【R18】身代わり婚約者との愛され結婚

春瀬湖子

文字の大きさ
10 / 37

9.お別れの口付けと次回の約束を

しおりを挟む
 私とレヴィンの間に特別な変化の起きた四十七回目の茶会を終え、そしてその翌月である今日は四十八回目の茶会日。

“当然レヴィンが来るのよね?”

 ドキドキしながら時計を確認すると、まだ約束の時間の二十分前だった。

「どんな顔をしたらいいのかしら」

 しれっとすればいいのか、それとも少し照れてはにかんだ方がいいのか。
 どちらがレヴィンは好きだろう? というか、レヴィンはどんな様子で来るのだろう。

 
“また以前のような無愛想にも見えるクールな表情に戻ってしまっているのかしら”

 こういった時どんな反応をするのが正解かの見当もつかず頭を抱えた時だった。


「アルベルティーナお嬢様、婚約者の代理の方がいらっしゃっております」
「も、もうっ!?」

 声をかけてきたメイドの言葉にハッとした私は、わたわたと立ち上がりながらチラッとポケットに入れている懐中時計で時間を確認して。

 
「……キッカリ十分前だわ、いつの間に……」


 どうやらさっき時計を見てからもう十分もたっていたらしい。
 慌てて立ち上がったせいで乱れた髪を必死で撫で付けていると、完全にいつも通りのクールなレヴィンが温室に入ってきた。

 お辞儀をする様も、口に出す言葉もあまりにもいつも通り過ぎて拍子抜けしてしまう。


“気にしてたの、私だけだったのね”

 なんだかその事実に少しだけ気分が下がった、そんな時。


「……ふふ、慌てられたんですか? 珍しいですね」

 必死で撫で付けていたところとは反対の耳の上をレヴィンの手のひらがそっと撫でる。

 ふっと優しげに目元をレヴィンが細めたからか、その手つきがとても優しかったからなのか。

“乱れた髪を直してくれただけ”

 それだけだとわかっているのに、なんだかとても想われている錯覚に陥り、下がった気分が急浮上した。


「こちらはアルベルティーナ嬢に」
「え?」
「え?」

 さっと今日も目の前に出された花束……だが、その花束よりも気になったことがひとつ。


「アルベルティーナ嬢、ですか……?」 

 私の質問に不思議そうな顔をしたレヴィンは、すぐに思い当たったのかわざとらしくこほんと咳払いをした。

「……ティナに、こちらの花束を。受け取ってくださいますか」
「はい、もちろんですわ。レヴィン!」

 ちゃんと言い直された呼び方に思わず私の頬が緩むと、入室した時は変わらなかった表情にふわりと笑みが灯る。

 それだけのことなのに、なんだかとても嬉しくなった。


「可愛い花。色とりどりでとても美しいわ」
「アネモネの花束です」
「今日もベネディクト様から?」

 実際そうであろうとそうでなかろうと、レヴィンは肯定する。
 何故なら彼は本物の婚約者の『身代わり』でしかないから。

 ――そう、思っていたのだが。


「俺から、です」
「え?」
「だからその、俺から、です」
「そ、そうだったんですか⋯!?」

 その予想外の答えに唖然とし、それと同時に心臓がドクドクと暴れだした。


“レヴィンから!”


 きっと前回も、前々回もレヴィンが選んだ花束だった。
 けれどそれはあくまでもベネディクトの代理として選んだものだったのに、この花束は……


「どうしよう、とても嬉しいわ」

 いつもはすぐにメイドに頼んで私室に飾って貰うが、なんだか今は手放すのが惜しくぎゅっとそのアネモネの花束を抱き締める。

 赤やピンクの色もあるが、青と白が多めに束ねられたこの花束を見て、レヴィンはこういったブルー系統の花が好きなのかしら? なんて思った。


“最初に貰ったスカビオサの花束は綺麗な薄紫で、ハナニラの花束も青かったし”

 花を潰してしまわないように注意しつつ抱き締めていると、ふと彼の腕がキラリと光る。


「……それ、つけてくださったのね」
「これは代理としてではなく、俺がいただいたものですから」

 少し気恥ずかしそうしながらレヴィンが着けているカフスボタンを撫でる。
 そのカフスは、私の瞳と同じ薄水色をしていた。

 

「ねぇ、今日はお茶を飲んで行くでしょう?」
「ティナが許可をしてくれるなら」
「まぁ! レヴィンなら大歓迎よ、だって今は私の婚約者でしょう?」

 少し悪戯っぽくそう口にすると、その悪戯に乗る少年のようにレヴィンも笑みを浮かべる。

 悪巧みをする子供のように、私たちは席についた。


「そういえば、今流行りのオペラがあるそうです」
「オペラですか?」
「えぇ、花屋の店主がそう言ってました」

“そういえば、オペラなんて随分観に行ってないわね”


 幼い頃に両親と観に行ったのが最後。
 大きくなった今では、定番デートのひとつであるオペラをわざわざ両親と観る気がしない……と、いうか。

 
“『愛する妻と二人っきりで観たいから、可愛いティナはベネディクト君と行くのがいいよ』なんて言ってそもそも連れて行って貰えないのよね” 


 相変わらず仲睦まじすぎる両親を思い出し思わず苦笑すると、私のその様子を見て察したのか、そもそもベネディクトが茶会に一度も参加していないのだからデートなんてしたことがないと気が付いたからなのか、レヴィンがこほんと咳払いをして。


「ティナがよろしければ、俺と観に行くのはどうでしょうか」
「え?」
「そのオペラです。流行っているということはそれなりに面白いものだということですし」
「私とレヴィンが、ですか?」

 こくりと頷くレヴィンの提案にきょとんとしてしまう。
 そして気になるのはもちろんひとつだ。


「それは、ベネディクトの身代わりとして?」


 私の質問に、ピクリとティーカップを持つ指が揺れ小さくカチンとティーソーサーが音を立てた。

「……俺とティナで、です」
「!」

“もしかして私、今デートに誘われているのかしら”

 それもベネディクトの身代わりとしてではなく、レヴィン本人から。


 驚きと戸惑いで心臓が痛いくらい跳ねる。
 落ち着こうと私もティーカップに手を伸ばしたが、レヴィン以上にガチャガチャと音を立ててしまいそうだと伸ばした手を引っ込めた。

 そして普段ならそんなミスをしないレヴィンが音を立てたということは。


“レヴィンも緊張してるのかしら”

 そう思うとこれ以上跳ねないと思っていた心臓がよりバクバクとより大きな音を立てていて。


「……行くわ」
「え」
「楽しみに、しています」


 ただオペラを観に行くだけなのに。

 なんだか彼の顔を見るのが恥ずかしく、私はティーカップに注がれている紅茶だけを見ながらそう返事したのだった。


 
「では当日に迎えに来ます」
「はい、お待ちしております」

 まだ気恥ずかしさが抜けず、足元へ視線を落としながら返事をする。

“ベネディクトとの茶会日以外で二人っきりなんてはじめてね”

 それも次は身代わりとしてではなく、レヴィン本人としてなのだ。


 むず痒いような心地いいような気持ちで胸がほわほわとなんだか温かい。
 言葉にし辛いこの感情に私自身が戸惑っていると、彼がお辞儀し私に背を向けたことに気が付いて。


「ま、待ってっ」
「ティナ?」
「あ、その……」

 思わず彼の服を掴んでしまい、わたわたと慌てる。
 けれど義務でしかなかった茶会が終わることを寂しく感じているだなんて当然身代わりでしかない彼には言えなくて。


「そ、そのっ、……き、キス! まだお別れのキスをしておりません」
「キスですか?」

“な、何を言ってるの私はぁぁあっ!”

 自身の口から出たその爆弾に頭を抱えてしゃがんでしまいたい衝動に駆られるが、公爵令嬢としてそんなはしたない行動なんて出来るはずなくて。

 けれど口に出してしまったことを今更どう撤回したものか、とぐるぐる思考を巡らせていた、その時だった。


「愛しい貴女に祝福を」
「ッ」

 私の左手をそっと取ったレヴィンが、手の甲にそっと口付けを落とす。
 
 そして。

「……いい、夢を」

 そのまま左手を引かれた私は彼の方に一歩進むと、レヴィンの腕がそっと私の腰に回された。

「んっ」

 ちゅ、と重ねるだけの可愛い口付けがひとつ。

 彼から与えられたその口付けにぽわんとしていると、少しだけ頬に朱を差したレヴィンがふっと笑みを浮かべた。

「こんなに楽しみなオペラはきっとこの先ありません」

 離れる彼の熱が、離れた傍から恋しくて苦しい。

 
 ――どうして彼は身代わりなのかしら。


 そんな考えてはいけない考えが私の中にぽつりと芽生え、小さなシミのように心に影を落とした。


  
 
「ハンナ」
「はい、お嬢様」
「で、デートってどんな服がいいのかしら?」
「でっ、デートでございますか……!?」

 夜着に着替えながらそうハンナに問いかけると、何故か唖然としたハンナが突然ジト目になって私の前にパッと立った。


「誰とのデートですか」
「れっ、レヴィンに、その、オペラに……」
「それはクラウリー伯爵令息としてでしょうか? それともニークヴィスト侯爵令息の代理としてでしょうか?」
「く、クラウリー伯爵令息として、よ」


 私の答えをジト目で聞いていたハンナは、レヴィンがレヴィンとして誘ったことを聞いてにっこりと笑って。

「では、当日は私にお任せくださいませ!」

 誰よりも力強くそう断言した。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...