巻き込まれた薬師の日常

白髭

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幕間

幕間1 心叫

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 ♢♢

 俺はボローニア・アカシア学院の院生、コカルス=ミーンズ。今は実家に呼び戻されて、帰省中だ

 実家はパール辺境領、城郭都市ベンベルクで商売を営んでいる。扱うのは魔の森から出土する魔導具、魔物、魔石。ミーンズ商会はそれらを仕入れ、加工し、他領の商会に卸す。冒険者やギルドと直接取引するため、家族は皆、腕っぷしが強い。

 だが俺は違った。魔力は強いが力に自信がなかった。魔術に一途の望みを託した。必死に親を説得し、学院にも進学した。

 三年の課程を修了し、国の資格試験にも合格した。身分石の鑑定でも魔導師と認められた。これで未来は広がる。商売をするにはギルド加入が必須で、莫大な出資金が必要となる。胡散臭い金の匂いを感じ、所属は保留にした。肩書きだけで十分だ。資格の効力は絶大。魔導師の資格は、王国や貴族への登用、商会設立、冒険者ランクにも影響するのだ。

 資格を武器に教授へ掛け合い、研究室に残った。俺は魔導具の未来を追いたかった。魔術が魔導に置き換わる時代を夢見て。

 院生は最長三年。授業は減り、研究に専念できる。だが両親の援助は一年で打ち切られた。初年度は猶予期間。ポーションを売って食いつなげた。だが二年目からは成果が必須。成果が無ければ研究生への道は閉ざされる。

 生活費は自分で稼ぐしかない。教授に勧められ、CEP魔導具推進基金に応募した。若手研究者を支援する財団。少額だが返済不要。半年が過ぎ、助成金を受け取った。だが成果はまだ無い。期限は迫る。退学、実家送りだけは避けたい。

 俺の決めた題目は『新旧魔導具の新規性に関する研究』。だが広すぎた。毎日、魔導具を見てはレポートを書く。新規性のあるものは見つからない。擦り切れるまで見た「パラケル流魔導具作成法」「魔導文字列解析」。それらは俺にとって聖典だ。

 二年目の半ば、実家に呼び戻された。両親は「研究などやめて戻れ」と小言ばかり。憂さ晴らしに仲間と迷宮に潜った。それが氾濫に巻き込まれるきっかけとなった。

 結果的にルンフは助かった。伝説の霊薬。その効果は絶大だった。近衛騎士ミハエル様から聞いた。尊敬するパラケル師と、もう一人の弟子が作ったという。

 レッド=ベルナル。あの少年は、いったい何者なんだ? パラケル師の弟子? 引退したはずでは? 一対一での教授。羨ましすぎる。錬金魔術に特化しているのか? [界上の賜物]の異名。城郭都市からの刺客。パラケル師の再来。噂は学院に広まっていた。

 俺はパラケル師に推測を伝えた。
「制御盤と内部の陣を見た限り、火と風で乾燥し、その後に凍結させる魔導具だと思います」

 乾燥と凍結。腐敗を防ぐ機能。だが古代語の「pa」だけはわからなかった。

「[冷乾]の魔導具に違いありません」

 レッド君とパラケル師の会話が次々と進む。俺は置いていかれる。扉の厚さ。確かに厚いと思ったが、考察が足りなかった。印の存在。全体の観察不足。悔しい。遺構の再現。未知の魔導具の稼働。制御の解析。俺がやりたかったことだ。

 そうか。新規性の発見は自分で探すしかない。教授の意見に従っておけばよかった。後悔が胸を刺す。

 見つけた遺構が手から離れてしまう。この題材は渡したくない。所有権はすでにテオフラス商会にある。霊薬の対価として依頼の一部。つまり目の前の二人の物。畜生。氾濫さえなければ。

「やりたいです。いえ、是非やらせてください!」

 逃したくない。あと半年。いや、一か月で解析してみせる。生活のすべてを賭ける。この地に残り、パラケル師の下で学ぶ。下働きでも構わない。学院にいるよりも、ここで学ぶ方がいい。

 一息つき、周囲を見回す。村人はいない。仲間だけだ。

「俺はしばらくここに残る。何でもやって、パラケル師の近くに居座る」
「コカルス、大丈夫か? 顔が蒼白だぞ」
「ああ。ようやく気づいた。俺は未来の力が怖い」
「そうか。頑張れよ」
「お前たちもな」

 村長の家に泊まり、翌朝、広場へ向かう。
 この村は異常だ。子供たちが魔素を循環させていた。それも、よどみなく。水の制御も軽やかに。スライム浄水を使い、複数制御まで。すでに魔力制御はベーガとルンフを超えているだろう。

 二人の少女は土魔法で陶土を操る。造形まで。土と水の複合魔術。ギルドでもCランクの魔術師でできる技だ。

 ベーガとルンフは理解していない。俺も基礎からやり直す必要があるだろう。

 司祭に呼ばれ、レッド君が中央に立つ。子供だけで十分なのに、彼まで? やめてくれ。俺の誇りを砕かないでくれ。

 俺の心は届かない。彼は止まらない。膨大な魔力を陶土に込める。滑らかに動き、像が形を成す。腰から杖を取り出した瞬間、圧力が増した。白き神気が辺りを満たす。まるで教会にいるようだ。

 祈りたい衝動を抑え、彼の観察を続ける。造形、素焼き、上塗り、本焼き。繰り返し現れては消える像。膨大な魔力が放出される。

「司祭様。完成です。修練の集大成として作成しました。磁器による神像です」

 段が違う。十二歳の魔力ではない。神気を纏ったままの少年。司祭は涙を流し祈る。村民はひれ伏す。動けるのは村長、ベルナル夫婦、エリス様、パラケル師。料理台車の三人。子供たちも平然としている。

 ベーガとルンフは立つのがやっと。ついでに俺もだ。俺は奴らを肘で突き、子供たちを指さす。尊敬の眼差しでレッド君を見つめる子供たち。その純粋さを見習え。修練が足りないのはお前らも同じだ。

「俺たちも頑張らないといけないな……」
 ベーガの声が聞こえた。そうだ。俺もだ。


「パラケル教授! 身を粉にして働きます。師として仰がせてください!」
 声が震えた。だが心は決まっていた。ここで退けば、俺の未来は潰える。

 教授はじっと俺を見た。鋭い眼差し。試されている。

「……覚悟はあるのか?」
「あります!」
「下働きも、雑用も、泥にまみれることもだぞ」
「望むところです!」

 胸の奥で鐘が鳴った。これが岐路だ。俺は選んだ。

 広場の空気はまだ重い。神像の余韻が残っている。村民はざわめき、子供たちは目を輝かせていた。

 レッド少年は静かに立っている。あの小さな背中が、俺には巨大に見えた。
 ベーガとルンフは肩で息をしている。俺は二人を見やり、低く告げた。

「俺たちも、変わらなきゃならない」
 二人は黙って頷いた。

 村長が声を張り上げ、集会は終わりを告げる。人々は散り、広場に残ったのは俺たちだけ。
 俺は拳を握った。

 ――ここで学ぶ。
 ――ここで掴む。
 ――俺の未来は、この村と、この師のもとにあるんだ。

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