巻き込まれた薬師の日常

白髭

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幕間

幕間4 石鹸と目的

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 料理台車のお披露目から数日。エリスさんはまだホーミィー村に滞在していた。すぐに帰れば王都で用事を言いつけられるから、しばしの休息を取るのだという。

「レッド君。そういえば、あなたの祖父から箱を預かっていたわ。手紙と石が入っているようね」

 エリスさんはアイテムボックスから木箱を取り出し、作業台に置いた。

「待っていました。……うぉ、重い!」
「迷宮の遺構も入れていたから、久しぶりにいっぱいになった感じがしたわ」

 箱の中には手紙と共に、ソフトボールほどの石が十種ほど、ぎっしりと詰められていた。以前、マジャリスに頼んでいた石の件。ようやくアゼルからの返事が届いたのだ。パラケル師とエリスさん、コカルスが覗き込み、妖精たち三人も興味深そうに石を眺めている。

 ######
 ホーミィー村ベルナル商店 商人見習い レッドへ
 以前に依頼された石の調査が終わった。該当の鉱物を送る。貝の模様がある石、鑑定名マイト。割ると小さな破片に分かれる。透明性が高い石が混じり、石を通すと二重に見える。火にくべるとシュワシュワと小さくなる特徴。添付の絵から類推し、ギルド保管物と照合した。若い番号のものが当たりと思われる。用途は不明。手掛かりになればと、周辺鉱物も同梱した。エリス様に預けたので確認を。急ぎなら市村通信にて依頼を。
 ベルナル商会長 アゼル=ベルナル
 ######

「なぁんだ、ただの石じゃない。興味ないわ。一抜け」
「宝石じゃない、クズ石ばかり。二抜け」

 マジャリスもローセアも興味を示さない。一方でルプラは錬金の気配を感じ取ったのか、念入りに石を観察していた。

「レッド君、これは?」
 コカルスが問う。学院の魔導師として、やはり気になるらしい。

「石の素材だね。スキルを使って作りたいものがある。一旦、全部鑑定してみるよ」
 石には札が付けられ、商数字が振られていた。魔力を注ぎ、鑑定結果を札に書き込んでいく。


 #######
 ――石の素材リスト――
 1.カルサイト
 2.シデライト
 3.ドロマイト
 4.ハウライト
 5.フォスフォライト
 6.キュプライト
 7.マフィクライト
 8.アルマサイト
 9.アダマタイト
 10.オリハナイト
 #######


「さすが、アゼル爺! 一番のカルサイトが該当の石だ。石灰だ! あって良かった……」

「カルサイト……聞き覚えがある。石灰? 知らんがな。透明な四角い石を学院で見たことはあるが、形が違うな」

「光魔法の講義で、光を七色に分ける実習ですよね。あれで光魔法を覚えた子も多いと聞きます」
「降り注ぐ光を七色に作るなど、なかなか体験できぬからな」

「レッド君。これで何を作るつもりだ?」
「最終的には石鹸です。このカルサイトが必要なんです」

「石鹸なら草木灰液で作れるだろう? 海沿いなら海藻灰液もある。わざわざ石から作らなくても」
「なんだ、石鹸か。ちょっとがっかり。でも怪しいな」

「ルプラ? 確かに石鹸は石灰を使わなくても作れる。だが小僧のことだ、目的は別にあるのだろう。作業を始める前に説明してもらうぞ。毎度、後から怒られるのも大変だ」
「それほど怒っていないでしょう?」
 エリスさんがパラケルを軽く小突いた。

「そう、石鹸の改良です。今の石鹸は柔らかく半固形から液体が主。純度を高め、固形にしたい。そして副産物として得られるものが今回の目的です」

「やっぱり欲しいものがあるんだな」
「石鹸は動物の脂と草木灰で作られていますよね」

 ベルナル商店で売られている石鹸もその二種が原料だろう。灰の成分が混じり、濁った色をしている。柔らかさは軟膏に近い。

「そうだ。脂を草木灰液と混ぜ、加熱して作る」
「作る過程が臭いのよ」
「学院の教書にも載っている。一般的な製法だ」

 コカルスが本を見せる。獣脂と草木灰を使った石鹸。塩で脂を分離する記述もある。パラケル師の言う通り、塩析も革新的ではない。

「そもそも石鹸とは何だと思いますか?」
「汚れを落とすものだろう。脂や垢を」

「そうです。では、汚れを落とす現象は?」
「服の汚れを水に溶かす……それ以上は知らん」

 パラケル師も石鹸の微細な作用までは知らないようだ。
「石鹸は、脂を草木灰液で分解して作るんです。この反応を“鹸化”と呼びます」

 鹸化反応――脂肪酸とグリセロールの結合を加水分解し、脂肪酸塩とグリセロールに分ける。

「うむ、鹸化は知っている。脂の性質が変わり、洗浄できるようになる」
「鹸化すると2つのものに分かれます。草木灰の成分と結びつき、脂と水の両方に馴染む性質に生まれ変わります。界面を活性するものとなります」


「レッド君。君は何故そこまで知っている?」
「コカルス君。必要な知識をスキルで得られるのです」

「あらゆる事象を? ずるいな」
「いえ、薬に関連するものが主です。周辺知識も引き出せますが、使えないものばかりで苦労します」

「確かに、小僧も再現には苦労している」
「物質鑑定や魔法は便利ですが、得られる情報の乖離が大きいのです」

 石鹸は脂肪酸塩。油になじむ疎水基と水になじむ親水基を持つ。汚れを油になじむ疎水基が包み込み、水になじむ親水基が外側で水と結びつく。水と油の境界を仲立ちし、汚れを分散させる。これが界面活性の働きだ。

 ――説明は済んだ。
 いよいよ鹸化反応を利用し、石鹸と目的の副産物――グリセロールを得るとしよう。
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