巻き込まれた薬師の日常

白髭

文字の大きさ
163 / 259
2C-幹果と油脂

2C-11 商人の眼と母の顔

しおりを挟む
 午前中はいつものように店を手伝う。父はエルフの里へ商談に出かけており、今日は母と過ごすことになった。リンネはマリンと共に教会へ向かった。子供たちへのトリニタ豆の影響を確認したいらしい。

「レッドは、サルタンが前に試作したものを引き継いだのね」
「父さんはセプテン王国で飲まれているものを再現したかったようです。今回は少し方向性が変わってしまいましたが」

「へぇ。マリンが“ほろ苦くて甘い、大人になった気がする味”って言ってたわよ」
 ……これは、飲ませろということだな。

「砂糖をたっぷり入れて、羊乳で溶かしたものですけど」
「味の確認も、親の務めかしら」
 やっぱり飲みたいんだ。

「少しだけですよ。まだ検討したいことがあるので」
 先日作ったショコラ末に温めた羊乳を注ぎ、濃いめに調整して母に渡す。

「あら、これはいいわね。寒くなる時期に売れそう」

「セプテン王国のショコラトルより苦味は控えめです。パラケル爺さん曰く、ここまで甘く滑らかにすると薬ではなく嗜好品になると。アカシア王国は砂糖が豊富ですし、合っていると思います」

「じゃあ、サルタンとアゼル爺に報告して……」
「パラケル爺さんの試算では、金貨一枚です」
「えっ!?」


「一杯の値段です。トリニタ豆を10粒使用。1ポッドの1/4に相当します。ギルドでの卸値は1粒銀貨70枚。1/4で銀貨18枚。加工には魔導具を3つ使い、うち1つは一昼夜稼働。加工賃を含めて、ざっくり金貨一枚の試算です」

「高いわね。貴族の飲み物だわ」
「現地では銀貨10枚程度です。運搬費込みの価格ですし、最初は高く設定しないと採算が取れません」

「庶民の口には入らない……のね」
「まずは貴族への供給から。需要が広がれば、徐々に庶民にも届くでしょう」

 試飲の流れから、会話は商人としての商品開発の話へと移る。

「あなたの今回の目的は何かしら?」
 母の眼光が鋭くなる。商談に商談モードだ。

「裏があるような口ぶりですね」
 こちらもレッドの顔を消し、ジロウとして応対する。

「積極的に開発しているときは、何かあるのかと勘繰ってしまうわ。君の狙いは?」
「ショコラトルは高価で、庶民には手が届きません。俺の狙いは、貴族の需要を掘り起こすことです」

「高価なものは、まず貴族から流行するものね」
「ショコラトルを飲むだけなら誰でも思いつきます。セプテン王国でもすでに普及しています。父も次の一手を探していました。既存の流通があるなら、我々が最終販売者になれば利益は大きい」

「サルタンはその改良にずいぶん苦労していたわ」
「この素材の欠点は苦味です。薬としては良いですが、嗜好品としては足枷になります。これは砂糖と舌触りの改良で解決できます」

「砂糖ね。この国なら可能な解決策だわ。南方で栽培されているから」
「砂糖は味を引き立て、舌触りは磨砕で改善させています」

「確かに、父の試作より滑らかだったわ。子供でも飲めるくらいだった」
「実際、マリンも子供たちも美味しいと言っていました」

「初試飲に同席できるなんて、贅沢な子供たちね」
「ショコラとショコラ末、どちらも水には溶けにくい。今回は温かい羊乳で分散させただけです。脂が多すぎるのが難点です」

「そうだったのね。違和感なかったわ」

「次に貴族が求めるのは何だと思います?」
「お湯で溶けやすくならないか、でしょう?」

「正解です。脂が邪魔になるので、分離が必要です。布で絞るか、遠心魔導具で分離すれば、【ショコラ脱脂末】が得られます。飲用に適した形です」


「なるほどね。そこまで考えていたとは。もう一度聞くわ。あなたの目的は?」
 母の声に魔力が乗る。商人の戦場だ。

「えっ、何のことでしょう?」
「ショコラトルの製造、貴族の行動予測、ショコラ脱脂末までの見通し。レッド、いやジロウ。あなたが考える、この実のは?」

「一段目はショコラトル。二段目は脱脂末による飲料。流行らせて需要を掘り起こす。これはベルナル商会の商いです」

「商会員としては満点の回答ね。まだあるでしょう?」
 本音は、チョコが食べたかっただけだ。三段目はショコラ板の製品化。四段目はそれを使った製品群。展望を示す話は早い。ならば別筋を。

「脱脂末を作ると、脂が余ります。自分が欲しいのはこの脂です。製薬スキルと重なるから。これはテオフラス商会の仕事です」

 トリニタ脂は薬に使える。ベルナル商会ではなく、テオフラス商会の領域だ。商品棚に向かい、鉄製のトレイを整理する。ディオスさんの鍛冶品だ。ショコラ板の試作に使えそうだ。

 母が睨みながら言う。
「薬の製造はベルナル商会の範疇ではないわね。まだ隠していそうだけど。目を合わせないのは怪しい」

 怖いからですよ、とは言えない。母の魔気が仕事場を支配している。

「不確定なことは話したくないだけです。頃合いを見て報告します。加工はテオフラス商会の独占になるでしょう。他では真似できません」

「大した自信ね。隠された使い道が分からないのは釈然としないけど」
 声のトーンが落ち、母の魔気が霧散する。ようやく母親ジーナに戻った。

「用途ですか。ではひとつ。家族の内緒話です。使用感を試す物としておきましょう。被験者が必要ですから」
「被験者って私?そんなに私が食いつくものかしら?」
「サナーレウンゲンに近いものができると思ったら?」

「!? あれ、一種類じゃないの?」
「前に開発したものは一つにすぎません。肌を綺麗に、髪を艶やかに。身体を健やかに保ちつつ、美化し、魅力を上げる。特に肌と髪には、トリニタ脂が重要です。香粧品の素材になります」

「えっ、これを肌に塗るの?茶色くなるじゃない?」
「直接ではありません。分離した脂を加工するのです」

「へぇ、香粧品ね。どう作るのかしら?」
「駄目です。秘密です」

 手を×にして、少年の顔で母に接する。今度こそ緊張した会話は終わりにしたい。

「ケチ。母さんに内緒なんて残念だわ」
「今でも母さんは商人の顔をしてるでしょう?油断できないんです。試供品は渡しますから」

 自分の最後の返答で、ようやく温和な母に戻った。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。

三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。 ……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」 その言葉は、もう何度聞いたか分からない。 霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。 周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。 同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。 ――俺だけが、何もできない。 反論したい気持ちはある。 でも、できない事実は変わらない。 そんな俺が、 世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて―― この時は、まだ知る由もなかった。 これは―― 妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

ダンジョン学園サブカル同好会の日常

くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。 まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。 しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。 一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。

【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~

夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。 「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。 だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに! サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

処理中です...