巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3D-道筋と察知

3D-03 *得体の知れぬ脅威

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「……次に移ろう。三つ目は、王宮からの諮問事項だ。当然、皆も知っているウオルク領の対策について、それぞれの意見を聞こう。王も非常に心を痛めておられる。ウオルク領は食糧増産に力を入れていた。その影響は王国全体にとっても痛手となろう」

「シュヴァイツェル会長。魔導師ギルド総長として、ウオルク領のギルド支部へはどのような支援を? 私の部下からは、王都の魔導ギルドがハイポーションの手配に応じたと報告を受けています」

 レオナルドが口を開いた。ワシが拠点ナオゼンから引き上げた男。魔術操作に優れ、武に応用するのが得意。彼の複合魔法は戦場をも左右する。

「むこうの要望通り、一報目を受けてハイポーションを手配してやった。これについては、皆も王宮から報告を受けているだろう。二報目の男爵の報告も承知しているはずだ。ワシの方にはステファノ支部長からも報告が届いている。改めて見解を周知しておく。――ハイポーションの投与は慎重にせよ。病魔の活性化を併せ持つのが理由とのことだ。現地の主位ネレイフォリアより指摘を受け、服薬を止めている。軽快したならば使用は可能との話だ。故に、提供した薬は軽傷者へ使用させている。動ける者の確保が主だ。現地では野生種の魔素入りキンコンの入手に奔走していると聞く」

「病魔進行中でのハイポーションは無効か……やはり、鍵は野生種の入手にあるのだな」

「ステファノによれば、現地では冒険者ギルドと組み、森の奥まで調査を始めたという。だが人材が不足している。主クランが抜けたのが大きい。ハリーザというクランが瓦解したとの報告もある。ある程度の魔力制御があり、病魔をはねのけられる人物でなければ森に入れぬ。ステファノからはインセクトの魔導具の無心もあった。これは宰相と共に動き、すでに在庫分はすべて送ってある」

「研究するためにも、我々にも黒キンコンが必要だろう!」

「レオナルド君。王宮の宝物庫に現物の収載は無い。有るとすれば、宝物として価値のある香木くらいだ。研究となると学院。その中でも香草学教室の賢石庫が一番だろう」
 古株のミケルが発言する。宝物庫の管理は彼の役割だ。

「レノック君。我々の立場なら徴収は可能ではないでしょうか。相手はゲオルクですよ」
 治癒学教室を主宰するアルナルが言う。こやつはワシの派閥の一人だ。

「こらこら、アルナル君。開国当初から、教室の運営は自主性を重視している。学院の傘下となれば、王命でも正当な理由が無ければ拒否できるのは、教授ならば知っての通り。過去の歴史を紐解いても、正当な理由なき徴用には応じておらぬ。我々宮廷魔導師会の声掛けに応じて、貴重な魔素入りを提供するとは思えん」

 末席のレノックが発言する。厳格な性格で公平さを重んじる。王や騎士からの覚えも良い。ワシが均衡のため留めている人物だ。

「レノック君。確かに宮廷魔導師会としては無理だ。だが教授の立場としてはどうだろう」

「逆の立場として考えてみなさい、アルナル。ハイポーションの製法を開示せよと言われたら、君は断るわね?」
 カルラが間に入る。

「当然です! ハイポーションは我々の努力の結晶。無償で引き渡しなど出来るわけがありません! カルラ師も同じ考えでしょう!」

「アルナル君。少し冷静になりなさい。ゲオルク教授にとって、君のハイポーションと同等なのが賢石庫の収載物なのです。自分の時代の物は良いかもしれません。昔の採取品となれば流出には応じないでしょう。黒キンコンは過去の収載物。彼の就任期間を考えるに、収集されていないと推測できます。当然、交渉には応じないことが予想されます。下部ギルドにも彼の同窓は多いのです。強制すれば下からの突き上げは大きい。逆に君の学院の立場ならば可能なことがあります。共同研究を持ちかければよいのでは?」

「師よ、ご冗談を。我々の仲は皆さんご存じの通り。慣れ合えば争いの元となるだけです」

「皆。ここは学院ではない。視点を変える必要がある。我々が必要なのは黒キンコンを入手することだ。今回の王宮からの諮問は、我々宮廷魔導師会と学院に振り分けられている。学院から案が無い、使えぬとなれば、こちらから王宮に主張すればよい。国難を訴え、王宮を味方に付ける。むこうからの善意で、賢石庫の開放を促せばいい。全量を寄越せとは言わぬ。解析用の試料を得られれば、我々の研究は進む」

「うむ。レオナルド君、建設的な意見をありがとう。その線で進めよう。――次。各研鑽・進捗状況だ。我々に諮問されている解決策。案はあるか? レノック君とアルナル君は学院との掛け持ち。他の会員の意見を聞こう」


 カルラが静かに立ち上がり、会議室の視線を一身に集めた。彼女は元教授らしい落ち着きと、研究者特有の熱を帯びた眼差しを全員に向ける。

「私の進捗について報告いたします。現在、工房では古文書に記された『アンジェリカ』と呼ばれる秘術を検証しています。これは、あらゆる物質に魔素を移行させるとされる伝承の技法です。小循環作業と呼ばれる手順を再現し、極少量ながら“魔素水”を得ることに成功しました。これが伝承にある『アンジェリカ水』に相違ないと考えています」

 会議室にざわめきが走る。
 ワシも思わず身を乗り出した。アンジェリカ水――蒸留法の探求の果てに語られる幻の錬金水。カルラがそれを再現したというのか。

「ただし、得られた量はごく僅か。極めて希少であり、流出を避けるためパテンツ申請は行っておりません。弟子と共に検証を重ねていますが、現段階では黒色化の実験、すなわちキンコンの変質には至っていません。試料としてアルテミを用い、アンジェリカ水に浸すことで“黒”へと変じるかを試みましたが、魔素の移動は確認できませんでした」

 カルラは一息つき、言葉を続けた。
「問題は二つ。第一に、魔素水の生成に膨大な時間と人手がかかること。第二に、成功の判定が鑑定に依存することです。私ほどの鑑定眼がなければ、成果の有無すら見極められません。現状では、魔素水を作るだけでも困難を極めています」
 彼女の声は冷静だったが、その奥に燃える執念をワシは感じ取った。

 ――やはりカルラは只者ではない。蒸留法を基礎から築き、ハイポーションの礎を作った女だ。
 その彼女がなお「困難」と言う。ならば、この研究は本物だ。

「アルテミを火魔法で加熱するか、水魔法で抜けばよいのではないか?」
 レノックが口を挟む。

 カルラは首を振った。
「それでは意味がありません。魔力を介さず、自然の渇望に任せて水を抜く必要があるのです。魔力を加えれば植物魔素が壊れる。だからこそ、冷却や乾燥の手法が重要となります」

 その瞬間、誰かが呟いた。
「……先日登録された“冷乾物”のパテンツを使えば可能では?」

 カルラの目が見開かれた。
「請求部分を見せてください!」
 文書を受け取った彼女は、食い入るように読み上げる。

「素材を凍結し、腐敗を防ぎ、再溶解を経由せず乾燥を行う……内部の圧を減じ、固体から気体への昇華を利用する……採取当時の素材を劣化させずに水分のみを徹底的に除く……! これだわ!」

 会議室に再びざわめきが広がる。

 カルラの声は、抑えきれぬ熱に震えていた。
「この技法なら、アンジェリカ水の検証に応用できる。素材を壊さず、徹底的に水を抜ける……!」

 ワシは眉をひそめた。
 ――またしてもテオフラス商会か。
 申請人の名には、コカルス、フリード、そしてレッド=ベルナル、パラケルの名まで並んでいる。
 忌々しい。だが、確かに理に適っている。

 カルラは興奮を抑えきれぬ様子で言葉を続けた。
「もしこの冷乾法を使えれば、アンジェリカ水の真価を確かめられる。黒キンコンの再現に、一歩近づけるはずです!」

 ワシは机に手を置き、深く息を吐いた。
 カルラが揺さぶられている。研究第一の彼女が、テオフラス商会に傾けば、我らにとって大きな痛手となる。
 ――不味い。彼女を繋ぎ止めねばならぬ。


 次いで、イゾルテが椅子から身を乗り出し、静かに口を開いた。その声音には、研究が思うように進まぬ苛立ちと、諦めきれぬ執念が入り混じっていた。
「私の方は……伝承に従い、要素の抽出を試みています。しかし状況は芳しくありません。ムカージ教授からヴィトリオールの提供を求めていましたが、供給量が限られており、試行錯誤にも制約がありました。少量では、実験を繰り返すことすら難しいのです」

 彼女は悔しげに唇を噛み、続けた。
「抽出を行っても、得られるのは魔素を含まぬ雑多な残滓ばかり。鑑定をしても効果は薄く、結果の判定すら曖昧です。まるで闇の中を手探りしているようなもの。魔素入りのキンコンを入手できなければ、工程を確立することは到底できません」

 会議室にさらに重苦しい沈黙が落ちた。
 イゾルテは視線を落とし、しかしその瞳にはまだ諦めぬ光が宿っていた。

「『マテリア・ハーバル』によれば、ウオルク領の一部に自生していると記されています。もし好機があるとすれば、隣領の未開の魔の森でしょう。……そこに踏み込むには、我々だけでは力が足りません。伝手を求めるなら――『三重の魔』、特にパラケルかエリスの力を借りるしかないでしょう。彼らは今、王都に滞在していると聞いています。いっそ直接訪ねてみるべきかと考えているのです」

 その言葉に、会議の空気がざわめいた。
 ワシは眉をひそめた。
 ――またしても、あの連中の名が出るか。
 イゾルテほどの才女ですら、彼らに縋らねばならぬのか。
 忌々しい。だが、彼女の言葉は真実でもあった。


 ワシは腕を組み、深く息を吐いた。
「ギルド総長としては、パラケルらの力を借りるのは避けたい。あの連中に貸しを作れば、我らの立場が揺らぐ。ギルドの存続に関わる問題だ」
「向こうの陣営に恩を売られるのは悪手です」
 レオナルドが追従する。若いが、こういう場面では頼りになる。

「うむ。そうなると、カルラの案が有力だな。パテンツを回避しつつ研究を進めよ。イゾルテも継続を頼む。二人がそれぞれ成果を出せば、見通しは立つだろう。期限までは保留とし、進展を待つ」

 会議室に一瞬の静寂が訪れる。誰もが次の言葉を探している。
 ワシは机に置いた手を軽く叩き、締めに入った。

「本日の議題はここまでとする。散会だ」

 椅子が引かれる音が重なり、会員たちはそれぞれの思惑を胸に退室していった。
 ワシは最後まで席を立たず、静かに目を閉じる。

 ――黒キンコンの入手が鍵。
 学院に次いで、またしてもテオフラス商会が要となる。
 気に食わぬ。あの商会は常に我らの前に立ちはだかる。
 学院の動きは、アルナルを通じてある程度把握できる。だが商会となれば闇の中だ。

 得体の知れぬものは恐怖でしかない。

「……圧力をかけられぬものか」
 その独り言は、広い会議室に低く、重く響いた。


 ******
 作者注;会の序列です。
 1位 🜍シュヴァイツェル 師会長兼王都ギルド総長 魔術操作
 2位 🜍ミケル 穏健派。魔術操作。魔導部隊指揮。ルビシェ領下部ギルド選出。
 3位 🜍アルナル 総長派。学院教授。錬金。治療学
 4位 🜍レオナルド 総長派。魔術操作。魔導部隊副指揮。ナオゼン領下部ギルド選出。
 5位 ☿カルラ  中立派。元学院教授。錬金。アクト領下部ギルド選出。
 6位 ☿イゾルテ 中立派。侯爵より推薦。錬金。カンティア領下部ギルド選出。
 7位 🜍レノック 中立派。学院教授。基礎魔術。騎士への修練。
 宮廷魔導師会は、各ギルド、学院から推挙された力のある魔導師を集め、王宮の諮問機関として役割を担います。シュヴァイツェルはギルド総長と兼ねています。取り決めする事よりも、様々な意見を出し、頭脳集団として王宮に働きかけを行います。

 ******
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