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本編

21.ゲームは現実とは異なりて

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「この間の返事をちゃんと貰えるんだよね?」

 授業終わりに主人公を呼び止めた私が、王太子殿下たちと打ち合わせしていた広場まで彼を連れてくる。
 今まさにこのゲームが終わりを迎えようとしているのだと思うと緊張で手に汗が滲んだ。

 そんな私の緊張には気付かずニタニタと笑う主人公に少し嫌悪を抱く。

“というか、この自信満々な顔なんなのよ”

 前回断られたにも関わらずこの「当然いい返事が貰える」と確信しているような表情に辟易した。
 きっとこの彼の自信を折らなければバッドエンドにはいかないのだろう。
 
 ちらりと周りを見ると、王太子殿下が付けてくれた護衛騎士の姿が見える。
 彼らの姿を確認し安心した私は、ゆっくり深呼吸をしてまっすぐ主人公へと向き直った。

 私が主人公と向き合ったことを合図に隠れていたアンリエット様とテレーシア様も合流する。
 今から起こるのは三人からのお断り祭りなのだが、何をどう勘違いしたのか主人公はさっきよりも嬉しそうに口角を上げた。


「前回も言ったけど、絶対お断りします。私は他に好きな人がいるんです」
「私もハーレムなんかに入りません」
「貴方はよしよししたくなるタイプじゃないのぉ、よしよしするならよしよしされ慣れていない人じゃないと楽しくないじゃなぁい?」
「なっ!」

 今度こそちゃんと伝わるようにとキッパリ言うと、途端に主人公の顔が歪み赤く染まる。

「なんでだよ! お前はそんなキャラじゃないだろ!? それともツン期なのか? けどそろそろデレないと愛想尽かすぞ! 他の二人だってそうだ、なんなんだよお前らは!!」
「貴方に愛想を尽かされても一向に構わないわよ! というかなんで私たちがハーレムなんかに入ると思ってんの!?」
「そんなんお前らがそういうキャラだからだろ!」

 怒鳴るように断言され、ずっと彼に抱いていた嫌悪感の正体に気付く。

“そっか、彼はこの世界で生きて来たくせにまだ私を、私たちをいまだにただのキャラだと認識しているのね”


 この世界は確かに前世の兄がプレイしていた難易度激甘の18禁同人ゲームの世界なのだろう。
 ツッコミどころしかないイベントが本当に起こることもそれを裏付けている。

 でも。
 ゲームにいなかった人物、ゲームに描かれていない日常、ゲームとは関係なく芽生えた気持ち。
 それらの全てが、こそ世界がゲームではなく現実だと証明してくれていた。

 ――そう、私たちはみんなここで生きているのだ。


“それすらもわからない人を”

「俺だったらちゃんと結婚してやるって言ってんのに!」
「だからいらないって言ってんのよ、たとえリドル様に振られてもあんたのとこになんて行くかバカァッ!!」

“絶対に好きになったりしないんだから!”


 怒鳴りつけるように彼の提案をはねつけた時だった。
 突然どこからか雷のような光が目の前に落ち、その眩しさに思わず目を瞑る。

「な、なに!?」
「う、うわぁぁあ!」
「ッ!?」

 眩しさで目が開けられずにいる私の耳に飛び込んできたのは主人公の声だった。

“まずいわ!”

 もしバッドエンドに入ったのなら主人公へ危険が迫っている。
 私情満載でのこの催しで、万が一があってはたまらない。

 事前に取れる対策は取ってはいたが、この閃光は想定外で、待機してくれていた護衛たちがちゃんと動いてくれたかすら確認できなかった。

“一番近くにいる私が守らないと”

 少なくとも攻略対象である私はゲームにそんな描写がないので死なないはず、そう信じて声がした方へがむしゃらに飛び出す。
 さっきまで主人公がいたはずの場所で仁王立ちした私が主人公を庇うように両腕を広げた。

「来るなら来なさい、私が盾になるんだからっ」

 徐々に慣れて来た目を開け、主人公を探す。
 だが想像していた場所におらず、サァッと血の気が引いた。

「ま、まさか死……」

 最悪の事態が脳裏に過った、の、だが。

「た、助けてぇ!!!」
「………………」

 ここにいるハーレム要員一号、二号、三号を残し一目散に一人走って逃げた後ろ姿に唖然とする。

“未来の妻って言うならパフォーマンスでも守ろうとしなさいよ”

 そのあまりにも残念な姿に好感度はゼロどころかもはやマイナスであるが、確かに彼が転生者でこのゲームをプレイ済みなのだとすれば自分だけが死ぬことを知っているだろうしこれも仕方ないことなのだと無理やり納得した。


 私たちをその場に残した主人公は目敏く王太子殿下が付けてくれていた護衛を見付け庇護を求める。
 多少ガッカリはするが、これで彼の安全が守られるなら一安心だとすら思った。


 そんな時だった。


 私の立っている場所に突然影が射し、タラリと異様な匂いのする何かが頭上から落ちてきてビクリとする。
 見上げたその先には、超絶巨大な――――ヤギ。

「なんで!?」

 つい最近制服を食べられかけたことを思い出し、だが今は紙ではなくちゃんと布の制服であることに少しホッとする。
 だが、まるでドラゴンのような大きさのそのヤギはむしゃむしゃと口を左右に動かしながらじっと私を見下ろしていた。

“まさか私、食べられないわよね? ヤギって草食よね?”

 表情の読めないその巨体は、太陽を遮り私へと影を落とす。
 うっすらと日光が透ける耳が七色に光っているのを見て、このヤギが魔獣ではなく召喚獣であるとそう気付いた。


「このヤギがバッドエンドを迎えた主人公を襲う魔物なのかしら……?」

 主人公の逃げっぷりを考えればそうなのかもしれない。
 しかしこの巨大な召喚獣が見つめる先は主人公ではなく私だ。


 魔獣と召喚獣には大きな違いがある。
 討伐可能か不可能かという違い。

 命を持っている魔獣は当然倒すことができるが、あくまでも召喚獣は術者の魔法によって生み出された偶像。
 術者を倒し魔法を無効化するか、術者の意思で消す。もしくは自然と魔力切れで消えるのを待つしか対策はない。

 いくら騎士が戦ってくれても倒すことが出来ないのであればジリ貧だ。


「でも大丈夫、よね? だってゲームでは……」

 私は死なないから。そう、ゲームでは、だ。

“違う、ここは現実の世界だわ……!”

 前世ではヤギを使った拷問があると聞いた。
 もし今からそれほどの苦痛を与えられるのだとしたら。

「や、やだ……」

 突然絶望が目の前に現れ足がすくむ。
 死にたくない、逃げなくちゃ。

 だがどうしても強張った体が動かず、震えるしかできなかった。


 私はもうここまでなのだろうか。
 こんなことになるなら、信じて貰えてなかったのだとしてももっと沢山好きだと伝えればよかった。

 貴方の輝くような銀髪が美しいのだと。
 貴方の青空のような澄み渡る瞳に見惚れているのだと。
 貴方の凛とした優しさが、時々見せる少年っぽさが私を惹きつけてやまないのだと。

 ただただ、大好きなのだと。


 召喚獣がその首を下げて私の顔を覗き込む。
 草をすり潰しているかのように左右に動き続ける歯の隙間から生温い吐息が漏れ私にかかった。


 遠くで逃げて、と叫んでいるのはテレーシア様だろうか。
 私に手を伸ばしつつも騎士が押さえているのはアンリエット様だ。

 ――あぁ、二人とも無事でよかった。
 
 
「リドル様……」

 ごめんなさい。
 私、失敗してしまったみたいです。
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