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第二章・聖女レベル、ぜろ
27.灰色に消えゆく※
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今回の戦闘で亡くなったのは三人だった。
戻りが遅い私たちを探しに来てくれたジープと、まだたったの17歳だったメイベルという名の騎士。
彼とはあまり話す機会はなかったが、控え目ながらも真面目に鍛練を詰む騎士だった。
そしてお兄ちゃんのように接し時にはフランと、そして時には他の騎士との間を取り持ってくれていたトーマ。
「オルトロスの尾の蛇は毒蛇だった。初撃で毒に侵されていたせいで動きが鈍りオルトロスの牙を受けたんだろう。だからこれは、リッカの責じゃない」
「どこがよ」
淡々と言い聞かせるように説明するフランの表情は固く、それでいて何の色も映さないような瞳。
騎士である以上死は身近な存在で、それは自身にも、そして仲間にも当てはまる。
それらを覚悟し、受け止めたような彼の瞳が私には痛くて堪らなかった。
“初撃って、それも私を庇った時に受けたものじゃない”
フランが言いたいことはわかっている。
騎士である以上聖女を守るのは当然で、そして守るために受けたならばその責は本人にある。
私が責任を感じる必要はないのだと、そう言い聞かせてくれているのだとちゃんと理解はしているが。
“でも、私がちゃんとした聖女だったらトーマを守れたのに”
彼が騎士としての役割を全うしたのなら、私はどうなのか。
聖女としても、勇者としても何も出来ない自分。
しかも出来ない理由が自身の浅はかさが招いたことならば、この責任はやはり私にあるのだと自分を責める心が消せなかった。
首をオルトロスによって投げ込まれたジープの体は、私たちと合流する少し前の地点に転がっていた。
爪で切り裂かれたのだろう。肩口から抉られていたその体は、ぶつ切れた服が引っ掛かり上半身が露になっていた。
ジープのその体のすぐ側には頭から噛み千切られたのだろう男性の下半身だけが残っていた。
上半身部分は探したが見つからず、オルトロスが補食したのだと結論付けられた。
下半身だけの彼をメイベルだと断定したのは、メイベル以外の騎士が全員いたのと、戻りが遅い私たちの様子を見るために戻ったのがジープとメイベルだったからだ。
そしてトーマ。
ライザの恋人である彼は、毒に侵されていた。
本来の彼ならばその身体能力を活かして飛び掛かるようにして斬り伏せる。
確かにオルトロスと戦っていた彼はいつものように飛び上がることもしなかったし、彼が斬りつけた首の傷は浅かった。
“もしその時に様子が違うと気付けていれば”
そんなことを考え、すぐに頭を左右に振る。
あの時には既に私の魔力は枯渇していて、気付いたとしても何も出来ない役立たずだったのだから。
魔王のいる森の奥を目指し進行していた私たちだが、一度王都に帰るべく来た道を戻る。
その道中、周りの安全をしっかり確保した私たちはテントを張り、そして近くの地面に穴を三つ掘った。
その穴に服を脱がせたジープ、メイベル、トーマを寝かせる。
そして寝かせた彼らに火をつけた。
服を脱がせたのは遺留品として持ち帰るという理由もあるが、均等に体を燃やすためでもあった。
火葬は一般的ではないが、討伐中であれば話は別。
その場に埋めたとしても匂いで気付いた魔物が掘り返し食べてしまうからだ。
パチパチと音をたてて燃え上がった彼らを、私はただ呆然と眺める。
――ゲームだったら、迷わずコンテニューだ。
けれどこれは、ゲームじゃなかった。
“現実だった”
どこかまだゲームの世界とごちゃ混ぜにしていた。
勇者パーティーに敗北はないのだと思っていた。
「そもそも、私が勇者なんかじゃなかったな……」
勝手にコンテニューがあるような気がしていたし、どこか楽しんでいた。
こんなに簡単に喪われて、そして初めて思い知る。
これは現実なのだと。
私の夢や妄想ではなく、ここが現実。
自分の行動全てに他者の命が関わる可能性があるのだと、やっとちゃんと認識し――……
“もう、帰れないんだ”
元の世界へ帰りたいと願い、何でも叶える奇跡の願いで元の世界へ帰った聖女がいたという。
それはつまり、そうしなくては帰れないということで。
その願いをゲームでラクして楽しみたいなんていう願望で作った役に立たない攻略本に変えてしまった私は、世界を救うことも、目の前で失われる命を繋ぎ止めることも……そして、元の世界へ帰ることももう出来ないのだ。
“こんな時まで、自分のことか”
この現実を受け入れ、そしてこの現実を拒絶した私は自分のせいで失われてしまった三つの命を眺めながらまだ自分のことを考えていた。
そんな自分が余りにも醜く、気持ち悪く、汚いと感じ……
そんな自分を誰でもいいから思いっきり責めて欲しいとそう願っていた。
赦されることが怖いことだと、私は21年間生きていてはじめて知ったのだった。
地獄のような一日が終わり、夜になった。
テントには灰になった恋人を小瓶に入れ、握り締めて眠るライザがいる。
ジープの灰はロクサーナが撒いた。
彼女は花が好きだったから、と可愛らしい野花に振り掛けるように撒く彼女も、そして他の誰も涙を流さなかった。
それは私を責めないための配慮かもしれないし、ただみんなの前だったからなのかもしれない。
救ってくれと懇願したライザだったが、彼女も救えなかった私を責める言葉は一言も言わなかった。
“誰か一人くらい責めてくれたらいいのに”
苦しくて、胃の辺りがやたらと重い。
テントに戻るのが辛くて一人離れて座っていると、背後から足音が聞こえた。
「風邪引くぞ」
「ん、もうちょっと」
そうか、と呟いたフランは私のすぐ隣に腰を下ろした。
「私さ、どこかまだゲームだって思ってた」
「あぁ」
「でもこれは現実なんだって今さらやっと気付いてね」
「そうか」
「それで、あぁ、もう帰れないんだなって……こんな状況になってもまだ自分のことを心配してた」
何故フランにこんな話をしたのかはわからない。
もしかしたら最低だよね、と笑った私を、最低だな、となじって欲しかったのかもしれない。
けれど、フランは私を責めてはくれず、それどころかそっと肩を抱き寄せられた。
彼の体に委ねるように頭を肩へ乗せると、少し硬い骨張った肩が頬に当たる。
けれど体を起こす気にはならなかった。
「……責めねぇぞ」
まるで全てを見透かしたかのような一言にギクリとする。
私の肩を引き寄せた手を動かしそっと私の頭を撫でたフランは、まるで母親が子供に絵本を読むような柔らかい声で話を続けた。
「リッカの責任は何もない」
「責任しか、ないでしょ」
「突然召喚されて、それが現実だとすぐ受け入れられる人間なんていないだろ」
優しく私の髪に指を通しすくように撫でられると、毛先が耳に当たり少しくすぐったくて。
「自分のことを考えるのだって、責められることじゃないだろ。生きてるならば当たり前の感情だ」
そしてフランの言葉は私の心を軽くさせる。
「でも、もし私が出がらしじゃなかったら、攻略本なんて作らなければトーマも、ジープだってもしかしたら」
「もし、はない。リッカも言ってたろ、これは現実だ」
「っ」
「この現実で掴める最善を掴んだ、それだけだ。お前がいなければアベルも死に、今頃第六騎士団は四人……いや、俺一人じゃオルトロスを討伐出来なかったからな。俺も死んでた、最低五人死んでただろう」
“嘘つき”
私が出がらしじゃなければそもそも第六騎士団がここまで深くを探索することはなかった。
私がネックレスを無くさなければオルトロスと遭遇することもなかったのに。
けれどこの甘い嘘が私の重く沈んだ心を掬い上げるように優しく包み、ずるいとわかっているのに一人甘えてそっと涙が溢れた。
喪失感が私を占める。
それは仲間を失ったからなのか、生まれ育った世界を失ったならなのかはわからないけれど、その喪失感を埋めたくて。
“こんなの、最低だってわかってるけど”
それでもすがりたくて。
忘れたくて。
何も考えたくなくて。
「フラン、キスして」
気付けば私は、まるで何事もないことのようにそんなことを呟いていた。
戻りが遅い私たちを探しに来てくれたジープと、まだたったの17歳だったメイベルという名の騎士。
彼とはあまり話す機会はなかったが、控え目ながらも真面目に鍛練を詰む騎士だった。
そしてお兄ちゃんのように接し時にはフランと、そして時には他の騎士との間を取り持ってくれていたトーマ。
「オルトロスの尾の蛇は毒蛇だった。初撃で毒に侵されていたせいで動きが鈍りオルトロスの牙を受けたんだろう。だからこれは、リッカの責じゃない」
「どこがよ」
淡々と言い聞かせるように説明するフランの表情は固く、それでいて何の色も映さないような瞳。
騎士である以上死は身近な存在で、それは自身にも、そして仲間にも当てはまる。
それらを覚悟し、受け止めたような彼の瞳が私には痛くて堪らなかった。
“初撃って、それも私を庇った時に受けたものじゃない”
フランが言いたいことはわかっている。
騎士である以上聖女を守るのは当然で、そして守るために受けたならばその責は本人にある。
私が責任を感じる必要はないのだと、そう言い聞かせてくれているのだとちゃんと理解はしているが。
“でも、私がちゃんとした聖女だったらトーマを守れたのに”
彼が騎士としての役割を全うしたのなら、私はどうなのか。
聖女としても、勇者としても何も出来ない自分。
しかも出来ない理由が自身の浅はかさが招いたことならば、この責任はやはり私にあるのだと自分を責める心が消せなかった。
首をオルトロスによって投げ込まれたジープの体は、私たちと合流する少し前の地点に転がっていた。
爪で切り裂かれたのだろう。肩口から抉られていたその体は、ぶつ切れた服が引っ掛かり上半身が露になっていた。
ジープのその体のすぐ側には頭から噛み千切られたのだろう男性の下半身だけが残っていた。
上半身部分は探したが見つからず、オルトロスが補食したのだと結論付けられた。
下半身だけの彼をメイベルだと断定したのは、メイベル以外の騎士が全員いたのと、戻りが遅い私たちの様子を見るために戻ったのがジープとメイベルだったからだ。
そしてトーマ。
ライザの恋人である彼は、毒に侵されていた。
本来の彼ならばその身体能力を活かして飛び掛かるようにして斬り伏せる。
確かにオルトロスと戦っていた彼はいつものように飛び上がることもしなかったし、彼が斬りつけた首の傷は浅かった。
“もしその時に様子が違うと気付けていれば”
そんなことを考え、すぐに頭を左右に振る。
あの時には既に私の魔力は枯渇していて、気付いたとしても何も出来ない役立たずだったのだから。
魔王のいる森の奥を目指し進行していた私たちだが、一度王都に帰るべく来た道を戻る。
その道中、周りの安全をしっかり確保した私たちはテントを張り、そして近くの地面に穴を三つ掘った。
その穴に服を脱がせたジープ、メイベル、トーマを寝かせる。
そして寝かせた彼らに火をつけた。
服を脱がせたのは遺留品として持ち帰るという理由もあるが、均等に体を燃やすためでもあった。
火葬は一般的ではないが、討伐中であれば話は別。
その場に埋めたとしても匂いで気付いた魔物が掘り返し食べてしまうからだ。
パチパチと音をたてて燃え上がった彼らを、私はただ呆然と眺める。
――ゲームだったら、迷わずコンテニューだ。
けれどこれは、ゲームじゃなかった。
“現実だった”
どこかまだゲームの世界とごちゃ混ぜにしていた。
勇者パーティーに敗北はないのだと思っていた。
「そもそも、私が勇者なんかじゃなかったな……」
勝手にコンテニューがあるような気がしていたし、どこか楽しんでいた。
こんなに簡単に喪われて、そして初めて思い知る。
これは現実なのだと。
私の夢や妄想ではなく、ここが現実。
自分の行動全てに他者の命が関わる可能性があるのだと、やっとちゃんと認識し――……
“もう、帰れないんだ”
元の世界へ帰りたいと願い、何でも叶える奇跡の願いで元の世界へ帰った聖女がいたという。
それはつまり、そうしなくては帰れないということで。
その願いをゲームでラクして楽しみたいなんていう願望で作った役に立たない攻略本に変えてしまった私は、世界を救うことも、目の前で失われる命を繋ぎ止めることも……そして、元の世界へ帰ることももう出来ないのだ。
“こんな時まで、自分のことか”
この現実を受け入れ、そしてこの現実を拒絶した私は自分のせいで失われてしまった三つの命を眺めながらまだ自分のことを考えていた。
そんな自分が余りにも醜く、気持ち悪く、汚いと感じ……
そんな自分を誰でもいいから思いっきり責めて欲しいとそう願っていた。
赦されることが怖いことだと、私は21年間生きていてはじめて知ったのだった。
地獄のような一日が終わり、夜になった。
テントには灰になった恋人を小瓶に入れ、握り締めて眠るライザがいる。
ジープの灰はロクサーナが撒いた。
彼女は花が好きだったから、と可愛らしい野花に振り掛けるように撒く彼女も、そして他の誰も涙を流さなかった。
それは私を責めないための配慮かもしれないし、ただみんなの前だったからなのかもしれない。
救ってくれと懇願したライザだったが、彼女も救えなかった私を責める言葉は一言も言わなかった。
“誰か一人くらい責めてくれたらいいのに”
苦しくて、胃の辺りがやたらと重い。
テントに戻るのが辛くて一人離れて座っていると、背後から足音が聞こえた。
「風邪引くぞ」
「ん、もうちょっと」
そうか、と呟いたフランは私のすぐ隣に腰を下ろした。
「私さ、どこかまだゲームだって思ってた」
「あぁ」
「でもこれは現実なんだって今さらやっと気付いてね」
「そうか」
「それで、あぁ、もう帰れないんだなって……こんな状況になってもまだ自分のことを心配してた」
何故フランにこんな話をしたのかはわからない。
もしかしたら最低だよね、と笑った私を、最低だな、となじって欲しかったのかもしれない。
けれど、フランは私を責めてはくれず、それどころかそっと肩を抱き寄せられた。
彼の体に委ねるように頭を肩へ乗せると、少し硬い骨張った肩が頬に当たる。
けれど体を起こす気にはならなかった。
「……責めねぇぞ」
まるで全てを見透かしたかのような一言にギクリとする。
私の肩を引き寄せた手を動かしそっと私の頭を撫でたフランは、まるで母親が子供に絵本を読むような柔らかい声で話を続けた。
「リッカの責任は何もない」
「責任しか、ないでしょ」
「突然召喚されて、それが現実だとすぐ受け入れられる人間なんていないだろ」
優しく私の髪に指を通しすくように撫でられると、毛先が耳に当たり少しくすぐったくて。
「自分のことを考えるのだって、責められることじゃないだろ。生きてるならば当たり前の感情だ」
そしてフランの言葉は私の心を軽くさせる。
「でも、もし私が出がらしじゃなかったら、攻略本なんて作らなければトーマも、ジープだってもしかしたら」
「もし、はない。リッカも言ってたろ、これは現実だ」
「っ」
「この現実で掴める最善を掴んだ、それだけだ。お前がいなければアベルも死に、今頃第六騎士団は四人……いや、俺一人じゃオルトロスを討伐出来なかったからな。俺も死んでた、最低五人死んでただろう」
“嘘つき”
私が出がらしじゃなければそもそも第六騎士団がここまで深くを探索することはなかった。
私がネックレスを無くさなければオルトロスと遭遇することもなかったのに。
けれどこの甘い嘘が私の重く沈んだ心を掬い上げるように優しく包み、ずるいとわかっているのに一人甘えてそっと涙が溢れた。
喪失感が私を占める。
それは仲間を失ったからなのか、生まれ育った世界を失ったならなのかはわからないけれど、その喪失感を埋めたくて。
“こんなの、最低だってわかってるけど”
それでもすがりたくて。
忘れたくて。
何も考えたくなくて。
「フラン、キスして」
気付けば私は、まるで何事もないことのようにそんなことを呟いていた。
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