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2C-幹果と油脂
2C-11 商人の眼と母の顔
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午前中はいつものように店を手伝う。父はエルフの里へ商談に出かけており、今日は母と過ごすことになった。リンネはマリンと共に教会へ向かった。子供たちへのトリニタ豆の影響を確認したいらしい。
「レッドは、サルタンが前に試作したものを引き継いだのね」
「父さんはセプテン王国で飲まれているものを再現したかったようです。今回は少し方向性が変わってしまいましたが」
「へぇ。マリンが“ほろ苦くて甘い、大人になった気がする味”って言ってたわよ」
……これは、飲ませろということだな。
「砂糖をたっぷり入れて、羊乳で溶かしたものですけど」
「味の確認も、親の務めかしら」
やっぱり飲みたいんだ。
「少しだけですよ。まだ検討したいことがあるので」
先日作ったショコラ末に温めた羊乳を注ぎ、濃いめに調整して母に渡す。
「あら、これはいいわね。寒くなる時期に売れそう」
「セプテン王国のショコラトルより苦味は控えめです。パラケル爺さん曰く、ここまで甘く滑らかにすると薬ではなく嗜好品になると。アカシア王国は砂糖が豊富ですし、合っていると思います」
「じゃあ、サルタンとアゼル爺に報告して……」
「パラケル爺さんの試算では、金貨一枚です」
「えっ!?」
「一杯の値段です。トリニタ豆を10粒使用。1ポッドの1/4に相当します。ギルドでの卸値は1粒銀貨70枚。1/4で銀貨18枚。加工には魔導具を3つ使い、うち1つは一昼夜稼働。加工賃を含めて、ざっくり金貨一枚の試算です」
「高いわね。貴族の飲み物だわ」
「現地では銀貨10枚程度です。運搬費込みの価格ですし、最初は高く設定しないと採算が取れません」
「庶民の口には入らない……のね」
「まずは貴族への供給から。需要が広がれば、徐々に庶民にも届くでしょう」
試飲の流れから、会話は商人としての商品開発の話へと移る。
「あなたの今回の目的は何かしら?」
母の眼光が鋭くなる。商談に商談モードだ。
「裏があるような口ぶりですね」
こちらもレッドの顔を消し、ジロウとして応対する。
「積極的に開発しているときは、何かあるのかと勘繰ってしまうわ。君の狙いは?」
「ショコラトルは高価で、庶民には手が届きません。俺の狙いは、貴族の需要を掘り起こすことです」
「高価なものは、まず貴族から流行するものね」
「ショコラトルを飲むだけなら誰でも思いつきます。セプテン王国でもすでに普及しています。父も次の一手を探していました。既存の流通があるなら、我々が最終販売者になれば利益は大きい」
「サルタンはその改良にずいぶん苦労していたわ」
「この素材の欠点は苦味です。薬としては良いですが、嗜好品としては足枷になります。これは砂糖と舌触りの改良で解決できます」
「砂糖ね。この国なら可能な解決策だわ。南方で栽培されているから」
「砂糖は味を引き立て、舌触りは磨砕で改善させています」
「確かに、父の試作より滑らかだったわ。子供でも飲めるくらいだった」
「実際、マリンも子供たちも美味しいと言っていました」
「初試飲に同席できるなんて、贅沢な子供たちね」
「ショコラとショコラ末、どちらも水には溶けにくい。今回は温かい羊乳で分散させただけです。脂が多すぎるのが難点です」
「そうだったのね。違和感なかったわ」
「次に貴族が求めるのは何だと思います?」
「お湯で溶けやすくならないか、でしょう?」
「正解です。脂が邪魔になるので、分離が必要です。布で絞るか、遠心魔導具で分離すれば、【ショコラ脱脂末】が得られます。飲用に適した形です」
「なるほどね。そこまで考えていたとは。もう一度聞くわ。あなたの本当の目的は?」
母の声に魔力が乗る。商人の戦場だ。
「えっ、何のことでしょう?」
「ショコラトルの製造、貴族の行動予測、ショコラ脱脂末までの見通し。レッド、いやジロウ。あなたが考える、この実の利用価値は?」
「一段目はショコラトル。二段目は脱脂末による飲料。流行らせて需要を掘り起こす。これはベルナル商会の商いです」
「商会員としては満点の回答ね。まだあるでしょう?」
本音は、チョコが食べたかっただけだ。三段目はショコラ板の製品化。四段目はそれを使った製品群。展望を示す話は早い。ならば別筋を。
「脱脂末を作ると、脂が余ります。自分が欲しいのはこの脂です。製薬スキルと重なるから。これはテオフラス商会の仕事です」
トリニタ脂は薬に使える。ベルナル商会ではなく、テオフラス商会の領域だ。商品棚に向かい、鉄製のトレイを整理する。ディオスさんの鍛冶品だ。ショコラ板の試作に使えそうだ。
母が睨みながら言う。
「薬の製造はベルナル商会の範疇ではないわね。まだ隠していそうだけど。目を合わせないのは怪しい」
怖いからですよ、とは言えない。母の魔気が仕事場を支配している。
「不確定なことは話したくないだけです。頃合いを見て報告します。加工はテオフラス商会の独占になるでしょう。他では真似できません」
「大した自信ね。隠された使い道が分からないのは釈然としないけど」
声のトーンが落ち、母の魔気が霧散する。ようやく母親ジーナに戻った。
「用途ですか。ではひとつ。家族の内緒話です。使用感を試す物としておきましょう。被験者が必要ですから」
「被験者って私?そんなに私が食いつくものかしら?」
「サナーレウンゲンに近いものができると思ったら?」
「!? あれ、一種類じゃないの?」
「前に開発したものは一つにすぎません。肌を綺麗に、髪を艶やかに。身体を健やかに保ちつつ、美化し、魅力を上げる。特に肌と髪には、トリニタ脂が重要です。香粧品の素材になります」
「えっ、これを肌に塗るの?茶色くなるじゃない?」
「直接ではありません。分離した脂を加工するのです」
「へぇ、香粧品ね。どう作るのかしら?」
「駄目です。秘密です」
手を×にして、少年の顔で母に接する。今度こそ緊張した会話は終わりにしたい。
「ケチ。母さんに内緒なんて残念だわ」
「今でも母さんは商人の顔をしてるでしょう?油断できないんです。試供品は渡しますから」
自分の最後の返答で、ようやく温和な母に戻った。
「レッドは、サルタンが前に試作したものを引き継いだのね」
「父さんはセプテン王国で飲まれているものを再現したかったようです。今回は少し方向性が変わってしまいましたが」
「へぇ。マリンが“ほろ苦くて甘い、大人になった気がする味”って言ってたわよ」
……これは、飲ませろということだな。
「砂糖をたっぷり入れて、羊乳で溶かしたものですけど」
「味の確認も、親の務めかしら」
やっぱり飲みたいんだ。
「少しだけですよ。まだ検討したいことがあるので」
先日作ったショコラ末に温めた羊乳を注ぎ、濃いめに調整して母に渡す。
「あら、これはいいわね。寒くなる時期に売れそう」
「セプテン王国のショコラトルより苦味は控えめです。パラケル爺さん曰く、ここまで甘く滑らかにすると薬ではなく嗜好品になると。アカシア王国は砂糖が豊富ですし、合っていると思います」
「じゃあ、サルタンとアゼル爺に報告して……」
「パラケル爺さんの試算では、金貨一枚です」
「えっ!?」
「一杯の値段です。トリニタ豆を10粒使用。1ポッドの1/4に相当します。ギルドでの卸値は1粒銀貨70枚。1/4で銀貨18枚。加工には魔導具を3つ使い、うち1つは一昼夜稼働。加工賃を含めて、ざっくり金貨一枚の試算です」
「高いわね。貴族の飲み物だわ」
「現地では銀貨10枚程度です。運搬費込みの価格ですし、最初は高く設定しないと採算が取れません」
「庶民の口には入らない……のね」
「まずは貴族への供給から。需要が広がれば、徐々に庶民にも届くでしょう」
試飲の流れから、会話は商人としての商品開発の話へと移る。
「あなたの今回の目的は何かしら?」
母の眼光が鋭くなる。商談に商談モードだ。
「裏があるような口ぶりですね」
こちらもレッドの顔を消し、ジロウとして応対する。
「積極的に開発しているときは、何かあるのかと勘繰ってしまうわ。君の狙いは?」
「ショコラトルは高価で、庶民には手が届きません。俺の狙いは、貴族の需要を掘り起こすことです」
「高価なものは、まず貴族から流行するものね」
「ショコラトルを飲むだけなら誰でも思いつきます。セプテン王国でもすでに普及しています。父も次の一手を探していました。既存の流通があるなら、我々が最終販売者になれば利益は大きい」
「サルタンはその改良にずいぶん苦労していたわ」
「この素材の欠点は苦味です。薬としては良いですが、嗜好品としては足枷になります。これは砂糖と舌触りの改良で解決できます」
「砂糖ね。この国なら可能な解決策だわ。南方で栽培されているから」
「砂糖は味を引き立て、舌触りは磨砕で改善させています」
「確かに、父の試作より滑らかだったわ。子供でも飲めるくらいだった」
「実際、マリンも子供たちも美味しいと言っていました」
「初試飲に同席できるなんて、贅沢な子供たちね」
「ショコラとショコラ末、どちらも水には溶けにくい。今回は温かい羊乳で分散させただけです。脂が多すぎるのが難点です」
「そうだったのね。違和感なかったわ」
「次に貴族が求めるのは何だと思います?」
「お湯で溶けやすくならないか、でしょう?」
「正解です。脂が邪魔になるので、分離が必要です。布で絞るか、遠心魔導具で分離すれば、【ショコラ脱脂末】が得られます。飲用に適した形です」
「なるほどね。そこまで考えていたとは。もう一度聞くわ。あなたの本当の目的は?」
母の声に魔力が乗る。商人の戦場だ。
「えっ、何のことでしょう?」
「ショコラトルの製造、貴族の行動予測、ショコラ脱脂末までの見通し。レッド、いやジロウ。あなたが考える、この実の利用価値は?」
「一段目はショコラトル。二段目は脱脂末による飲料。流行らせて需要を掘り起こす。これはベルナル商会の商いです」
「商会員としては満点の回答ね。まだあるでしょう?」
本音は、チョコが食べたかっただけだ。三段目はショコラ板の製品化。四段目はそれを使った製品群。展望を示す話は早い。ならば別筋を。
「脱脂末を作ると、脂が余ります。自分が欲しいのはこの脂です。製薬スキルと重なるから。これはテオフラス商会の仕事です」
トリニタ脂は薬に使える。ベルナル商会ではなく、テオフラス商会の領域だ。商品棚に向かい、鉄製のトレイを整理する。ディオスさんの鍛冶品だ。ショコラ板の試作に使えそうだ。
母が睨みながら言う。
「薬の製造はベルナル商会の範疇ではないわね。まだ隠していそうだけど。目を合わせないのは怪しい」
怖いからですよ、とは言えない。母の魔気が仕事場を支配している。
「不確定なことは話したくないだけです。頃合いを見て報告します。加工はテオフラス商会の独占になるでしょう。他では真似できません」
「大した自信ね。隠された使い道が分からないのは釈然としないけど」
声のトーンが落ち、母の魔気が霧散する。ようやく母親ジーナに戻った。
「用途ですか。ではひとつ。家族の内緒話です。使用感を試す物としておきましょう。被験者が必要ですから」
「被験者って私?そんなに私が食いつくものかしら?」
「サナーレウンゲンに近いものができると思ったら?」
「!? あれ、一種類じゃないの?」
「前に開発したものは一つにすぎません。肌を綺麗に、髪を艶やかに。身体を健やかに保ちつつ、美化し、魅力を上げる。特に肌と髪には、トリニタ脂が重要です。香粧品の素材になります」
「えっ、これを肌に塗るの?茶色くなるじゃない?」
「直接ではありません。分離した脂を加工するのです」
「へぇ、香粧品ね。どう作るのかしら?」
「駄目です。秘密です」
手を×にして、少年の顔で母に接する。今度こそ緊張した会話は終わりにしたい。
「ケチ。母さんに内緒なんて残念だわ」
「今でも母さんは商人の顔をしてるでしょう?油断できないんです。試供品は渡しますから」
自分の最後の返答で、ようやく温和な母に戻った。
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