔導具!」とリンネが声を上げる。
「学院は設立当初、三塔だけだった。管理棟は後に増築された。移動階段の解析は最近完了し、複製もできた。君の師匠とフリード教授の成果だ。王宮にも複製品が設置されている。感知機能は再現できなかったが、充分役立っている」
「へえ……これが三塔すべてに。上下に移動する箱型のものもあるのですか?」
「!! 昇降機のことか。知っていたか。説明しようと思っていたのに」
エスカレーターにエレベーター。発想は同じだ。
「すみません、先回りしました」
「生徒用は今は停止中だ。式のために生徒がいないからな。稼働するまで楽しみにしておけ。塔の教室は一フロア一室。標識もあるから迷うことはない」
######
<魔導塔フロア配置>
12.屋上
11.ホール/会議室
10.職員・生徒食堂
9.空室
8.フリード研究室/討論室7
7.ミューラー研究室/討論室6
6.アントニ研究室/討論室5
5.レノック研究室/討論室4
4.ムカージ研究室/討論室3
3.ゲオルク研究室/討論室2
2.アルナル研究室/討論室1
1.ロビー・管理 <現在位置>
######
十二階建ての塔。高台に建っているため、王都のどこからでも見えるという。移動階段に揺られながら、一階ずつ上がっていく。三階――そこが、自分の配属されるゲオルク研究室だった。
42
あなたにおすすめの小説
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
ダンジョン学園サブカル同好会の日常
くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。
まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。
しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。
一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。
【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~
夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。
「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。
だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに!
サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる