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3E-状況と周知
3E-03 *老師の試作
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♢♢
籐月十五日。
今のワシは食客として王都パール邸に滞在しておる。国都に来たのは基金の会合と入学式への出席が目的であった。旧知の商人や職人、新たな顔ぶれとも挨拶を交わし、仕事の相談を受けているうちに、あっという間に半月が過ぎてしまった。そろそろ帰郷の予定であったが、延長を余儀なくされた。
延長の事象は――ピレトラム香の開発。
小僧《レッド》め、対等に接してやろうと言った途端、遠慮なく仕事を割り振ってきた。もっとも、テオフラス商会においては小僧が主導、ワシは部下の立場。たまには手足となるのも悪くはあるまい。
先日、アレクノ商会から物品が届いた。期限を一週間と定めていたが、ウーゴは誠意を見せ、早々に納品してきた。ピレトラム千束。乾燥はされていなかったが、むしろ都合が良いかもしれぬ。
小僧からは事前に構想を聞いていた。収穫、乾燥、粉砕、混和、練成――乾燥までが一連の流れ。商談の後、屋根裏部屋で交わした会話を思い出す。
♢
「小僧。材料はピレトラムだけか? 他に要るものはあるか?」
「パラケル師。ピレトラムだけだと早く燃え尽きます。タブコ? タブノキ? 違うか……お香の材料に使うもの、聞いたことありませんか?」
小僧は時折、訳の分からぬ言葉を口にする。この界に存在しない言葉だと自ら言っていたな。スキルの使いづらさも、その壁の一つらしい。
「少し待て。香は専門外だ……エリスに聞いてみよう」
エリスはクリスティーヌと共に、優雅に食後のお茶を楽しんでいた。香りはジェニパラスの果実か。入るなり、早速標的にされる。
「お香の原料? パラケル、あなた何を言っているの? マキルスの粉と炭に決まっているでしょう」
「ベイノイ領に行ったとき説明したじゃない。ほんと、女性物には疎いのね。また何か始めるの?」
「テオフラス商会の件だ。守秘が関わる」
「あら。あなたが作ると実用本位でつまらなそうね。……香とするなら、デンタータをほのかに纏わせては?」
「参考にさせてもらう」
「侍女のセシルが得意よ。呼んであげるわ」
クリスティーヌが鈴を鳴らす。すぐに控えていた侍女が入ってくる。
「大奥様、ご用ですか?」
「セシル。パラケルがマキルスの粉を欲しているの。手配できる?」
「パール領産ならベルナル商店が扱っています。王都店に行けば可能です」
「ほう、ベルナル商店か」
「パラケル様。フットマンに申し付けください。ベル経由で手配できます」
「うむ」
「出来たら一度見せて。私が評価してあげるわ。どうせ、あの例の件なのでしょう?」
「そうだ。その件だ」
♢
ベルナル商店から材料が届き、ようやく試作に取りかかれる。
ここは小僧《レッド》の部屋。ドラフトチャンバを使えば、作成自体はどこでも可能だが、ここには備品が揃っている。小僧は道具をよく揃える。王都にまで工房を作る気はなかったが、よくぞここまで短期間で整備したものだ。少しは誉めてやろう。
「大奥様の御言葉でお手伝いに参りました」
「おお、セシルか」
「場所はこちらで?」
「ああ。部屋主《レッド》から許可は得ている。奥は仕切りを付けてあるから問題ない」
「手前は生活感がありませんね。奥は……趣味の部屋でしょうか」
「そうだ。原料はピレトラム粉。用途は守秘。乾燥と粉末加工は済ませてある。ベルナル商会から届いたマキルス粉はこれだ」
【*マキルス粉:マキルス樹皮粉末。香に用いる。錬金材料】
【*ピレトラム粉:ピレトラム花粉末。忌避作用あり。錬金材料】
「承知しました。大奥様に仕える身、口は閉ざします。作業は練り合わせるだけですし」
ドラフトチャンバを展開し、二人で作業に入る。
「レッドからは教授を受けている。収穫、乾燥、粉砕、混和、練成、最後は乾燥だ」
「なら話は早いですね。ここで行うのは混和と整形。乾燥は?」
「ここで行う。少し高級な道具を使う」
冷乾の魔導具を取り出す。必要な空気の出入りは、天井の換気口に繋げるよう改造してあるようだ。小僧らしい工夫だ。
「随分と大きい魔導具ですね」
「これでも小型化したものだ」
「混和は……植物粉が主なら、原料1に対してマキルス粉1が通常ですが」
「いくつか試作して配合を決めよう。小僧の指示は主原料、マキルス粉、炭粉。加えてクリスティーヌの要望のデンタータ精油だな」
「煙を少なくするなら炭を増やします。ただ脆くなりやすいのが欠点です。デンタータは極少量の滴下で十分です」
「なるほど。香りは無視できる。ピレトラム10に対し、マキルス5、炭5から始めるか」
######
――線香混合比検討――
10:5:5 10:6:4
10:4:6 10:7:3
10:3:7 10:8:2
10:2:8 10:9:1
######
薬研でゴリゴリと混和し、水を加えて練り玉を作る。茶色い玉が八つ並んだ。
「形状は棒状ですね。押し出す道具を持参しました」
セシルが持参したのは筒状の器具。天面から押し、底から円柱状に押し出す。一定の太さを保てる。ほう、便利な道具だ。
「パラケル様、私が押し出しますので十センチで切ってください」
「この包丁でよいか?」
「はい」
ニョロニョロと押し出された棒を板に受け、スパッと切る。太さ三ミリ。
「順次行きましょう。太さは?」
「今の三ミリが標準です」
「太くすれば燃焼時間が延びるな」
「ええ。今回は整形のしやすさを見てから長さを決めましょう」
セシルと共に、練り玉を棒状に整形していく。
「次は乾燥ですね」
「そうだ。乾燥魔導具にかける」
「先程、冷乾の魔導具と仰いましたが?」
「加熱、冷却、減圧ができる。要素板次第だ。加熱と減圧をかける」
「減圧は何のために?」
「熱だけでは時間がかかる。減圧すれば水の蒸発を促進できる。熱を上げずに済む。時間短縮だ」
籐月十五日。
今のワシは食客として王都パール邸に滞在しておる。国都に来たのは基金の会合と入学式への出席が目的であった。旧知の商人や職人、新たな顔ぶれとも挨拶を交わし、仕事の相談を受けているうちに、あっという間に半月が過ぎてしまった。そろそろ帰郷の予定であったが、延長を余儀なくされた。
延長の事象は――ピレトラム香の開発。
小僧《レッド》め、対等に接してやろうと言った途端、遠慮なく仕事を割り振ってきた。もっとも、テオフラス商会においては小僧が主導、ワシは部下の立場。たまには手足となるのも悪くはあるまい。
先日、アレクノ商会から物品が届いた。期限を一週間と定めていたが、ウーゴは誠意を見せ、早々に納品してきた。ピレトラム千束。乾燥はされていなかったが、むしろ都合が良いかもしれぬ。
小僧からは事前に構想を聞いていた。収穫、乾燥、粉砕、混和、練成――乾燥までが一連の流れ。商談の後、屋根裏部屋で交わした会話を思い出す。
♢
「小僧。材料はピレトラムだけか? 他に要るものはあるか?」
「パラケル師。ピレトラムだけだと早く燃え尽きます。タブコ? タブノキ? 違うか……お香の材料に使うもの、聞いたことありませんか?」
小僧は時折、訳の分からぬ言葉を口にする。この界に存在しない言葉だと自ら言っていたな。スキルの使いづらさも、その壁の一つらしい。
「少し待て。香は専門外だ……エリスに聞いてみよう」
エリスはクリスティーヌと共に、優雅に食後のお茶を楽しんでいた。香りはジェニパラスの果実か。入るなり、早速標的にされる。
「お香の原料? パラケル、あなた何を言っているの? マキルスの粉と炭に決まっているでしょう」
「ベイノイ領に行ったとき説明したじゃない。ほんと、女性物には疎いのね。また何か始めるの?」
「テオフラス商会の件だ。守秘が関わる」
「あら。あなたが作ると実用本位でつまらなそうね。……香とするなら、デンタータをほのかに纏わせては?」
「参考にさせてもらう」
「侍女のセシルが得意よ。呼んであげるわ」
クリスティーヌが鈴を鳴らす。すぐに控えていた侍女が入ってくる。
「大奥様、ご用ですか?」
「セシル。パラケルがマキルスの粉を欲しているの。手配できる?」
「パール領産ならベルナル商店が扱っています。王都店に行けば可能です」
「ほう、ベルナル商店か」
「パラケル様。フットマンに申し付けください。ベル経由で手配できます」
「うむ」
「出来たら一度見せて。私が評価してあげるわ。どうせ、あの例の件なのでしょう?」
「そうだ。その件だ」
♢
ベルナル商店から材料が届き、ようやく試作に取りかかれる。
ここは小僧《レッド》の部屋。ドラフトチャンバを使えば、作成自体はどこでも可能だが、ここには備品が揃っている。小僧は道具をよく揃える。王都にまで工房を作る気はなかったが、よくぞここまで短期間で整備したものだ。少しは誉めてやろう。
「大奥様の御言葉でお手伝いに参りました」
「おお、セシルか」
「場所はこちらで?」
「ああ。部屋主《レッド》から許可は得ている。奥は仕切りを付けてあるから問題ない」
「手前は生活感がありませんね。奥は……趣味の部屋でしょうか」
「そうだ。原料はピレトラム粉。用途は守秘。乾燥と粉末加工は済ませてある。ベルナル商会から届いたマキルス粉はこれだ」
【*マキルス粉:マキルス樹皮粉末。香に用いる。錬金材料】
【*ピレトラム粉:ピレトラム花粉末。忌避作用あり。錬金材料】
「承知しました。大奥様に仕える身、口は閉ざします。作業は練り合わせるだけですし」
ドラフトチャンバを展開し、二人で作業に入る。
「レッドからは教授を受けている。収穫、乾燥、粉砕、混和、練成、最後は乾燥だ」
「なら話は早いですね。ここで行うのは混和と整形。乾燥は?」
「ここで行う。少し高級な道具を使う」
冷乾の魔導具を取り出す。必要な空気の出入りは、天井の換気口に繋げるよう改造してあるようだ。小僧らしい工夫だ。
「随分と大きい魔導具ですね」
「これでも小型化したものだ」
「混和は……植物粉が主なら、原料1に対してマキルス粉1が通常ですが」
「いくつか試作して配合を決めよう。小僧の指示は主原料、マキルス粉、炭粉。加えてクリスティーヌの要望のデンタータ精油だな」
「煙を少なくするなら炭を増やします。ただ脆くなりやすいのが欠点です。デンタータは極少量の滴下で十分です」
「なるほど。香りは無視できる。ピレトラム10に対し、マキルス5、炭5から始めるか」
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――線香混合比検討――
10:5:5 10:6:4
10:4:6 10:7:3
10:3:7 10:8:2
10:2:8 10:9:1
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薬研でゴリゴリと混和し、水を加えて練り玉を作る。茶色い玉が八つ並んだ。
「形状は棒状ですね。押し出す道具を持参しました」
セシルが持参したのは筒状の器具。天面から押し、底から円柱状に押し出す。一定の太さを保てる。ほう、便利な道具だ。
「パラケル様、私が押し出しますので十センチで切ってください」
「この包丁でよいか?」
「はい」
ニョロニョロと押し出された棒を板に受け、スパッと切る。太さ三ミリ。
「順次行きましょう。太さは?」
「今の三ミリが標準です」
「太くすれば燃焼時間が延びるな」
「ええ。今回は整形のしやすさを見てから長さを決めましょう」
セシルと共に、練り玉を棒状に整形していく。
「次は乾燥ですね」
「そうだ。乾燥魔導具にかける」
「先程、冷乾の魔導具と仰いましたが?」
「加熱、冷却、減圧ができる。要素板次第だ。加熱と減圧をかける」
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