巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3D-道筋と察知

3D-10 狭きを通じる者

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「この紙は何かしら?」
「自分のお手製の試験紙だ。ロッセラ指示紙と呼ぶ。酸とアルカリの度合いを測る紙で、赤と青の二種類があるんだ」

「ロッセラ? 苔にあった名前ね」
「ユリアーネさん、よく知っているね。その通り、あのロッセラで間違いない。青い布や紙を作る用途に使われる」

「『マテリア・ハーバル』にも青紙の製造液が載っていたわ。実験でも使うとは知らなかった」

「実験で使うにはもう一工夫が必要だけどね。……よし、反応は十分だな」

 次の工程へ移ろう。ここからが重要な反応になる。処理した炭酸ソジウム液を加え、pHを6から7の範囲に合わせる。できるだけ6.5を狙う。

「リンネ。ここは細心の注意を払え。アルカリに傾きすぎないように」
「はい。任せて」
 酸に傾けた量を参考に、少しずつ炭酸ソジウム液を滴下する。ロッセラ指示紙が目的の色を示すまで続ける。

「2人とも。酸とアルカリを1対1にすることを『中和』と呼ぶんだ。中和反応を目に見える形にしたのがロッセラ試験紙というわけ」
「リンネさん。この前のアレよね」
「そう。理解が早くて助かるわ」

ユリアーネさんは1文追記をしていた。
 #####
 主題:キンコン抽出_工程b-1)中和:狭きに通じ
 目的:要素の中和範囲に合わせる。 
 中和とは、酸と灰の適性な結婚の結果をいう。
 必要な物:炭酸ソジウム、ロッセラ指示紙
 操作:投入量を記録すること
 ↓炭酸ソジウムを投入 
 ↓ロッセラ指示紙の色が赤から黄色へ
 結果:液色は白みを帯びた薄黄色を呈す

 #####

「追加分の酸の中和は終わったな。これからはこまめに指示紙を使い、色見本と照らし合わせていこう」

「了解。色見本があると本当に楽ね。紅に寄った黄色……このくらいで良いはず」
「そうだ。ばっちりだ」

 リンネは見本と寸分違わぬ色に合わせた。彼女は実験の才が確かにある。スキルの支援もあるのだろう。

「えっ? 紙の色が違う? ロッセラは黄色にもなるの? 知らなかった……」
「通常のロッセラではないからね。自作の指示紙だからこそだ」

 目的のpHに達し、中和反応は終了。次にシトラス液で活性化した炭――活性炭を投入する。液は瞬く間に漆黒へと変わった。そのまま加熱を維持し、加熱ろ過に移る。

「液が真っ黒になったわね……」
「今までの操作が台無しに見えるわ」

「活性炭は木炭よりも細かい孔を無数に持つ。そこに不純物を吸着させる。ここでは木片由来の色の素を取り除く為にね」

 #######
 主題:キンコン抽出_工程b-2)不純物除去
 目的:色味があるものの吸着(不純物)
 準備する物:活性炭、漏斗、濾紙
 材料:b-1の続き。
 操作:温度を維持すること
 ↓活性炭活性炭投入
 加熱ろ過
 ↓____________
 ↓      ↓
 水相③ 沈殿 ④
 結果:液体は薄黄色を呈する。
 #####

「よし。ここまで来れば、あとは冷やすだけだ。リンネ、火魔法で冷却を頼む」
「了解」

「火魔法? 氷ではないの?」
「もちろん氷でも可能だね。ただし繊細な制御には向かない。今は実験だ。火魔法の方が、温度を自在に操れる。加熱だけでなく冷却にも応用できる」

 火魔法の極意は、原子間の振動、分子の運動を制御すること。振動は、運動エネルギーそれを変化させれば温度は上下する。学院では四元素魔法として固定化されるが、冒険者時代のパラケル師は火魔法で冷却を行っていた。師はこの経験値が高いのだ。大規模な冷却には風属性なども必要。実験程度なら火魔法の方が制御しやすい。

「知らなかったわ」
「火魔法の常識が崩れる……」
「さあ、続きだ。よく観察しておきなさい」

 ######
 主題:キンコン抽出_工程c)冷却
 目的:要素の析出
 準備する物:漏斗、濾紙、酒精温度計
 材料:b-2の続き。
 操作:必要なのは濾紙に残るもの
 水相③
 ↓冷却;火魔法による冷却
 ろ過
 ↓_______________
 ↓                ↓
 沈殿 ⑤◇ 水相⑥
 結果:⑤白色の結晶を得る
 #####

 リンネは火魔法で温度を下げていく。その魔力制御は滑らかで、自然な所作だった。
「リンネさんの魔力制御、見事だわ」
「当然のように行使するのね」

 冷却された液③から結晶が析出する。酒精温度計で冷却度を確認し、そのままろ過。ろ紙に残ったものこそ目的の物質となる。結晶を慎重に回収し、水魔法で余分な水分を除去する。白色の結晶粉末――重さは三グラムほど。自分は鑑定を試みた。

【*硫酸クイニン。劣化品。白色結晶。瘧に用いる[錬金・製薬原料]】
 劣化品ながら、確かに硫酸クィニン。

「ふう……抽出技術としては、これで十分だろう。回収量もまずまずだ」

 粗精製品の段階で目的は達成された。肩の荷が下りる。スキルによって成功は確信していたが、終わってみれば精神的な負荷は大きかった。余韻に浸る自分の横で、リンネと生徒二人も結晶を鑑定していた。

「私の鑑定でも硫酸クイニンね」
「瘧に用いる……これがウオルク熱の特効薬……レッド先生、すごい!」
「……」

「ユリアーネ? どうしたの?」
「シャーロット、なんでもないわ。気にしないで」

 その時、実習終了を告げるチャイムが鳴った。自分は纏めと復習を指示し、今日の実習を終えた。

 ♢

 二人が帰り、他の生徒の実習も終わった。騒がしかった教室は急に静まり返り、残った生徒たちも次々に帰宅の途につく。頃合いを見計らい、リンネが再び防音の魔導具を起動させ、こちらに向き直った。

「レッド。ずいぶん二人に手技を見せていたけれど……本当に大丈夫なの?」

「ユリアーネさんのメモを覗かせてもらったが、あの程度なら問題ない。今の情勢では工程を晒すのも仕方がないことだ。公にしても差し支えのない範囲だよ」

「えっ!? 意外ね。あなたとパラケル師なら、当然パテンツで固めると思っていたわ。……ちなみに聞くけど、今回の操作で一番大切なことは何?」

「ヴィトリオールとソジウムの関係だな」
「酸とアルカリ? そこなの?」

「詳しく言えば、標準品を定め、ヴィトリオールとソジウムの濃度を決める方法――滴定の手法と、その考え方だ。もちろんパテンツの承認は下りている。『ロッセラを用いた酸と灰の濃度決定法とその指標』としてね。パルモトも同様に……」

 パテンツは遺構による判断が下される。今回の手法ではロッセラの特性が重要だった。だが、ロッセラやパルモトを単に指示紙として加工する方法は却下された。在野に存在する技術と見なされたからだ。そこで自分は申請を改め、『指示紙を用いた酸度評価法』として再提出し、承認を得た。

「パテンツの判断は、私には理解できないわね」
 リンネは小さく首を振る。

「そういえばレッド。珍しく劣化品で満足していたわね……もちろん、何かあるのでしょう?」
 彼女は目を細め、探るように問いかけてきた。

「当然だ。これで終わりではない。ここで中途半端に終えるつもりはないからな」

 自分は静かに答えた。白色結晶はまだ粗精製に過ぎない。だが、その先にあるのは純度を極めた結晶、そしてその応用。学院の灯りが落ちていく中、結晶は淡く輝き、次なる探究の道を示していた。

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