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3B-学院と植物
3B-06 *夫人の眼差し
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♢♢
「ボローニャ・アカシア学院、ヘルメス暦1284年度入学の儀を始めます。司会は私、騎士課程ポール=エドワーズが務めます。学院長、式辞をお願いします」
荘厳な声が響き、入学式が始まりました。私は深く息を吐き、胸の奥に溜まっていた緊張を少し解きます。――これでようやく一区切り。学院に籍を置き、王宮の庇護下に入ったのです。ここ一年を振り返れば、領内の騒動、隣領との諍い、そしてあの子を巡る数々の事件……長い一年でした。
ベイノイ家からパール家に嫁ぎ、四十余年。領民からは「母」と呼ばれ、庶民にまで慕われてきました。幾度も自然災害に見舞われながら、夫や家臣と共に城郭都市を守り、村々を支え、領のために尽くしてきた年月。今は一線を退き、息子トーマスの采配と、次代の孫たちの成長を見守るのが私の楽しみです。
主人が家督を譲って十年。近隣の貴族も世代交代を迎えました。隣領のキケロもその一人。トーマスと同年代で、学院時代から競い合う仲。隣領同士、いずれは大人の関係に昇華してほしいと願ってきました。
辺境の領は互いに独立採算。交流が薄くとも運営は成り立ちます。街道は互いの領を通じ、商いはカンティアを基点に結ばれている。だからこそ、無用な諍いは避けねばならないでしょう。
この一年は例年と違いました。一部商人と冒険者が越境し、我が領内で明らかな工作を行ったのです。以前からその影はちらほらと見かけましたが、今年は目こぼしはできかねました。鎮守の森のエルフと交渉を試み、結界に阻まれて頓挫。素直に退けばよいものを、彼らはさらなる悪手を打ちました――レッド君を拉致し、監禁したのです。後に「界上の賜物」と呼ばれる少年を狙ったのです。
彼らは執拗にレッド君との交渉を望み、迷宮に潜み、ベルナル商会に接触を試みました。我々の情報網は彼らより一歩先を行っていました。王宮への報告でレッド君の身元は既に明らか。彼らの誤算は、彼をベンベルク在住の商人と勘違いしたことでした。クラン長ハリーザの精神から徴取した記憶で、その手口は明らかとなりました。男爵の直接命令までは掴めなかったものの、背後に家宰とギルド長の影が見えます。
幸い、氾濫を口実に彼を都市から遠ざけ、パラケルを付け、村長に監視を任せた策が功を奏しました。村の警戒魔導具が彼らの接触を阻み、事なきを得たのです。
そして息子は、レッド君にチャームを贈り、パール家の庇護下にあると周囲に示しました。界上の英知を宿す少年を、他の貴族も放っておけるはずがありません。エルフも気づいていました。だからこそ、リンネを従者として付けたのでしょう。王宮を通じ、報告も済ませましたが、これだけでは足りません。もう一手が必要でした。
その一手――学院への研究生としての入学。これが叶えば、貴族たちも容易には手を出せません。学院は治外法権、王宮の管轄。学籍を得た者に不穏な手出しをすれば、王宮が即座に動く。さらに学院長ミューラーが文字通り鷹の眼となり、国内を見通すのです。
式典は進み、国王エーベルス陛下が壇上に立たれました。相変わらずの火の眼力。話しながら入学生を一人ひとり見定めている。――あら、視線が止まった。レッド君を射抜くように。ふふ、怖いこと。けれどパラケルが対策を講じています。心配はいりません。
続いて壇上に立ったのは――マーカー。あの小さかった孫が、生徒会長として新入生に祝辞を述べています。胸が熱くなり、目頭が緩む。家ではまだ幼さを見せる子が、学院では堂々と振る舞っている。頼もしい限りです。
教室はゲオルク教授の采配に任せるしかない。右にも左にもつかぬ日和見の男。だが、だからこそ私達には好都合です。
パラケルが空間を仕切り、私とエリスに声をかけてきました。
「一つ仕事が終わったな。学籍さえ入れば、大人は干渉できぬ」
「ええ。これで一安心ね」
リンネには注意を促しました。マーカーの恋仲ユリアーネも同じ研究室に入る。シャーロット王女もいる。学生は、軽率なことはできないでしょう。
リンネがレッド君と共に教室へ向かう頃、私たちはもう一つの目的――CEP魔導具推進基金の会議となります。学院長ミューラーと事務員マリーが待っています。
ずかずかと入ってきたのは国王陛下。
「待たせたな、三重の魔の諸君。入学式は父兄がうるさくてたまらん」
「国王様!」
「ここでは国王ではない。エーベルス相談役と呼びなさい」
そう言って事務員へ笑う陛下。だが次の言葉は重かった。
「ウオルク熱が再流行の兆しだ。北部貴族にも影響が出る。王宮も基金も、一丸となって対策にあたらねばならぬ」
パラケルが議長を務め、議事が始まる。
「議題を一つ増やす。ウオルク熱への対策費計上の件だ」
こうして、CEP魔導具推進基金――一年ぶりの審議が始まった。
「ボローニャ・アカシア学院、ヘルメス暦1284年度入学の儀を始めます。司会は私、騎士課程ポール=エドワーズが務めます。学院長、式辞をお願いします」
荘厳な声が響き、入学式が始まりました。私は深く息を吐き、胸の奥に溜まっていた緊張を少し解きます。――これでようやく一区切り。学院に籍を置き、王宮の庇護下に入ったのです。ここ一年を振り返れば、領内の騒動、隣領との諍い、そしてあの子を巡る数々の事件……長い一年でした。
ベイノイ家からパール家に嫁ぎ、四十余年。領民からは「母」と呼ばれ、庶民にまで慕われてきました。幾度も自然災害に見舞われながら、夫や家臣と共に城郭都市を守り、村々を支え、領のために尽くしてきた年月。今は一線を退き、息子トーマスの采配と、次代の孫たちの成長を見守るのが私の楽しみです。
主人が家督を譲って十年。近隣の貴族も世代交代を迎えました。隣領のキケロもその一人。トーマスと同年代で、学院時代から競い合う仲。隣領同士、いずれは大人の関係に昇華してほしいと願ってきました。
辺境の領は互いに独立採算。交流が薄くとも運営は成り立ちます。街道は互いの領を通じ、商いはカンティアを基点に結ばれている。だからこそ、無用な諍いは避けねばならないでしょう。
この一年は例年と違いました。一部商人と冒険者が越境し、我が領内で明らかな工作を行ったのです。以前からその影はちらほらと見かけましたが、今年は目こぼしはできかねました。鎮守の森のエルフと交渉を試み、結界に阻まれて頓挫。素直に退けばよいものを、彼らはさらなる悪手を打ちました――レッド君を拉致し、監禁したのです。後に「界上の賜物」と呼ばれる少年を狙ったのです。
彼らは執拗にレッド君との交渉を望み、迷宮に潜み、ベルナル商会に接触を試みました。我々の情報網は彼らより一歩先を行っていました。王宮への報告でレッド君の身元は既に明らか。彼らの誤算は、彼をベンベルク在住の商人と勘違いしたことでした。クラン長ハリーザの精神から徴取した記憶で、その手口は明らかとなりました。男爵の直接命令までは掴めなかったものの、背後に家宰とギルド長の影が見えます。
幸い、氾濫を口実に彼を都市から遠ざけ、パラケルを付け、村長に監視を任せた策が功を奏しました。村の警戒魔導具が彼らの接触を阻み、事なきを得たのです。
そして息子は、レッド君にチャームを贈り、パール家の庇護下にあると周囲に示しました。界上の英知を宿す少年を、他の貴族も放っておけるはずがありません。エルフも気づいていました。だからこそ、リンネを従者として付けたのでしょう。王宮を通じ、報告も済ませましたが、これだけでは足りません。もう一手が必要でした。
その一手――学院への研究生としての入学。これが叶えば、貴族たちも容易には手を出せません。学院は治外法権、王宮の管轄。学籍を得た者に不穏な手出しをすれば、王宮が即座に動く。さらに学院長ミューラーが文字通り鷹の眼となり、国内を見通すのです。
式典は進み、国王エーベルス陛下が壇上に立たれました。相変わらずの火の眼力。話しながら入学生を一人ひとり見定めている。――あら、視線が止まった。レッド君を射抜くように。ふふ、怖いこと。けれどパラケルが対策を講じています。心配はいりません。
続いて壇上に立ったのは――マーカー。あの小さかった孫が、生徒会長として新入生に祝辞を述べています。胸が熱くなり、目頭が緩む。家ではまだ幼さを見せる子が、学院では堂々と振る舞っている。頼もしい限りです。
教室はゲオルク教授の采配に任せるしかない。右にも左にもつかぬ日和見の男。だが、だからこそ私達には好都合です。
パラケルが空間を仕切り、私とエリスに声をかけてきました。
「一つ仕事が終わったな。学籍さえ入れば、大人は干渉できぬ」
「ええ。これで一安心ね」
リンネには注意を促しました。マーカーの恋仲ユリアーネも同じ研究室に入る。シャーロット王女もいる。学生は、軽率なことはできないでしょう。
リンネがレッド君と共に教室へ向かう頃、私たちはもう一つの目的――CEP魔導具推進基金の会議となります。学院長ミューラーと事務員マリーが待っています。
ずかずかと入ってきたのは国王陛下。
「待たせたな、三重の魔の諸君。入学式は父兄がうるさくてたまらん」
「国王様!」
「ここでは国王ではない。エーベルス相談役と呼びなさい」
そう言って事務員へ笑う陛下。だが次の言葉は重かった。
「ウオルク熱が再流行の兆しだ。北部貴族にも影響が出る。王宮も基金も、一丸となって対策にあたらねばならぬ」
パラケルが議長を務め、議事が始まる。
「議題を一つ増やす。ウオルク熱への対策費計上の件だ」
こうして、CEP魔導具推進基金――一年ぶりの審議が始まった。
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