巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3D-道筋と察知

3D-11 特級の先

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「ここまでは開示しても差し支えない部分だ。病魔が蔓延している以上、囲い込みすぎるのは良くない。パテンツは取るが、即時に開放したい」

「やっぱり……製造方法のパテンツは取るのね。レッドが満足するはずがないもの。思った通りだわ」

「パテンツは実績がなければ申請すら難しい。だが今回は実績を作った。遺構の判断は間違いなく下されるはずだ」

「それで――中途半端でない方法というのは?」
「劣化品の判定は当然の結果だ。だが、さらに純度を上げる。先はまだある。最終的には必ず特級品が求められる。その要となるのが、これからの操作だ」

 自分は硫酸クイニンの結晶を希硫酸に溶かす。ここで用いる酸は、自ら作成したヴィトリオール。ムカージ教授の作成品では品質が足りない。自分が作成したものはパテンツの範囲外と認められている。命名者としての権利があるため、契約魔法の制約を受けないのだ。もっとも、自力で成し遂げたムカージ教授には敬意を払いたい。商人ギルドにパテンツ料を納め、正式な手続きを踏んだ上で、今回の実験に臨んでいる。

 これから行う操作は純度と等級を高めるための工程だ。用いる試薬もまた、等級を上げなければ達成できない。ヴィトリオールも、水という溶媒の品質を高めてこそ真価を発揮する。特級品を作り上げるには、すべての品質を底上げしなければならない。

 ##ヴィトリオールの比較####
 <<ムカージ教授作成>>
【*ヴィトリオール。別名:硫酸。普及品。鉱酸。錬金材料[濃度12.3%。腐食・吸湿強]】
 <<レッド作成>>
【*ヴィトリオール。別名:硫酸。特級品。鉱酸。錬金材料[濃度12.5%。腐食・吸湿強]】
 ######

「ここで行う工程は【再結晶】だ。方法は知っているだろう?」
「えっ? 再結晶? 知らないわ」
 ああ、ここにも考え方の違いがあるようだ。

「……結晶化の過程で余分な不純物が除かれる性質を利用する方法だ。抽出と同じ操作を繰り返す。硫酸クイニンは製薬スキルで調べると特徴がある。水に溶ける量が温度によって大きく変わるんだ。抽出操作に常に加熱を求めていたのは、この溶解度の差が原因だった」
「まさか、加熱が重要だったとは!」

 ##製薬スキルによる補足#レッドメモ##
 硫酸クイニン~(略)~沸騰水にやや溶けにくい[1g/30mL],水に溶けにくい[1g/800mL]~(略)~
 #####

「スキルによれば、硫酸クイニンは沸騰水なら1g/30mLまで溶ける。だが20度の水では1g/800mLしか溶けない」
「相変わらず言い回しが難しいわ。もっと分かりやすく説明して」

「そうだね……水の量を一定にして考えればいい。例えば粗精製の硫酸クイニンが26g有るとする。沸騰水800mLに溶かせば、26g/800mLの濃度で溶ける。これは1g/30mLとほぼ等しい。ギリギリより少し低い濃度で溶かすことで、結晶が残らないようにする。これを加熱して完全に溶かし、そのまま冷却する。常温では1g/800mLしか溶けないから、26gのうち25gが水から追い出され、再び結晶として析出する。これが【再結晶】だ。純なる物同士が結びつき、新たな結晶が生まれる」

 ######
 沸騰水での溶解度。1g/30mL。
 20度の水での溶解度。1g/800mL。
 26gの硫酸クイニンを溶解できる沸騰水の量。 26*30=780mL(最小値)
 水の量を一定に。26gを沸騰水800mLに溶かす。

 800mLでの溶解度の差。26g-1g=25g
 ######

「なるほど……『物』1gを溶かすのに必要な水の量を基準に考えるのね。どれだけ結晶が析出するかは計算で求められる、と」

「そうだ。今回重要なのは、結晶を最大限に析出させること。水を増やせば収量は減る。ただ溶かせばいいわけではない」

 実際には手持ちの粗生成物は3gしかない。規模を縮小するか、粗生成物を増やす必要がある。純度を上げる再結晶の工程は、d)とe)の二段階を想定していた。

 ##スキルが提示した追加工程<再結晶化>####
 d)Precipitate⑤◇
 ↓+Sulfuric  acid[Vitriol]+60℃
 ↓chill
 filtration
 ↓_______________
 ↓                ↓
 Precipitate⑥ ph_Water⑦
(⑥酸側で沈殿させ、重硫酸塩として結晶が得られる工程)

 e)Precipitate⑥
 ↓+hot water
 ↓+Sodium Carbonate
 ↓+pH adjust
 filtration
 ↓_______________
 ↓                ↓
 ph_Water⑧ Precipitate⑨
 ↓chill+magia
 filtration
 ↓_______________
 ↓                ↓
 Precipitate⑨ ph_Water⑩
(中和一歩手前で沈殿させ、硫酸塩としての結晶が得られる工程)
 ######

「あれ? 前回と違う操作があるわ」
「そうだ。再結晶を二段に分ける。酸性側と中性側、それぞれで行う。複数回繰り返す方が純度を高めやすい」

 硫酸は二価の酸。中和には一価のアルカリが二倍必要となる。中性付近で結晶化すれば、クイニン二分子に硫酸一分子が結びつき硫酸クイニンとなる。酸性側で結晶化させれば比率が変わり、一対一の組み合わせ――重硫酸塩となる。

 d)では重硫酸塩として結晶化し、e)では硫酸塩として再結晶化する。加熱と冷却を繰り返し、不純物を徹底的に除去する。最後の結晶化では魔術を併用し、さらに純度を高める。

 操作をリンネに解説しながら進め、ドラフトチャンバと経過魔法を組み合わせて時短を図る。やがて針状の白色結晶を2g回収することができた。

【*硫酸クイニン。特級品。白色結晶。苦味あり。瘧に用いる[錬金・製薬原料。魔素無。ウオルク原虫に効果]】

 前回の操作では100gのキンコンから3gの粗精製物を得ていた。含有率は2~3%とされており、まずまずの回収量だ。再結晶の工程では回収率は七割弱に落ちたが、特級品を得ることができた。小規模では損失が大きく、どうしても回収しきれない試液が出てしまう。

「これが純物質……私の鑑定でも硫酸クイニンの特級品! ついにここまで来たのね……」

「ふふふ。リンネ、何を言っているんだ? 本番はこれからだよ」
「えっ……あなた、どれだけ隠し持っているの?」
「続きをやるには、もう少し試料を増やさないといけないな」


 リンネと共に、試験規模を拡大し、粗精製物と特級品のクイニンを積み増していく。経過魔法を併用すれば、時間は大幅に短縮される。

  ガラス器具の中で、白色の針状結晶が次々と析出していく様は、まるで光の欠片が生まれているかのようだった。
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